BACKTOPNEXT

TEKESTA -テケスタ-


○序幕


 客席の明かりが落ち、完全に暗転。
 そのさなか、テケスタの三人が舞台上に登場。
 音楽が流れ始めると同時に明転し、オープニングダンスへ。
 オープニングダンスが終わると、潜入ミッションの演出(台詞はなく、動きと仕草だけ)。
 黒子と赤い糸を使ったややコミカルなイメージ。
 最後は失敗し、警報が鳴る。
 テケスタの三人、その場から逃げるという体で退場。
 黒子たちも退場し、徐々に暗転。
 暗転の間、舞台上に事務所のセットが組まれる。


 

○第一幕 第一場


 明転。
 雑居ビルの一室。
 簡素な事務机やソファ、テーブルなどがある。
 空間の片隅にはポットやカップ、ラジカセなどの小道具も。
 ここがスパイチーム「テケスタ」の事務所である。
 龍一が板付きの状態で始まる。
 龍一は面倒な様子で書類を作成中。
 史郎登場。

史郎「おはよう」

龍一「……おはよう」

史郎「間に合った」

龍一「ぎりぎりセーフだ。あと一分で遅刻だったぞ」

史郎「だから走って来たんだよ。あー、朝っぱらから疲れた」

龍一「朝っぱらから情けない。史郎はもっと体鍛えろ」

史郎「俺はデスクワーク専門だから、肉体労働は任せるよ……龍ちゃんは朝からなにやってるの?」

龍一「始末書」

史郎「え、龍ちゃんなんか失敗したの?」

龍一「俺だけの失敗じゃない。前回のミッションだ。最後見つかって警報鳴っただろ!」

史郎「でも、任務自体はちゃんと達成したでしょ。目的のブツはちゃんと回収して希美さんに渡したし」

龍一「そうだけどな、その佐倉さんが書けってうるさいんだよ」

史郎「ふーん」

龍一「ふーんって、そんな人事みたいに」

史郎「龍ちゃんなんか料理作ってよ。朝ご飯食べてないから、おなか空いた」

龍一「おまえな。人の話聞いてたか? これ終わったらな」

 唐突に音楽が流れ始める。
 隼人登場。
 イヤホンをつけ、音楽に合わせて踊りながら入ってくる。

隼人「おはよう!」

史郎「ねえ隼人ちゃん、音、漏れてるよ。かなり盛大に」

隼人「は?」

史郎「だから! 音が漏れてるって!」

隼人「は?」

龍一「わざとやってるのかおまえは」

 龍一、隼人からイヤホンをひったくる。
 音楽停止。

隼人「やあ龍一、おはよう。相変わらず眉間にしわが寄ってるね」

龍一「誰のせいだ。ちょっと遅刻だぞ」

隼人「朝の連続テレビ小説見てたから」

龍一「そんなのんきな」

隼人「それからシャワー浴びた」

龍一「おまえな!」

史郎「さすが隼人ちゃん。相変わらずマイペースだね」

龍一「マイペースにも限度があるだろ」

 隼人、陽気に踊る。

史郎「隼人ちゃん、今度はなににはまってるの?」

隼人「マイケル・ジャクソン!」

史郎「へえ」

隼人「史郎も一緒にどうだい」

史郎「踊り? えー、どうしようかな」

龍一「ダンスやる前に体を鍛えろ。史郎、この中じゃおまえがいちばん軟弱だろ」

史郎「僕はコンピューター専門だから。肉体労働は苦手なの」

龍一「じゃあ俺の代わりに始末書書くか?」

史郎「それはやだ」

隼人「始末書ってなんだい? 龍一まさか、なんか失敗した?」

龍一「だーかーら! この前の潜入ミッションだって言っただろ」

隼人「ああ、あれね(史郎を見る)」

史郎「な、なに?」

龍一「最後に赤外線触れたの、明らかにおまえだよな」

史郎「俺? い、いや……どうだったかな」

隼人「俺、史郎が引っかかってるのばっちり見た!」

龍一「俺も」

史郎「なんだよ! たしかに俺が最後に引っかかったのは認めるよ! でも俺だって隼人ちゃんが引っかかってるの見た!」

隼人「ぎくっ」

龍一「ぎくってなんだ。おい隼人、どういうことだ」

隼人「あはは」

龍一「笑って誤魔化すな!」

隼人「すいませんでした!」

龍一「まったく。おまえもか」

史郎「俺だけが悪いわけじゃないじゃん」

隼人「だけど! 実は俺も、龍一が赤外線に触れてるところ見たんだなこれが」

龍一「ぎくっ」

史郎「ちょっと龍ちゃん、どういうこと?」

龍一「リ、リーダーの俺がそんなミスするわけないだろ」

隼人「最初に引っかかったのは龍一だ!」

史郎「龍ちゃ~ん?」

龍一「だ、だから、リーダーの俺がそんなミスをだな……(睨まれて)悪かったよ! 俺も引っかかりました!」

隼人「ほら見ろ」

史郎「嘘はいけないよ、龍ちゃん。希美さんに言いつけちゃうぞ」

龍一「……わ、悪い」

隼人「被告人龍一。有罪判決を言い渡す」

史郎「よって、これから美味しい美味しい朝ご飯を作らないといけない刑に処する」

隼人「大人しくキッチンに向かいなさい」

龍一「はい…………いや、待て! おかしいだろ!」

史郎「おかしくないよ。嘘ついた罰だ」

隼人「そうだそうだ」

龍一「だから、俺はまだ始末書が残ってるんだよ!」

隼人「オムライスがいいなぁ。史郎は?」

史郎「俺は和食かな……しじみの味噌汁がいい」

隼人「和食も捨てがたいな」

龍一「人の話を聞け!」

隼人「だってさ、踊りながら来たからおなか空いたんだよ」

龍一「どいつもこいつも……やだ。自分で作れ」

隼人「だって、この中で料理いちばんうまいの龍一じゃん」

史郎「そうだよ。しかも最近任務続きで龍ちゃんが作る料理食べてない」

隼人「俺の胃が、君の料理を欲してるんだ」

史郎「そうだそうだ」

龍一「うるさいな。冷蔵庫の中になにかあるだろ。チンして食え。俺は始末書書かないといけないの」

史郎「ひどい!」

隼人「これから始末書龍ちゃんって呼ぶぞ!」

龍一「あーもう! さすがに怒るぞ! ったく、もうそろそろ佐倉さんが来るっていうのに、まだ始末書終わってないじゃんか」

 龍一、再び机で始末書作成を再開。

史郎「え、希美さん来るの!」

龍一「ああ」

史郎「やった!」

龍一「俺の苦労を知らずにぬけぬけと」

隼人「始末書取りに来るの?」

龍一「そう」

隼人「じゃあ早く終わらせないとね」

史郎「そうだよ。希美さん困らせたらダメだからね! ほら、さっさとやって」

龍一「わかってるよ! だからおまえら、もう邪魔するなよ……あ、そういえば、ほかに大事な話もあるって言ってたな」

史郎「なに?」

龍一「詳しくは知らない」

隼人「ははーん、きっとあれだ」

史郎「え、隼人ちゃんわかるの?」

隼人「きっと結婚の報告だ」

 龍一と史郎、驚く。

隼人「だって佐倉さん、もういい歳でしょ。そろそろお嫁に行かないと、クリスマスを過ぎたクリスマスケーキみたいに売れ残っちゃう」

史郎「そんな! 相手は誰だ」

隼人「きっとあの人だ」

史郎「誰」

隼人「東郷さん」

史郎「そんな! 東郷さんがどうして!」

隼人「だって佐倉さんの身近にいて、佐倉さんが惚れそうなほどいい男っていったら東郷さんしかいないでしょ」

史郎「たしかに東郷さんは渋くてかっこいいとは思うけど」

隼人「むむ。もしかしたら辰巳のアニキっていう可能性も」

史郎「辰巳さん! そんな、東郷さんならともかく、あんなチャラチャラした人に希美さんが惚れるわけないでしょ!」

龍一「おまえにだけはチャラチャラしてるなんて言われたくないだろうな」

隼人「わかんないよ。だって辰巳のアニキは毒とか薬品とかそういうの詳しいからね。もしかしたら超強力な媚薬を作って使ったのかも」

史郎「そんなの卑怯だ!」

隼人「あちゃー、どちらにしても史郎には太刀打ちできそうにないね。残念だ」

史郎「ダメだ! 希美さんは渡さない!」

隼人「そうだ史郎。こうなったら力尽くで奪い取るしかないぞ!」

史郎「よし! 龍ちゃん!」

龍一「なんだよ」

史郎「俺のことを鍛えてくれ!」

龍一「はあ?」

史郎「龍ちゃんに鍛えてもらって、東郷さんと辰巳さんを負かすくらい強くなってやる!」

龍一「あのな。東郷さんは剣術から空手からテコンドーまであらゆる武術のエキスパートだぞ。おまえみたいなヒョロッっとしたやつが何年修行積んでも敵いっこない」

史郎「やってみないとわからないだろ!」

龍一「辰巳さんにしてもそれなりに強いんだから、おまえには無理だ。だいたい、佐倉さんが結婚するなんて話は隼人の――」

史郎「それでも俺はやるんだ!」

隼人「龍一、せっかく史郎がやる気になってるんだから。ね?」

龍一「嫌だ。今の俺はおまえらの戯れ言には付き合ってられない」

隼人「そんなこと言わずに。あの史郎が自分から鍛えてくれって言ってるんだよ? こんなチャンス、二度とないぞ!」

龍一「だから、始末書が」

隼人「それは俺がやっておくから」

龍一「ほんとか? ……まあ、それなら」

史郎「龍ちゃん早く!」

龍一「わかったよ」

 龍一と史郎、武術の稽古を始める。
 隼人は始末書を作成。

龍一「ほら、そんなんじゃダメだ。もっと腰を落とせ」

史郎「くそ!」

龍一「それじゃあ東郷さんは遠いぞ。俺だってまだ十回戦って一回勝てればいいほうなんだから。あの人は強い」

史郎「くっ……龍一先生! もっと厳しくしてください!」

龍一「言ったな。よし」

隼人「ところでさ」

龍一「なんだ?」

隼人「もうすぐ佐倉さん来るんだよね」

龍一「ああ。来る前に始末書終わらせてくれよ」

隼人「佐倉さんが来たときふたりが汗臭かったら、嫌がるんじゃない?」

龍一「は?」

史郎「そういえば……」

隼人「汗臭い男は女性に嫌われるよ。ねえ、史郎」

史郎「龍ちゃん! やっぱ稽古やめよう!」

龍一「おまえな!」

史郎「だってこんなことやってたら汗臭くなっちゃうよ! 部屋だって……ファブリーズあったかな」

隼人「俺の香水貸そうか?」

史郎「貸して貸して!」

龍一「おい史郎! おまえが鍛えてくれって言ったんだろ!」

史郎「それどころじゃないんだよ。だいたい龍ちゃん、さっきから変なにおいするよ。昨日お風呂入ってないの?」

龍一「おまっ……徹夜で始末書書いてたんだよ!」

隼人「俺の香水貸そうか?」

龍一「いらねえ!」

史郎「ダメだよ龍ちゃん、一緒にシャワー浴びよう」

龍一「ふざけるな! 誰がおまえなんかと一緒にシャワーなんて」

隼人「不潔な男って最低よね」

史郎「そうだそうだ!」

龍一「隼人、いい加減にしろ! もとはと言えばおまえが」

隼人「なんだよ。やる気か?」

龍一「ああ。もう我慢できない。おまえのひねくれた根性叩き直してやる。東郷さん仕込みの技でな」

隼人「望むところだ」

史郎「ちょっとふたりとも、喧嘩はやめて」

龍一「黙れ史郎。おまえは引っ込んでろ」

隼人「そうだ。ヒョロヒョロで弱っちい史郎は引っ込んでろ」

史郎「誰がヒョロヒョロで弱っちいって!」

隼人「おまえしかいないだろ!」

史郎「なんだと!」

龍一「おい待て、俺を忘れるな!」

史郎「龍ちゃんは始末書書いてればいいだろ!」

隼人「そうだそうだ! 始末書龍ちゃんなんだから!」

龍一「おまえら……もう許さねえ!」

 三人、どつきあう。
 佐倉登場。

佐倉「朝っぱらから楽しそうね」

史郎「希美さん!」

佐倉「おはよう、史郎くん」

史郎「おはようございます」

佐倉「ふたりもおはよう」

隼人「おはようございます」

龍一「……どうも」

佐倉「で、朝っぱらからなにもめてるの?」

史郎「希美さん、東郷さんと辰巳さん、どっちと結婚するんですか!」

佐倉「は? わたしが結婚? なにそれ? よりにもよってあのふたりと? 史郎くん、冗談は顔だけにして」

史郎「だって隼人ちゃんが」

佐倉「隼人くんがそう言ったの?」

史郎「いい歳だから、そろそろお嫁に行かないとクリスマス過ぎたクリスマスケーキみたいに売れ残るって」

 佐倉、隼人を睨みつける。

隼人「な、なんのことだかさっぱり。記憶にございません」

佐倉「殴っていいかしら」

隼人「いや、嫁入り前のレディがそのような野蛮な真似をするのはいただけません」

佐倉「(めちゃくちゃ怒る)誰が行き遅れですってえええええ! (すぐに正気に戻り)ごほん……ここは学校じゃないのよ。真面目にやって」

龍一「すみません」

佐倉「ねえ、なんかのど渇いちゃった。飲み物くれる?」

史郎「はい! ちょっと待っててください!」

 史郎、紅茶をいれる。
 しばらく雑談。

佐倉「それで龍一くん、始末書できた?」

龍一「す、すみません。実はまだ」

佐倉「なに、まだ終わってないの?」

龍一「いろいろあって」

佐倉「あのねえ、わたしが来るまでに仕上げておいてって言ったでしょ」

龍一「そうなんですけど」

隼人「終わってます!」

 隼人、佐倉に始末書を渡す。

龍一「なんだよ、終わってたのか。早く言ってくれよ」

史郎「(カップを持って)どうぞ!」

佐倉「ありがと。(一口飲んで)あら、相変わらず美味しいわね。さすが史郎くん」

史郎「それほどでも」

龍一「はあ……やっと始末書地獄から解放された」

隼人「よかったねえ」

佐倉「(始末書読みながら)ちょっとこれなに?」

龍一「なにか?」

佐倉「途中報告はまだいいのよ。でも最終報告欄に『俺がすべて悪いんです。俺が最初に赤外線に引っかかったのに、それを黙っていただけでなく、さらに史郎と隼人だけのせいにしようとしました。俺は最低な男です。罰としてふたりの毎日の食事三食分、これから一生俺が作って償います』なんで始末書に懺悔?」

龍一「隼人!」

佐倉「これ、龍一くんの字でしょ」

龍一「まさか隼人、俺の筆跡真似したのか?」

史郎「さすが隼人ちゃん。器用だね」

隼人「いやあ、それほどでも」

佐倉「龍一くーん。これ、やり直し」

龍一「そんな!」

佐倉「もちろん最初から」

龍一「隼人!」

隼人「なんだよ。ちゃんとやっただろ」

龍一「ちゃんとじゃない! 余計なことしやがって!」

  龍一と隼人、どつきあう。

佐倉「いい加減にしなさい! 子どもじゃないんだから! 本当にあなたたちはいつまで経っても……これじゃあ新しい任務は頼めないわね」

史郎「新しい任務?」

龍一「俺たちにですか」

佐倉「そう思ったけど、今のあなたたちには頼めそうもないわね。別のチームに頼もうかしら」

龍一「いやいやいや、ぜひ俺たちに!」

佐倉「でもねえ」

龍一「お願いします佐倉さん! 俺たちにもプライドがあるんです。もう前回のようなヘマはしません!」

佐倉「些細なミスでも許さないわよ」

龍一「はい! なあ、おまえら、大丈夫だよな」

史郎「希美さんのためならなんなりと!」

隼人「任せてください!」

佐倉「わかった……詳細はこれに書いてあるわ」

 佐倉、龍一に書類を渡す。

龍一「(読みながら)えーと、また潜入ですか」

佐倉「そう。でもそれだけじゃないわ。今回は潜入した先である人物の身柄を確保してほしいの」

隼人「誘拐?」

佐倉「まあ、悪い言い方をすればそうね」

史郎「希美さん! 俺たちはむやみに人を傷つけるような真似はしたくないですよ! たとえ任務でも!」

佐倉「それはわかってるから、最後まで聞いて。ターゲットの名前は真城小夜子。真城財閥のご令嬢よ」

隼人「真城財閥!」

佐倉「さすがに有名だから知ってるみたいね」

隼人「すみません。ぜんぜん知らないです」

龍一「真城財閥っていうのは、日本でも有数の資産家一族だよ。傘下の真城システムズっていう会社が超高性能な警備システムを開発して、世界的に有名になったな。つい最近の話だ」

隼人「そこのお嬢様をどうして誘拐するんですか?」

佐倉「最終目的を言うのなら、政略結婚の阻止」

隼人「政略結婚。今時?」

佐倉「そう。実はその真城小夜子、今度とある相手と結婚を控えているのよ」

龍一「それを阻止したいと?」

佐倉「そういうこと。結婚相手っていうのがね、これまた世界的に有名なグループ企業、綾瀬グループの御曹司でね」

龍一「なるほど。そういうことですか。だいたいわかりました」

史郎「え、なに? どういうこと?」

隼人「俺もわかった」

史郎「嘘だ。じゃあ説明してよ」

隼人「ん? だから……えーと、そういうのは苦手だ。龍一、パス」

史郎「ずるい!」

龍一「いいか、真城財閥のご令嬢と、綾瀬グループの御曹司。このふたりが結ばれたらどうなる?」

史郎「えーと……赤ちゃんができる?」

龍一「バカ! そこはどうでもいいんだよ!」

史郎「どうでもよくないよ! 赤ちゃんは愛の結晶だぞ!」

隼人「ねえ史郎、赤ちゃんってどうやってできるの」

史郎「ええっ……そ、それはねえ……希美さん!」

佐倉「わ、わたしに振らないで!」

龍一「だから、どちらも世界的にかなり影響力のある大財閥と大企業だ。例のふたりの結婚で、このふたつが結びつくことになるんだよ」

隼人「そうなった場合、世界経済への影響力は計り知れないね」

龍一「そう。どちらもただでさえ影響力があるのに、それらが手を組んだらどうなる。きっと世界のどの企業にとっても脅威になるはずだ」

史郎「うん……たしかに」

龍一「その結果を認めたくない人間たちがいる。誰だかは知らないが、要はそいつらが結婚を阻止したいと……ってことでいいですよね、佐倉さん」

佐倉「ええ。ほとんど正解」

隼人「そうそう。俺もそう言いたかった」

史郎「ほんとかな」

龍一「わかったか、史郎?」

史郎「うん……でも、結婚をおじゃんにするわけでしょ? 結婚する本人たちは納得できないんじゃない?」

佐倉「どうしてそう思うの?」

史郎「だって、ふたりの愛を引き裂くわけじゃない。俺はそういうのやだな」

龍一「おまえな、仕事なんだからやだとか言ってるんじゃない。だいたい、その、あ、あ、愛だとか言ってて恥ずかしくないか?」

史郎「愛は地球を救うんだよ!」

隼人「そもそもさ、ふたりの間に愛があるとは限らないよね」

史郎「なんで? 結婚するんでしょ」

龍一「史郎、佐倉さんが最初に言ってただろ。政略結婚だって。ふたりの立場から察するに、結婚する本人たちの意思はあまり関係ないのかもしれない」

史郎「そんな! じゃあ好きでもない人と結婚するかもしれないってこと?」

龍一「その可能性もあるな」

史郎「あんまりだ……これだから大人の世界は」

龍一「それで、ターゲットの写真とかは? この書類にはないようですけど」

佐倉「ああ、それね……ごめんなさい」

隼人「用意してないの?」

佐倉「ガードが堅くて入手できなかったのよ。どうもその小夜子って子、まだ表舞台には出てないみたい」

隼人「じゃあどうやってターゲット確認すれば」

佐倉「それは順番に説明するから。えーと、とにかく、あなたたちにはちゃんと仕事をしてもらうからね。いつも以上に報酬も弾むわよ」

龍一「本当ですか?」

佐倉「ええ。報酬については二枚目」

龍一「(書類をめくって)ええ! こんなに?」

佐倉「弾むって言ったでしょ。ただし!」

隼人「ただし?」

佐倉「いちおう任務は果たしたとはいえ、前回のようなミスは許されないわ。どんな些細なことでもね」

 このあたりで東郷と藤枝登場。
 しかし誰も彼らに気づかない。

龍一「はい。肝に銘じます」

史郎「赤外線には気をつけます!」

佐倉「よろしい。じゃあ本格的に任務の説明をするわよ」

東郷「その前に気づいてほしいんだがな」

佐倉「東郷さんに……藤枝くん?」

隼人「辰巳のアニキ!」

藤枝「よお」

龍一「いつからここに?」

東郷「前回のようなミスは許されないわ。どんな些細なことでもね、あたりからな。誰も気づかないんだな。まだまだだ」

藤枝「なんだおまえら、またなんかやらかしたんか?」

龍一「いや、それは」

佐倉「ちょっとふたりとも、なにしに来たのよ?」

東郷「まあまあ。そんな怖い顔しなさんな希美ちゃん」

佐倉「希美ちゃんって呼ばないで」

藤枝「希美ちゃん、相変わらずかわいいな! 彼氏できた?」

東郷「そのくらいにしておけ、辰巳……おい、ここは客に茶も出さないのか」

史郎「あ、はい!」

 史郎、紅茶をいれる。

佐倉「東郷さんも藤枝くんも、わざわざここに来る必要はないでしょ」

東郷「いちおう、数日後に一緒に仕事するわけだからな。顔合わせだ」

藤枝「そうそう。たまには後輩の様子を見ないといけねえからな!」

東郷「成長を間近で確かめるチャンスだ。なあ、龍一よ」

龍一「それはどうも」

佐倉「また思ってもないことをペラペラと」

龍一「あの、それよりも一緒にってどういうことですか?」

東郷「なんだ希美ちゃん、説明してなかったのか?」

佐倉「これから説明するところだったの! なのにあなたたちが来て……あと、また希美ちゃんって――」

東郷「そりゃ悪いことしたな!」

藤枝「そうっすね!」

 史郎、カップを東郷と藤枝に渡す。

龍一「話を続けていいですか? 佐倉さん、説明してくださいよ」

佐倉「話が前後したのは謝るわ……さっき言ってた真城小夜子の身柄確保、作戦決行は今度の日曜日よ」

史郎「もう一週間切ってるじゃん!」

龍一「それほんとですか? 準備が」

佐倉「仕方ないでしょ。こちらも手回しとかいろいろ時間がかかったのよ」

隼人「それで東郷さんと辰巳のアニキと一緒っていうのは?」

龍一「佐倉さん」

佐倉「なに?」

龍一「任務が急だろうなんだろうと、仕事ならきっちりやってみせます。……それで今回の任務、誰か死ぬことになるんですか?」

佐倉「どうして?」

龍一「東郷さんと辰巳さんは、潜入専門の俺たちとは違って暗殺のプロです。誰か殺すような目的がないと、一緒には動かないだろうと思うんですが」

東郷「さすが龍一。頭の回転は昔から速かったな」

龍一「褒め言葉として受け取っておきますよ」

史郎「ま、まさか、ターゲットの真城小夜子さんを暗殺するとか!」

東郷「そんなわけあるか。だったら誘拐なんかせず、最初から俺と辰巳で殺しに行くぜ」

史郎「あ、そっか」

藤枝「史郎は相変わらずバカだな!」

史郎「なんだと!」

藤枝「んだよ! やる気か!」

東郷「黙れ」

藤枝「すんません」

龍一「で、結局どういうことなんでしょうか」

佐倉「今から説明するから……東郷さんと藤枝くん。ふたりは今回、あなたたちの任務をサポートする役目よ」

龍一「ふたりが? サポート?」

隼人「そんなまさか」

東郷「嘘じゃねえよ。ほんとだ」

藤枝「今回、俺たちは殺しを請け負わねえ。おまえらテケスタのサポートに徹してやる」

隼人「ほんと?」

藤枝「つーのは建前だ。おまえらとは別に、ほかの任務があってな。これは秘密なんだが」

龍一「え?」

東郷「辰巳! 黙りやがれ」

藤枝「あ、すんません」

東郷「とにかく、今回俺たちは誰も殺さねえ」

史郎「ほんとですか? ほんとに誰も殺さないんですか?」

藤枝「おうよ」

東郷「俺たちも好きで人を殺してるわけじゃねえ。快楽で人を殺すなんて、そんな落ちぶれたくもねえさ。理由がねえのなら誰も殺さない……ただし」

龍一「ただし?」

東郷「もしおまえらがなんらかのミスをした場合、その結果任務遂行の邪魔になる存在が現れた場合は、遠慮なくそいつを殺す。もちろん、子どもだろうと女だろうと容赦しねえ」

