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いま、その翼を広げて


Alive & Brave 1 - 凜

「ちょっと言い過ぎたかな……いや、言い過ぎたよな」
 ベッドに寝転がりながら、誰に対してでもなく独りごちる。
 今日の昼間、セイラと惺に対して言ってしまった、俺の本音。柊さんや小日向さんに対して、俺は力になれないと言ってしまったあれ。
 あのふたりだけではない。ほかの誰かが悩んでいたとしても、俺はきっと同じスタンスで接すると思う。
 だって。
 人と人は別の生き物だ。
 どうやったって、同じ気持ちになれるわけがないじゃないか。
 特に、俺なんかが。
 いままで結果的に誰かの相談に乗ってきたのは、自分の本意ではない。能動的な行動ではなかったはずだ。たぶん、その場の流れとかそういったたぐいのもの。
 そんなふうに悶々としているとき、ドアがノックされた。
 入っていいよ、と声をかけると、パジャマ姿の奈々が入ってきた。風呂上がりなのか、トレードマークのツインテールは下ろしてある。
 どこかそわそわしている。
「どうした?」
「あの……その……」
「とにかく座れよ」
 奈々がローテーブルの横に腰を下ろすと同時に、俺もベッドから降りる。
 奈々の表情は愁いに満ちていた。
「なんかあった?」
「……うん」
「はっきりしないなぁ…………は、まさかっ」
「え、えっ、なに?」
「惺の前でおならしちゃったとか?」
「――っ!?」
「ダンスのレッスンのとき? まあ、おなかに力入るから、仕方ないよね」
「なっ、なぁっっ!?」
「大丈夫だ、奈々。あいつはそんなこと気にしないから。それこそ屁とも思わないはずだ。ついでに、奈々の胸がどれだけささやかでも、惺は気にしないと思う」
「違うからぁっ!? ほんとやめてそういうこと言うの! てゆーかお兄ちゃんにディスられたぁ!?」
 さすがに言い過ぎたと思って平謝りする。しばらくすると奈々も落ち着いた。
 やがて、「美緒ちゃんが……」と話を切り出してきた。
「綾瀬さん?」
 ちょっと考えてみるけど、今日、綾瀬さんに変わったところはなかった。バンドのメンバーとも仲よくやっていたはずだ。まあ、相変わらず無意識のうちに惺を視線で追っていたみたいだけど。
「さっきまでね、美緒ちゃんと電話で話してたの」
「それで?」
「それで……途中から惺さんの話になって……そ、その、『わたし、惺先輩のこと好きかもしれない』って」
「……ああ、そう」
 これはあれか。恋愛相談ってやつか。
 このタイミングで。
「どうしよう! お兄ちゃんの言ってたとおりだよぉ!」
「どうしようって……どうすることもできないだろ。で、綾瀬さんはほかになんか言ってた? なんで惺のこと好きになったか、とか」
「……じ、地震のときだって」
「ああ、やっぱり」
 身を挺して、ガラスの破片から綾瀬さんを守った惺。たったそれだけのことで、むしろそれだけシンプルだからこそ、綾瀬さんの乙女回路がきゅん、としちゃったんだろう。
 ……いや、現象としては理解できるんだけど、俺には絶対にわからん心情だ。
「創樹祭が終わったら告白するかもって」
 創樹祭は来月の半ば。まだ一ヶ月以上ある。バンドの復活もあるし、綾瀬さんにとっては切りのいいイベントなんだろう。
「うぅ、美緒ちゃん可愛いし、最近はすごく優しくなって……わたし、どうしたら」
 それにしても。
 昼間、あんなこと言ってセイラに引っぱたかれそうになったのに、俺は奈々の相談は受けるのか。
 本当にどうかしてる。
「お、お兄ちゃん?」
「ん?」
「なんか怖い顔してるよ」
「……ああ、ごめん」
 意識を切り替えた。
「もうね、こうなったら明日あたり、奈々が惺に告白するしかないね」
「ええっ!?」
「だってそうだろ? そうやって悶々とするくらいなら、先に当たって砕けたほうがずっとマシ」
「……当たって砕けちゃうの……? わたし、惺さんに振られちゃうの……?」
