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光紡ぐ神の旋律 ~ Melodies of Memories ~


第十一章 09

 死ぬって言った。
 月城くんは、迷いのない瞳で死ぬって言った。桃子のそばに行くことが俺の答えだと、なんの躊躇もなく言った。
 それがなにを意味しているのか、さすがのわたしでも理解できる。
 ヴァイオリンケースを片手に、天野宮自然公園の遊歩道をがむしゃらに走っていた。
 周囲の景色を楽しんでいる余裕なんてない。
 月城くんの姿はどこにもなかった。
 ……月城くんはどこ? ……なんでどこにもいないのっ!?
 いない。
 大切な彼が、わたしの視界の中にいない。
 焦燥を表すメーターが、限界を越えそうだった。
「はあ……はあ……」
 息が切れ、つい立ち止まる。
 展望台から一心不乱に走ってきたから、運動不足のわたしにはこたえた。 
 どうすればいいの?
 死を覚悟した月城くんを救うためには――っ!
 月城くんだけじゃなく、自分までも見失いそうになった。
「だめ……考えて……考えるのよ、綾瀬由衣」
 思考を止めちゃだめ。
 考えて。
 冷静に。
 そう……冷静に。
「……もう大丈夫……大丈夫だから」
 なんとか自分を取り戻した。
 しっかり考えないといけない。時間がないから迅速に。でも的確に。
 月城くんは自ら死ぬことを選んだ。
 それなら、彼ならどこで最後を迎えるだろう。
 わたしは周囲を見渡した。遊歩道の周囲は、青い芝生が敷き詰められた広場がある。
 楽しそうにボール遊びに夢中になっている子どもたちや、それを見守る親のやさしげな視線。そんな喧騒が、その広場いっぱいに賑わっていた。
 ……この場所で、月城くんは自ら命を絶つのかな。
 月城くんは、本当は誰よりもやさしいんじゃないかと思う。
 なんとなくの漠然としたイメージでしかないけど、それは間違いないとわたしは確信している。
 大勢の人たちが憩いの場としているこの公園。
 そんな場所で自殺者が出たら、ここに集う人たちはどう思うだろう。やさしい月城くんが、このぬくもりの満ちたしあわせな空間に水を差すことをするだろうか。
 月城くんは、もうここにはいない。
 彼が命を絶つなら、別の場所――わたしの勘がそう結論づけた。
 それなら、どこ?
「……わかんない……わかんないよ……」
 月城くんがどこで死を選ぶのか、見当もつかなかった。
 わたしは彼のこと、実はなにも知らないのと同じようなものだった。
 ……そうだ。
 月城くんのことをよく知っている人物を、わたしはひとりだけ知っている。あの人なら、あるいは――
 わたしは携帯電話を取り出し、すぐにコールした。呼び出し音が、いつもよりやたらと長く感じた。
『はい』
「天宮くん、助けてっ!」
 通話の相手――天宮くんが声を発した瞬間に、わたしは叫んだ。 
『あ、綾瀬さん……どうしたの? そんなに慌てて』
「あ、あのね、月城くんが」
 うまく言葉が紡げなかった。
 慌てないって決めたのに、わたしの馬鹿。
『秀一? 秀一がどうかした? そういえば、例の計画はうまくいった?』
 例の計画。お墓参りをしている月城くんに、わたしのヴァイオリンの演奏を聴いてもらうこと。 
 それ自体は成功した。
 でも、そのせいで思いがけない状況を――最悪の展開を呼び起こしてしまった。
「そ、それは大丈夫だったの。でもっ、そのせいで月城くんは死ぬって!」
『え……死ぬ?』
「うん……月城くんが――」
『あ――ちょっと待って!』 
「え?」
 答えは返ってこない。痛いまでの沈黙だけが返ってきて、わたしは不安になった。
『……いま、秀一とすれ違った』
 天宮くんの声に、真剣な響きが加わった。
「えっ!? どこでっ!?」
「僕はいま、海岸沿いの道を歩いているんだけど……タクシーに乗った秀一と目が合った……あいつ……泣いて……いた……?」
 泣いていた。
 あの、月城くんが?
『綾瀬さん、いったいなにがあったんだ?』
「それは――」
 わたしは事情を話した。わたしの演奏を聴いた月城くんが、死を決意したこと。
『あの馬鹿……そんなことをっ!?』
 天宮くんの声には、隠しようがないほどの苛立ちが含まれていた。
『とりあえず僕は秀一を追うよ。だから綾瀬さんもタクシーを捕まえて、急いでこっちに向かってくれ!』
 天宮くんが走り出したような、そんな気配が伝わってきた。
「う、うん……でも、どこへ?」
『たぶん、あそこだ』
 わたしはその場所を聞いた。
 ……そこが、月城くんが選んだ最後の場所?
「その場所は……?」
『ヨーロッパへ渡る前、秀一と桃子ちゃんがよくいた場所だよ。いまでも秀一はよくそこにいる……あいつが他人にそれほど大きな迷惑をかけずに死にそうな場所は、そこぐらいしか思いつかない』
 天宮くんの声に含まれた苛立ちの響きが、哀しそうな響きに変わった。
 天宮くんはやっぱり、月城くんのことをなんでも知っている――その事実に、わたしは少し嫉妬心を覚えた。
『とにかく、急いでくれるかな。焦らなくてもいいから』
「うん!」
 通話を切り、携帯電話をポケットにしまった。
 そして、すぐに走り出した。
 この遊歩道の終点は、天野宮自然公園に車で訪れた人たちのための駐車場になっている。 そこにはたしか、駅へ向かうバスやタクシーのターミナルもあった。
 走りながら決意する。
 月城くん――
 絶対に、あなたを死なせないから――!


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