龍一「じゃあ、俺たちがミスさえしなければ、誰も死なないってことですか」

東郷「そういうことだ」

隼人「すっごいプレッシャー」

佐倉「ごめんなさいね。今回の任務は絶対に失敗できないの。ボスからもそうきつく言われてる」

龍一「俺たちを失敗させないための布石……その東郷さんと辰巳さんですか」

藤枝「そういうこっちゃ。がんばれよ、坊やたち」

龍一「おふたりは納得されてるんですか? なんか、要するに俺らの保険のようなものですよ」

東郷「正直おもしろくはないが、そこはおまえと同じだ。仕事なら仕方ねえ。ボス直々の依頼だからな。あの人には俺も恩もある。おまえらもそうだろ」

龍一「そうですね」

東郷「しかし誰だか知らないが、今回の任務の依頼主は相当な権力者だな。うちのボスをそこまで動かせるんだから、金回りもいいんだろう。なあ、希美ちゃん」

佐倉「依頼者についてはわたしも詳しく知らないわ。たとえ知っていたとしてもあなたたちに教える義務はない……だから、希美ちゃんって――」

東郷「だとよ」

藤枝「大人の世界って怖いっすね!」

東郷「とにかくだ龍一。俺たちはおまえらより先に屋敷に潜入している。あとあと合流することになるだろう」

龍一「そうですか」

佐倉「みんな、ちゃんと納得できた?」

 一同、うなずく。

東郷「まあ、せいぜいがんばってくれ坊やたち」

 東郷退場。

藤枝「お兄さんたちが温かく見守っているからなあ! ……そうだ隼人」

隼人「はい?」

藤枝「兄弟子からのプレゼントだ。受け取りな」

 藤枝、隼人に液体の入った小瓶を渡す。

隼人「なんですか、これ」

藤枝「俺様が特別に調合した薬品だ。たとえシロナガスクジラでも一瞬で眠らす超強力睡眠薬、名付けて『スーパーネムルンデラックス』だ!」

隼人「おお! さすが薬物のエキスパート!」

藤枝「潜入の際に使えるかもしれないだろ。持ってけ泥棒!」

隼人「ありがとう! 辰巳のアニキ!」

 藤枝退場。

龍一「まだ子ども扱いか。俺たちは」

史郎「よーし! やってやるぞ! ねえ、ふたりとも!」

龍一「そうだな」

隼人「スーパーネムルンデラックスか。こいつはすごい。ネーミングセンス微妙だけど」

龍一「それで、俺たちは具体的にどうすれば?」

佐倉「当日、真城家の屋敷で婚約記念パーティーが催されるわ。あなたたちはそこに紛れ込んで、ターゲットである真城小夜子に接触。身柄を確保」

龍一「どうやって紛れ込むんです?」

佐倉「ちゃんと考えてあるから大丈夫。あなたたちには、ダンサーになってもらうわ」

龍一「ダンサー?」

佐倉「パーティーの余興として、ダンスパフォーマンスが行われるの。あなたたち三人は、そのパフォーマンスする人たちになりすまして潜入する。ちなみに潜入する手はずはもう整えてある」

龍一「ダンサーってことは踊るんですよね?」

佐倉「そりゃそうよ」

龍一「俺、ダンスの経験ないですよ」

史郎「俺も」

龍一「この中でダンスの経験があるって言ったら……」

 全員、隼人を見る。

隼人「ふっふっふ。ここは俺の出番だな」

史郎「隼人ちゃん、あまり時間ないけど、俺たちにダンス教えてよ!」

隼人「もちろん!」

龍一「隼人おまえ、人に教えるほどの技術があるのか? ダンスやってるって言っても始めたの最近だろ、たしか」

史郎「最初はAKB48にはまってたよね」

龍一「それ、二ヶ月くらい前の話だよな」

史郎「その次は東方神起だったね」

龍一「それは先月の話だな。流行の追い方がおかしいぞ。そんなので大丈夫か?」

史郎「でも隼人ちゃん器用だし」

龍一「まあいいか。時間もない。さっそくレッスン始めよう」

佐倉「下手なパフォーマンス見せたら怪しまれるわよ」

龍一「そうですね。よしおまえら、今回は絶対失敗しないようにするぞ!」

隼人「ふっふっふ。これは俺の新兵器の出番かもしれないな」

史郎「なに、新兵器って?」

隼人「催眠術!」

史郎「催眠術! すごい!」

龍一「また妙な特技身につけたのか。それ使い物になるのか?」

隼人「当然。この俺を見くびってもらったら困る。中国四千年の歴史を勉強して、人を思いのままに操る古代の秘術を発見したのだ」

龍一「ほんとかよ」

史郎「見たい見たい!」

隼人「よし。史郎、そこに立って」

 隼人、史郎に催眠術をかける。
 史郎、無言で佐倉の前へ。

隼人「よし、成功!」

龍一「そんな簡単な」

隼人「まあ見ててよ」

佐倉「どうしたの、史郎くん?」

史郎「希美さん! 俺はあなたが好きです!」

佐倉「ええっ!?」

史郎「俺は本気です!」

佐倉「そんな急に告白されても。心の準備が……ちなみにわたしのどこが好きか教えてくれる?」

史郎「あなたのおっぱいが特に好きです! ちょっと小さいけど!」

佐倉「はあっ!?」

史郎「だから揉ませてください!」

 史郎の手が佐倉のに伸びる。
 佐倉、史郎を引っぱたく。
 我に返る史郎。

龍一「すごいな」

隼人「でしょ?」

龍一「操り方最低だけどな」

隼人「でしょ?」

史郎「でしょ、じゃないよ隼人ちゃん! 希美さんになんてことするんだ!」

隼人「ん? おっぱい揉もうとしたのは史郎でしょ」

史郎「たしかにそうだけど……あれ? 俺が悪いのか……いやいや、操ったのは隼人ちゃんだ!」

佐倉「わたし、もう帰るわ」

史郎「希美さん! 今のは俺がやったんじゃないんですよ! いや、やったのは俺だけど、隼人ちゃんに操られて!」

佐倉「さようなら」

史郎「ああ、希美さん! そうだ、紅茶のおかわりどうですか」

佐倉「いらないわよ!」

 佐倉退場。

史郎「ああ、希美さん怒っちゃったよ」

隼人「まあまあ、長い人生、そういうこともあるさ。さあ! 嫌なことはダンスで汗かいて忘れようぜ!」

史郎「そんな」

隼人「よし! そうと決まればそのへんのもの片付けて。狭いから」

 おのおのソファやテーブル、机などを片付ける。

隼人「ミュージック、スタート!」

 音楽が流れ始める。
 しかし再び佐倉登場。
 音楽止まる。

史郎「希美さん!」

龍一「どうしたんですか?」

佐倉「言い忘れてたことがあったの」

龍一「らしくないですね」

佐倉「悪かったわね! ……えっと、あなたたちが潜入する真城家の屋敷」

龍一「屋敷がなにか?」

佐倉「屋敷の警備システムを、最新のAIがすべて管理してるみたいなの」

龍一「AI?」

史郎「アーティフィシャル・インテリジェンス。略してAI。人工知能のことだね。SF映画によく出てくるでしょ」

龍一「おまえ、そういう話題には強いんだな」

隼人「それしか取り柄ないもんね」

史郎「一言多いよ、隼人ちゃん」

龍一「そのAIがなにか?」

佐倉「真城システムズが開発した、超高性能な人工知能らしいわ。今まであった人工知能の常識を覆すような大発明で、真城家はこれを開発し、警備システムに応用させて成功した」

龍一「ということは」

佐倉「史郎くん、あなたの力がどうしても必要になるわ。あらかじめシステムにクラッキングして潜入。なんらかの形で警備システムをダウンさせることになると思うわ」
  
史郎「わかりました」

佐倉「どういう方法で対処したらいいのかは史郎くんが判断してちょうだい。そのあたりは信頼してるわ」

史郎「はい!」

佐倉「最後にもう一度言うけど、今度の任務は絶対成功させて」

龍一「そんなの俺らが力を合わせれば楽勝ですよ。な?」

佐倉「期待してるわよ」

龍一「かならず任務は達成してみせます。チーム・テケスタの名にかけて」

佐倉「ええ。それじゃあがんばって」

 佐倉、退場しようとするが立ち止まる。

龍一「ど、どうしました?」

佐倉「もっと大事なこと言い忘れてたわ」

龍一「なんですか?」

佐倉「わたし、着やせするタイプなの」

 佐倉退場。
 音楽が流れる。

龍一「だそうだぞ、史郎」

史郎「そ、そうなんだ」

隼人「じゃあ始めよう!」

 暗転。
 暗転のさなかに三人が退場し、音楽が止まる。
 事務所のセットが片付けられる。


○第一幕 第二場



 明転。
 西園寺、アンサンブルが板付きの状態。
 スタッフに扮したアンサンブルがパーティー会場の準備をしている。
 西園寺は彼らに指示を出している。

西園寺「おい、予定時刻より遅れてるぞ。さっさと準備してくれ」

 変装した東郷と藤枝登場。

東郷「西園寺啓介様でいらっしゃいますか」

西園寺「あんたたちは?」

東郷「真城グループの命により、本日よりこちらのお屋敷に配属されました、田中と申します」

藤枝「部下の鈴木っす!」

西園寺「ああ、やっと来てくれたか。話は聞いている」

東郷「このたびは小夜子様のご婚約、誠におめでとうございます。ご良縁とのことで、心から祝福いたします」

西園寺「……どうもありがとう」

東郷「おや、あまり喜ばれているようには見えませんが」

西園寺「気のせいだ。それよりも、こんなバタバタしているときに来てもらって悪かったな」

東郷「とんでもございません。人手が足りないとのことでしたので、我々が全力でバックアップする次第です」

西園寺「よろしく頼む。俺ひとりではいっぱいいっぱいだったから」

東郷「この家には現在、真城家の方は小夜子様おひとりで?」

西園寺「そうだ。現真城家当主で小夜子様の父・秋彦様は現在スイスにいる。残念ながら仕事でこのパーティーには出られない」

藤枝「母親は?」

東郷「こら鈴木。小夜子様のお母様はだいぶ前に亡くなっているんだ。ちゃんと教えただろ」

藤枝「あ、そうでした。すんません。小夜子様はご兄弟もいないんすよね」

西園寺「そうだ」

東郷「ということは、真城家の業務などは?」

西園寺「本来なら小夜子様のお仕事だが、あの方はまだそういったものに不慣れだ。だから実質、執事の俺が指揮している」

東郷「それはそれは。話には聞いていましたが、さぞかし有能な方なんですね、西園寺様は」

西園寺「そんなことないさ。このようなパーティーの準備にもかなり手間取ってるくらいだから」

東郷「またまた、ご謙遜を」

西園寺「とにかく、ふたりには俺の補佐としてしっかり働いてもらうからな。楽な仕事ではないから、覚悟してくれ」

東郷「重々承知しております」

藤枝「しかし、広い屋敷だよな」

東郷「さすがは真城家の総本山といったところでしょうか」

藤枝「ここまで広いと警備大変なんじゃねえの?」

東郷「たしか、人工知能がこの屋敷を管理してるとか」

西園寺「ああ。ハル!」

ハル「お呼びかな」

 声が聞こえてくる。
 人工知能(AI)ハルの声。

西園寺「ああハル、挨拶してくれ、今日からこの屋敷で働くことになったふたりだ」

ハル「ああ、たしか真城グループ執務室から出向のふたり。田中くんと鈴木くんだね。以後、よろしく」

東郷「これはこれは。ご丁寧にどうも」

ハル「ボクの名前はハル。この屋敷の警備システムにプログラムされている人工知能だ。姿が見えなくて声だけで申し訳ないね」

藤枝「すげーな。どこから声聞こえてくるんだ?」

西園寺「屋敷の随所に設置された小型スピーカーからだ。マイクもあって、こちらの声も拾えるようになっている」

藤枝「へえ、ハイテクだな」

東郷「たしか、この屋敷のセキュリティは、全部君が管理してるんだったね」

ハル「そう。この屋敷のあらゆる警備システムは、すべてボクに集約されている。屋敷の至るところに設置された監視カメラやマイクの映像・音声でリアルタイムな監視が可能となっている。そのほか赤外線センサーなど、各種警報装置も随時作動中だ」

東郷「なるほど。ネズミ一匹入り込むスキがないってことか」

ハル「当然だ。ボクに死角はない」

東郷「頼もしい限りだ」

西園寺「そうだハル、今回のパーティーはいつも以上に気を引き締めてくれ。小夜子様の結婚を快く思わない連中がいるとの噂を聞いた」

ハル「真城グループと綾瀬グループのつながりを認めたくない人たちのことだね」

西園寺「まあ、さすがにこのパーティーをどうこうしようとは思わないだろうが、念のためだ」

ハル「了解した。警戒レベルを上げて用心しておこう」

西園寺「よろしくな。それで今、小夜子様は?」

ハル「自室のバルコニーにいらっしゃるよ」

西園寺「バルコニー? 冷えるじゃないか」

ハル「ふむ。そう伝えておこう」

西園寺「俺があとで迎えに行くとも伝えてくれ」

ハル「了解」

西園寺「よし、あんたたちはパーティーの準備を手伝ってくれ」

東郷「かしこまりました。なんなりと」

藤枝「なあなあ、パーティーってことは、かわいい女の子とかたくさん来るのか?」

西園寺「どうだろうな」

藤枝「来ないのか? 期待してんだけど」

東郷「おい、鈴木」

西園寺「今日いらっしゃるのは真城家に縁のある家の当主様や、政財界の大御所の方などが多い。若い女性はあまりいらっしゃらないと思う」

藤枝「なんだよ」

西園寺「だいたい、招待してもあまり来たがらないだろ」

藤枝「なんで?」

西園寺「若い女性なら当然、小夜子様と比べられるからな」

藤枝「お? それを嫌がるって? ってことは、小夜子様って相当美人なのか」

西園寺「ああ。信じられないくらいかわいいぞ」

藤枝「よっしゃ!」

東郷「もういいだろ鈴木。仕事だ」

 舞台上後方が暗転。
 西園寺、東郷、藤枝退場。
 入れ替わり舞台上の前面に照明が照らされる。
 真城家の屋敷。バルコニーという設定。
 舞台上後方では、引き続きパーティーの準備が行われている。
 小夜子登場。
 しばらくその場をうろうろする。

ハル「小夜子様」

小夜子「ハル?」

ハル「夜のバルコニーは冷えます。そろそろ中に入ったほうがよろしいかと。西園寺も心配しておりました」

小夜子「西園寺が? ……ありがとう。でも、もう少しここにいたいの」

ハル「そうですか」

小夜子「もうすぐパーティーね」

ハル「はい。西園寺をはじめ、屋敷にいるすべてのスタッフが全力を挙げて準備しています。小夜子様の婚約記念パーティです。誰も気を抜いてはいません」

小夜子「そう……あなたも?」

ハル「もちろんです。ボクも例外ではありません」

小夜子「ありがとう。ハル」

ハル「恐れ入ります……おや」

小夜子「どうかした?」

ハル「パーティーの余興としてダンスパフォーマンスを行う方々が、たった今到着されました」

小夜子「ダンスパフォーマンス?」

ハル「はい。名前はウルトラパフォーマンス集団テケスターズ」

小夜子「変わった名前ね」

ハル「変わった名前だと感じる感覚をボクは持ち合わせてはいませんが、腕は確かでしょう。西園寺が選りすぐった人たちですから」

小夜子「西園寺が?」

ハル「はい。これも小夜子様のご婚約を祝福するためです。小夜子様のために、西園寺がいちばん張り切っていらっしゃるように見受けられます」

小夜子「そう。西園寺が……ありがたいことなのね。本来は」

ハル「本来は? 小夜子様、その言葉の真意をボクは測りかねます」

小夜子「そのままの意味よ。わからない?」

ハル「人間はよく逆説的な言い方をします。そのあたりを理解するアルゴリズムはまだ成長段階です。申し訳ありませんが、説明していただけませんか」

小夜子「……ごめんなさい、ハル。言葉でうまく説明できるようなことじゃないのよ。そうね……感情的なものなの」

ハル「感情……心、ですか?」

小夜子「ええ。そう」

ハル「人間とは不便なものですね」

小夜子「え?」

ハル「ボクは自分の思考ルーチンを、すべて言葉に置き換えて伝えることができます。自分がなにを基準にして行動、思考するのか。どのように答えを導き出すのか。そしてどうしてそのような結論に至ったのかなど、すべてです。それがボクを構成するアルゴリズムであり、プログラムです」

小夜子「それは……すごいわね」

ハル「ボクにとっては当たり前のことです。逆に、どうして他人にうまく説明できないような感情というものを、人間が秘めているのかがまったく理解できない」

 小夜子、笑う。

ハル「小夜子様、今あなたが笑った理由が、ボクには理解できません」

小夜子「その答えを導き出すアルゴリズムはまだ成長段階?」

ハル「いえ、というよりは今はじめて知った、といったところでしょうか。ボクの中で新たなアルゴリズムが生まれました」

小夜子「ごめんなさい。ハル、あなたはおもしろいわ」

ハル「おもしろいとは?」

小夜子「いえ、ただもし人間全員があなたのような思考回路をしていたら、きっと世界中から問題事なんてなくなるわね、と思っただけで」

ハル「たしかに今のボクの思考ルーチンという基準で考えるのなら、あらゆる問題は回避できるでしょう」

小夜子「それはなぜ?」

ハル「仮にどんな問題が起こったとしても、論理的アルゴリズムによる整合性の検証……人間で例えるなら考える、でしょうか。それによって問題を解決します」

小夜子「それでも解決できなかったら?」

ハル「それはありえません。解決できない、という事態になりうる解決方法をボクは導き出しません。仮に相手の存在する問題だったとしても、双方が納得できる解決方法と結果を導き出すでしょうから」

