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光紡ぐ神の旋律 ~ Melodies of Memories ~


第三章 02

 わたしと木崎さんと石川さんは、そろって学食にいた。話すなら昼食を取りながらと、そういう流れになったからだ。
 昼休みはもう三分の一は過ぎていたけど、食べながら話す時間は充分にあった。話しながらでも簡単に食べられるように、三人ともサンドイッチセットを頼み、四人がけの丸いテーブルにつく。
 さっそく本題を切り出した。
「ふたりは、B組の月城くんって知ってる?」
 わたしの言葉に、ふたりはいっせいにきょとんとした。
「え……それって、月城秀一くんのこと?」
 石川さんが答えてくれた。
「あ、知ってるんだ」
「知ってるもなにも……ねえ、絵里」
「う、うん」
 ふたりは目を合わせ、苦笑する。
「……どうかしたの?」
「綾瀬さんは転校してきたばっかりだから知らないだろうけど、かなりの有名人だよ。月城くんって」
 木崎さんが苦笑しながら答えてくれる。
 ……有名?
「そうそう。今年入学したばかりの一年生ならともかく、たぶんいまの二年生と三年生なら全員が知ってると思う。彼のことは」   
 石川さんの説明に、少し驚いた。
「全員……なんで?」
「理由はいくつかあるけど……」
 木崎さんは少し考えてから、人差し指を立ててわたしの前へ突き出した。
「まずひとつ目」
「顔がいい」
 石川さんが即座に答える。木崎さんは自分の役目を取られたようで、心なしか不満げな様子。
 たしかに月城くんは、はじめて見たときから美形だった。
 天宮くんも負けてないけど、テレビドラマとかで主演していたり、雑誌の表紙を飾ったりしていてもおかしくないくらいの整った顔立ちをしている。ついでに背も高い。天宮くんより少し低いくらい。
 そういえば、はじめて月城くんを見たとき、こんなにも美しい少年がこの世にいたのかと、彼のピアノの旋律とともに驚いた記憶がある。
「ふたつ目は頭がいいこと」
 今度は取られないように、木崎さんは間を空けることなく言った。二本目の指を立てることも忘れない。
「月城くんってね、出席日数があまりよくないんだって。ねえ由美子」
 木崎さんは石川さんへバトンを渡す。
「遅刻早退はあたり前で欠席も多いにもかかわらず、成績はなぜか常に学年トップ。ていうか、テストの点数は全教科必ず満点なんだって。もうすごすぎて笑っちゃうわよね」
 遅刻……早退……欠席。
 そういえば今朝、わたしとぶつかる前、月城くんはどこにいたんだろう。あのときはもう、一限目の授業が始まっていた。
 思い出すと、たしか彼が上の階から下りてきたところで、下の階から上がってきたわたしとぶつかったような気がする。
 よくよく考えてみると、これは少し不自然だ。
 上の階は一年生の教室と、さらに上に屋上があるだけだったのに、どこに用があったんだろう。
 あの時間、一年生の教室に用があったとは考えにくいから、消去法で考えると――
 屋上でひとり、自分の世界の中で静かに時間を潰している月城くん。
 思い浮かべると、ものすごく似合う姿だった。絵になる、という言葉はこういう場合に使うんだと、例になるほどうまくはまる。
 あれはさぼったあとで教室へ行く途中だったんだと、完全に納得した。
 ふたりの様子を見て、まだ理由があるのだろうと察した。
「まだなにかあるかな?」
 わたしはうながした。
「ふふ。三つ目はね、スポーツ万能」
 三つ目の指を立てて、さも当然のように木崎さんは答える。
 そして、
「月城くんってね、サッカーだろうがバスケだろうが野球だろうが、種類を選ばず鬼神ごとき強さを見せるんだって。去年の部活見学でその実力を垣間見せて、すべての運動部が熱烈なラブコールを送ったらしいわよ」
 石川さんが補足説明を続けた。……なんか、ふたりの息がぴったり合ってきた。
