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光紡ぐ神の旋律 ~ Melodies of Memories ~


間奏曲 ― Interlude ― 02

 他人に感動してもらうのが嬉しくて、喜んでもらうことがただ楽しくて、月城秀一はピアノを弾いていた。
 どんな人でも自分のピアノを聴いてくれたら、それこそ人生でいちばんしあわせなことがあったように喜び、感謝してくれる。
 他人のしあわせ。 
 それをピアノを弾くことで達成するのが、秀一にとってこの上ない喜びであり、最高のしあわせであった。
 自分がいつからピアノを弾き始めたのか、よく覚えていない。
 物心ついた最初の記憶は、ピアノを弾いて遊んでいる記憶だった。
 両親が言うには、家には昔からグランドピアノがあり、いつの頃からかそれをおもちゃにして遊んでいたらしい。
 もともと音楽が好きだった秀一の両親は、早くに秀一が持つ特異な才能に気づいた。
 秀一には、専門的な音楽教育をなにひとつ教えてない。楽譜の読み方すら教えてない。
 それなのにもかかわらず、大人でも弾きこなすのが困難な難曲を、四歳の時点で完全に弾きこなしていた。
 ある日、どこでその曲を覚えたのと、母親が訊いた。
「あのね、テレビでやってたんだよ」
 秀一の無邪気な答えは、母親を驚愕させるに充分だった。
 秀一の母親は幼少の頃から長いあいだ、ピアノの英才教育を受けていた。
 一時期はプロを目指していた時期もあった。しかし早くに結婚や出産などがあってその夢はあきらめるが、自分でも一定以上の才能はあると自覚していた。もちろん、他人のピアノの才能をある程度は察することができる耳もある。
 その母親ですら、自分の息子の才能を正確に計り知ることができなかった。
 秀一は楽譜が読めないのにもかかわらず、楽譜に描かれた曲の世界観を完全に再現する。 再現するどころか、想像を凌駕するはるかな高みでの演奏を可能にしていた。
 楽譜を徹底的に読み込み何度も練習して、作曲者が意図した曲の世界観を表現するという音楽の常識を、秀一は己の感覚のみでやってのけた。
 そして、その音色には言葉で表すことのできない稀有な輝きがあった。
 これがどれほどすごいことなのか考えたとき、母親は息子に対する戦慄と畏怖の念から震えが止まらなかった。
 それから間もなく、試しに出場させた全国規模のピアノコンクールで、月城秀一の名は瞬く間にピアノ業界の話題を独占する。
 コンクールでの優勝という輝かしい結果を通り越し、名だたる交響楽団から共演の誘いを受けた。
 しかし母親は、ある危機感を抱いた。
 音楽がビジネスとして成り立っているのは事実である。
 秀一がその気になれば、ピアノ界の寵児として名をはせ、結果的にかなりの利益を上げることが可能だろう。
 けれど、もし。
 これから先、秀一の才能を通じて、わたしたち両親を含む大人が、金儲けに走ってしまったら。
 金儲けのために、秀一にピアノを弾くことを強制してしまったら。
 そして、どんなものにも釣り合わない秀一の天上の才能を、大人の利己心で潰してしまったら。
 ――そんなことは許されない。
 秀一の才能は誰も侵してはならない。
 親である自分ですら、例外ではない。
 秀一のやりたいようにやらせよう。もし秀一がピアノをやめたいと言い出したら、それはそれで構わない。
 だからわたしたちは、それまで秀一の才能を守っていこう。そう決意した。
 この決断に、秀一の父親も同意した。大人の利己心を真っ先に排除しようとした秀一の両親は、紛れもなくすぐれた人格者だった。。
 そして交響楽団の誘いを丁重に断り、母親は自らが秀一のマネージャーとなった。
 格式の高い交響楽団ではなく、最初は秀一にとって身近なところから始めよう。
 金儲けのことは考えなくてもいい。
 まず、秀一のピアノを聴いてもらおう。
 母親は秀一に尋ねた。
「あなたのピアノを必要としている人たちがいるの。その人たちの前で弾きたい?」
「うんっ!」
 秀一の迷いのない純粋な答えに、母親は自分の決断が正しかったことを確信した。
 最初は一種のボランティアをしようと考えた。病院や老人介護施設、児童養護施設など、演奏会の許可がもらえる公共施設を可能な限り探した。
 候補のひとつに、とある孤児院が見つかった。
 月城家が住む天野宮市の北部にそびえ立つ天野宮山。
 なだらかな稜線と季節による自然の彩が特に美しいとされる風光明媚な山中に、その孤児院はあった。
 親を亡くし天涯孤独となった子、親に虐待されて行政から保護された子、なんらかの事情で親から離れなければならなかった子――そんなわけありの子どもたちを保護し、育成する目的で設立された施設だった。
 子どもたちに喜んでもらえるような楽しいイベントを――そんな考えを最近になって持ち始めた孤児院の院長に、秀一の母親の意向が迎え入れられた。
 もともと月城の家から車で数十分の距離にあったから、ほどなくして演奏会の日程が組まれることになる。
 秀一にとって、はじめて単独の演奏会であった。
 最初の一歩。
 このことが運命の邂逅を果たすきっかけとなることは、まだ誰も知らない。


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