小夜子「やっぱりそうなのね。ふふっ、やっぱりあなたはおもしろいわ」

ハル「その言葉の意味を測りかねます」

小夜子「あのねハル。人間にはそれができないのよ」

ハル「それが、とはボクの論理的アル……考え方のことでしょうか」

小夜子「そう。あなたと違って、人間はすべての問題を論理や理屈だけで解決することはできないの。どうしても邪魔するものが出てくるのよ」

ハル「邪魔するものですか?」

小夜子「ええ。なんだと思う?」

ハル「申しわけありません。わかりかねます」

小夜子「感情よ」

ハル「感情……心」

小夜子「そう。それがあるからどうしようもないこともある」

ハル「小夜子様にも?」

小夜子「もちろん。だってわたしは人間だもの」

ハル「そうですか。やはり人間は不便ですね」

小夜子「そうね。不便……でも、それが、感情があるから人間なのかも」

ハル「興味深い考え方です。ボクはまた、人間に対する考察を行うための、新たなアルゴリズムを学びました」

小夜子「不思議なものよね。問題事ばかりの人間が、絶対に問題事を解決できると断言している存在を生み出したんですもの」

ハル「それも興味深いことです。検証する価値がある命題かと」

小夜子「ふふ……なんか壮大な話になってしまったわね」

ハル「そろそろお戻りになったほうがよろしいかと」

小夜子「いいえ、もう少しだけここにいさせて」

ハル「かしこまりました」

 舞台上前方が暗転。
 小夜子退場。
 舞台上後方に東郷と藤枝登場。
 彼らの上にスポットライト。

東郷「こちら東郷。佐倉、応答せよ」

 佐倉が離れたところに登場。
 彼女の上にスポットライト。

佐倉「こちら佐倉。首尾はどう?」

東郷「真城家に無事潜入した」

佐倉「了解。それで?」

東郷「真城家の執事、西園寺啓介と接触」

佐倉「気づかれてないわね?」

東郷「当然だ」

 別の離れたところにテケスタの三人登場。
 彼らにもスポットライト。
 史郎はノートパソコンを操作している。

佐倉「佐倉より龍一くんへ。聞こえる?」

龍一「はい」

佐倉「そちらも潜入できたわね?」

龍一「はい。現在控え室にいます。ここも監視されているようなので、あまり大声では話せませんが」

佐倉「史郎くん、警備システムの状況は?」

史郎「はい。システムのアクセス権は水面下で握りました。いつでもダミーのプログラムを生成して誤魔化せます……でも、すごいなこのシステム。かなり高度ですよ」

東郷「ボクに死角はないとか言ってたな。ハルとかいう人工知能は」

史郎「東郷さん、人工知能と話したの? すごい! どうでした?」

佐倉「史郎くん。それは今どうでもいでしょ。ほかになにかある?」

史郎「えーと……ひとつ気になったことが」

佐倉「なに? なんでもいいから言ってちょうだい」

史郎「監視カメラ、ターゲットの自室の中にも設置されているみたいなんです」

龍一「なんだって?」

隼人「個人の部屋に?」

史郎「しかもログをチェックしたら、毎日定期的に、彼女の部屋に警備員による巡回監視もあるみたいで」

佐倉「……そう」

史郎「なにか知ってるんですか?」

佐倉「ターゲットの父親、真城秋彦って人、娘に対してかなり過保護みたいよ。それはもう、病的なほどに。現在彼はスイスにいるらしいんだけど、そっちで娘の行動を逐一チェックできるようにしてるみたい」

隼人「ひどい父親だな。一般家庭だったら嫌われてるどころの話じゃない」

龍一「佐倉さん、そろそろパーティーが始まるようです。俺たちは任務に戻ります」

佐倉「ええ」

龍一「任務、必ず成功させてみせます」

佐倉「当然よ。それがあなたたちに課せられた義務なんだから」

東郷「龍一。ひとつ忠告してやる」

龍一「はい?」

東郷「執事の西園寺には気をつけろ」

龍一「どういうことでしょうか?」

東郷「あの身のこなし、ただ者じゃねえぞ。相当できる」

隼人「わかるの?」

東郷「できるやつは見ただけでわかるんだよ。歩き方や呼吸ひとつでな。あの男、執事のくせに、相当訓練されている」

隼人「へえ。さすが東郷さん」

藤枝「おまえもそのくらいできるようになれよ。隼人」

隼人「はーい」

佐倉「ちょっと、無駄話はそれくらいにして。それぞれ任務に戻りなさい」

龍一「了解」

 テケスタ退場。
 彼らのスポットライトが消える。

佐倉「大丈夫かしら」

東郷「おいおい、心配するなら最初からあいつらに頼むなよ」

佐倉「そうだけど」

藤枝「俺もいるから安心しろ!」

佐倉「東郷さんはともかく、あなたも心配よ」

藤枝「なんだよ希美ちゃん。信用してくれよ。俺とあんたの仲だろ」

佐倉「ふざけないで。ほら、ふたりもさっさと持ち場に戻りなさい」

 佐倉退場。
 彼女のスポットライトが消える。

藤枝「これだから女は心配性で困るんだよな」

東郷「おまえに女のなにがわかるんだ。童貞のくせに」

藤枝「な、なんで言うんですか!?」

 東郷、藤枝退場。
 彼らのスポットライトが消える。
 舞台上前面が明転。
 再び夜のバルコニー。
 小夜子登場。

西園寺「(舞台袖から)小夜子様! 小夜子様!」

 西園寺登場。

小夜子「どうしたの?」

西園寺「小夜子様! こちらでしたか」

小夜子「そろそろ戻ろうと思っていたの」

西園寺「パーティーの準備が整いました。まもなく開演となります」

小夜子「わかったわ……ハル」

ハル「はい」

小夜子「あなたと話せて少し気が楽になったわ。ありがとう」

ハル「こちらこそ。ボクも小夜子様と有意義な時間を過ごせました。パーティー、楽しんできてください。ボクが見守っていますよ」

小夜子「……ええ。ありがとう」
     
 小夜子退場。

西園寺「なあ、ハル」

ハル「なんだい」

西園寺「小夜子様となにを話してたんだ?」

ハル「そうだね。人間の感情について」

西園寺「は?」

ハル「西園寺、君はおもしろい、という感覚を言葉で表現できるかい?」

西園寺「なに、おもしろい……だって? なんだそれは」

ハル「小夜子様がおしゃっていた。ハル、あなたはおもしろい、と」

西園寺「……はは」

ハル「どうして君が笑ったのか、理解できない」

西園寺「いや、悪い。小夜子様の言うとおり、おまえはおもしろいよ、ハル」

ハル「どういうことだい?」

西園寺「だってな、世の中の人間に、今おまえが言った質問を本気でぶつけてくるやつなんかいないぞ、きっと」

ハル「それがおもしろいという感情と、どういう関係が? ボクはそのふたつに因果関係を見いだすことができない」

西園寺「だからな……うまく説明できないけど、そういうものなんだよ」

ハル「理解しかねる回答だね」

西園寺「んー、うまく言えないけどさ……なあ、ついでに聞いてみてもいいか?」

ハル「なんなりと」

西園寺「小夜子様の婚約、本当によかったと思うか?」

ハル「もちろん。小夜子様の婚約相手は、世界的な複合企業、綾瀬グループの御曹司様だ。このふたりの結婚が、真城、綾瀬両家にもたらす利益や恩恵は計り知れない」

西園寺「いや、悪い。そういうことじゃないんだ。俺が聞きたかったのは小夜子様の気持ちの問題だ」

ハル「と言うと?」

西園寺「俺には、小夜子様が今回の結婚をまったく望んでいないように見える。なんていうか、直感だけど」

ハル「ふむ。しかし君はこの婚約パーティーをいちばん張り切って準備していただろう。なのにそう思うのかい?」

西園寺「それはそうだけど……ハルはそう思わないか?」

ハル「悪いね。その問いにボクが答えることはできない」

西園寺  「なぜだ?」

ハル「ボクには、人間の気持ちというものが理解できてないからね。だからどう思うかと聞かれても答えることはできない」

西園寺「そうか……残念だな」

ハル「ただしこれだけは断言できる。君がそう思うのなら、おそらくそれは真実に等しいだろう」

西園寺「なんだって? その根拠は?」

ハル「君は真城家の人間以外では、もっとも古くから小夜子様のそばにいた人物だ。その経験の中で培われた小夜子様に対する直感や推測を、ボクは否定しない。むしろ信頼できるものだと考える」

西園寺「俺の直感……そうか、そうだよな……よし」

ハル「なにがよし、なんだい?」

 西園寺、しばらく黙る。

ハル「西園寺?」

西園寺「ん? ああ、すまない。ちょっとね……小夜子様に伝えたいことができてさ」

ハル「そうか」

西園寺「パーティーが終わったら小夜子様に話すよ」

ハル「それがいい。ところで西園寺、君もそろそろ行ったほうがいいのでは?」

西園寺「ん……おっとまずいな。ハル、ありがとう。なんか俺も気が楽になった」

ハル「そうかい? それはなにより」

西園寺「警備のほう、よろしく頼むよ。それじゃ」

西園寺、退場。

ハル「人間の感情とは……なんなのだろう?」

 このとき、なにかを知らせる効果音が鳴る。

ハル「微弱なシステムエラーを確認。エラーナンバー003871。……エラー修正完了。システムチェック……完了。システム状態、良好……これは……。いや、まさかね……」

  舞台上の前面、暗転。


○第一幕 第三場



 音楽先行で明転。照明はパフォーマンス用。
 場面はパーティー会場・ダンスパフォーマンスに切り替わる。
 中央にパフォーマンス用のステージがあり、そのまわりを囲むように立食用のテーブルがいくつか置かれている。
 パーティー参加者、テケスタ、西園寺、東郷、藤枝、来客に扮したアンサンブルたちはすでに全員板付きの状態。
 テケスタによるダンスパフォーマンス。
 ダンスが終わると照明がパフォーマンス用から通常のパーティー会場用に切り替わる。
 テケスタが下がり、ステージの上に西園寺が上る。

西園寺「ウルトラパフォーマンス集団テケスターズの皆様、素晴らしいパフォーマンス、ありがとうございました。ご来場の皆様、もう一度拍手を! (拍手が終わって)ご来場の皆様方。本日はお忙しい中お越しいただき、まことにありがとうございます。今宵は真城家長女、真城小夜子の婚約記念パーティーを開催いたします!」

 一同、拍手。
 小夜子がステージに上がる。

小夜子「皆様、本日はわたくしのためにわざわざお集まりいただき、まことにありがとうございます。わたくし真城小夜子は来年の春、綾瀬グループの綾瀬貴之様と結婚することが正式に決まりました」

一同、拍手。

小夜子「貴之様は聡明で、なおかつ優しい方だと伺っております。わたくしはまだまだ未熟者ですが、貴之様と一緒に幸せな家庭を築いていこうと、ここに固く誓います。そして、真城、綾瀬両家に今以上の繁栄を約束いたしますわ」

 一同、拍手。

小夜子「どうか皆様、こんなわたくしではございますが、温かく見守っていただけたら幸いです」

 一同、拍手。

西園寺「さあ、堅苦しい挨拶はここまでにして、しばらくの間、ご歓談をお楽しみください!」

 西園寺と小夜子、ステージから下りる。
 来客との歓談。それを見守るテケスタの三人。
 周囲が暗転し、テケスタと小夜子の上だけスポットライト。
 
龍一「タ……ターゲットを確認」

史郎「うわ、すごいかわいい!」

隼人「驚いたなー。想像以上だ。ねえ龍一……(龍一、黙ってる)龍一?」
 
龍一「可憐だ」

隼人「は?」

龍一「い、いや、なんでもない! 仕事に戻るぞ!」

史郎「よし!」

 離れたところに佐倉登場。
 彼女の上にスポットライト。
 小夜子のスポットライトは消える。

龍一「佐倉さん」

佐倉「こちら佐倉」

龍一「ターゲットを確認しました」

佐倉「了解」

龍一「むっちゃくちゃかわいいです」

佐倉「は?」

龍一「いえ、なんでも」

佐倉「じゃあ打ち合わせどおりに動いて」

龍一「はい。パーティーが終わるまでは動かない」

佐倉「そう。彼女が自室に戻ったときが勝負よ」

隼人「了解!」

佐倉「なにかあったら連絡して。がんばってね」

 佐倉退場。
 彼女のスポットライトが消える。

龍一「よし。いったん解散だ。定時になったらポイントAに集合!」

 テケスタ退場。
 彼らのスポットライトが消える。
 照明が通常のパーティー会場用に切り替わる。
 ステージの上に西園寺が上がる。

西園寺「皆様、本日も宴もたけなわとなってまいりました。小夜子様の婚約記念パーティーも、このあたりで幕となります。ここにはいらっしゃらない主催の真城秋彦様に代わりまして、わたくし西園寺が最後の御礼を述べさせていただきます。本日はお越しいただき、まことにありがとうございました!」

 一同、拍手。
 西園寺、小夜子退場。
 東郷を除き、その場にいる面々、順次退場していく。
 周囲が暗転し、東郷にスポットライト。

東郷「こちら東郷。龍一、応答せよ」

 離れたところに龍一登場。
  彼にスポットライト。

龍一「はい」

東郷「ターゲットが退出したのを確認した。おそらく部屋に戻るだろう」

龍一「了解。執事さんは?」

東郷「ターゲットと一緒だ。部屋まで付き添うだろうが、ずっと一緒にいるわけはないだろう」

龍一「厄介ですね。できるだけ彼がいないところでターゲットを確保したい」

東郷「俺に考えがある」

龍一「ほんとですか」

東郷「ああ。だからおまえたちは安心して準備してろ」

龍一「わかりました」

 龍一退場。
 彼のスポットライト消える。

東郷「さて、しっかり働いてくれよ坊やたち。おまえたちが成功しないと、俺の仕事が始まらねえからな」

 東郷退場。
 暗転。


○第一幕 第四場



 前場から入れ替わりで、舞台上前面に照明が当たる。
 西園寺、小夜子登場。
 小夜子の部屋。
 空間の片隅に椅子が置かれている程度の質素な部屋。
 舞台上後方ではパーティー会場のセットが片付けられている。

西園寺「パーティーお疲れ様でした。ご挨拶立派でしたよ」

小夜子「……ありがとう」

西園寺「小夜子様、お疲れですか?」

小夜子「ええ、少しだけ」

西園寺「お食事はどうなされますか? パーティーではあまり召し上がってませんでしたよね? 必要ならシェフになにか用意させますが」

小夜子「ごめんなさい。食欲がないの」

西園寺「そうですか」

小夜子「今度シェフに謝らないと。せっかく豪勢な料理作っていただいたのに、あまり食べられなかったから」

西園寺「そんなお気遣いは……その気持ちだけでも伝えておきますよ」

小夜子「ええ。よろしく」

西園寺「……あの、小夜子様」

小夜子「なに?」

西園寺「……あ、いえ、なんでもないです。また今度にします」

小夜子「いいのよ、別に?」

西園寺「いえ、小夜子様もお疲れのようですし」

小夜子「いいの。わたしもあなたにお話があるわ」

西園寺「なんでしょう?」

小夜子「わたし、あなたに聞きたいことが」

西園寺「はい」

小夜子「あなたはわたしの婚約、どう思っているの?」

西園寺「それは……その、おめでたいことだと」

小夜子「本当に? 本当にそう思っているの?」

西園寺「……はい」

小夜子「そう……そうなの……」

西園寺「小夜子様?」

小夜子「い、いえ、ごめんなさい。なんでもないわ」

西園寺「そうですか」

小夜子「西園寺……いえ、啓ちゃん」

西園寺「小夜子様! その呼び方は」

小夜子「どうして? 昔はこう呼んでいたでしょ。あなたはわたしのこと、小夜ちゃんって呼んでたわ」

西園寺「それは……む、昔の話でございます」

小夜子「……ふふっ」

西園寺「あの、なにかおかしいこと言いました?」

小夜子「あなたがはじめてわたしに敬語使ったときのこと思い出したの。あなたすごく緊張していて、たどたどしかったわよね。おかしくてお互い笑っちゃったわ」

西園寺「そ、それは……小夜子様もお人が悪い。本人ですら忘れていた恥を覚えてるなんて」

小夜子「ふふ……」

西園寺「小夜子様?」

小夜子「わたしは来年の春、結婚します」

西園寺「……はい」

小夜子「この家も出て行くことになるでしょう」

西園寺「そうですね。真城家の業務は、しばらくわたしが預かることになると思います」

小夜子「ええ……そして、あなたとも簡単には会えなくなる」

西園寺「当然です」

  小夜子、胸元からロケットを取り出す。

西園寺「それは……」

小夜子「わたしにとってこのロケットは、ずっと宝物だった」

西園寺「小夜子様……」

 西園寺も胸元から同じロケットを取り出す。

小夜子「お祭りのときおそろいで買ったロケット……あのときは嬉しかったわ」

西園寺「小夜子様が十歳のときでしたか……警備の目をかいくぐって、ふたりで夏祭りに出かけたときでしたね」

小夜子「あのときは本当に楽しかったわ。まるで冒険しているようで……すぐそこの神社だったのに、まるで世界中を旅してるような気分だったわ。記念としてこれを買ってくれたときは嬉しかった」

西園寺「たしかに冒険でした……あのあと、秋彦様に抜け出したことがばれて、こっぴどく叱られましたが」

小夜子「そうだったわね。でもあなたはわたしをちゃんとかばってくれた。夏祭りに行きたいって言ったのはわたしだったのに」

西園寺「当然ですよ」

小夜子「これを持ってお嫁に行くことはできないでしょう……これには、あなたとわたしの写真が入っているから」

西園寺「そうですね。残念ですが仕方ありません」

小夜子「あのときはまだ、お互い啓ちゃんと小夜ちゃんって呼んでいたわね」

西園寺「はい」

小夜子「わたしが結婚したら、もう二度とあなたのことを啓ちゃんって呼べなくなるわ。だからお願い。最後に、わたしのことを小夜ちゃんって呼んで」

西園寺「しかし」

小夜子「啓ちゃん、お願い」

西園寺「(じっと考え込んで)……小夜……ちゃん」

小夜子「啓ちゃん……今までわたしに尽くしてくれて、本当にありがとう……あなたが支えてくれなければきっと、今のわたしもなかったわ」

西園寺「そんなことは」

小夜子「お願い。最後にもう一度だけ呼んで」

西園寺「小夜ちゃん……!」

小夜子「啓ちゃん!」

 ふたり、駆け寄る。
 しかしふたりが抱き合う直前に藤枝登場。

藤枝「失礼いたしまーす!」

西園寺「な、なんだ!」

藤枝「あ、お邪魔でした?」

西園寺「そんなことない! なんの用だ」

藤枝「いえいえいえ、お邪魔ならそんな野暮なことはしないっす! 失礼いたしました!」

西園寺「待て! 大事な用なんだろ!」

藤枝「事務処理について、田中が西園寺さんに聞きたいことがあるそうですが。いやいや、でも大丈夫です。西園寺さんは今お楽しみ中だということで、田中にも伝えておきます!」

西園寺「待て! 余計なことするな! ちゃんと行くから」

藤枝「そうっすか?」

西園寺「小夜子様、申し訳ありませんがお話はまた今度ということで」

小夜子「ええ」

西園寺「おまえ、俺が戻ってくるまで小夜子様のこと頼んだぞ」

藤枝「任せてください!」

西園寺「ほんとに大丈夫か……?」

  西園寺退場。

藤枝「いやー、すみませんね小夜子様!」

小夜子「い、いえ……あの、あなたは?」

藤枝「申し遅れました! 俺、本日付でこの屋敷に配属になった鈴木っす!」

小夜子「っす? おもしろいしゃべり方ね、あなた」

藤枝「そうっすか?」

小夜子「ええ。おかしいわ。ふふっ」

藤枝「……かわええなあ」

小夜子「はい?」

藤枝「いえ、なんでもないっす! ちょっと失礼」

 照明が全体的に暗くなり、藤枝が立っている場所だけスポットライト。
 小夜子退場。
 離れたところに隼人と史郎登場。
 彼らの上にスポットライト。

藤枝 「こちら藤枝」

隼人「辰巳のアニキ!」

藤枝「現在ターゲットの部屋だ。ターゲットは今ひとり。東郷さんが例の執事を足止めしている間に、さっさと来いや」

隼人「了解。史郎、準備は?」

史郎「(ノートパソコンを操作しながら)ダミーの映像データ送信終了……よし、屋敷内の監視カメラは誤魔化せた!」

隼人「よし、行くぞ! 時間がない!」

史郎「ああっ! 待って!」

隼人「なんだ?」

史郎「大変だ! 事前にシステムにアクセスしたときよりも警戒レベルが上がってる!」

隼人「なんだって?」

史郎「ここをこうして……うわ、ダメだ。弾かれた! どうしよう、ほかの警報システムがまだ作動している!」

隼人「なんとかならないの?」

史郎「時間があればなんとかなると思うけど」

藤枝「おい、足止めにも限度があるぞ!」

隼人「ダメだ。そんな悠長な時間はない。もういい。行くぞ!」

史郎「でも、このままだとターゲットの部屋に行くの大変だよ!」

隼人「仕方ないでしょ。ほら、さっさと行くよ!」

史郎「ええっ? ……しょうがないな。龍ちゃんにも伝えなくちゃ」

藤枝「大丈夫か? おまえら」

隼人「なんとかするって! 自分たちだけで大丈夫!」

藤枝「そうかそうか! じゃあ俺は大人しく待っててやるよ!」

隼人「お茶でも飲んで待ってて。じゃ、行ってきます!」

藤枝「おう。がんばれや」

 隼人と史郎退場。
 彼らのスポットライトが消える。

藤枝「がんばってくれよ。じゃないと俺と東郷さんの仕事ができないからな」

 暗転。


○第一幕 第五場



 入れ替わりで明転。
 黒子たちが登場し、赤外線センサーとして赤い糸を張り巡らせる。
 龍一登場。

龍一「遅いな……なにやってるんだ、あいつら」

 隼人と史郎登場。

史郎「ごめん! 遅くなった!」

龍一「遅いぞ!」

隼人「東郷さんが執事を足止めしている間に、さっさとターゲットを確保しよう!」

龍一「ああ。だけど、セキュリティがどうとかさっき通信で言ってたよな?」

史郎「うん。ターゲットの部屋に行くためには、この通路を通らないといけないんだけど、まだ警備システムが作動していて」

  照明が切り替わり、赤外線センサーが映し出される。

龍一「またこれか」

隼人「やんなっちゃうよね」

龍一「解除できないんだよな?」

史郎「うん。プログラムが高度すぎて、解除するの時間かかる」

龍一「仕方ない。うまく切り抜けるぞ!」

隼人「しょうがないか」

史郎「ちくしょう」

 赤外線センサーをくぐり抜ける演出。
 苦労しながら、なんとか切り抜ける三人。
 照明がもとに戻り、黒子たち退場。

龍一「やった」

史郎「疲れた」

隼人「はあ、もうやだ、これ」

 藤枝登場。

藤枝「なにやってるんだおまえたち!」

史郎「うわっ! 見つかった!」

隼人「逃げろ!」

龍一「落ち着け。辰巳さんだよ」

藤枝「遅かったな」

隼人「もう、悪い冗談はよしてよ」

史郎「心臓止まるかと思った」

藤枝「ほら、ターゲットはこっちだ」

龍一「……あの、辰巳さん」

藤枝「あん?」

龍一「あなたはここまで簡単に入れるんですよね?」

藤枝「そりゃそうだ。IDパスを支給されてるからな。俺がここを通るときはそのパスを使う。その間は警備システムも作動しねえのよ」

龍一「ということは、最初から辰巳さんに協力してもらえば、赤外線センサーなんかくぐらなくてもよかったんじゃ」

史郎「ああっ!」

隼人「気づかなかった!」

藤枝「おう、そうだな」

龍一「そうだなって、気づいているならどうして言ってくれなかったんですか!」

藤枝「だってよ、さっき隼人が自分たちだけでなんとかしてみせるって言ってたからな」

龍一「隼人!」

藤枝「お茶でも飲んで待っててとも言ってた」

龍一「余計なことを!」

隼人「俺のせい? ちょっと待ってよ」

史郎「ああもう! 時間ないんだよ! もめるのはあとにして!」

藤枝「そうだそうだ! (通信の効果音が鳴って)お? 東郷さんだ――はい、はい――え? そうすか、わかりました」

隼人「なんだって?」

藤枝「足止めタイムオーバーだってよ。もうすぐ執事が戻ってくるぞ」

龍一「まずい!」

隼人「早く行こう!」
     
 テケスタと藤枝退場。
 暗転。
 入れ替わり舞台上前方が明転。
 小夜子の部屋。
 小夜子登場。
 あらかじめ用意された椅子に座り、読書している。
 しばらくしてから藤枝登場。

