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光紡ぐ神の旋律 ~ Melodies of Memories ~


第四章 03

 想像していた以上に、今夜は冷えていた。
 この時期にしては記録的な寒さです。今夜は、温かくしてお休みしてください――天気予報のお姉さんがそう言っていった。
 自室にあるパソコンでインターネットを駆使し、とある情報を検索していた。
 いまの時代、とりあえずインターネットさえあれば、だいたいの調べものには困らないから助かる。便利な世の中になったものだ。
 ……年寄りくさいことは置いておこう。
 検索項目は以下のとおりだ。
『綾瀬孝明』
『ピューリッツァー賞』
『写真』
 堤防の上で哲郎と話したあと、すぐに帰宅した。けど、家に帰ってからずっと気になってしまったことがある。そのせいで食事も風呂も、かなりおざなりになってしまった。
 壇上で語る綾瀬孝明氏の戚然とした様子。あれにはいったい、どんな意味があったのだろう。
 三年も経ったいまになって気になりだしたのは当然、娘である綾瀬由衣のこともある。
 検索にはかなりの件数がヒットした。綾瀬孝明氏はある程度著名なジャーナリストだから、それもうなずける。
 いくつかのサイトを経由して、やがて目的のものにたどり着いた。一枚のカラー写真が、パソコンのモニターに写し出される。
「……これか」
 ひとことでいえば、かなり凄惨な写真だ。
 遠景に写るのは崩れた建物、立ちのぼる黒煙、逃げ惑う人々など。そして、これが被写体だろうと推察できるのが、写真の中央よりやや下の部分に見受けられる。
 建物の瓦礫の下から天に向かって伸びる、一本の腕――血まみれの腕。
 写っているのは肘から上の部分で、それ以外の体の部分は瓦礫の下にあるのか、確認することができない。
『地獄のような絶望の中、天の希望に手を伸ばす犠牲者』
 これが写真の題名だ。
 そう。
 これが、綾瀬孝明氏がピューリッツァー賞を受賞することになった写真だ。
 紛争が続く中東の某国。市街地での無差別テロ。そして写真の題名。これだけの情報があれば、もう詳しい説明は不要だろう。
 ひとつの作品として見るならば、この写真は見事なものだ。果てしなく愚かな人間の行為を、この写真はたった一枚で表現している。
 三年前、綾瀬孝明氏は、紛争地域の取材中に偶然にこれを撮影したらしい。
 この写真は、世界中で公開されて多くの反響を得た。自らの危険を顧みず、ただ真実のみを撮影した孝明氏のジャーナリズム精神を讃える声や、写真に写っている犠牲者をなぜ撮影する前に助けなかったのかという、孝明氏の行動を非人道的と非難する声――とにかく大反響だったと記憶している。
 ただ、写真が公開された当時、俺は世間ほどの関心がなかった。桃子とピアノ以外には興味がなかったからだ。
 だから遠目には見たことがあるけど、この写真をちゃんと見るのは今回がはじめてだったりする。 
 綾瀬孝明氏は、この写真を撮ってなにを思ったんだろう。
 人間の愚かで残虐な行為をファインダー越しから目の当たりにし、激しく憤ったとか、想像することはできる。
 ……けど、本当にそれだけだろうか?
 もっとよく見てみよう。
 求める答えがこの写真に映っていることを期待して、俺は目を細めて凝視した。
 爆発で崩壊したとおぼしき建物。背後で逃げ惑う人々。この人たちには、例外なく恐怖の表情が張りついていた。
 ……このあたりは別におかしくない、か。
 被写体の犠牲者……この犠牲者は、おそらくは高い確率で一般人だと思う。また、写った血まみれの腕をよく見ると、その細さや形状から女性の左腕だと推測できる。さらによく見ると、手首には腕時計が確認できた。
「……ん?」
 奇妙な既視感を覚えた。
 この腕時計……
 写真を保存し、画像編集ソフトを立ち上げた。パソコンにプリインストールされていたソフトだったけど、必要がなかったからいままで使ったことはない。ソフトを通じて、例の写真を開いた。
 腕の部分を拡大してみる。引き伸ばされて荒くなった画像は、しばらくすると自動的に補整、さらに調整された。意外に高性能のソフトだ。
 腕時計の部分が鮮明に表示された。金色に縁取られた文字盤に茶色い皮のベルトが、はっきりと認識できる。
 文字盤にはローマ数字が並んでいる。かろうじて確認できるだけだが、短針はだいたい「Ⅹ」、長針はだいたい「Ⅴ」のあたりを示しているような気がする。つまり、示された時刻は十時二十五分頃だと推察できる。
 この腕時計……金色に縁取られた時計本体に茶色のベルト……そしてこの時刻。
 この時刻を示した腕時計を、最近どこかで見なかったか?
 記憶の中を検索する。
 ――綾瀬由衣。
 今朝、出会いがしらに俺と衝突した彼女――右手首に腕時計をしていたから左利きだと判断した俺の推測――俺の手を握って立ち上がった彼女――手で服を払う彼女をさりげなく観察した俺――そうだ。このとき、俺は彼女の腕時計を見て、なにか違和感を抱かなかったか? 一瞬のことだったから、あまり気にも留めてなかったけど、あれはどうしてだ。
 思い出せ……思い出すんだ。
 あのときの時刻は、一限目の途中……たしか、午前九時二十五分頃だったはずだ。
「――――?」
 それなのに、綾瀬由衣の腕時計は。
 彼女の腕時計は、なぜか「十時二十五分」を示してなかったか?
 一時間進んだ腕時計の時刻。
 そうだ。完全に思い出した。
 あの腕時計は、時刻が狂っていたか、さもなくばあの時刻のまま止まっていたんじゃないのか。
 だから俺は、それを見て違和感を抱いた……?
 「……どういうことだ?」
 俺のつぶやきに返事はない。部屋には俺ひとりしかいないから当たり前だ。
 でも、誰か答えてほしい。これが奇妙な偶然の一致だといえるのか。そして、こんな奇妙な偶然がこの世にあっていいのか――? 


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