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光紡ぐ神の旋律 ~ Melodies of Memories ~


第四章 01

 目の前に広がる白い砂浜に、波が打ち寄せている。
 一定の間隔で聞こえてくる潮騒は心地よく、棘のある心を丸めてくれた。
 砂浜の手前にある堤防に座り、冷たいレモンティーを飲みながら呆けていた。
 いまは放課後。水平線の少し上くらいに夕日が浮かんでいる。ここに来たときはまだ、太陽は見上げるほどの高さにあった。けど、気がついたらいまはかなり下のほうだ。思いのほか長い時間、考え込んでいたらしい。
 気温もかなり下がった。昼間に比べたらずいぶんと涼しくなった気がする。
 それにしても、俺もひまだなとしみじみ思う。
 部活には入ってないし、バイトもしていないから、時間があるのは当然だ。ふつう、それなら同じくひまな友達とカラオケなりゲームセンターなり遊びに繰り出すんだろうけど、俺にはその選択肢はない。
 そもそも、俺に友達と呼べるやつはいるのだろうか。
 ……ああ、そういえばあいつがいたな。
 いや、でもあいつは一般的な意味での友達と解釈していいのだろうか。どこか違う気がする。
「……ま、いっか」
 どちらでもいい。あいつとの関係は、たぶんこの先ずっと変わらないだろうと思う。空の不変性と一緒だ。
 ……ちょっと違うか?
 再び砂浜に目を向けた。
 離れた場所で幼稚園児くらいの子どもがふたり、母親らしき人に見守られながら遊んでいた。男の子と女の子が仲睦まじく、砂の城を作りながらはしゃいでいる。兄妹だろうか。
 そのふたりの姿を見て俺は、過ぎ去りし日の思い出が甦ってきた。そういえばこの場所は、あの子とふたりきりでよく来てたところだ。
 それまでの価値観を変えた、ひとりの少女。
 俺がピアノを弾き続けたのも、やがてピアノを捨てることになったのも、結局は全部彼女の――
 でも、あの子はもういない。
 俺は彼女を最後まで守ってやれなかった。
 俺はあの子を失って、とことんだめになった。自分の居場所を完全に見失った。
 そしてピアノを弾き続けることができなくなった。だからピアノを捨てた。そう。ピアノを「やめた」のではない。「捨てた」のだ。もう弾き続ける理由がなくなったから。
 喪失感。
 絶望感。
 孤独感。
 そんな負の感情が、俺の内面からにじみ出そうになる。
 同時に、つい涙腺が緩みそうになった。あのとき枯れるほど泣いたのに、俺にはまだ流すほどの涙が残っているのだろうか。
「くそ……なんだってんだ」
 そして、人前でピアノを弾きたいという衝動も、俺のどこかでくすぶっているような気がした。
 綾瀬由衣。
 彼女の姿を思い出す。
 今朝、彼女に出会ってから俺の中のなにかが変わったような、奇妙な衝動があった。俺が苛立っていたのも、もしかしたらその変化が原因かもしれない。
 彼女はなんで、俺がピアノを捨てたことを知っていたんだろう。この国でそれを知っているやつは――
「秀一」
 あいつの声。
 俺の真実を知っている数少ないやつ。
 声のしたほうに振り返る。
 そこには、底知れない笑みをたたえた男がいた。
「やっぱりここにいたんだね。きみは」
 そう言いながら、俺の隣に腰を下ろした。手にはミルクティーの缶が握られている。あいつは自販機でいつもこれしか買わない。
「首尾は?」
「はは。なんか秘密の会合みたいでかっこいいね。その言い方」
「おまえのことだから、いまの段階で仕入れられる最低限の情報は、うまく聞き出せたんだろ」
「まあ――ね」
 どうやら首尾は上々らしい。あいつの態度がそう物語っている。
 あいつは缶のプルトップを開け、口をつける。俺も同じように、残っていたレモンティーを飲み干した。
「さて、報告といきますか」
 そして、あいつこと天宮哲郎は、静かに語り出した。


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