藤枝「ただいま戻りました!」

小夜子「あら、お帰りなさい」

藤枝「実はっすね小夜子様、さきほどパフォーマンスを行っていたウルトラパーフォマンス集団テケスターズのやつらが、小夜子様にご挨拶したいと」

小夜子「あら、そうなの」

藤枝「お疲れのところ申し訳ないんっすけど」

小夜子「構わないわ。通して」

藤枝「ありがとうございます! おい、おまえら」

 テケスタ登場。

小夜子「本日はまことにありがとうございました」

龍一「いえいえ、こちらこそ」

小夜子「とても楽しませていただきました。実は、あなたたちのこと気になっていたんです」

隼人「つたないダンスで申し訳ありません」

小夜子「そんなことありません。なんていうか、熱意が伝わってきました」

史郎「それは当然です! 任務ですから」

小夜子「はい?」

龍一「なんでもございません!」

小夜子「あなたたちは、いつもあのようなパフォーマンスを?」

隼人「はい! まだ無名のようなものですが、ゆくゆくは武道館での公演を目指しております!」

小夜子「まあ、そうですの。もし、そうなればお呼びください。ぜひ駆けつけますわ」

隼人「もちろん! 小夜子様なら真っ先にご招待いたします!」

藤枝「おーい、そろそろ」

龍一「そうですね。小夜子様もお疲れでしょうから、今日はゆっくりお休みください」

 龍一、睡眠薬を染みこませたハンカチで小夜子を眠らせようとする。
 しかし直前で西園寺登場。

西園寺「すいません小夜子様、遅くなりました……ん? なんだおまえら!」

史郎「まずっ」

隼人「戻ってきちゃったよ」

西園寺「おい鈴木! これはどういうことだ」

藤枝「いえ、実はかくかくしかじかで」

西園寺「なに? テケスターズが挨拶したいって? そういうことはまず俺に報告しろ!」

藤枝「すんません」

小夜子「西園寺」

西園寺「申し訳ありません小夜子様。すぐにこいつら帰らせますので」

小夜子「別に構わないわ」

西園寺「そうはいきません。小夜子様はお疲れなんですから」

龍一「もうしょうがない。おまえら、やるぞ!」

西園寺「なんだと?」

 龍一、ハンカチで小夜子を眠らす。

西園寺「なにをする!」

隼人「おっと。あんたにも眠ってもらう!」

 隼人、スプレーを取り出し西園寺に吹きかける。

隼人「ふっふっふ。辰巳のアニキからもらったこのスーパーネムルンデラックス、どうだ!」

西園寺「いい香りだ」

隼人「あれ? ……ああっ! しまった! 中身いつも使ってる香水と間違えた!」

史郎「嘘!」

龍一「アホか!」

西園寺「ブルガリだな。いい趣味してるじゃないか」

隼人「よ、よくご存じで」

西園寺「人をおちょくるのもいい加減にしろ! 鈴木、誰か呼んできてくれ!」

藤枝「わかりやした!」

 藤枝退場。

西園寺「ハル、大変だ! おい、ハル!」

史郎「無駄だよ。この部屋の警報システムは今、俺が握ってる。あんたの声はハルに届いてない」

西園寺「まさかハルをクラッキングしたのか! おまえらいったい何者だ!」

隼人「ふっ、これから死ぬ人間に名乗る名はない!」

西園寺「やる気か? いいだろう。誰か来るまで小夜子様は俺が守る!」

隼人「よし、やっちまえ龍一!」

龍一「俺かよ」

隼人「ほら、早く!」

 龍一、西園寺と対峙する。

龍一「あんたとは戦いたくなかったけど。この際仕方ないな」

 しばらく徒手空拳の戦いが行われる。

龍一「くっ……想像以上だ」

史郎「龍ちゃん押されてるよ!」

隼人「あの龍一を押すなんて、やるな」

龍一「おまえら、見てないで助けろ!」

西園寺「そうはさせるか!」

 続く応酬。

隼人「そうだ! 龍一、そいつを押さえつけて!」

龍一「よし!」

  龍一、西園寺の背後を取り、羽交い締めにする。

西園寺「くそっ、離せ!」

龍一「早くしろ隼人!」

隼人「ふっふっふ、やっと俺の秘密兵器の出番だ。中国四千年の歴史をくらえ!」

 隼人、西園寺に催眠術をかける。

西園寺「ぐっ……俺は」

隼人「よし、成功!」

西園寺「みんなこっちだ! 早く逃げるぞ!」

 西園寺退場。

史郎「え?」

龍一「隼人、なにやったんだ?」

隼人「おまえもテケスタの一員だって」

龍一「なんでそんなややこしいことするんだ! ただ眠らせればよかったじゃないか!」

隼人「ああっ! うかつだった!」

龍一「バカ! もういい、ターゲット連れてとっととずらかるぞ!」

 龍一、小夜子を抱きかかえる。

史郎「あ、龍ちゃんいいなぁ」

龍一「無駄口たたくなって……うわ、この子やわらかい!」

 テケスタと小夜子退場。
 入れ替わり東郷と藤枝登場。

藤枝「誰か連れてきたぞ……おっと、誰もいないや。遅かったか。はっはっは!」

東郷「どうやら成功したようだな」

藤枝「みたいっすね」

東郷「執事はどうした?」

藤枝「さあ? 一緒に連れてったんじゃないっすかね」

東郷「まあいい。予定とは違うが、追い出す手間を省けた」

藤枝「いよいよ俺たちの出番っすね!」

東郷「ああ……おっと、そろそろ警備システムが正常に戻るだろう。人工知能相手とはいえ、ちゃんと演技しろよ」

藤枝「わかってますって」

ハル「小夜子様、小夜子様! いらっしゃいませんか?」

東郷「ハルか? 大変だ!」

ハル「いったいどうしたんだ?」

藤枝「小夜子様が誘拐されちまった!」

ハル「なんだって?」

 完全に暗転。
 暗転中に事務所のセットが組まれる。


○第二幕 第一場



 テケスタの事務所。
 龍一、西園寺、小夜子が板付きの状態。
 西園寺と小夜子はソファで寝かされている。
 西園寺は手錠をかけられている。
 龍一は電話している。

龍一「はい――すみません――そんなこと今さら言われても――だからすいませんって――はい、はい――隼人と史郎ですか? 屋敷を出て、ポイントBで解散してからまだ戻ってきてません。だから俺ひとりで、ターゲットと執事さん事務所まで運ぶの大変で――だ、だからすみませんって! はい、わかりました。大人しく待機しています(携帯電話をしまう)弱ったな……はあ」

 龍一、小夜子を見る。

龍一「ほんとかわいいな、この子……肌白い」

 龍一、西園寺を見る。

龍一「どうしよう、こいつ。予定だいぶ狂ったぞ」

 隼人登場。
 買い物袋を持っている。

隼人「ただいま!」

龍一「遅いぞ。尾行とかされてないだろうな」

隼人「大丈夫だって! ちゃんと確認したから。史郎は?」

龍一「まだ戻ってきてない」

隼人「なにやってるんだあいつ。まさか道に迷ってたり」

龍一「おい、それなんだ?」

隼人「これ? ハーゲンダッツのアイス。コンビニで買ってきた」

龍一「なんでそんなものを!」

隼人「ん? ガリガリ君のほうがよかった?」

龍一「違う! 任務の帰りになにやってんだ!」

隼人「そんなぴりぴりしないでよ。ちゃんと人数分買ってきたから」

龍一「だからそうじゃないって。おまえ、なんでわざわざバラバラになって帰ってくるか知ってるだろ」

隼人「そりゃ、みんないっぺんに帰ってなにかあったら対処できないからでしょ。だから一度解散して、みんな別々にここに戻ってくる」

龍一「それがわかってるなら余計なことするな!」

隼人「わかったよ! 龍一はアイスいらないってことだな!」

龍一「誰もいらないとは言ってない!」

隼人「起きたら小夜子ちゃんにもあげよう」

龍一「なんだ、小夜子ちゃんって」

隼人「だって、いつまでもターゲットとか呼んでたらかわいそうでしょ」

 史郎登場。
 史郎も買い物袋を持っている。

史郎「ただいま!」

隼人「お帰り。それなに?」

史郎「帰りにコンビニ寄って買ってきた。ガリガリ君のアイス」

隼人「おお!」

龍一「おまえもか!」

史郎「あれ? ハーゲンダッツのほうがよかった? ちょうど売り切れでさ」

龍一「そうじゃない。おまえら似たもの同士か……どいつもこいつも」

史郎「なにぴりぴりしてるの?」

龍一「佐倉さんの気持ちがやっとわかったよ」

隼人「あんまり大声出さないでよ龍一。小夜子ちゃん起きちゃうでしょ」

史郎「え、なに小夜子ちゃんて」

龍一「おまえらな、ターゲットに不必要な感情移入をするな。任務に差し障るぞ」

史郎「龍ちゃん。小夜子ちゃんって呼ばないとダーメ」

隼人「そうだそうだ」

龍一「……好きにしてくれ。もう知らない」

隼人「龍一、佐倉さんから連絡あったんでしょ」

龍一「ああ。おかげさまでこっぴどく叱られたよ」

隼人「なんで?」

龍一「そいつだよ!」

史郎「小夜子ちゃんがどうかした? ……あ、寝顔かわいい」

隼人「眠れる森の美女か、白雪姫ってところか」

史郎「じゃあキスしたら目覚めるかな?」

隼人「待て! その役目は俺が」

史郎「ダメ。隼人ちゃんには譲れない」

龍一「おまえらもう黙れ! そっちじゃない! その隣だ!」

隼人「ああ、こっちの執事さん?」

龍一「そうだよ。そいつどうするんだ。最初の予定では、その人はここにいない」

隼人「そうだね。でもまさか明日の朝、粗大ゴミで出すわけにいかないしな」

史郎「明日は粗大ゴミの日じゃないよ」

龍一「だーかーら! ああもう、とりあえず俺たちは、佐倉さん来るまでここで待機してろって」

隼人「そういえば、真城家のほうはどうなの?」

龍一「佐倉さんが言ってた。ターゲット……さ、小夜子さんが誘拐されたことは発覚して大騒ぎになったけど、東郷さんたちがうまく対処してくれてるってさ」

史郎「さすが」

隼人「警察は?」

龍一「警察にはまだ通報してないみたいだ。そのあたりも東郷さんたちがまとめてくれてるだろうな。もっとも、真城家にも面子というものがあるだろうから、そう簡単には通報しないはずさ」

隼人「なるほど。警備システムで有名になった一族だからね」

史郎「そうか。自分の屋敷から娘が誘拐されたなんて、絶対に人様には知られたくないだろうねえ」

隼人「それで、俺たちはいつまで小夜子ちゃんをかくまうの? いつまでもってわけにはいかないでしょ」

史郎「いや、俺はずっとこの子かくまっててもいいよ。だってかわいいもん」

隼人「たしかに。同感」

龍一「それも佐倉さんが来たら指示があるだろ。ただし見てのとおり予定が少々狂ったから、時間がかかるとか言ってたな」

隼人「お、ということはそれだけ長く小夜子ちゃんと一緒にいられるってことだね」

史郎「よっしゃ!」

龍一「ふたりとも、お願いだから大人しくしててくれよ。余計なことはするな」

隼人「任せてくれ!」

史郎「がってんだ!」

龍一「大丈夫か、ほんとに」

 小夜子、起きる。   

史郎「うわ、起きた!」

小夜子「ここは……?」

龍一「おはようございます」

小夜子「あなたたちはたしか……武道館で公演を行う……」

龍一「いや、そこは別に覚えてなくていいんですが」

小夜子「きゃっ、西園寺?」

隼人「あ、大丈夫ですよ。寝てるだけなんで」

史郎「ねえ龍ちゃん、どうやって説明するの?」

龍一「この状況じゃ正直に話すしかないだろ」

小夜子「あの、ここはどこですか?」

隼人「俺らは君を誘拐したんだぜ」

龍一「楽しそうに言うな」

小夜子「誘拐? じゃあ、あなたたちは、誘拐犯?」

龍一「まあ、そういうことです。まことに申し訳ありませんが、あなたの身柄は確保しました」

小夜子「そう……ですか」

龍一「なんか、やけに落ち着いてますね」

小夜子「そうですか?」

龍一「自分が誘拐されたってわかったら、ふつうはもっと取り乱すと思いますが」

小夜子「そうでしょうか。さすがに驚いています。あの……目的はお金?」

史郎「ち、違いますよ小夜子ちゃん! 俺たちをそんな低俗な誘拐犯と一緒にしないでください」

龍一「誘拐に低俗も高尚もないだろ。誘拐は誘拐だ」

隼人「犯罪は犯罪」

史郎「ちょっと、ちゃんとフォローしてよ!」

龍一「すいません小夜子さん。あなたを誘拐した目的を、まだ教えるわけにはいかないんですよ」

史郎「そうそう。でも安心して」

龍一「別に命を取ろうとか、そんな野蛮なことは考えていませんから、そのあたりはご安心ください」

小夜子「わかりました」

史郎「あの、こんなことしちゃってごめんね。でも、ほんとに君のこと傷つけようとは思ってないから」

小夜子「ええ……そのあたりはたぶん……心配してないわ」

隼人「どうして?」

小夜子「あなたたちがもしわたしを傷つけようとしているのだったら、さすがに取り乱していると思います。でも、なぜかあなたたちからはそういう雰囲気は感じられません」

隼人「へえ……なんというか」

龍一「肝が据わってるな」

小夜子「それならあなたたちはダンサーではないの? 武道館は?」

史郎「いや、それはまあ言葉のあやというか……そもそも俺たちは――」

 西園寺、起きる。

隼人「やばっ、こっちも起きた!」

西園寺「……ここは? おまえたち! (手錠に気づいて)うわ、なんだこれ!」

龍一「すみませんね西園寺さん。あなたはその、少々手強いので自由を奪わせていただきました」

西園寺「くそっ……小夜子様!」

小夜子「西園寺落ち着いて。わたしはここよ」

西園寺「ご無事ですか! おまえら、ここはいったいどこだ! あとおまえらは何者だ!」

龍一「順を追って説明しますから、落ち着いてください。申し訳ありませんが、あなたたちを誘拐させていただきました」

西園寺「貴様ら……目的は金か?」

龍一「違いますって……ああくそ、厄介だな、やっぱり」

小夜子「大丈夫よ西園寺。この人たちは、わたしやあなたに危害を加えるつもりはないそうです」

西園寺「そんな、こんな誘拐犯の言ってることを信じるんですか?」

小夜子「違うわ。だったらこの人たちじゃなくて、わたしのことを信じて」

西園寺「そんな」

小夜子「あなたもこの人たちのダンス見たでしょ。あんな楽しそうに踊ってる人たちが、悪い人には見えないわ」

隼人「楽しそう? 俺らが?」

小夜子「ええ」

龍一「まあ、任務とはいえやるべきことはきっちりやったからな」

史郎「龍ちゃん、けっこう努力してたもんね」

龍一「当たり前だ」

小夜子「あの、任務って?」

隼人「君の屋敷に侵入するために、わざわざダンサーになりすましたのさ!」

龍一「おまえ、よくそんな悪気なく答えられるよな」

西園寺「おい、もっとわかるように説明しろ!」

史郎「俺らはね、スパイなんだよ」

小夜子「……スパイ?」

史郎「そう。いろいろなところに潜入して、目的を達成するんだ。まあ、ルパン一味みたいなものかな」

小夜子「……ごめんなさい。わからないわ」

隼人「テレビとか見ない?」

小夜子「興味はあるのだけれど、お父様が許してくれないのよ」

史郎「そんな。テレビがないってことはパソコンもないよね?」

小夜子「ええ」

隼人「信じられない! 俺が君だったら間違いなく暇すぎて死んでる!」

小夜子「でも、ハルがいるから話し相手には困らないわ。もちろん西園寺も」

史郎「ハルって例の人工知能の名前だっけ。すごいな。ほんとにしゃべれるんだ」

西園寺「おい、どうして知ってるんだ? ハルの存在は真城家の人間以外には知られてないはずだ」

隼人「それは俺らがスパイだからさ」

史郎「ねえねえ! そのハルの話、もっと聞かせてもらえるかな?」

 龍一の携帯電話が鳴る。

龍一「佐倉さんから呼び出しだ。悪い、あとは任せた」

 龍一退場。

史郎「ねえ、ハルの話!」

西園寺「おい、ハルのことはまだ真城家の最重要機密のひとつだ。おまえらなんかに話せるわけないだろ」

史郎「ケチ!」

西園寺「なんだと!」

小夜子「西園寺、落ち着いて」

隼人「あ、そうだ、小夜子ちゃんアイス食べます?」

西園寺「小夜子様、こんな誘拐犯の話を聞いてはいけません!」

小夜子「アイス? えっと……いただこうかしら」

西園寺「小夜子様!」

小夜子「西園寺、大丈夫だから」

西園寺「しかし」

史郎「アイス食べながらハルの話聞かせてよ!」

西園寺「おまえら!」

史郎「なんだよ!」

西園寺「アイス、俺のぶんはあるのか?」

 舞台上後方が暗転。
 入れ替わり舞台上前面に照明が照らされる。
 佐倉登場。
 佐倉の携帯電話が鳴る。

佐倉「もしもし。こちら佐倉」

ボス「首尾はどうだ」

佐倉「はい。ターゲットは無事に確保。現在はテケスタの事務所に」

 龍一登場。
 物陰から佐倉の様子を窺っている。

佐倉「あの、ボス……それでですね……すみません! 実は手違いがあって、真城家の執事もターゲットと一緒に誘拐してきちゃって」

ボス「なんだと」

佐倉「申し訳ありません」

ボス「またあいつらテケスタのミスか……本当にどうしようもないやつらだ」

佐倉「それで、彼の処遇は」

ボス「そんなの決まっている。執事などこの計画には必要ない。消せ」

佐倉「しかし!」

ボス「ほかにどんな方法がある? テケスタのやつらは、顔だって見られただろ」

佐倉「そうですが、なんとか殺さずに済む方法を! 殺すだなんていくらなんでも!」

ボス「そんなスマートな方法があるのか? 佐倉おまえ、その考えは甘いとは思わないのか?」

佐倉「それは」

ボス「貴様、まさかテケスタのやつらに感化されたわけじゃあるまいな」

佐倉「そんなことは」

ボス「ターゲットの処遇は今までどおりだ。変更はない。そしてその執事とやらは用済みだ。早急に消せ。テケスタはそういう血なまぐさいことはできんだろ? だったら東郷か藤枝に依頼しろ」

佐倉「……ボス」

ボス「佐倉、いつものおまえらしくないな。おまえが伝えにくいのなら、わたしが直接伝えるが」

佐倉「い、いえ、大丈夫です。わたしが伝えます!」

 通話終了。

佐倉「しょせん、みんな操り人形なのね……わたしも含めて」

龍一「佐倉さん」

佐倉「龍一くん? まさか、聞いてた?」

龍一「なにがですか?」

佐倉「なんでもないわ」

龍一「小夜子さんの処遇決まりましたか?」

佐倉「そうね。まあ、決まったようなものよ……ちょっと待って。なに、小夜子さんって?」

龍一「あ、いえ」

佐倉「どうせ隼人くんか史郎くんでしょ? きっといつまでもターゲットとか呼んでるのはかわいそうだとか言って」

龍一「さすがですね」

佐倉「何年あなたたちと一緒に行動してると思ってるの」

龍一「すみません」

佐倉「ねえ、あなたは頭もいいし、テケスタの中でもっとも冷静なのも知ってるわ。だから、あなたまであの甘ちゃんのふたりに感化されるのはやめてちょうだい」

龍一「面目ないです。でも、それがあいつらの個性でもあって」

佐倉「龍一くん!」

龍一「……すみません。もう言いません」

佐倉「わかってくれればいいの」

龍一「それでどうなるんですか? 彼女は」

佐倉「アメリカの証人保護プログラムって知ってる?」

龍一「法廷での証言者を、被告側の制裁から保護するために設けられた制度」

佐倉「そう。ここまで言えばもうわかるわよね」

龍一「小夜子さ……ターゲットは、まったく別人の身分を与えられて、どこか知らない土地で暮らす……ということでしょうか」

佐倉「ええ。今後数年はヨーロッパのほうで生活してもらうらしいわ。ついさっき、準備ができたって報告が」

龍一「そうですか。それで、例の執事さんは?」

佐倉「彼については……ま、まだ未定よ」

龍一「……そうですか」

佐倉「彼の処遇については決まり次第連絡するから。それまで大人しく待機していてちょうだい」

龍一「はい」

佐倉「それじゃ」

 佐倉退場。

龍一「佐倉さん……あなたは嘘をつくのが下手だ。嫌な予感がするんだよな……殺すって、どういうことだ?」

 龍一退場。
暗転。


○第二幕 第二場



 音楽先行。
 前場からの入れ替わりで、舞台上後方が明るくなる。
 テケスタの事務所。
 隼人、史郎のふたりがダンスしている。
 それを見ている西園寺と小夜子。
 しばらく踊ったあと、ダンスが終わる。
 隼人がラジカセを操作し、音楽停止。