「あ、いや……いまのは言葉の綾だ。気にしないで」
 不満げな視線を向けてくる奈々。
「綾瀬さんって絶対に有言実行するタイプでしょ。だから創樹祭が終わったら、本気で告白するぞ。奈々はそれを黙って見てるのか?」
「はぅっ」
 惺が奈々の気持ちに気づいていないことは考えられない。それでも、自分の気持ちは自分で伝えたほうがいいと思う。
「で、でもさ、いまのタイミングで告白しちゃっていいの?」
「んん?」
「だって、いまみんなでひとつのことをやり遂げようって決意してるでしょ。創樹祭もそうだし、ミュージカルも……なのに誰と誰が付き合い始めたとか、振られたとか……はぅ」
 振られる自分を想像したらしい。
「自分で言ってて泣き出すやつがあるか」
「だってぇ……」
「まあしかし、奈々にしてはよく考えたね」
 奈々にしては、という部分に疑問を覚えたのか、目を細めて見てくる奈々はとりあえず無視。
「要するにあれだろ。奈々はいまの環境に、水を差したくないってことだろ」
「……うん」
「結局奈々がどうしたいかだよ。いますぐにでも自分が惺と恋人同士になっていちゃいちゃちゅっちゅしたいのか、それとも大事な時期だから、綾瀬さんの告白を阻止するとか」
「そ、そこまで性格悪くないよぉ……って、いちゃいちゃちゅっちゅって……はぅ」
「そういえば、綾瀬さんは奈々の気持ち知ってるの?」
「え? ……どうだろ。自分から話したことないけど」
 奈々は素直でわかりやすい。そういえば綾瀬さん以外のバンドメンバーは、奈々の気持ちを知っているようだ。
「まあでも、最近の綾瀬さんはまわりをよく見るようになったし、薄々は気づいているかもね。その上で綾瀬さんは奈々に、自分の気持ちを伝えたんだ。こりゃあ、相当本気だね」
「――――っ」
「それで、奈々はどうしたい?」
 その言葉は――
 そのまま俺に返ってきた。
 ……俺はどうしたいんだ?
「もうちょっと……考えてみる」
「ああ。がんばれ……って言葉はおかしいか。でも応援はしてるから」
「うん……その、いろいろごめんね?」
「なんで謝るんだ? こういうときはありがとう、だろ」
 うん、そうだね、と気弱に答えて、奈々は部屋を出て行った。
「……応援ね……ははっ」
 俺って本当にだめな人間だ。
 こういう上っ面の感情だけで生きている。

 ベッドに横たわり、太宰治の『人間失格』を読んでいると、スマホが着信を知らせてきた。
「……柊さん?」
 めずらしい人物からの着信。
『こんばんわ、星峰くん』
「こんばんわ。めずらしいね。どうしたの?」
『ちょっとお話しが。いま大丈夫?』
「うん」
『……台本なんだけどね……その、うまく言えないんだけど、いまならできそうな気がするの』
 俺が地下の稽古場に戻ったあと、惺が引き続き柊さんの相談に乗って話をしたことは、ちらっと聞いていた。そのときどんな話をしたのかは知らないけど、惺のことだからきっとうまくやったんだろう。
『直感っていうか、いま頭の中でいろんな要素がぐるぐる駆けまわっていて……それがうまくまとまれば……きっと……』
 柊さんにしてはふわっとした表現だけど、言いたいことはわかる。
「ああ、なんとなくわかるよ。『降りてきた』ってやつ。作家さんがよく言ってるよね。……あれかな、惺と悠の演奏会も大きかったかな?」
『あれは――』
 柊さんが黙る。言葉を探しているみたいだ。
『……ごめんなさい。うまい表現ないかしらってずっと考えていたけど、思い浮かばない。作家志望なのに。……けどそれくらい、あのときのふたりはすごかった』
 ピアノとヴァイオリンの二重奏。聴いたことのない曲。物静かな始まり。でも途中から転調して、躍動感や興奮とか、あらゆる要素が詰まった「完璧」な旋律に生まれ変わっていた。
 たぶんあのとき、演奏を聴いていた全員の時間が止まっていた。演奏が終わったあとも、得体の知れない至高の高揚感に誰もが酔いしれていた。空気の震えに人のありとあらゆる感情が乗って、俺たちを包んだ。技術力の高さとか楽器の善し悪しとか、もうそういう次元では推し量れない、圧倒的な密度の質量。
