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光紡ぐ神の旋律 ~ Melodies of Memories ~


第二章 03

 気がつくと、一限目の授業はいつの間にか終わっていた。
 宿題がどうのこうのと授業の最後に近藤が言っていた気もするが、あまり覚えていない。 とりあえず、記憶が曖昧なんだから、俺にとってはどうでもいいことなんだろうと都合よく解釈しておいた。
『どうして……ピアノを捨てたの?』
 アヤセユイという女子生徒の言葉が、頭の中から離れない。
 まるで呪いの呪文のように、思考の隅から隅までを埋め尽くしている。これじゃ授業の内容が頭に入らないのも無理はなかった。
 その事実を初対面の彼女が知るはずがない。ありえない。でも、そのありえない現実を俺は目の当たりにした。
 なぜだ。
 どうして彼女は俺の――他人にもっとも触れられたくない真実を知っている?
 F組へ行って、直接彼女から問い質してみるか。
 ……いや、それはよそう。
 俺はまだ、彼女が何者なのか知らない。
 彼女は俺のことを知っているような素振りだったけど、俺が持っている彼女についての情報は、目下のところ名前しか持ち合わせていない。
 しかもいまは授業と授業の合間にあるわずか十分の小休憩だ。仮にいますぐ会いに行って問い質すとしても、時間が圧倒的に足りない。
 まずは情報収集が必要、という結論に至った。
 ……それなら、あいつの協力が必要か。
 あいつと彼女はクラスも一緒みたいだから都合がいい。
 ポケットから携帯を取り出した。
 携帯を自分から使うのはあまり好きではないが、あいつと直接会うためにF組へ行くと、例のアヤセユイと鉢合わせする可能性がある。そうなると気まずいから、現代文明の恩恵を甘んじて受けることにした。
 メールの新規作成を開く。
 自分から誰かに連絡するのはかなり久しぶりだ。しかも特定の女子生徒についての質問だけに、あいつもびっくりするかもしれない。
《アヤセユイって女子、おまえのクラスにいるか?》
 明瞭簡単に、用件だけを書いてあいつに送った。あいつは誠実でまめなやつだから、すぐに返信があるはずだ。
 しばらく待っていると携帯が震え出した。予想どおり二分もかからず、即行での返信。人を待たせないのは、いかにもあいつらしい。
《きみからメールなんてめずらしいね。 
 綾瀬由衣さんは、昨日うちのクラスに転校してきた子だよ。
 なんとびっくり。
 イタリアからの帰国子女だってさ。
 ……ところで、どうしてそんなこと聞くんだい?》
 綾瀬由衣という字を書くらしい。
 転校――イタリア――帰国子女――いろいろと気になるキーワードが多い。
 帰国子女なんて、どこの学校でもそれなりにめずらしい。しかも、五月も半分が過ぎたこの時期に転校というのも、どこかおかしな話だ。
 とりあず、返信を送る。
《ちらっと見かけてすげーかわいい子だったから、
 俺の手篭めにしようと画策してる。
 教えてくれてありがとう。
 ……あ、別に彼女のことをもっと知りたいとか、
 至って全然まったく綺麗さっぱり考えていないからな。
 別に調べてくれなくてもいいぞ。   
 それじゃ》
 ……馬鹿か、俺は。
 自分の笑えない冗談に苦笑しそうになる。
 当然のことながら、これは俺の本心でもキャラでもない。ただ本当のことを話すのも面倒だから、俺なりの笑えない冗談でかわすことにしただけだ。
 もっとも、あいつなら間違いなく冗談だって見抜くはずだ。いま、このメールを見て俺と同じように苦笑しているだろう。
 すぐに返信があった。
《……(絶句)
 が、がんばってね》
 白々しい反応だ。
 あいつのほくそ笑んでいる姿が目に浮かんだ。まあ、これは俺に対するあいつなりの冗談だろうから、どっちもどっちだけど。
 さて、狐の化かし合いみたいなことはやめて、あいつがその綾瀬由衣からいろいろと聞き出してくれることを願おう。
 あいつはやたらと賢いから、こんなふざけた内容のメールを素直に受け取るはずはない。 俺がもっと彼女について知りたがっていることを敏感に察してくれるはずだ。さすがに手篭めがどうとかいう話は信じないだろうけど、なにか裏があると気づいてくれる。
 友達を利用するようであまり気分はよくないが、あいつは自ら進んで道化を演じてくれる。昔からそうだったから、いまさらどうってことはない。遅くとも数日中には、新しい情報を仕入れてくれるはずだ。
 なにせあいつは話し上手の聞き上手だから、女子からの人気も高い。
 綾瀬由衣もあいつの巧みな話術に引っかかってくれることを、心の底から祈った。


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