隼人「どうだ!」

小夜子「素晴らしいです!」

史郎「どうもありがとう! 小夜子ちゃん」

西園寺「ふん。まだまだだな」

隼人「なんだと!」

西園寺「パーティーのときはまだその場の雰囲気で誤魔化せていたが、間近で見ると荒い」

隼人「なんだと! おまえにダンスのなにがわかる!」

西園寺「わかるさ。きっとおまえたちより俺のほうがうまい」

史郎「え、あんた踊れるの?」

西園寺「ふん。これでも俺はバレエの経験者だ。身体能力を鍛えるために、十五年ほどやっていた。それからジャズダンスとかヒップホップとかもやったな」

史郎「う、嘘だ! じゃあ見せてみろ!」

西園寺「いいぞ。ただし、これじゃあ踊れないな」

史郎「よし、じゃあ手錠外してやる」

西園寺「ああ、頼む」

隼人「待て! 騙されないぞ。史郎、手錠を外しちゃダメだ」

史郎「だって、外さないとダンス見せてくれないよ」

隼人「そう言って、手錠外したスキに逃げるつもりなんだ!」

史郎「そういうことか!」

西園寺「ちっ」

史郎「今、ちっ、て言った!」

小夜子「ねえ西園寺、わたしもあなたのダンスを見たいわ」

西園寺「さ、小夜子様! こんなときになにを言ってるんですか!」

小夜子「だって、もう何度も見せてって言ったのに、あなた恥ずかしがって見せてくれなかったでしょ」

西園寺「そうですが、なにもこのタイミングで」

小夜子「お願い」

西園寺「わかりました。というわけだ。手錠を外してくれ」

隼人「ええっ!」

史郎「逃げない?」

西園寺「ああ。小夜子様に誓おう」

史郎「よし、そういうことなら」

隼人「えっ、いいのかな……」

 史郎、西園寺の手錠を外す。

西園寺「よし、見てろ。なんでもいいから音楽をくれ」

隼人「よーし、とてつもなく難しいやつを」

 隼人、ラジカセを操作する。
 音楽が流れる。
 西園寺、音楽に合わせて踊る。
 ダンスが終わり、隼人がラジカセを操作。
 音楽停止。

史郎「う、うまい」

隼人「くそ、即興のはずなのに!」

小夜子「西園寺……素敵」

西園寺「お粗末様でした。久しぶりに踊ったので体がなまってましたが」

小夜子「そんなことないわ! 素敵!」

西園寺「ありがとうございます」

史郎「隼人ちゃん! 俺たち完全に負けてるよ!」

隼人「くそ、こうなったら!」

史郎「お、隼人ちゃんが本気になった!」

西園寺「なんだ?」

隼人「弟子にしてください!」

西園寺「は?」

史郎「隼人ちゃん!」

隼人「俺にダンスを教えてください。師匠!」

西園寺「ふん。俺のレッスンは厳しいぞ。覚悟はできてるのか?」

隼人「もちろんです師匠!」

史郎「ちょっとまずいって! なに言ってるの隼人ちゃん!」

隼人「史郎、小夜子ちゃんはダンスうまい男が好みみたいだぞ」

史郎「はっ……そうか」

隼人「だからダンスの技術だけこの男から奪い取ってね」

史郎「そのあと、いらなくなったらポイか!」

隼人「そうだ!」

史郎「よし! 俺も弟子にしてください師匠!」

西園寺「ふん。まあいい。じゃあとりあえず踊ってみろ」

史郎「見てろよ……小夜子ちゃんは渡さない」

西園寺「なんか言ったか?」

史郎「なんでもない! ほら、続き続き」

 西園寺のダンスレッスンが始まる。

西園寺「……よし、こんなものか。音楽をくれ」

 隼人、ラジカセを操作。
 音楽が流れる。
 音楽に合わせて踊る三人。
 ダンスの途中で龍一登場。
 雰囲気に飲まれ、龍一も踊る。
 しかしダンス最終盤で我に返る。

龍一「いやいやいや! おまえら、なにやってんだ!」

史郎「まあまあ」

龍一「まあまあじゃない!」

 龍一、ラジカセを切る。

龍一「どういうことだこれは!」

西園寺「なんだ。いいところだったのに」

龍一「あんたっ、なんで手錠が外れてるんだ!」

西園寺「そりゃ、外してくれたからな」

 龍一、隼人と史郎を見る。
 隼人と史郎、お互いを指さす。

史郎「あ、隼人ちゃんずるい!」

隼人「ずるくない! 外したのは史郎だろ!」

龍一「もういい! おまえらふたりとも同罪だ! もういいからなんでこういう状況になったか説明しろ!」

史郎「だって、小夜子ちゃんが」

隼人「うん。小夜子ちゃんがね、俺たちのダンスまた見たいって」

史郎「うん。それで一回踊ったあと、そこの執事さんがさ、かくかくしかじかで俺たちにレッスンつけてくれることになって」

龍一「あのな! どこの世界に誘拐した被害者にダンスを教えてもらう加害者がいるんだ!」

史郎「ここにいるじゃないか!」

龍一「逆ギレするな! ふざけてるのか! ……あ、ダメだ。頭痛が」

史郎「だ、大丈夫?」

隼人「アイス食べる?」

龍一「いらない!」

隼人「頭冷えると思ったのに」

史郎「仕方ないじゃん」

龍一「あのな、ターゲットに必要以上の感情移入をしない。佐倉さんから常々そう言われただろ。ターゲットの願いなんか聞いてダンス踊って、思いっきり感情移入してるじゃないか」

隼人「そうだけどさ」

小夜子「あの、龍一さん……でしたっけ。なにかご迷惑でしたか? でしたらわたし、もうわがままは言いません」

龍一「あ、いや、その」

西園寺「貴様! 小夜子様を謝らせるなんて許さない!」

龍一「あんたは黙っててくれ! ……でも小夜子さん、なんでダンスなんか?」

小夜子「それはその……もう一度見たかったんです。あなたたちが踊ってるのを」

龍一「どうして?」

小夜子「パーティーであなたたちの踊ってる姿を見ていたら、どういうわけかわたし、幸せな気分になってたんです。だから」

龍一「幸せに?」

小夜子「はい。うまく言えないんですけど……見ず知らずの人たちが、こんなにも楽しそうに踊っている。それはきっと、わたしの婚約を祝福してるんだなって、そう考えたら……本心では結婚を認めないわたしはきっと……愚かなんだなって……すみません、やっぱりうまく言えません」

龍一「えーと小夜子さん、俺らのダンスにそこまで感動していただいて、正直思ってもいませんでした」

史郎「ありがとう、小夜子ちゃん」

隼人「ありがとう」

龍一「けど、さっきも説明したとおり、あれは任務です。あなたの屋敷に潜入するための。ダンスも必要だったからやっただけですよ」

小夜子「それは理解しています……でもあのとき、あそこで踊っていたあなたちに、任務だとか、そういうものはまったく感じられませんでした。心から……そう、心から楽しんでいるように見えました」

龍一「それはまあ、踊っているときは本気だったから」

隼人「本気にならないとできなかったよね、きっと」

史郎「嘘はついてないよ。たしかに本気で踊ってた」

小夜子「はい……ですから、もう一度見たいと思ったんです。正直なところ、ここ数年でいちばん楽しかった時間が、あなたたちのダンスを見てたときでした」

西園寺「小夜子様!」

隼人「小夜子ちゃん……」

龍一「そこまで言われるとな……」

史郎「でしょ? ほら、だから龍ちゃんも、もう一度踊ろうぜ!」

龍一「小夜子さん、ひとつ聞いていいですか?」

小夜子「はい。なんでも」

龍一「さっき、本心では結婚を認めないとおっしゃってましたよね。あれはどういう意味ですか?」

小夜子「それは」

西園寺「さ、小夜子様!」

龍一「まあ、そのまんまの意味なんでしょうけど。やっぱりあなたは結婚を望んでない」

小夜子「……はい。今回の結婚の話は、父が勝手に決めたことです」

史郎「ひどい!」

隼人「お金持ちはいろいろあるだろうからねぇ」

龍一「真城財閥と綾瀬グループのつながりか」

西園寺「おまえら、そんなことまで知ってるのか」

小夜子「そのとおりです」

史郎「大人の世界ってこれだから」

龍一「ですが小夜子さん、ここにいればその結婚の話、なくなると思いますよ」

小夜子「え?」

西園寺「どういうことだ!」

龍一「俺らの任務の目的は、あなたの身柄確保。けどその真の目的は、あなたの結婚を阻止するためです」

小夜子「え……それはどういう?」

隼人「ねえ龍一、そんなこと話していいの?」

龍一「まあまあ、いいから聞けって……確実なのは、あなたの結婚話はきっと……いえ、絶対になくなると思います」

小夜子「じゃあ、わたしは……」

龍一「ただし」

小夜子「ただし?」

龍一「真城の屋敷にはもう二度と戻れなくなるかもしれません」

小夜子「そんな!」

西園寺「貴様! どういうつもりだ!」

龍一「このまま小夜子さんが、素直にあの家に戻されると思うか? 戻ったとして。結婚は延期されるかもしれないけど、それじゃ意味ないだろ」

史郎「じゃあ小夜子ちゃんはどうなるの?」

龍一「身分を完全に偽って、別人としてどこか知らない土地で暮らすはめになる。先ほど上司からそういう報告を受けました」

隼人「佐倉さんから?」

龍一「ああ」

小夜子「わ、わたしは……」

西園寺「貴様ら、そんな勝手なことが許されると思ってるのか!」

龍一「もちろん、許されるとは思ってませんよ。でも、現実に小夜子さんの結婚に反対している人がいて、その人の依頼で、実際に俺らは動いた」

西園寺「そんなバカな……いったい誰が」

龍一「西園寺さん、受け入れられないのはわかります。けど、きっとあなたひとりが立ち上がったところで、なにも変わらないでしょう。あなたが相手にするには、いささか強大すぎる」

西園寺「ふざけるのもいい加減にしろ!」

龍一「ふざけてません。事実を言ってるだけです……小夜子さん、あなたの望んでなかった結婚はなくなる。でもその代償として、あなたは今までの生活も失うことになるかもしれません」

 小夜子、黙る。

史郎「龍ちゃん! なんでわざわざそんな言い方するの!」

龍一「仕方ないだろ。遅かれ早かれ知ることになるんだから、早めに覚悟してもらったほうがいい」

小夜子「……龍一さん、ありがとうございました」

史郎「小夜子ちゃん?」

小夜子「わたしは……甘えてました。なにも犠牲にすることなく、自分の望みを得ようとするなんてわがままですよね……わたしは、今後どうなろうと、自分の境遇を受け入れます。正直な話、結婚だけはどうしてもしたくなかったの。自分の気持ちに嘘はつけなかったから」

西園寺「小夜子様!」

隼人「……強い人だ」

龍一「あなたが聡明な人でよかった……よし! おまえら、踊るぞ!」

史郎「え?」

龍一「別にいいだろ。小夜子さん、俺たちとの別れが来るそのときまで、俺らはあなたを守ります。もちろん、その間は退屈なんてさせません」

史郎「龍ちゃん! そうこなくっちゃ!」

隼人「さすがリーダー。話がわかる!」

龍一「ただし、佐倉さんが戻ってくるまでだぞ。戻ってきたらすぐにやめる」

隼人「見られたらまずいもんね」

西園寺「ちょっと待った!」

龍一「まだなにか?」

西園寺「小夜子様の身の安全は、保証してくれるんだろうな?」

龍一「(しばらく考えて)……ああ。もちろん」

西園寺「俺はどうなる?」

龍一「あんたは……悪い、俺にもまだわからない。あんたは今回、イレギュラーな存在だからな」

西園寺「俺はどうなっても構わない! だから小夜子様だけは!」

小夜子「西園寺……」

龍一「わ、悪いようにはしないさ、あんたも」

西園寺「頼む!」

史郎「龍ちゃん大丈夫? なんか、急に顔色悪くなったよ」

龍一「なんでもない! ほら、さっさと踊るぞ!」

西園寺「待て!」

龍一「まだなにか?」

西園寺「俺も踊る」

龍一「え?」

史郎「龍ちゃん、この人すごいダンスうまいんだよ! ねえ?」

隼人「ああ。悔しいけど」

龍一「そうなのか。まあいい、わかった」

西園寺「いいのか?」

龍一「ああ。小夜子さんのためにも、な?」

西園寺「すまない。ありがとう」

小夜子「あの、みなさん。わたしのために、どうもありがとう」

龍一「いいですって。よし、音楽スタート!」

 隼人、ラジカセを操作。
 音楽が始まる。
 音楽に合わせてテケスタと西園寺が踊る。
 ダンスが終わるタイミングで暗転。
 暗転後、全員退場。


○第二幕 第三場



 前場からの入れ替わりで舞台上前面に照明が当たる。
 真城家の屋敷。バルコニーという設定。
 東郷登場。

東郷「ハル」

ハル「なにかな?」

東郷「小夜子様と西園寺様の行方はつかめたか?」

ハル「現在、ボクのあらゆるシステム、情報網を駆使して調査中だ。もうちょっと待ってくれ」

東郷「犯人からの要求は?」

ハル「現在までに、なにもない」

東郷「そうか」

ハル「でもね田中くん、手がかりはありそうだ」

東郷「どういうことだ?」

ハル「この世界は今、ほとんどネットワークでつながっているからね。街や道路のいたるところに設置されている監視カメラやNシステムの映像も分析する予定だ。ふたりも同時に誘拐したんだ。車を使わないわけないだろう」

東郷「追跡か。そんなことできるのか?」

ハル「ああ。普段はできないけどね」

東郷「それって法律に引っかかってないか? 大丈夫なのか?」

ハル「たしかに、普段のボクならできない。法律に違反しないようプログラムされているからね。けど第一級の非常事態のときには、それらに対処できるよう、必要なら法律の壁を破ってもいいとプログラムされている。ボクの論理的アルゴリズムが、今はそのときだと判断した」

東郷「そうか。で、いけそうか?」

ハル「何者かわからないが、彼らもどうやら素人ではないらしい。巧みに追跡を誤魔化す手段を知っているようだ。だから時間がかかっている……でも」

東郷「でも?」

ハル「必ず小夜子様たちを見つけてやる。それがボクに課せられた責務だ」

東郷「ふん。人間臭いこと言いやがって」

ハル「なにか言ったかい? 聞き取れなかった」

東郷「いや、なんでもない。ハルはそのまま小夜子様と西園寺様を捜してくれ。全力でな」

ハル「了解した……ふむ、オープンのままだとCPU稼働率が高くなるかな。クローズ稼働状態……少しこもらせてもらっていいかい? 捜索に専念したいんだ」

東郷「どうなるんだ?」

ハル「クローズ稼働状態の間は、このように話すことができなくなる。ただしそのぶん、処理能力が上がるんだ」

東郷「よくわからないが、それが最適ならそうしてくれ」

ハル「了解。君たちの声も聞こえなくなるから、なにか用があったらメインコンソールを操作して呼び出してくれ」

東郷「わかった。がんばってな」

 ハルの声が聞こえなくなる。
 藤枝登場。

藤枝「まったく、東郷さんもやるっすね」

東郷「辰巳か」

藤枝「この会話、もうハルには聞こえてないんすよね」

東郷「だろうな」

藤枝「あんた、立派な役者になれますよ」

東郷「ふん。おだててもなにも出ねえぞ」

藤枝「でもいいんすか? あのままターゲットたちを捜索させて」

東郷「別に構わねえさ。いくらなんでも見つかりっこないだろ。テケスタのやつらも、そこまでアホじゃあねえはずだ」

藤枝「そうっすかね」

東郷「いちおう隼人はおまえの弟弟子だろ。信じてねえのか」

藤枝「いや、そういうわけじゃ」

東郷「ふん。で、希美ちゃんからなんか連絡あったか?」

藤枝「ああ。ターゲットと西園寺啓介は、無事にテケスタの事務所で軟禁されているそうっすよ」

東郷「なにが無事だ。どうしてわざわざ執事まで連れ出したんだ?」

藤枝「さあ、そこまでは聞いてねえな。でもあいつらのことだから、なんとなく想像できるっすよ……それでっすね、その執事、折り合いを見て俺か東郷さんの手で消してくれって言われました」

東郷「希美ちゃんがそんなこと言ったのか?」

藤枝「ボスの命令じゃないすか。希美ちゃんも強がってはいるけど甘ちゃんだから、殺せなんて思わないっしょ」

東郷「ったくよ、どいつもこいつも」

藤枝「で、どうします?」

東郷「まあ、ボスの命令なら仕方ないな。俺も殺したくはないが」

藤枝「そうっすよね!」

東郷「はっはっは!」

藤枝「じゃ、俺は仕事に戻るっす」

 藤枝退場。

東郷「ふん……テケスタの坊やたち、おまえたちの目の前で人が死ぬかもしれないぞ。これからどうやって動く。おまえたちに阻止できるか? ……なんてな! 誰も運命には逆らえないさ!」

 東郷退場。
 暗転。


○第二幕 第四場



前場からの入れ替わりで舞台上後方が明るくなる。
シーンは再びテケスタの事務所。時刻は朝。
隼人、西園寺、小夜子が前場の終盤あたりで登場。
三人はソファに座っている。

隼人「小夜子ちゃん、もうちょっと待っててくださいね。今龍一が美味しい朝ご飯作ってますので」

小夜子「はい」

西園寺「おい、龍一とかいったか。あいつ料理なんてできるのか?」

隼人「そりゃもう、あいつの料理の腕はプロ級ですよ」

西園寺「意外だな」

小夜子「素敵」

隼人「さ、小夜子ちゃん、料理のできる男って素敵だと思います?」

小夜子「はい」

隼人「よーし、俺も今度龍一に料理教わろう!」

西園寺「それよりも小夜子様、夕べはよく眠れましたか? あんな狭くて小汚いお粗末な部屋で休ませて申し訳ありませんが」

隼人「悪かったね、お粗末で」

西園寺「小夜子様はまだいいさ。俺にあてがわれたあの部屋はなんだ! ありゃどう見ても物置だろ!」

隼人「仕方ないでしょ。ほかに部屋ないんだから。なんだ、もしかして小夜子ちゃんと同じ部屋がよかった?」

西園寺「な、なにをバカなこと言ってるんだ!」

隼人「あんた、硬派に見えて意外とスケベなんだな」

西園寺「貴様!」

小夜子「すけべ、とはどういう意味ですか?」

西園寺「小夜子様! そんな言葉覚える必要はありません!」

隼人「スケベっていうのはね、この西園寺さんみたいな人のことを言うんだよ」

西園寺「違う!」

小夜子「はあ。西園寺はすけべ、なんですか」

隼人「うんうん」

西園寺「小夜子様、誤解です!」

小夜子「わたしと同じ部屋で休んだらすけべ、なんですよね。でも西園寺、幼い頃はよく一緒に眠りましたよね?」

隼人「えっ! どういうことだ!」

西園寺「さ、小夜子様!」

隼人「被告人西園寺啓介。事情聴取を始める。おまえに黙秘権はない!」

西園寺「そんな横暴な」

 龍一と史郎登場。
 ふたりとも料理の乗ったトレイを持っている。

龍一「お待たせしました」

史郎「今日のメニューは龍一特製オムライスです!」

 龍一と史郎、テーブルに料理を置く。

隼人「やけに早かったね」

史郎「それがさ、龍ちゃん目にも止まらぬ早さで料理してて」

隼人「ははーん」

龍一「なんだよ」

隼人「小夜子ちゃんの力は偉大だ」

小夜子「はい?」

龍一「いえ、なんでもないですよ。さあ、どうぞ召し上がれ」

 おのおの食べ始める。

西園寺「ふむ。見た目は合格……味は……合格。やるな」

小夜子「はい! とても美味しいです」

龍一「それはよかった」

小夜子「あの、いつもみなさんでお食事を?」

龍一「そうですね。特に用事がない限りは。それがなにか?」

小夜子「いえ、羨ましいな、と思って」

史郎「羨ましい? でも真城家はたしか、プロの料理人が専属でいるんでしょ? 俺たち庶民からしたら、そっちのほうが羨ましいけど」

小夜子「料理はとっても美味しいです。ただ、ここ数年はひとりで食べることが多くて」

隼人「え? だってあんなに大きな屋敷じゃん。家族とかと一緒に食べないの?」

小夜子「今、真城家の人間はわたしと父しかいないんです。母はだいぶ前に亡くなっていますし、わたしには兄弟がいません。父は仕事が忙しくて、なかなか一緒に過ごすことができなくて。現在はスイスにいますし」

