BACKTOPNEXT

光紡ぐ神の旋律 ~ Melodies of Memories ~


第五章 03

 今日は、すこぶる調子が悪かった。
 寝不足に加えて、あんなつらくて哀しい夢を見たから。さらに目覚めたあと、あの人のことまで思い出してしまった。
 アンニュイな気分、ともいう。朝からそんな調子で登校し、気分が乗らないまま過ごしていたら、いつの間にか放課後になっていた。
 まるで気が入らない。最近こんなことばっかりだ。
 いまは帰りのホームルームが終わった直後。教室の中はいつも以上の喧騒に包まれている。 今日は職員会議があるらしく、すべての部活動がお休みになった。
 ねえ、これからどこに遊びに行こうか――そんな声があちこちから聞こえてくる。
「綾瀬さん」
 石川さんに呼ばれた。
「あのさ、これから時間ある? クラスの連中とカラオケに行こうって話になったんだけど」
「カラオケ……」
 みんなで歌って騒ぐところ。話に聞いたことはあるけど、実際に行ったことはない。イタリアではそんな機会も時間もなかったし。 
 人前で歌う……?
 できるのかな、わたしに。
 音程はとれると思うけど……ていうか、日本の流行歌ってよく知らなかった。ポップスはほとんど聴かないし。
「……えーと」
 ……どうしよう。
 誘ってくれたのはありがたいけど、今日はそんな気分じゃない。こんな気持ちだと楽しめないと思う。それじゃみんなに失礼だ。
 ……今日は断ろう。ごめんね、石川さん。
 と決断した矢先、今日の日付を思い出した。
「あっ」
「え、なんか用事でもある?」
「う、うん、今日はちょっと……」
 別に今日じゃなくてもよかったけど、なるべく早いうちに済ませておきたい用事があった。
「わかった。また今度ね」
「うん。ごめんね、石川さん」
 石川さんは立ち去り、わたしはひとり残される。
 取りに行かなくちゃ……あれを。
 つらいことを思い出すから、本当はあまり見たくない。でも、あれをさすがに放り出すわけにもいかない。
 大切な物だから。
 あの人から送られた、大事な品。
 わたしの宝物。
 ……元気にしてるかな、あの人は。
 あの人。
 わたしの中には、ふたりの「あの人」がいる。ひとりは、感謝してもしきれないほどの恩がある人。もうひとりは、恨んでも恨みきれない怨念がある人。
 ……あ、また思い出しちゃった。
 もう、後者のほうのあの人のことを思い出すのはやめよう。今日はさっさと用事を済ませて、家に帰って大人しくしてよう。
 ……うん。それがいい。
 おもむろに鞄を持ち、喧騒に包まれる教室を、静かにあとにした。


BACKTOPNEXT

総合TOP  /  WORKS TOP

Copyright © 2017 One Night Works/悠城健太朗, All Rights Reserved.