 俺ですら、感動していた。
 あれはもう音楽ではない。
 たぶん、奇跡に分類されるなにか。
「……そうだね。俺もあれはひと言では言い表せないかな」
『気づいたら、涙を流してたわ』
 そういえば、泣いていたのは柊さんだけじゃなかった。小日向さんや真奈海も、瞳を濡らしているのを見た。
『いままで悩んでいたのはなんだったんだろうって、あの演奏が全部洗い流してくれたの』
 惺はそれを狙ったみたいだ。悠が惺との共演を認めたのだって、きっと「みんなのため」とか、そういうことで説得されたからだと思う。だから悠も折れた。
 やっぱり惺はすごい。俺にはどうあがいても真似できそうにない。
「ところで柊さん、それを話すためにわざわざ電話してきたの?」
『……えっと』
「柊さんってさ、たぶん俺と同じで、明確な用事がないと連絡取らないタイプだよね?」 
 それにしては、内容が少し雑談気味な気がする。台本を書けるかもしれないっていうのは重要だけど、メールとかでもいいし、明日学園で直接会って話してもいい内容だ。俺だったらきっとそうする。
『……セイラや真城くんが言っていたとおりね。星峰くんはほんと鋭い』
「ど、どうも」
『実はその、本題は別にあって……ほかに相談する相手が見つからなかったっていうのもあるのだけど。……驚かないで聞いてほしいの』
「うん」
『わたし、真城くんのこと好きになっちゃったみたい』
「――――」
『……あの』
「――――――」
『…………もしもし?』
「でええええっ!?」
『お、驚かないでって言ったのに』
「それは驚いてくれっていう前振りでしかないから! ……え、なんで? 柊さんが惺を? うわ、ちょっと待ってどうしようっ!?」
 さっき、奈々からも似たような話を聞いたばかりなのに。
『なんであなたがそこまで慌てているの?』
「ごめん、なんでもない……落ち着こう。深呼吸、深呼吸」
 脳に酸素を送り込むと、少し落ち着いた。
「なるほどね。たしかにセイラには相談しづらい内容だ。惺本人に言えるわけないし、悠にも相談できない」
 それで俺、か。まあたしかに、ほかにいないかもしれない。後輩の奈々や綾瀬さんにも相談しづらい内容だし、真奈海や小日向さんも……って、そこまで考えて重要な事実に気づく。
 みんな惺に惚れてるやないかい!
 ……ああでも、真奈海は違うか? プロポーズしてたけど。
「ま、まあとにかく、相談相手に俺を選んでくれたことは、素直にありがとう。でもさ、どうして乙女回路がきゅん、ってなっちゃったの?」
『お、乙女回路……? そんなものがわたしに……いえ、その……プロットができなくて沈んでいたわたしに、真城くんがかけてくれた言葉がずっと頭に残っていて』
「それって、俺がひとりで稽古場に戻ったあと?」
『そうね』
「で、気づいたら好きになってた?」
『……ええ』
 たぶん柊さんはいま、顔を赤らめて恥ずかしそうにしているはず。それを想像すると、なんとも可愛らしい柊さんが頭に浮かんだ。
 惺がどんな言葉をかけたのか、俺は訊かなかった。きっとそれは、俺が思いつかないような優しさに満ちているのは間違いないから。
 ……そう考えると、少し寒くなった。
『よく考えたら、星峰くんに相談してもどうしようもないわよね……ごめんなさい』
「でも、その気持ちを誰かに伝えたかったんでしょ。……うまく言えないんだけどさ、そういう気持ち、大事にしたほうがいいと思う」
 それからしばらく会話。柊さんは、いますぐ惺とどうこうなりたいってわけじゃないらしい。いま彼女は台本作りに集中したいから、それをじっくり考えるのはあとにするそうだ。
 綾瀬さんや奈々と重ならないように、小さく祈った。
『――いろいろありがとう。……そうだ、いまふと思いついたんだけど』
「うん?」