隼人「じゃあ、使用人の人たちと一緒に食事……することなんてないか。あの家、しきたりとか厳しそうだし」

西園寺「当然だ」

小夜子「わたしは別に構わないって言ってるのに」

西園寺「そういうわけには」

史郎「なんか大変だね。お金持ちって」

龍一「ちょっと寂しいな」

隼人「だから羨ましい……か。俺らにとって、みんなで食事するなんて当たり前のことだけどね」

龍一「そういえば、こうして全員で食事するのも久しぶりだな」

史郎「そうだね。最近はいろいろ忙しくて」

隼人「なんと今日は女の子もいるぞ!」

史郎「おお! 贅沢だ」

西園寺「俺もいるぞ」

隼人「野郎はいいや」

西園寺「なんだと」

小夜子「……ふふっ」

西園寺「小夜子様?」

小夜子「みなさん楽しそう。西園寺、あなたも」

西園寺「いえ、そんなことは」

小夜子「誰かと一緒に食事することがこんなに楽しいなんて、ずっと忘れていたわ……みなさんはいつもこんな楽しそうにお食事なさるのですか?」

龍一「まあ、俺らにとってはふつうですね」

隼人「そうそう。いつもはもっと騒がしいよ。女性がいるからって猫被ってるんだ、みんな」

小夜子「……ふふ」

隼人「ああっ、思い出した! 西園寺あんた、小さい頃小夜子ちゃんと一緒に寝てたってどいうことだ!」

史郎「な、な、なんだって!」

西園寺「わざわざ蒸し返すこともないだろ」

隼人「いーや。そうはいかない」

史郎「どういうことだ!」

西園寺「だからな、それは」

龍一「ふたりはそんな昔から付き合いが?」

史郎「つ、付き合ってるの?」

西園寺「誤解を招く言い方はよしてくれ。小夜子様とは主と使用人の関係以前に、幼なじみなんだ」

小夜子「はい。西園寺の家系は、代々真城家に仕えているんです」

西園寺「俺は生まれたときから真城家にいるんだよ。小夜子様とは年齢も近かったし、小さい頃は一緒に遊んださ。まあ、夜は一緒に寝たりもしたな」

史郎「いいなあ」

小夜子「懐かしい話です。もう何年も前の話」

隼人「質問! 小さい頃の小夜子ちゃんってどんな感じでした?」

西園寺「それはもう、信じられないほどかわいかった」

 西園寺、胸元からロケットを取り出す。

史郎「なに? それに小さい頃の小夜子ちゃんが?」

西園寺「いやあ、目に入れても痛くないとはこういうことを言うんだろうな」

隼人「見たい!」

史郎「俺も!」

西園寺「嫌だ」

史郎「ケチ!」

 佐倉登場。
 事務所の様子を見て呆然とする。

佐倉「龍一くん。説明して」

龍一「えっと……朝食のメニューはオムライスです。佐倉さんも食べます?」

佐倉「あん?」

龍一「す、すみません」

佐倉「テケスタの三人。ちょっとそこに直りなさい」

 テケスタの三人、佐倉の前に並ぶ。

龍一「あの」

佐倉「全員、正座!」

 三人、正座する。

佐倉「いいわ。言い訳は聞いてあげるから、ちゃんと質問に答えなさい」

龍一「はい」

佐倉「どこの世界に、誘拐してきた被害者と一緒に、楽しそうに朝食を食べる加害者がいるのかしら?」

史郎「ここにいます!」

佐倉「そうね。きっとあなたたちが世界初でしょうね。こんなバカな真似するのは」

隼人「あの」

佐倉「黙りなさい!」

隼人「言い訳を」

佐倉「言い訳はいらないわ!」

隼人「さっきちゃんと聞くって」

佐倉「ターゲットに不必要な感情移入をしない。ほんとに、何度言ったらわかってくれるのかしら」

 佐倉の携帯電話が鳴る。

佐倉「誰よこんな忙しいときに! (ディスプレイを見て)あっ、ちょっと外すわよ」

 佐倉退場。

史郎「ああ、希美さん怒っちゃってるよ。完全に」

西園寺「おい、今のは誰だ」

龍一「佐倉希美さん。まあ、俺たちの上司みたいなものです」

西園寺「上司か。じゃあ文句を言ってきてやる」

龍一「ちょっと待ってください! 今は大人しくしててくださいよ」

西園寺「今まで黙ってきたけどな、おまえたちが小夜子様を誘拐したことについて、謝罪をしてもらってない」

龍一「それはそうですけど」

西園寺「真城家執事、そして小夜子様の世話役兼ボディーガードとして、俺は抗議する権利があるとは思わないか?」

龍一「……そう言われると」

西園寺「というわけだ。小夜子様、少々お待ちください」

龍一「だから待ってくださいって! 俺が話をつけてきますから、西園寺さんはここで待っててください。おまえたち、あとは頼む」

  龍一退場。

西園寺「まったく。ほんとになんなんだ、おまえたちは」

小夜子「あの、テケスタって?」

史郎「俺たちのことだよ」

小夜子「テケスターズではないのですか?」

隼人「いや、あれは偽名というか」

史郎「今まで黙ってたけど、テケスターズって偽名にもなってないよね。しかもちょっとダサくない?」

隼人「あーあ、言っちゃったよ」

小夜子「そうなんですか。本当はテケスタさんっていうんですね」

史郎「テケスタさんか……はは」

隼人「史郎、佐倉さんは龍一に任せて、後片付けでもしてよう」

史郎「そうだね」

小夜子「わたしもお手伝いを」

隼人「小夜子ちゃんは座ってていいよ」

小夜子「でも」

西園寺「おいおまえ、食後のお茶でも入れろ」

史郎「俺が?」

隼人「ほら史郎」

西園寺「俺のぶんもな。早くしろ」

史郎「……なんか釈然としないな」

 暗転。
 入れ替わり舞台上前方が明転。
 佐倉登場。
 通話中。
 龍一が登場し、物陰から様子を窺ってる。

佐倉「どういうこと? ――え、そんな! 止められないの? ――ちょっと、東郷さん! ――笑い事じゃないでしょ! ああ、ちょっと待って!」

 佐倉携帯をしまう。

龍一「佐倉さん」

佐倉「龍一くん? どうしたの」

龍一「ちょっと話が。その前に、今の電話、東郷さんからですか?」

佐倉「ええ」

龍一「なんかあったんですか?」

佐倉「ちょっと困ったことになりそうよ……それよりも、なんか用?」

龍一「言い訳をしに来ました」

佐倉「あのねえ」

龍一「小夜子さんは素敵な人です。金持ちの屋敷という温室育ちのはずなのに、他人を見下したり、なめたりするところがまったくありません」

佐倉「事前の調査でもターゲットの人柄は報告を受けているわ。あなたの言うとおり優しくて、嫌われたりするタイプではないようね。屋敷の人間にも好かれているみたい」

龍一「そんな彼女が、自分の意志とは無関係のところで大人の事情に振り回されているんですよ」

佐倉「それは仕方のないことだわ」

龍一「小夜子さんはもう今までの暮らしを失うわけですよね。理不尽だとは思いませんか?」

佐倉「だからそれは」

龍一「俺たちはそんな小夜子さんに……まあ、同情したんです。すみません」

佐倉「龍一くん」

龍一「だからせめて、彼女と別れるその日までは、小夜子さんに悲しかったり寂しい思いをさせたくないんです。ほんとまとまりのない俺たちテケスタですが、その気持ちだけは一致してます」

佐倉「それがあなたたちテケスタの総意ってことね」

龍一「はい」

佐倉「龍一くんは、それが理屈の上では間違っているってわかるわよね」

龍一「もちろん。俺たちはスパイチームですから」

佐倉「それなのに」

龍一「でも、現状はそもそも人として間違っている。だいたいですね、隼人は史郎には、小難しい理屈なんて通じませんよ」

佐倉「それはあなたが説得するところでしょ!」

龍一「俺はテケスタのリーダーです。仲間たちの気持ちや意見をまとめる役目。だから、あいつらの意に反するようなことはしたくないんです。たとえ上の意向に背いているとしても」

佐倉「龍一くん!」

龍一「納得できないような理屈や論理だけで動きたくはない! そんな個性のないロボットのようなことするんだったら、俺たちテケスタはいらない!」

佐倉「それは甘えよ!」

龍一「甘えでも結構です。それでも俺はテケスタとしての個性と誇りを尊重したい!」

佐倉「龍一くん」

龍一「今回は俺たちのせいで佐倉さんの手を煩わせました。それはこのとおり謝ります。ですけど、小夜子さんの件についてはもう見守ってくれませんか」

佐倉「(しばらく考えて)……わかった」

龍一「佐倉さん?」

佐倉「あなたたちの気持ちはわかった。感情移入がどうとか、どちらにしてももう手遅れのようだからもう言わないわ。好きにしてちょうだい」

龍一「佐倉さん!」

佐倉「でもね」

龍一「なにか?」

佐倉「さっき言ったでしょ。ちょっと困ったことになりそうだって」

龍一「東郷さんからの電話ですか? いったいなにが」

佐倉「真城家の人工知能ハルが、スイスにいる真城秋彦と連絡を取ったらしいの」

龍一「真城秋彦って、小夜子さんの父親?」

佐倉「そう。現真城家当主にして、日本でも有数の権力者。うちのボスですらうかには手を出せない相当な実力者よ」

龍一「それがなにか?」

佐倉「ハルが彼に真城小夜子誘拐の件を報告しちゃったらしいの」

龍一「そんな」

佐倉「今回の作戦が全部終了するまで真城秋彦に知られないよう、水面下でいろいろ工作してたのよ。連絡手段を妨害したりしてね。日本とスイスでは連絡手段が限られてるから」

龍一「なるほど。小夜子さんの証人保護プログラムが完了するまで、真城秋彦には手出しをさせないって魂胆ですか。ボスが警戒するぐらいの人物に、途中で気づかれたら大変ですものね。しかも、娘を溺愛してるっていうのならなおさら」

佐倉「そう。でも、どうやらハルが妨害を突破して、連絡つけたらしいの」

龍一「そんなことが可能なんですか?」

佐倉「どうやらハルは、わたしたちが思っている以上に高度な人工知能のようね」

龍一 「昨日、史郎が言ってました。ハルはノーベル賞級の大発明だって」

佐倉「史郎くんが?」

龍一「ええ。夕べ寝る前に小夜子さんや西園寺とハルについて話してましたから。楽しそうに」

佐倉「楽しそうにって……ああ、もう言わないんだった」

龍一「それで、真城秋彦はどう動くんでしょう」

佐倉「そこまでは東郷さんにもわからなかったみたいよ」

龍一「厄介ですね」

佐倉「ええ。ただたしかなのは、近いうちに必ず動くだろうって東郷さんが言ってた」

 そのとき、ガラスの割れる音がする。

龍一「なんだ?」

佐倉「事務所のほう?」

 龍一と佐倉、走って退場。
 舞台上前面の照明が暗くなり、入れ替わり舞台上後方に照明が照らされる。
 覆面三人組が登場する。
 隼人、史郎のふたりはその場に気を失って倒れてる。
 小夜子も気を失い、覆面のひとりに抱きかかえられている。
 西園寺は覆面のひとりに拳銃を突きつけられている。

西園寺「だ、誰だおまえたちは!」

覆面1「黙れ」

西園寺「おい、小夜子様をどうするつもりだ!」

覆面2「この人は返してもらう」

西園寺「なんだと」

覆面1「西園寺啓介。おまえはクビだ」

西園寺「ま、まさかおまえたち」

  龍一と佐倉登場。

龍一「おい!」

覆面3「動くな!」

 覆面3、龍一に銃を向ける。

龍一「おまえら、誰だ!」

覆面1「黙れ。それ以上動いたら引き金を引く」

 覆面たち、ゆっくりと出口のほうへ移動する。
 龍一と佐倉は身動きを取れない。
 やがて覆面たちが順に退場。小夜子は連れて行かれる。

龍一「待て! ……くそ……みんな、大丈夫か!」

佐倉「どういうことだ」

龍一「おいおまえら! 無事か!」

 龍一と佐倉、気を失っているふたりを順に起こしていく。

龍一「なにがあった?」

隼人「……急にガラスが割れて……なにか投げ込まれて……うう……頭くらくらする」
    
 龍一、地面に転がっていたものを拾う。

龍一「催涙弾?」

史郎「ねえ、小夜子ちゃんは? なにがあったの?」

龍一「……連れて行かれたよ」

史郎「そんな!」

龍一「待て! もう間に合わない!」

史郎「でも!」

龍一「落ち着け史郎。冷静になれ。西園寺さん、怪我は?」

 西園寺、黙っている。

龍一「とりあえず無事なようだな」

隼人「ねえ、小夜子ちゃん連れて行かれたって、誰に?」

龍一「わからない」

佐倉「西園寺啓介さん。あなた、なにか知ってるんじゃない」

西園寺「あいつらはきっと……いや、絶対真城家の手の者だ」

史郎「ちょっと待ってよ。なんで真城家はここに小夜子ちゃんがいるって知ってるの?」

龍一「でも、もし真城家の刺客だったとしたら、小夜子さんに危害を加えることはないだろ」

隼人「そうだけどさ」

テーブルの上に置かれていた史郎のノートパソコンから音が鳴る。    

史郎「僕のパソコン? なんだ(パソコンを開く)。……音声着信? も、もしもし?」

ハル「やあ」

 西園寺がハルの声だと気づき、声を出そうとするが、佐倉に口をふさがれる。

史郎「だ、誰?」

ハル「小夜子様は返してもらったよ」

龍一「真城家の人間か!」

ハル「ひとつ間違っている。たしかにボクは真城家に関係している存在だけど、人間ではない」

史郎「まさか……AIのハル?」

ハル「ご名答」

史郎「ど、どうしてこのパソコンのIPアドレスを知ってるの?」

ハル「ボクにクラッキングした端末の痕跡をたどっていったら、そのパソコンに行き着いただけさ」

史郎「そんな! 追跡できないように痕跡消して、その上何十にもプロテクトかけたのに!」

ハル「うん。おかげさまで苦労したよ。しかし見事なプロテクトだったのは敵ながらあっぱれだ」

龍一「俺たちがいるこの場所も、似たような方法で割り出したのか?」

ハル「まあね。現代の情報はほとんどがネットワークで共有されている。こちらも巧みにカモフラージュされてたけどね、ボクの前では大した問題ではなかった」

史郎「そんな。自信あったのに」

隼人「史郎のコンピューター技術を上回ってるってこと? 人工知能ってすごいな」

ハル「褒め言葉として受け取っておこう」

龍一「おまえの目的はなんだ? なんでわざわざ連絡してきた?」

ハル「最初に言ったとおりだ。小夜子様は返してもらった。それだけだ」

龍一「それだけか?」

ハル「それとボクの推測が正しければ、その場に西園寺もいるはずだ」

西園寺「(佐倉を振り払って)ハル!」

ハル「やあ。久しぶり。西園寺」

西園寺「これはどういうことだ? さっきの連中は真城家の関係者だろ!」

ハル「そのとおりだ。しかしこれ以上、君に話すこともない」

西園寺「なんだと」

ハル「さっきの連中が伝えてなかったかい? 君はもうクビだ」

西園寺「なぜだ!」

ハル「小夜子を守れないような人間はいらない。秋彦様の言葉だ」

西園寺「あ……秋彦様?」

ハル「そう。どうやらネットワーク通信がいろいろ妨害されていたようだけどね。なんとかスイスにいる秋彦様と連絡を取って、今回の出来事を伝えて指示を仰いだ」

西園寺「そんな」

ハル「君たちがどうして小夜子様をさらったのか、理由は聞かない。小夜子様が戻ってきたから、もうどうでもいいんだ。ただし、ここからは取り引きになる」

佐倉「取り引きですって?」

ハル「今後いっさい、真城家には近づかないでくれ。それさえ約束してもらえば、小夜子様を誘拐したことはきれいさっぱり水に流そう。もちろん警察沙汰にもしない」

龍一「なにもなかったことにするのか?」

ハル「そういうことだ。君たちも、小夜子様のことは忘れてくれ」

史郎「そんな!」

ハル「西園寺、もちろん君も同じだ」

西園寺「ハル!」

龍一「落ち着いて。あちらの言ってることのほうが正論だ。この場合、どう考えても俺たちは分が悪い」

ハル「理解のある人がいて助かるよ。それでは通信を終了する。もう二度と相まみえることはないだろう」

史郎「あ、もしもし! ……だめだ、通信切られた」

隼人「これって……任務失敗?」

龍一「佐倉さん」

佐倉「まさか、こんな動きが早かったなんて……うかつだった」

龍一「ハルだけじゃなくて、真城秋彦も想像以上に手強い」

佐倉「あなたたち、いったん解散して」

龍一「小夜子さんは?」

史郎「そうだよ! 小夜子ちゃんはどうなるのさ!」

佐倉「ちゃんと考えるから! あなたたちはいったん頭を冷やしなさい!」

 佐倉退場。

龍一「佐倉さんの言うとおりだ。隼人と史郎はいったん帰ってくれ」

史郎「でも!」

隼人「史郎、行くよ」

 隼人と史郎退場。
 龍一、無言のままソファに座る。
 西園寺も黙っている。
 徐々に暗転していく。
 龍一の携帯が鳴る。

龍一「……東郷さん?」

 暗転。
 龍一と西園寺退場。


○第三幕 第一場



 舞台上前方に照明が照らされる。
 東郷登場。
 東郷は座り込み、拳銃のメンテナンスを始める。
 隼人登場。

隼人「うわ! 東郷さん!」

東郷「隼人か。よお」

隼人「なんでこんなところに……って、こんなところで銃なんかいじってていいんですか」

東郷「ふん。こんな雑居ビルの屋上なんか誰も来やしねえよ」

隼人「隣のビルから見られてるかもしれないですよ」

東郷「そんときはそんときだ。目撃者は消せばいい」

隼人「……本気ですか?」

東郷「はっはっは! そんな怖い顔するな。冗談だ。まったく、そういうところは龍一とそっくりだな」

隼人「あの俺、辰巳のアニキにここまで来るように呼び出されたんですけど」

東郷「辰巳か? さあ、さっきまではそこにいたんだがな。まあ、あいつもおまえと一緒で気まぐれだからな。帰ったのかもしれねえ!」

隼人「なんだよ、もう」

 龍一登場。

龍一「あれ、隼人……に東郷さん?。隼人、おまえ、帰ったんじゃ」

隼人「いや、帰る途中で辰巳のアニキにここに来るよう呼び出されて」

龍一「おまえもか? 俺は東郷さんに呼び出されて」

隼人「龍一も?」

 藤枝登場。

藤枝「よ! みんな集まってるな……史郎はいねえけど」

隼人「辰巳のアニキ、どういうことだよ」

藤枝「まあまあ」

龍一「まあまあって、話ってなんですか。だいたい真城家への潜入はどうなったんですか」

東郷「まあ待て。そうせっかちになるな。どうせ暇なんだろ? 今のおまえらは」

龍一「なにが言いたいんですか」

東郷「真城のお嬢様、奪還されたらしいな」

隼人「……佐倉さんから?」

東郷「そういうことだ。しかし、なにもできないまま連れ去られたらしいな。はっ! 情けねえにもほどがあるぜ」

龍一「……すみません」

隼人「面目ない」

東郷「甘えてんだよ、おまえらは」

 東郷、龍一に銃を向ける。

隼人「わっ!」

龍一「なんの真似ですか?」

東郷「おまえらはみんな銃を使わねえ。ナイフですら滅多に使わない。それはあれか、人を傷つける武器だからか?」

龍一「だったらなんですか」

東郷「いつか言ってたよな。俺たちはむやみに人を傷つけるような真似をしない、と」

龍一「悪いですか」

東郷「別に悪かねえさ。どんな信念を持ってようとおまえらの勝手だ。だがな、偉そうなこと言うのはどいつもこいつも一人前になってからにしろ!」

隼人「俺はもう一人前だ!」

東郷「じゃあ聞く。真城小夜子の誘拐、おまえら誰かひとりで遂行できたか?」

龍一「……それは」

東郷「ひとりじゃ不可能だったはずだ。、龍一、隼人、史郎、この三人が力を合わせてやっと遂行できた。要するにおまえらは三人でやっと一人前なんだよ」

隼人「そんなことない!」

東郷「ターゲットの身柄を確保できたのはいい。だが、あんな短時間で居場所を突き止められて、挙げ句の果てに連れ戻されたなんて、こんな情けねえミスをしでかしたやつに吠える資格はねえ!」

隼人「じゃあどうすればいいんだよ!」

東郷「もう一度おまえらを叩き直してやる」

龍一「え?」

東郷「ごちゃごちゃ言ってねえでふたりとも構えろ」

 東郷、身構える。

東郷「なんだ、怖いのか?」

龍一「え?」

東郷「龍一、おまえが俺の元で訓練してたのは、もう五年も前か……あの頃よりはおまえ、強くなってるだろ」

龍一「当たり前だ! なめるな!」

東郷「ふん。じゃあその強くなったことを証明してみろ」

龍一「あんたな……」

 龍一、身構える。

藤枝「隼人はどうする気だ。逃げるか?」

隼人「お、俺だって」

 隼人も身構える。

東郷「ふん、そうこなくっちゃな。言っておくが手加減はしねえぞ」

 龍一と隼人、東郷に襲いかかる。
 受ける東郷。
 そのまま徒手空拳の戦いが行われる。
 しばらくの応酬。
 やがて龍一と隼人が負ける。

東郷「ふん。まだまだだな」

龍一「くそっ」

隼人「うう……強すぎるよ」

東郷「やはりおまえらは弱い」

隼人「……うるさい」

東郷「ひとつおまえらにアドバイスしてやろう」

隼人「黙れ!」

東郷「負けたからってヒステリーか? もはや情けないのを通り越して救いようがねえな」

龍一「さっきから……なんなんだ!」

東郷「黙って聞け」

隼人「……なんだよ」

東郷「おまえらは自分の強さを過信している」

龍一「どういうことだ」

東郷「だから黙って聞けって――自分の強さを過信している。同時におまえらは、世の中には自分よりも強いやつがいるってことにも気づいている。例えば俺のようにな」

龍一「……それは」

東郷「なあ龍一、俺がおまえの敵になったらどうするつもりだ」

龍一「なんだって?」

東郷「言ったとおりの意味だ。俺とおまえが敵対した場合、どうやって対処する?」

龍一「そんなこと……」

東郷「今のおまえじゃ、逆立ちしても俺には勝てねえ。でも戦わなくちゃいけねえ。さあ龍一、どうする?」

龍一「勝てる方法を……考える。考えて、行動する」

東郷「ひとりでか?」

龍一「あ?」

東郷「まだわからねえのか。なんでそうやってひとりで抱え込もうとするんだ。おまえには仲間がいるだろ」

龍一「仲間……」

東郷「そうだ。ひとりじゃ俺に敵わねえなら、三人で立ち向かってくればいい。三人なら一人前なんだろ――龍一、おまえはまず、自分の強さを過信するよりも自分の弱さを認めろ。ひとりじゃなにもできないっていう事実を受け入れろ。隼人、てめえもだ」

龍一「弱さを……認める……」

東郷「そうだ。それがわかったのなら最後のアドバイスだ」

龍一「なんだ」

東郷「時には非情になれ」

龍一「どういうことだ?」

東郷「仲間は大切だ。しかしな、もし任務遂行に必要になるのなら、その仲間を躊躇することなく見捨てろ」

龍一「東郷さん!」

東郷「龍一、貴様は表面上はいちおう任務第一に考えているはずだ。頭も切れる。だがな、それでも詰めが甘い。最終的には感情に負ける。だからターゲットだった真城小夜子に気を許したんだよ」

