BACKTOPNEXT

光紡ぐ神の旋律 ~ Melodies of Memories ~


第二章 01

 ――なぜ人は生きているのだろうか。
 そんなことはわからない。俺が知るものか。
 自問自答を始めてすぐ、こんな身もふたもない答えが思い浮かんだ。
 それもそうだ。こんな難しい命題に答えられるほど俺は長く生きてないし、人生経験も多くない。
 そもそも、歴史上の賢人たちですらついに見つけられなかった答えを、俺のようなちっぽけでつまらない人間がたどり着くとは思えない。
 ああ、それにしても。
 この年齢でこんなことを常に、しかも真剣に考えているようなら、俺は相当不幸な部類の人間だろうと思う。
 学園の屋上でひとり、こんなことを延々と考え続けている。
 友達同士でくだらないことをしゃべったり、馬鹿なことを言い合って爆笑するという、一般的な高校生活の次元からかけ離れていた。
 つまりは、異常。
 自分が一種の異常であることは、ずいぶん前から認識していた。
 それでも考えずにはいられない。
 俺はいま、なぜ生きているのだろう。
 いちばん大切なものを失ってもなお、俺は生にしがみつこうとしている。
 あの日から二年間、抜け殻のような人生を送ってきたのはなぜだろう。
 どうして死を選ばないんだ。
 死ぬのが怖いからか。
 ……それとも。
 寝転がりながら見上げた先。
 そこにあるのは広大な青空だった。俺の想いなどつゆ知らず、空はただ、どこまでも果てしなく、清々しいほどまでに青い。
 そして。
 いつも空を見上げていた、儚い少女の姿を思い出した。
 あの子も空を見上げるのが好きだった。いつもなにもせず、砂浜の上に座ってただ空だけを見つめていた。
 俺もいつからか、そんなあの子と一緒に空を見上げるようになった。
 空は変わらない。あの頃から、ずっと不変のままでそこにある。
 でも、あの子と一緒に天空を仰いだときとはなにかが違っている。空はどこも変わっていないのに、この違和感。 
 ……変わったのは……俺、か。
 ふと思う。
 以前は他人の喜びやしあわせが、自分にとって最高の幸福だった。その価値観がいつの頃からか、まるっきり逆転してしまった。
 俺とあの子が出会ってしまったからだ。
 でも、俺の価値観を豹変させた少女は、もう近くにいない。
 俺が生きているうちは永久にたどり着けないほどの遠くへ行ってしまった。
 俺の価値観は、そこでまた大きく方向転換したようだ。
 あの子がいる場所。
 俺も、いつかそこに――
 行きたいのか。
 行きたくないのか。
 どちらだろう。
 ……いや、少し違うな。
 生きたいのか。
 生きたくないのか、だ。
 同音だけど、意味するところは果てしなく違う。
 ――俺の意識は、思考の海から現実世界へと戻った。
「……はは」
 つい、つまらない言葉遊びに笑いが込み上げた。
 空を眺めながら、俺はそんなどうしようもないことを考えている。学校の屋上なんて場所は、空を見上げるのにうってつけの場所だと思う。いつも始業ベルが鳴るまでは、ここにいようと思っていた。
 入学当初、なんとなく足が向いた先がこの屋上だった。そして、階段室の上にあるスペースという、なんとも嬉しい特等席を見つけた。
 騒がしい教室でじっとしているよりは、この狭い場所に寝転がっているほうが何倍もましだということに気づいたから、俺はよくここへ足を運ぶ。
 今日もまた、少し早めに登校してから鞄を自分の教室へ置いたあと、いつものようにここへやってきた。
 始業ベルはとうの昔に鳴っていた気もする。けれど、よく覚えていない。
 左手首に巻かれた腕時計を見ると、授業開始から二十分が経過しようとしていた。
「……そろそろ戻るか」
 と、つぶやいた矢先、ポケットに入れていた携帯電話が震え出した。いつもマナーモードだから、うるさい着信音とは無縁だ。
「――ん」
 携帯を開いて確認する。一件のメール受信だった。
 送信者はクラスメイト。「そろそろ戻ってきたほうがいいんじゃないか」という内容だ。
 先生の目を盗んでわざわざ送ってくれたんだろう。
 たしかに欠席扱いは面倒くさい。欠席がたまると、単位がどうとかでそのうちにこうしてさぼれなくなってしまう。まだ新学年になってから一ヶ月ぐらいしか経ってないのに、そこまで無計画なサボタージュはできない。
「よっ――と」
 階段室の上へと上がるために備えつけられた梯子を使わず、飛び降りた。下まで三メートルもないから、それほど苦もなく着地する。
「……はあ」
 今日もまた、あまり新鮮味のない一日が始まる――その現実に対する嫌気がため息という形で、俺の中から飛び出した。
 明日も同じような日々が続くだろう。
 もちろん明後日も。
 その次も。   
 ……いったい、なにが楽しいんだろう。
 ふと、そんなことが脳裏をよぎる。
 なにが楽しくて、俺は生きているのか。
 どうして「この場所」いるのか。
 いっそのこと、この屋上から地面へ向けて飛び降りてみようか。そうしたら楽(らく)になるんじゃいか。
 「楽しい」と「楽」――同じ漢字なのに、意味するところはまるで違う。
「……やめた」
 やっぱり俺は馬鹿だった。言葉遊びがそんなに好きだったか?
 さっさと教室に戻ろう。
 先生に小言を言われるのはもう慣れたけど、メールを送ってくれたクラスメイトの、せっかくの厚意を無駄にはできない。 
 屋上と校内を結ぶ重い扉を開けた。
 校舎の中に入ると、外に比べていくらか涼しい。季節も気候もいいから、いまが一年でいちばん過ごしやすい時期だろう。
 夏になったら陽射しが強すぎて、あの特等席にはいれなくなる。それなら、どこでさぼろうか。そういえば、去年の夏はどうしてたっけ。
 そんなことを真剣に悩みながら、階段を下りる。
 教室に早くたどり着きたくないからなるべくゆっくりと――いや、でも早く行かないと欠席扱いになるから急いだほうがいいのか?
 教師たちから見たらかなり迷惑な葛藤をしながら、一年生が授業を受けているはずの四階を通り過ぎた。 


BACKTOPNEXT

総合TOP  /  WORKS TOP

Copyright © 2017 One Night Works/悠城健太朗, All Rights Reserved.