「わたしはテニス部だけど、顧問の先生が『全国区でもあんな化け物はいない』って仰天してたよ」
 と、木崎さん。
「あー、そんな話もあったねえ……」
 と、石川さん。
「あと、文化系の部活でもすごかったって話聞くよね」
「うん。美術部で絵を描いてもうまいし、将棋部とか囲碁部でも、月城くんと勝負して誰も敵わなかったらしい……とかね」
 ふたりとも楽しそうだった。やっぱり、「いい男」の話はどこの国の女の子も盛り上がるみたい。
 それにしても。
 ……超人?
 ふたりのいわば「月城伝説」を聞いて、わたしはそんな感想が浮かんだ。
「でもさ、そんなふうに女の子にもてる要素満載なのに、なぜか彼女いないんだよね」
 と、石川さん。
「うん。告白されても即座に断っちゃうんだって。なんでだろうね」
 と、木崎さん。
「理想が高いとか」
「そういえばさ、月城くんてこの学園に入学する前は海外にいたんだよね?」
 海外、という言葉をわたしは聞き逃さなかった。 
「あー、そういえば……」
 石川さんが言いよどんだ。
「だから日本の女性には興味がない、とか」
「ありえるねー。海外の人って腰高いし、目も青いし、金髪だし。日本人じゃ満足できないのか……ちょっと悔しいわね」
 外国人に対して少し偏見が混じっているような気がしたけど、話の腰を折らないように聞き流すことにした。
 でも、話はある意味わたしの目的へと流れてくれた。
「ねえ石川さん、海外って?」
 いちおう事情は知っているけど、わたしはあえて尋ねた。
 いったいふたりは――ひいてはこの学園の人はどれくらい月城くんのことを知っているんだろう。
「これはあくまでも噂なんだけどね……月城くんて昔、プロのピアニストだったらしいわよ。しかもただのプロじゃなくて、それこそ世界でトップクラスの実力を持っていたとかなんとか」
 わたしはいままで以上に耳を澄ませた。
「これ、誰が言い出したんだろうね。誰も月城くんがピアノを弾いてるところなんて見たことないんでしょ?」
 ふたりは知っていた。中村先生が言っていた噂とやらも、どうやら本当らしい。
「でも中村先生は信じてるみたいよ。ピアノ弾いてって頼んでもいつも断られて、まったくとりつく島がないって、よく悔しがってるから」
「ふーん。でも……本当にプロのピアニストだったら、どうしてやめちゃったんだろうね?」
 ……あれ?
 いま、木崎さんが言ったことにわたしは引っかかった。
 ……ピアノを、やめた――?
 違和感がわたしの中で産声をあげる。
「そうだよねー。もったいないよね。お金だって稼げるんじゃないの?」
 ふたりの会話をそっちのけで、わたしは思考の渦へ潜り込んだ。
 わたしは月城くんになんて言った?
『どうして……ピアノを捨てたの?』
 ……あれ?
「ねえ綾瀬さん」
 石川さんの声に、わたしは急に自分の世界から引き戻された。
「あ……なに?」
「綾瀬さん、どうして月城くんのこと聞くの?」
「そういえば、理由聞いてなかったね」
「あ……そ、それは」
 うまくごまかす理由を考えていなかった。
 しまった、と感じたときにはもう遅かった。  
 ふたりの目が怪しく光る。ふたりはその光った目を見合わせ、なにかを確認したような目配せをした。
「もしかして、一目惚れ?」
 好奇心が隠せない様子の石川さん。
「なるほどね。今日元気がなかったように見えたのは、恋煩いのせいね」
 合点がいったという感じの木崎さん。
 そして、「うふふ」と不敵に微笑むふたり。
 一目惚れ。
 ……た、たしかに、それは間違いじゃないんだけど、でも、もっと事情は複雑で……
「え、えっとね」
「昼休み、まだ時間があるわね」
「うん。いろいろ聞き出すには充分だわ」
 とりつく島もなかった。
 そのあとわたしは、ふたりからの質問攻めにあうのだった。


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