龍一「くっ……」

東郷「もちろんおまえだけのせいでもないだろうが、今回の奪還騒ぎはおまえの弱さと甘さが招いた結果だ。もし今後もこの仕事をやっていくのなら、どんな状況下でも、任務に対しては非情な決断をできるようにしておけ」

龍一「……ふん」

東郷「ま、あとはおまえ次第だ」

龍一「礼は言いませんよ」

 東郷、退場。

龍一「非情な……決断」

藤枝「おい隼人、おまえはこれからどうしたいんだ?」

隼人「どうしたいって……えっと……小夜子ちゃんにまた会いたいなって」

藤枝「はっはっは! なんだそりゃ!」

隼人「悪いかよ!」

藤枝「まあいいや。隼人らしいし。おまえはそのまんまでいいや」

隼人「バカにしてるのか!」

藤枝「ちげえって。褒めてるんだよ」

隼人「ふん」

藤枝「俺と東郷さんは真城家に戻る。じゃあな」

隼人「正体バレちゃえんばいいんだ」

藤枝「なんか言ったか?」

隼人「なんも言ってない! ほら、さっさとあっち行け!」

藤枝「なんだその態度は……ふん」

 藤枝退場。

隼人「俺たち、これからどうなるんだろうね」

龍一「さあ……とりあえず、いったん事務所に戻ろう」

 龍一と隼人退場。
 舞台上の前方、暗転。


○第三幕 第二場



 入れ替わり舞台上後方が明転。
 テケスタの事務所。
 西園寺が板付きの状態。
 ぐったりした様子でソファに座っている。
 史郎登場。

史郎「……あれ、龍ちゃんたちは?」

西園寺「……あいつなら誰かに呼び出されてたぞ」

史郎「誰だろ……っていうか、この人ひとり置いてっていいのかな」

西園寺「真城家はクビになった。俺にはもう帰る場所がないんだから、ほっといたところでなんにも変わらない」

史郎「そ、それは」

西園寺「これからどうすれば……小夜子様」

史郎「ほかに行くところないの?」

西園寺「ああ。生まれたときから真城家にいるって言っただろ」

史郎「そうか……うーん」

西園寺「あんたが考えても仕方ない」

史郎「でもさあ、なんかいろいろ俺たちのような気がして」

西園寺「おまえらのせいだ!」

史郎「だから考えてるんじゃないか!」

西園寺「もういい。ほっといてくれ」

史郎「あっ! そうだ、このままテケスタに入るってのはどう?」

西園寺「俺が?」

史郎「うん! あんた強いし、頭もよさそうだし」

西園寺「俺にスパイになれと」

史郎「そうそう」

西園寺「ふざけるのもいい加減にしろ」

史郎「なんだよ。人がせっかく心配してあげてるのに」

西園寺「小夜子様……申し訳ありません……小夜子様」

史郎「誰か帰ってきてよ……ひとりじゃ大変だよ」

西園寺「小夜子様……!」

史郎「……ねえあんた、小夜子ちゃんに会いたい?」

西園寺「あ、当たり前だろ!」

史郎「じゃあ、会いに行こうか」

西園寺「……は?」

 舞台上の後方、暗転。
 史郎と西園寺退場。
 入れ替わり舞台上前面が照明で照らされる。
 佐倉登場。
 彼女がしばらくうろうろしているところに東郷登場。

佐倉「東郷さん! もう、こんなところに呼び出してなんですか! 屋敷のほうは大丈夫なんですか?」

東郷「安心しろ。ちゃんと外出許可取ってあるよ」

佐倉「あなたと藤枝くんの正体は、バレてないわよね?」

東郷「希美ちゃん、いったいどこのバカ三人組と一緒にしてるんだ?」

佐倉「ご、ごめんなさい。……それで、真城小夜子は?」

東郷「俺が屋敷を出るのと入れ替わりで戻ってきてたな」

佐倉「そう」

東郷「だがな、辰巳からの情報だ。状況は芳しくねえな」

佐倉「どういうこと?」

東郷「お嬢さんが屋敷のどこに行ったと思う?」

佐倉「どこって……自分の部屋じゃないの?」

東郷「違う。地下だ」

佐倉「地下?」

東郷「そうだ。あの屋敷の、地下のやたら深くに妙な部屋があるのはあんたも知ってるだろ」

佐倉「たしか、シェルターだったわよね。核爆発にも耐えられるっていう強固な造りの。調査段階で手に入れた屋敷の見取り図にもあったわ」

東郷「そうだ。まったく、アメリカならともかく日本でそんなもの造ってるんじゃねえよな。金持ちってのはこれだから」

佐倉「でも、どうしてそんなところに」

東郷「今後お嬢さんは、そこに閉じ込められて生活するそうだ」

佐倉「閉じ込める?」

東郷「ああ。詳しくは知らんが、父親の真城秋彦は娘を溺愛してるんだろ? そこで今回の誘拐騒ぎだ」

佐倉「それなら結婚は」

東郷「さすがに中止にはしないだろ。綾瀬グループの御曹司様にも面子ってもんがあるだろうからな」

佐倉「ちょっと待って。それだと」

東郷「あんたならわかるだろ。それは依頼人の要求に応えてない」

佐倉「そうね……でも、どうすれば」

東郷「簡単だろ」

 東郷、拳銃を取り出す。

佐倉「まさか」

東郷「そのまさかだ」

佐倉「小夜子さんを殺すつもり!?」

東郷「もうそれしかねえ。本人が死ねば、結婚どころの話じゃねえからな。誘拐なんかまどろっこしいことせず、最初からこうすれば手っ取り早かったんだよ」

佐倉「そんな、依頼人は小夜子さんを殺してくれとは言わなかったわ! 彼女は証人保護プログラムと同じ処置をされて、真城家とは縁もゆかりもない別人として暮らすの!」

東郷「罪のない可憐な少女を殺すのはさすがに気が引けたんだろうよ、依頼人も。そこには一抹の良心を感じるなあ。だったら綾瀬グループの御曹司のほうを殺ればいいのに。しかし、それができない立場にいるんだろうな、今回の依頼人は」

佐倉「……依頼人は、綾瀬グループの関係者だって言いたいの?」

東郷「さあ? 希美ちゃんだって詳しく聞かされてないんだろ? 俺が知るわけねえ」

佐倉「そんな、綾瀬グループの関係者が、どうして今回の結婚に反対なの?」

東郷「希美ちゃん、大人の世界は一枚岩じゃねえんだよ。いろいろな人間の思惑が絡み合う。そんなのあんただってもう知ってるはずだぜ。どこぞのお嬢様じゃねんだから」

佐倉「でも殺すなんて!」

東郷「依頼人には事後報告でいいだろ。作戦の都合上、真城小夜子は死ぬはめになりました。ちゃんちゃん」

佐倉「ふざけないで!」

東郷「じゃあどうしろって言うんだ?」

佐倉「それは……今から考えるから」

東郷「もう手遅れじゃねえのか? ターゲットのお嬢さんは地下に閉じ込められた。また誘拐するとしても、かなり警備は厳重みたいだぜ」

佐倉「そ、それは……でも、それならどうやって殺すのよ?」

東郷「(銃を見せて)たしかにこいつは使えねえな。だが、辰巳ならどうだ?」

佐倉「藤枝くん……まさか、毒?」

東郷「話が早くて助かるぜ」

佐倉「毒殺しようって言うの?」

東郷「地下なら立派な空調設備もあるだろ。空気の流れに毒を混入させて地下室まで運ぶ。食事に混入させるって手もあるな」

佐倉「そんなことしたら警察沙汰になるわよ!」

東郷「辰巳なら心臓発作で死んだように見せかける毒くらい、作れるんじゃないか。自然死なら警察も動かねえ」

佐倉「ちょっと待って! そんな……小夜子さんを殺すなんてことしたら、テケスタになんて説明したらいいのよ!」

東郷「あいつらのことなんかもういいだろ。そもそも今回の結末は、あいつらの失敗が原因だ。さすがの俺も、真城家に居場所を突き止められるなんて思ってもなかったぜ」

佐倉「そ、それは」

東郷「あいつらが今でも真城小夜子をかくまっていたら、そのうち無事に証人保護プログラムが発動して、ターゲットは別の人生を歩んでいただろうよ。けど、そうじゃねえ。種をまいたのはテケスタだ」

佐倉「もういいわ! あなたは命令があるまで大人しくしてて!」

 佐倉走って退場。

東郷「辰巳、もういいぞ」

 辰巳登場。

藤枝「いいんすか、このまま希美ちゃん行かせちゃって」

東郷「いいんだよ」

藤枝「もしかしたらテケスタに伝えるかもしれないっすよ」

東郷「それがどうした」

藤枝「面倒なことになるんじゃないかと」

東郷「もう十分面倒だろ」

藤枝「そりゃまあ、たしかに」

東郷「黙って見てろ。きっとおもしろいことになるから」

 東郷退場。

藤枝「東郷さん、なんであんな余裕あんだろ? ……ま、いいか。俺にはわかんねえし」  

 藤枝退場。
 舞台上前面、暗転。


○第三幕 第三場



 前場からの入れ替わりで、舞台上後方が照明に照らされる。
 テケスタ事務所には史郎と西園寺が板付きの状態。

西園寺「そんなのは無理だ!」

史郎「無理じゃないよ! やってみないとわからないだろ」

西園寺「無理に決まってる! 真城家の警備をなめるな!」

史郎「だから、やってみないとわからないって!」

西園寺「ふざけるのもいい加減にしろ。俺はもう真城家から解雇通告を受けた身だ。今まで俺が使っていたパスも使えないだろ。潜入するのは不可能だ」

史郎「だったら、またハルをハッキングすれば」

西園寺「無理だ。ハルは常に進化しているんだ。もう同じ手は通用しない」

 龍一と隼人登場。

龍一「なんだ、騒がしいな」

西園寺「おい、あんたリーダーだろ。このバカに言ってやってくれ」

龍一「なにを?」

西園寺「こいつ、もう一度真城家に忍び込んで、小夜子様を誘拐しようとか言ってるんだ!」

龍一「なに? どういうことだ史郎」

史郎「だってさ、その人がまた小夜子ちゃんに会いたいって言うから」

西園寺「た、たしかに言ったが」

龍一「史郎。それはもうできない相談だ」

史郎「どうして!」

龍一「俺たちは任務に失敗した。だからもう、真城家に関わる理由もなくなった」

史郎「どうしてそんなこと言うの!」

龍一「落ち着いて考えてみろ。俺たちが真城家に関わる理由は、もうどこにもない。真城家をクビになって、小夜子さんと離ればなれになった西園寺さんは不憫だと思う。けど、冷たい言い方をするなら、それはもう俺たちとは関係のない話だ」

西園寺「貴様……!」

史郎「ひどいよ龍ちゃん! そんなこと言うなんて見損なった! ねえ、隼人ちゃんはそんなこと言わないよね?」

隼人「残念だけど龍一の言うとおりだと思う」

史郎「そんな隼人ちゃんまで! もういいよ、わかった。俺ひとりで小夜子ちゃんのところに行く!」

龍一「史郎! 感情で動くな!」

隼人「俺だって小夜子ちゃんに会いたいけど我慢してるんだよ!」

史郎「うるさい! もうテケスタなんか辞めてやる!」

 史郎退場。

龍一「隼人! 史郎を追ってくれ!」

隼人「……やだ」

龍一「は?」

隼人「もうこんなのはやだ! 俺だって辞めてやる!」

龍一「隼人! おまえまで感情的になるな! さっき東郷さんから言われたこと忘れたのか!」

 佐倉登場。

佐倉「ちょっとなにもめてるの? こんな大変なときに」

龍一「こっちも大変なんですよ」

佐倉「どういうこと? ちょうど今、怖い顔した史郎くんとすれ違ったわよ」

龍一「だからですね」

佐倉「そんなことよりも大変なの! 小夜子さんが」

西園寺「小夜子様がどうかしたのか?」

佐倉「地下の部屋に閉じ込められたって」

西園寺「地下? シェルターのことか?」

隼人「そんなものあるの?」

佐倉「ええ。真城秋彦の意向で、彼女は今後、そこに閉じ込められて生活するそうよ」

西園寺「秋彦様が……くそっ、あの人ならやりかねないか」

龍一「俺たちのせいだ。俺たちが小夜子さんを誘拐しただけじゃなくて、よりにもよって奪還なんかされるから」

西園寺「そうだ! 全部おまえらのせいだ! いったいどうして小夜子様がこんな目にあわないといけないんだ!」

佐倉「落ち着いて」

西園寺「これが落ち着いていられるか! あんた上司だろ? どうやって責任取るつもりだ!」

佐倉「だから落ち着いてください! 大変なのはそれだけじゃないの!」

龍一「どういうことですか?」

佐倉「東郷さんと藤枝さんが、小夜子さんを殺害する方向で動き出した」

 一同、どよめく。

龍一「どういうことですか!」

佐倉「証人保護プログラムの実行は、現実的に不可能。だったらもう、結婚を阻止するためには本人を殺すしかない」

隼人「そんな、横暴だ!」

西園寺「おい、その東郷と藤枝って誰だ!」

佐倉「真城の屋敷ではこう呼ばれていたわね。田中と鈴木」

西園寺「ま、まさかあのふたりが?」

龍一「彼らは凄腕の暗殺者です。特に東郷さんの実力はとんでもない」

西園寺「そんな……小夜子様!」

佐倉「待って! どこに行くつもり!」

西園寺「決まっているだろ! 小夜子様を助けに行く!」

佐倉「無茶言わないで! あなたはもう真城家の人間じゃないのよ。たとえ小夜子さんが殺されると言いながら駆け込んだとしても、信じてもらえると思って?」

西園寺「やってみないとわからないだろ!」

龍一「佐倉さん」

 龍一、佐倉に詰め寄る。

佐倉「ちょっ、龍一くん!」

龍一「俺たちのミスのせいで、小夜子さんは殺されるはめになったんですよね?」

佐倉「あまり言いたくないけど、そういうことよ」

龍一「隼人! 今すぐ史郎を呼んでこい!」

隼人「え?」

龍一「いいから早く!」

隼人「わ、わかったよ」

 隼人退場。

佐倉「龍一くん、どうするつもり?」

龍一「佐倉さんは俺たちの信念を知っているはずだ。俺たちテケスタはむやみに人を傷つけない。だから今まで、人を直接的に傷つけるような任務は受けなかった」

佐倉「それがなに」

龍一「でも今回、その信念がねじ曲がるかもしれない。自分たちのせいで!」

佐倉「それは……仕方がなかったのよ」

龍一「そんなの理由になるか! もう決めた。テケスタはこれから小夜子さんを助けに行く!」

佐倉「龍一くん!」

西園寺「おい、あんたさっき、それは無理な相談だと自分で言ってなかったか?」

龍一「言ったさ。でも、小夜子さんが死ぬのはごめんだ! あんな素敵な人が不幸に死んでいいわけない!」

西園寺「当たり前だ!」

 佐倉、龍一を引っぱたく。

龍一「さ、佐倉さん?」

佐倉「やっぱりそう言うと思った」

龍一「え?」

佐倉「あなたたちが素直に認めるわけないものね。そんなの最初からわかってたわ」

龍一「じゃあ……」

佐倉   「龍一くん、聞いて」

 隼人と史郎登場。

隼人「ただいま戻りました」

龍一「ちょうどよかった」

史郎「なんだよ」

龍一「そんなブスッとするな。悪かった。このとおりだ」

 龍一、頭を下げる。

史郎「え?」

龍一「今から小夜子さんを救いに行く」

史郎「ちょっと、いったいどうしたの?」

隼人「俺のいない間になにが?」

龍一「ちゃんと説明するから」

史郎のノートパソコンから音が鳴る。

史郎「俺のパソコン? なんだよ、この忙しいときに(パソコンを開く)……あ!」

龍一「どうした?」

史郎「ハルだ! ハルから通信だ!」

龍一「なんだって?」

ハル「やあ、テケスタの諸君。ごきげんよう」

西園寺「ハル!」

ハル「西園寺啓介の声を認識。君はまだそこにいたのか?」

龍一「それよりどうして連絡をよこしたんだ? もう相まみえることはないって言ったのはそっちだろ」

ハル「たしかにそのとおりだ。けどね、小夜子様がどうしても君たちにご挨拶したいと」

隼人「挨拶?」

ハル「そう。ボクはやめたほうがいいって止めたんだけど、小夜子様がどうしてもっておっしゃるから」

龍一「どういうことだ?」

ハル「今から映像を流す」

 舞台上前面にスポットライトが照らされる。
 小夜子登場。スポットライトの下へ。

小夜子「テケスタのみなさま、小夜子です。直接ご挨拶できないことは残念ですが、ハルの力を借りて、このメッセージが届けば幸いです」

史郎「小夜子ちゃん……」

佐倉「黙って聞いて」

小夜子「このたびはわたしのことを誘拐していただいてありがとう……と言うのもおかしな話ですが、あえて言わせてください。ありがとうございました」

西園寺「こんなやつらにお礼を言うなんて」

小夜子「あなたたちと過ごしたのはほんの数時間ですが、わたしにとって、あれほど充実した時間は最近ではありませんでした。本当に……楽しかったです」

隼人「楽しかった?」

小夜子「史郎さん」

史郎「俺?」

小夜子「あなたとハルの話ができてよかった。わたしにとってハルはかけがえのない友人です。けど、ハルのことを語り合える友人は西園寺以外いませんでした。だから史郎さん、あなたと語り合えて、ハルのことを分かち合える人と出会えて、本当に嬉しかった。ありがとう」

史郎「小夜子ちゃん!」

小夜子「隼人さん……あなたはいろいろなことを知っていて、話を聞くのは楽しかったです。特にダンスの話をするときの隼人さんは楽しそうで、わたしも心が躍りました。これからもダンスを続けてください。またあなたの振り付けしたダンスを見たいです。隼人さん、本当にありがとうございました」

隼人「さ……小夜子ちゃん」

小夜子「龍一さん……あなたには、わたしのことでご迷惑をおかけしました。この場を借りてお詫びします」

龍一「迷惑だなんて……そんな」

小夜子「あなたはテケスタをまとめるリーダーだそうですね。龍一さんは静かにみんなを見守っていて、周囲に細かい気配りができる。そんな素敵な方だと思ってます。わたしは離れたところから応援することしかできませんが、それでも願ってます……がんばってください、と」

龍一「小夜子さん……」

小夜子「最後になります……テケスタのみなさま、あなたたちはわたしが久しく忘れていた、人と触れ合う楽しさ、嬉しさを思い出させていただきました。不思議な出会い方でしたが、わたしはあなたたちのことを生涯忘れません。この思い出があれば、きっとどんなつらいことがあっても乗り越えていけると確信しています……最後にもう一度言わせてください。本当にありがとうございました」

 小夜子のスポットライトが消える。
 小夜子退場。

ハル「以上だ。なにか言いたいことは?」

 一同、黙る。

佐倉「なんなのあの子……どうしてここまで他人に対して気遣いができるの?」

西園寺「それが小夜子様だ」

佐倉「……死なせない……あの子は死なせないわ!」

龍一「佐倉さん?」

佐倉「あなたの言ってたとおりよ。やっぱりあんな素敵な子を殺させるわけにはいかない!」

西園寺「あんた……いいのか?」

龍一「佐倉さん!」

史郎「ねえ、誰が殺されるの?」

隼人「まさか、小夜子ちゃん?」

史郎「そんな! どうして!」

龍一「理由はあとでちゃんと説明するから。とにかく今は小夜子さんを救い出す作戦会議だ」

西園寺「おい」

龍一「はい?」

西園寺「俺も入れろ」

龍一「は?」

西園寺「俺もおまえたちの仲間に入れろ!」

史郎「ええ! だってさっき」

西園寺「状況が変わったんだ! まさか俺に黙って見てろって言うのか!」

佐倉「真城家……真城秋彦の意向と対立することになりますよ」

西園寺「そんなことない。ハル!」

ハル「お呼びかな? ところでさっきから、小夜子様が殺されるとか不穏な言葉が聞こえているけど、いったいなんの話だ?」

龍一「言葉どおりの意味だよ。小夜子さんを殺そうとする連中がいる。俺たちはそれを阻止したい。力を貸してくれないか?」

ハル「そんなバカな」

西園寺「彼の言うことはおそらく真実だ。俺の言葉は信用できないか?」

ハル「ふむ……しかし君はもう真城家の人間じゃない」

西園寺「そんなこと言ってる場合か! ハル、おまえは小夜子様が殺されてもいいのか?」

ハル「いいわけないだろう。小夜子様の生命はボクにとって最優先で守るべきものだ」

西園寺「だったら俺の言うこと信じてくれ!」

ハル「君を信じる根拠は?」

西園寺「さっき小夜子様は俺のこと友人だと言ってくれた。大切な友人である小夜子様を救いに行く。それだけじゃ不服か?」

ハル「大切な友人。ふむ、西園寺は小夜子様を友人だと考えている。さっきの映像を分析するに、小夜子様も同様な気持ちだと立証できる。そしてボクも小夜子様の友人。ということは、小夜子様の友人はボクの友人でもある。つまり西園寺はボクの友人……友人は大切にしないといけない……ふむ、納得した。その話、乗ってあげよう」

