BACKTOPNEXT

光紡ぐ神の旋律 ~ Melodies of Memories ~


第三章 04

 さて、図書室を飛び出したところまではよかった。
 けど、肝心の天宮くんの居場所がわからない。行方についてなんの手がかりもない。仕方なくわたしは、自分の教室へと向かった。
 教室では、数人のクラスメイトたちが談笑に花を咲かせていた。男女問わず、みんな仲良く楽しそうだった。
 輪の中に坂井くんの姿を見つけ、わたしは少しほっとした。この中でちゃんと会話したことがあるのは坂井くんだけだった。それに、坂井くんと天宮くんは仲がいい。
 ちなみに坂井くんは活発な運動系という印象を人に与えるのに、部活には入っていないらしい。家庭の事情でバイトをしないといけないという話だけど、こうして話し込んでいるところを見ると今日はお休みみたい。
 せっかくの会話の腰を折らないように気を遣いながら、坂井くんに話しかけた。
「坂井くん、ちょっといいかな」
「ん」
 素っ気のない返事。けれど、こう見えても面倒見はいいんだと、天宮くんは昨日のお食事会で豪語していた。
「天宮くん、どこにいるか知らない?」
「天宮?」
 坂井くんは驚いたような様子を見せた。
「……どうしたの?」
「いや、天宮もさっき綾瀬さんのこと探してたぞ」
「え?」
 天宮くんがわたしを? 
「……どうして?」
「理由は知らんけど、綾瀬さんを見かけたら教えてくれってさ……あー、その様子じゃまだ会ってないんだな……ちょっと待ってろ」
 そう言って携帯を取り出し、電話をかけ始めた。
「あ、もしもし――おまえの尋ね人が見つかったぞ――てゆーか、その尋ね人もおまえを探してるみたいだぞ――ああ、俺らの教室にいる」
 坂井くんはわたしに携帯を差し出してきた。
「代わってくれって」
 わたしはうなずき、携帯を受け取る。
「もしもし」
『あ、綾瀬さん? ごめん、ちょっと話したいことがあるんだけど、いまから少しだけ時間くれるかな?』
「うん。大丈夫だよ」
『じゃあ、A校舎の屋上に来てくれるかい?』
「わかった」
『それじゃあね』
 携帯を耳から離す。すると、そこにすかさず坂井くんが言った。
「なあ、綾瀬さんと天宮ってさ……」
 しみじみとつぶやくような声だった。
「もしかして、もう『できちゃって』たりするのか?」
 この台詞に、まわりのクラスメイトたちが、まるで水を打ったように静かになる。 
 できちゃったって、なにが――と思ったのは一瞬で、わたしは坂井くんがなにを言わんとしているのか、それがピンときた。
 ……転校してきたのは昨日なのに、どしてそんなすぐっ!
「ち、違います! 全然そんなんじゃないからっ!」
 全力で否定してしまった。顔が熱い。ああ、また熟れたトマトのように真っ赤になっているんだろうなあと、恥ずかしさにさらなる拍車がかかる。
 今日はわたしの羞恥心が、かなり忙しい日だ。
『そんな全力で否定しなくても……』
 哀しさをはらんだ悲痛な声が、わたしの手もとのあたりから聞こえてきた。
 そしてわたしの血の気が一気に引いた。たぶん、真っ赤だった顔が一気に青ざめたと思う。
 ……あああっ、わたしってやつはっ!
「あ、天宮くんっ!? 嘘っ、わたし、通話まだ切ってなかった!?」
 天宮くんもまだ切ってなかったみたいっ!
『僕ってそんなに魅力ないかな? 見込みゼロ? くすん』
「あ、え、えっと、そんなんじゃないから! 誤解だからね天宮くんっ。だから泣かないで!」
『うん? ……ということは見込みありだね――よし決めた』
「え?」
『綾瀬さん、はじめて会ったときから好きでした』
 一瞬の間。
『マジです』
「ええっ!?」
 衝撃の告白。
『というわけで、僕と結婚してください。いますぐに』
 結婚……結婚っ!? 
 告白を通り越してプロポーズされてしまった。
『あ、どうせならいまから屋上で式を挙げようか。……お? どうせならそこにいるみんなにも祝ってもらおうか。うん、これはナイスアイディアだね』
「あ、じゃあ俺、神父の役やるわ」
 坂井くんも天宮くんの声が聞こえているのか、話に乗ってくる。楽しそうな表情だった。
『あ、悪いね。よろしく頼むよ』
「ああ。任せろ」
「ちょ、ちょっとふたりともっ」
 ……な、なんなのよ、もう!
 もう、意味がわからない。
 わたしはぺたんと、近くにあった椅子に座り込んだ。その勢いで携帯を取り落としそうになるのを、坂井くんがナイスタイミングでキャッチする。
「……おい天宮。おまえからかいすぎだぞ。綾瀬さんって純情みたいだけど、さすがにかわいそうになってきた」
 携帯から笑い声が漏れてきた。天宮くんの爽やかな――それでいて憎たらしい笑顔が浮かんでくる。
「ちゃんと謝っておけよ――ああ、伝えておく。じゃあな」
 教室に沈黙が訪れた。
 やがて、みんながどっと沸いた。みんな、それこそおなかを抱えるようにして大声で笑い出す。
「綾瀬さんてさ……」
 クラスメイトのひとりがつぶやく。
「最初はすごく真面目な子だと思ってたけど、意外にお茶目だね」
「あ、わたしもそれ思った」
「あ、俺も」
「うん、そうだね」
「なんかギャップがあってかわいいよね」
 クラスにいたみんなが、わたしのことを見て思い思いのことを口にする。
「だ、だって、いまのは天宮くんが」
 頬がさらに熱くなる。
「あー、でも綾瀬さんの驚きようは傑作だったね」
「うんうん。写真に撮っておきたかったよ」
「あははは」
 それらの言葉に、わたしに対する本気の蔑みや嘲りは微塵も感じられない。居心地の悪さなど皆無で、むしろ、なんか心地のいいものがわたしを包んでくれる。
「もう。みんなったら……」
 わたしも自然に笑みがこぼれた。
 恥ずかしかったけど、こういうの嫌いじゃない。
 すごく楽しい気持ち。そして温かい。
「綾瀬さん」
 坂井くんが言う。
「天宮が屋上で待ってるってさ。あと、からかってごめん、だって」
「うん。許さない」
 わたしは笑顔で答えた。
「はは。あいつは簡単には死なないから、屋上から突き落とすぐらいの復讐でも構わないぜ」
 坂井くんは、笑うと少し幼く見える。それが妙にかわいい。
「うん。覚えておくね。ありがとう、坂井くん」
 このクラスは、わたしが思っていた以上にずっと温かい。みんなとの距離も、昨日と比べれば大きく縮まった気がする。
 転校してきてからまだ間もないのに、わたしはもう何年もこのぬくもりに触れていたような、そんな錯覚が生まれた。
 もう少しだけここにいたいけど、天宮くんを待たせるのも悪い。からかわれてたとはいえ、約束したんだし。
 ぬくもりから離れる名残惜しさを感じながら、わたしは教室をあとにした。


BACKTOPNEXT

総合TOP  /  WORKS TOP

Copyright © 2017 One Night Works/悠城健太朗, All Rights Reserved.