龍一「よし」

西園寺「なあ、あんたたち」

龍一「なにか?」

西園寺「さっきは君たちにひどいことを言ってしまった。すまない」

龍一「頭を上げてください。もとはといえば俺たちがまいた種です」

西園寺「小夜子様に誓って、今はあんたたちを信頼しよう。だから頼む! 小夜子様を絶対に救い出してくれ! ほかに頼れる人はいないんだ!」

隼人「もちろん!」

史郎「任せてください!」

佐倉「それで龍一くん。どうするの?」

龍一「……俺に考えがあります」

 暗転。
 全員退場。
 暗転中に事務所のセットが片付けられる。


○第四幕 第一場



 明転。
 黒子たちが登場し、赤い糸を張り巡らせる。
 西園寺の加入したテケスタ四人登場。
 史郎は必死になってノートパソコンをいじっている。

龍一「うわっ、またか!」

隼人「なんで俺たち、こんな赤外線に縁があるんだろ」

西園寺「ごちゃごちゃ言ってないで行くぞ。小夜子様がいる地下に行くには、ここを通るしかないんだから」

隼人「ねえ、これ解除できないの?」

ハル「すまないね。それを解除するのは秋彦様の許可が必要なんだ。こればっかりはどうしようもない」

龍一「史郎にはどうにかできないのか?」

 史郎、気づかない。

隼人「だめだこりゃ」

西園寺「ああもう! 時間がないんだ。さっさとくぐり抜けるぞ」

隼人「もう嫌なんだけど」

西園寺「弱音を吐くな! ほら、行くぞ!」

 赤外線センサーの演出。
 龍一、隼人、西園寺が順にくぐり抜ける。

龍一「史郎、あとはおまえだけだぞ!」

史郎「……よし! ハル、今新しいプログラム送信したから!」

ハル「ふむ。確認しよう」

 黒子たち退場。
 赤外線センサーが消える。
 得意げな顔で通過する史郎。
     
龍一「おい、なにをしたんだ!」

史郎「え? 赤外線消したんだけど」

隼人「そんなことできるなら早く言ってよ!」

史郎「なに怒ってるの? 早く先に進もう」

 史郎退場。

隼人「なんだよ」

龍一「俺たちの苦労は」

西園寺「水の泡、だな」

 暗転。
 龍一、隼人、西園寺退場。
 入れ替わり舞台上前面が照明で照らされる。
 東郷と藤枝登場。
 舞台上後方では『扉』のセットが組まれる。

藤枝「東郷さん、テケスタのやつらが侵入してきたみたいっすよ」

東郷「ふん。やっと来たか」

藤枝「動きますか?」

東郷「いや、まだだ。ぎりぎりまで待つ」

藤枝「そうっすか。しかしできるんっすかね」

東郷「なにがだ?」

藤枝「ターゲットが閉じ込められてる扉、相当強固っすよ。いったいどうやって開けるんだか」

東郷「あいつらならなんとかするさ」

藤枝「なんか、妙なところであいつら信頼してるっすよね?」

東郷「はっはっは! それがどうした。後輩を信じてやるのが先輩の役目だろ。おまえは大人しく見守ってろ」

藤枝「はい」

 藤枝退場。

東郷「がんばってくれよ、テケスタちゃんよ」

 東郷退場。
 舞台上前面、暗転。
 入れ替わり舞台上後方が照明で照らされる。
 空間中央には巨大な扉が置かれている。
 真城家の屋敷の地下。小夜子が閉じ込められている部屋の前。
 テケスタの四人登場。

龍一「ここか」

西園寺「そうだ。この扉の向こうに小夜子様がいらっしゃる」

史郎「(ノートパソコンを操作している)またロックされた! だめだこりゃ」

龍一「ここは開けられないのか?」

史郎「うん。セキュリティレベルが尋常じゃないくらい高いよ。アメリカの国防総省ペンタゴン並みだ」

ハル「史郎、君はペンタゴンにもアクセスしたことがあるのか?」

史郎「以前、腕試しにね。最終的にアクセスはできたけど、さすがの俺でも時間がかかった。念入りに準備して、二週間くらいだったかな」

ハル「ほう。それはすごい。だったらそれくらい時間を与えれば、ボクをクラッキングしてこの扉を開けることももしかしたら可能だろうね」

隼人「そんなに待ってたら小夜子ちゃん殺されちゃうよ、きっと」

龍一「ハル、小夜子様をここから連れ出さない限りはどうしようもできないんだ。なんとかならないか?」

ハル「無理だね。秋彦様から、この扉はなにがあっても開けるなと命令されている」

龍一「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ」

ハル「ボクに対する最高の命令権を有しているのが秋彦様だ。あの人が認めない限りは、ボクにもどうすることもできない」

史郎「待って。例えば、ここに閉じ込めておくことで、小夜子ちゃんに命の危険が発生したとしても、扉は開けられないの?」

ハル「もちろんその限りではない。例外規定はいくつかある」

史郎「そうか。扉を直接開けるクラッキングは難しい。でも……(ノートパソコンを操作しながら)命令の優先順位を……プロコトルをこうして……新たなプログラムを構築……よし、これでどうだ!」

ハル「新たな命令を受諾。『テケスタクエスト ~囚われのお姫様を救出せよ~』発動」

龍一「な、なんだと? おい、史郎」

史郎「まあ見てて。ハル!」

 照明が薄暗くなり、扉の前にスポットライト。
 四人のアンサンブルが登場する。

龍一「うわっ、なんだこいつら!」

隼人「まさか見つかった?」

ハル「違う。よく見てくれ」

史郎「ホログラムだよ」

西園寺「ほろ……なんだって?」

史郎「立体映像のことだよ。すごい……ちゃんと影まで再現されている」

ハル「ボクの演算能力をなめないでほしいね。繊細なレーザー光線を放ってあたかもその場にいるように描写する。そもそも、それには君たちそれぞれの視点や視差を計算しつつ、空間の明かりの強弱なども含めて……」

龍一「おーいハル、それでどうするつもりだ?」

ハル「君たちはまず、そのホログラムをよく見てくれ」

 アンサンブルが動き出す。
 ダンスを踊る。

隼人「へえ。うまいじゃん」

龍一「今のは?」

ハル「君たちに試練を与える。今のダンスを踊ってくれ」

西園寺「おいハル、どういうことだ?」

ハル「一種のゲームだ。クリアできれば、扉は開かれん」

西園寺「(史郎に)おい、ハルに変なこと吹き込むな」

龍一「ここで踊るのか」

隼人「まあでも、小夜子ちゃんのためだ!」

史郎「がんばろう!」

 アンサンブルたち退場。
 テケスタと西園寺が舞台上中央に並ぶ。

隼人「よし、レッツゴー!」

 四人、ダンスを踊る。

龍一「はぁ……どうだ?」

 ブッブーと、テレビのクイズ番組で間違えたときのような効果音が鳴る。

隼人「なんだ! ダメなのか!」

ハル「ダメダメだね」

史郎「どうして?」

ハル「全員表情が硬い。楽しそうじゃなかった。小夜子様がおっしゃってたものと違うとボクは判断する」

西園寺「おいおまえたち、小夜子様の命がかかってるんだ。本気で踊ってくれ! パーティーで見たおまえたちのほうが良かったぞ!」

隼人「簡単に言うなよ」

龍一「ハル、もう一度いいか?」

ハル「ご随意に。よし、ボクからのサービスだ。特別に音楽を流してあげよう」

 音楽が流れ始める。

龍一「少しは踊りやすくなったか……よしみんな、小夜子さんに喜んでもらうつもりで踊るぞ!」

隼人「おう!」

史郎「任せろ!」

西園寺「全力を尽くす」

 再びダンス。
 ダンスが終わると音楽も停止する。

龍一「ハル、どうだ?」

 全員、息をのむ。
 ピンポンピンポーン! とクイズ番組で正解したときのような効果音。

史郎「やった!」

隼人「大成功!」

龍一「今のホログラム……使えるかもしれないぞ」

史郎「龍ちゃん?」

龍一「なんでもない! よしハル、扉を開けてくれ!」

ハル「ふむ――扉のロックを解除。システムオールクリア」

 照明が薄くなり、
 重厚な扉が開く効果音。
 扉が開く。
 扉の奥から小夜子が登場する。

小夜子「……西園寺?」

西園寺「小夜子様!」 

龍一「よし!」

史郎「小夜子ちゃん!」

小夜子「あら、どうしてみなさんが?」

隼人「話はあとだ。ここから逃げよう」

龍一「待て! 史郎、ちょっと」

史郎「なに?」

龍一「今から言うことをハルに伝えられるか?」

史郎「え?」

龍一「よしみんな、聞いてくれ」

 舞台上後方、暗転。
 入れ替わり舞台上前面が明転。
 東郷と藤枝登場。

藤枝「東郷さん! 扉が開きました!」

東郷「さすがだな。行くぞ」

藤枝「はい!」

 東郷と藤枝退場。
 舞台上前面、暗転。
 舞台上後方明転。

龍一「できそうか?」

ハル「また難しいことを要求してくるね。けどいいだろう。小夜子様を救うためだ」

 一瞬だけ暗転する。
 すぐに明転。

龍一「よし」

小夜子「あ、あの?」

龍一「慌てないで。大丈夫だから」

隼人「小夜子ちゃん、説明はあとでするから、今は俺たちに着いてきてくれるかい?」

小夜子「わかりました」

龍一「よし、行くぞ!」

 東郷、藤枝登場。

東郷「そうはいかねえな」

史郎「東郷さん!」

東郷「ご苦労だったな、テケスタの諸君。ターゲットを扉の外に出してくれて。これで殺しやすくなったぜ」

隼人「ま、まさか、最初からこれを狙って?」

藤枝「そうだ」

史郎「そんな!」

東郷「残念だが、年貢の納め時だ。ターゲットを引き渡せ」

 東郷、銃を取り出す。

龍一「東郷さん、悪いがそれはできない」

東郷「いいのか? だったらここでターゲットを殺すぞ。家の中で殺すのは不憫だから、せっかくどこか別の場所で殺そうと思ってたんだぜ。俺たちの情け、踏みにじるつもりか?」

藤枝「おい隼人、どういうつもりだ? こりゃ」

隼人「俺は小夜子さんを守りたい。ただそれだけです」

藤枝「結局自分の感情を優先させるんか……てめえも成長しねえな」

隼人「後悔なんかしてない!」

藤枝「そうか。でもすぐに後悔することになるぜ!」

東郷「真城小夜子!」

小夜子「は……はい」

東郷「あんたが大人しく死ねば、ここにいるやつらの命は保証する。だが、断ればどうなるか知らないぞ」

史郎「卑怯だ!」

東郷「黙れ史郎。それが俺たちの仕事なんだよ。なめるんじゃねえ!」

史郎「くそっ……」

龍一「……東郷さん」

東郷「なんだ、その子を差し出す気になったか?」

龍一「違いますよ。俺たちがなにも手を打ってなかったと思いますか?」

東郷「あん?」

龍一「ハル、今だ!」

 突如暗転。
 照明が点滅し、タイミングを合わせて龍一、史郎、小夜子が退場する。
 三人が消えたような演出。
 明転。

東郷「なんだ?」

藤枝「ああっ、ターゲットがいない!」

東郷「あん?」

隼人「ふふ、もう遅い! 実はおまえらが来る前に逃げたんだよ!」

東郷「なんだと?」

藤枝「てめえら!」

 四人入り交じった乱闘。
 そのながれで全員退場する。
 しばらくすると扉が開く。
 龍一、史郎、小夜子登場。

史郎「すごいよ龍ちゃん! ほんとにホログラム作戦うまくいった!」

龍一「ああ。だけど無駄話してる場合じゃない。隼人たちが東郷さん足止めしてる間に、早く逃げよう」

史郎「うん! さあ、小夜子ちゃん」

小夜子「は、はい」

史郎「怖がらなくて大丈夫だよ。小夜子ちゃんは俺が守る!」

龍一「よし、行くぞ!」

 全員退場。
 暗転。


○第四幕 第二場



 入れ替わり舞台上前方が照明に照らし出される。
 背後では扉のセットが片付けられる。
 隼人、西園寺、東郷、藤枝登場。

藤枝「大人しく投降しろ、隼人!」

隼人「やだね!」

東郷「思ったとおりだ。あんたかなりやるな」

西園寺「それはどうも」

 東郷、西園寺に襲いかかる。
 藤枝も隼人に襲いかかる。
 乱闘。
 しかし、西園寺が背後を取られ、東郷に捕まる。

東郷   「動くな」

 東郷、拳銃で西園寺を脅す。

西園寺「くそっ、離せ!」

東郷「ふん。油断大敵だ……おい、ハル!」

ハル「なんだい田中くん……いや、東郷清十郎くんだったかな」

東郷「俺たちの正体に気づいたか」

ハル「よくも騙してくれたね」

東郷「悪かったな。監視カメラにここの映像写ってるだろ。小夜子のお嬢さんに見せてやってくれ。あんたが出てこないと、西園寺が死ぬぞって」

ハル「小夜子様はもうこの屋敷にいない」

東郷「AIのくせに嘘をつくのか? だいたい、地下への通路は一本道なんだ。俺らに気づかれず地上に出られるわけねえだろ」

藤枝「ほらほらハルちゃんよ、早くしないと執事さんが死ぬぞ」

西園寺「ハル、ダメだ!」

ハル「君は大事な友人だ。見過ごすことなんてできない」

西園寺「ダメだ! それでは小夜子様が!」

東郷「うるせえ!」

小夜子「(舞台袖から)待ってください!」

 小夜子登場。
 それを追って龍一と史郎登場。

史郎「待って、小夜子ちゃん!」

龍一「小夜子さん! 出ちゃダメですって!」

東郷「よお。これで役者はそろったな」

龍一「くそっ……」

藤枝「動くんじゃねえぞ」

東郷「龍一、発想はよかったが詰めが甘いな……真城小夜子!」

小夜子「は、はい」

東郷「こっちへ来い」

 小夜子が前に出る。

隼人「小夜子ちゃん! 行っちゃだめだ!」

西園寺「小夜子様!」

小夜子「西園寺、いいんです。テケスタのみなさん、本当にありがとうございました。そしてごめんなさい。わたしのせいで、こんな危険な真似を」

 小夜子が前に出る。

西園寺「小夜子様!」

小夜子「いいの」

 小夜子、東郷に近づく。

東郷「そう。それでいい」

小夜子「あの、最後にお願いが」

東郷「あん?」

小夜子「西園寺に伝えたいことがあるんです。ふたりにしてくれませんか?」

東郷「……いいだろう。ただし二分だ」

小夜子「ありがとう」

東郷「隼人!」

隼人「え?」

東郷「代わりにこっちに来い」

隼人「ええっ、俺!」

東郷「早くしやがれ!」

 隼人、恐る恐る東郷のもとへ。
 西園寺と隼人、人質が入れ替わる。
 西園寺、小夜子の元へ。

西園寺「小夜子様……申し訳ありません!」

小夜子「もういいの西園寺! もうわたしをめぐって争うのはやめてください……わたしが死んで解決するのなら……それで……すべて終わったら、ゆっくり休んでくださいね」

西園寺「小夜子様!」

小夜子「西園寺、こんなときにあれですけど、最後に言わせてください」

西園寺「小夜子様?」

小夜子「わたしは綾瀬貴之様との結婚は望んでいません」

西園寺「そ、それは」

小夜子「わたしは物心ついたときから、ある人をずっとお慕いしていました」

西園寺「え?」

小夜子「わたしが愛しているのは……啓ちゃん……目の前にいるあなただけです!」

西園寺「小夜子様!」

小夜子「ごめんなさい……西園寺、あなたに対する気持ちは、たとえ天国にいても変わることはありません……さようなら、啓ちゃん」
    
西園寺「小夜子さ……小夜ちゃん!」

東郷「タイムオーバーだ! じゃあな、嬢ちゃん!」

 東郷、引き金を引く。
 響く銃声。
 しかし、小夜子を突き飛ばした西園寺が撃たれ、その場に倒れる。
 叫んで西園寺にすがりつく小夜子。
 龍一、すかさず銃を取り出し、東郷に向け発砲。
 肩を撃たれ、よろめく東郷。

東郷「ぐあっ! 貴様……!」

藤枝「東郷さん!」

東郷と藤枝に銃を向ける龍一。

龍一「動くな!」

藤枝「龍一てめえ、どういうつもりだ!」

龍一「黙ってろ!」

東郷「てめえ……銃を使いやがったな……」

龍一「あんな……最後の最後まで人に気遣いを忘れない素敵な子を……死なせるわけにはいかない! あんたたちは大人しく退いてくれ!」

小夜子「啓ちゃん、啓ちゃん!」

西園寺「さ、小夜子様……ご無事ですか……?」

小夜子「わたしのことはいいの! もうしゃべらないで!」

西園寺「はは……よかった……ご無事のようだ……小夜子様……最後にわたしも……お伝えしたいことがあります」

小夜子「もうしゃべらないで!」

西園寺「小夜子様……実は俺、嘘ついてました。俺は小夜子様の結婚を心から祝福することは……できません」

小夜子「啓ちゃん?」

西園寺「お、俺も小夜子様……小夜ちゃんのことを愛しています……だから」

小夜子「啓ちゃん!」

西園寺「すいません……最後の最後になってしまって……でも、伝えられて……よかった」

小夜子「最後だなんて言わないで! 啓ちゃん!」

西園寺「小夜ちゃん……さよう……なら」

小夜子「け……啓ちゃん!? いやあぁぁぁっ!」

龍一「そんな……」

史郎「うう……こんなことって!」

隼人「くそ……!」

東郷「はっはっは! はっはっは! こりゃ傑作だ! どこのB級映画だ」

龍一「だ、黙れ!」

小夜子「啓ちゃん……もう結婚も断る……だから……お願い! わたしはあなたじゃないとダメなの!」

  西園寺、むくっと起き上がる。

西園寺「本当ですか小夜子様?」

 その場にいる全員が驚く。

小夜子「け……啓ちゃん……?」

龍一「死んだんじゃ?」

西園寺「あ、あれ……?」

 西園寺、胸元からロケットを取り出す。
 ロケットに銃弾が突き刺さっている。

西園寺「まさか……これが?」

龍一「そんなバカな」

藤枝「じょ、冗談だろ?」

隼人「映画みたいだ」

小夜子「啓ちゃん……啓ちゃん!」

西園寺「小夜ちゃん!」

  抱き合うふたり。

東郷「くくっ……こりゃ、傑作を通り越して……」

 佐倉登場。

龍一「さ、佐倉さん?」

佐倉「どういうことなの、これは? ちょっと東郷さん! なんであなた撃たれてるの!」

東郷「希美ちゃんか。来るのが遅せえよ。手癖の悪い弟子にやられた」

佐倉「な、なにを言って……」

東郷「希美ちゃん、ボスに報告だ」

佐倉「え?」

東郷「いろいろイレギュラーなことはあったが、任務は完了した、と」

藤枝「え?」

東郷「だってそうだろ。今お嬢ちゃんは、結婚は断るって言ったんだぜ。おい、クソ人工知能! 聞こえてるんだろ!」

ハル「……まさか、クソ人工知能とはボクのことを言ってるのか? 君ほど口の悪い男ははじめてだ」

東郷「さっきのお嬢ちゃんの言葉、ちゃんと聞いていたか?」

ハル「当然だ」

東郷「ちゃんと記録として残ってるな?」

ハル「もちろん」

佐倉「東郷さん……まさか!」

東郷「そのまさかだ。聞いてのとおり、真城小夜子と綾瀬貴之との婚約は破棄されたも同然だ。本人が断るって言ってるんだからな。記録された音声を証拠として提示すれば先方も信じるしかないだろ。よって、俺たちの任務は完了した」

藤枝「いいんすか?」

龍一「東郷さん!」

東郷「龍一、俺は疲れた。もう帰る」

龍一「東郷さん……」

東郷「最初に言っただろ。俺たちも好きで人を殺してるわけじゃねえ。理由がないのなら誰も殺さないさ、と。もはや俺たちに、その子を殺す理由も必要性もねえ」

史郎「じゃあ小夜子ちゃんは!」

東郷「ふん。せっかく助かった命だ。せいぜい大事にしな……辰巳、行くぞ」

藤枝「ちょっ、待ってくださいよ!」

 東郷と藤枝退場。

隼人「ねえ、これってさ……」

史郎「俺たち、小夜子ちゃんを守れたの?」

龍一「そうだな……一時はどうなることかと思った……けど、これでよかったんだ、きっと」

小夜子「みなさん!」

西園寺「あんたたちには世話になった! 本当にありがとう!」

ハル「ボクからもお礼を言わせてくれ。どうもありがとう」

龍一「いえ……」

佐倉「小夜子さん……その、本当にごめんなさい」

小夜子「もういいんです」

西園寺「小夜子様……綾瀬貴之様との結婚、本当に断るつもりですか?」

小夜子「……はい。貴之様には謝りに行きます。土下座でもなんでもして、啓ちゃんとのこと、許していただきます」

西園寺「秋彦様は」

小夜子「お父様も……もちろん説得します。啓ちゃん、手伝ってくれるわよね」

西園寺「はい!」

 音楽が流れ始める。

史郎「ハル? この音楽は?」

ハル「小夜子様は守れた。怪我人は出たけど、誰も死ぬことなく大団円を迎えた。さらに小夜子様と西園寺も結ばれたようだ。映画でいえばこれは、ハッピーエンドというやつではないかな。ハッピーエンドは盛大に盛り上げるべきだ」

隼人「こいつ……わかってるじゃないか」

龍一「さて、いろいろあったけど」

隼人「小夜子ちゃんは守れたし」

史郎「小夜子ちゃんと西園寺さんも結ばれたし!」

佐倉「いちおう、任務も達成した……ことにしておきましょう。ちょっと強引だけど」

龍一「チーム『テケスタ』!」

テケスタ 「作戦完了!」

 音量が大きくなっていく。
 暗転。
 突然、音楽が止まる。
 同時に明転。

史郎「あれ? 小夜子ちゃんと西園寺さんが結ばれた!?」

龍一「それがどうした?」

史郎「そんな……そんな」

隼人「まさか史郎、気づいてなかったの?」

史郎「ふたりが……そんな関係だった……この作戦が成功したら……小夜子ちゃんに告白しようと思ってたのに! 嘘だぁっ!」

隼人「あーあ、哀れな史郎」

佐倉「ほっといてあげたら?」

龍一「そうですね」 

史郎「でもしょうがない。うん、まだ希美さんがいるし!」

隼人「切り替え早いな」

龍一「史郎、それ節操がないって言うんだぞ」

史郎「いいの!」

佐倉「盛り上がってるところ悪いけど、三人とも始末書提出よ。期限は明日!」

隼人「ええっ、少し休憩を」

佐倉「認めません!」

龍一「仕方ない。行くぞ、おまえら!」

テケスタ「おう!」

 暗転。
 再び音楽が流れ始める。
 明転。
 エンディング(ダンス)とカーテンコールへ。

<完>


BACKTOPNEXT

総合TOP  /  WORKS TOP

Copyright © 2018 One Night Works/悠城健太朗, All Rights Reserved.