『台本を当て書きで書くのは、もっとみんなのこと知ってからのほうがいいんじゃないかって』
「……なるほど」
 たとえば俺やセイラ、惺なんかはいままで、わりと頻繁に柊さんと会っていた。真奈海、小日向さん、光太はおそらく次点。でも、それ以外のメンバーはどうだろう。特に「The World End」のメンバー、佐久間さんや木崎さんや遠坂さんとは、今日が初対面じゃないか? それで当て書きをお願いしようなんて、うかつだった。
「あんまり時間はかけられないと思うけどさ、思い切って個別に面談してみるとか」
『面談……』
「好きなものや嫌いなものとか、そういう簡単なことでも知れば、台本を書くのに役立つんじゃないかって」
『なるほど……それは妙案かも』
「明日、みんなに提案してみようか」
『そうね。……ありがとう。星峰くんに話せてよかったわ』
 そう言ってもらえるのは、本当にありがたいことなんだと思う。
 でも。
 俺の本意を知られると、どうなるんだろう。

 柊さんとの通話を終えて、また読書に没頭している。『人間失格』は、ほんと俺のために書き上げられたような作品だ。
 と、また着信。
「……今度は小日向さん?」
 しばらく話をする。今日の稽古で情けない姿を見せてごめんなさい、という謝罪。柊さんと同じく、悠と惺の演奏についても言及していた。
 やがて小日向さんもこう言った。
『わ、わたし……真城くんのことが好きみたいで』
「うん、知ってた」
 この子は思いのほかわかりやすかった。
『ええっ!?』
「あ、ごめん。気にしないで。でも、なんでそれをわざわざ?」
『……あの……ほかのみんなも……もしかしたら真城くんのこと好きなんじゃないかって……今日ね、すごくそれを感じて』
「――――」
『もしもし……星峰くん?』
「あ、ごめん。……みんなっていうのは?」
 小日向さんは、セイラはもちろん綾瀬さんや奈々、そしてなんと、今日好きなったばかりのはずの柊さんの名前も挙げた。
「柊さんも?」
『演奏が終わったあと、紗夜華ちゃんずっと真城くんのこと見つめてて……いままでの視線とちょっと違う感じで……その、ピンと来たっていうか』
 鋭い。かなり鋭い。さすがにその時点では俺も気づかなかった。
『セイラちゃんはもともと真城くんのこと好きだし、悠ちゃんも……表面上ではあれだけど、きっと本心は違うかなって』
「つまり、そんなみんなと仲のよい俺に相談した、っと」
『う、うん……その、ごめんなさい』
 いつの間にかみんなのことをちゃん付けで呼んでいる小日向さん。そういえば以前、女子たちが集まって名前の呼び方をもっとフランクにしないか、みたいに話しているところを見た記憶がある。
「えっと、そうだな……小日向さんは、並みいるライバルを蹴落としてでも、いますぐ惺と付き合いたい?」
『そ、そこまでは思ってないよぅ……』
 反応が奈々と似ていて、ちょっとおもしろかった。
 そして小日向さんも、いますぐ告白するつもりはないそうだ。理由はさっき、奈々が気にしていたこととほとんど同じ。さらにセイラや悠のことも考えると、どうしても躊躇してしまうらしい。
 自分のことより周囲の環境を優先して考えてしまう、まわりに気を遣ってしまうのは、ある意味悠と似ている。
「小日向さんってさ、まわりのことよく見てるよね」
『そう……かな』
「うん。はじめて会ったときは、なんだこの可愛い小動物は、とか思ったけど」
 最初は誰と話しているときも緊張していたけど、最近はわりと平気みたいだ。今日だって初対面の面々とふつうに話していたし。
『しょ、小動物……』
「褒め言葉だよ。小日向さんは思ってたよりずっと視野が広い。気も利くし、なにより優しい。そういうところは惺もあるから、シンパシーを感じてもおかしくないと思う」
『…………』
「俺はさ、別にいつ告白してもいいと思うんだ。そんなの、誰にも止める権利はないんだし」
『でも……』
「ただ、小日向さんが納得したタイミングのほうがいいと思う。変に悩んだまま勢いだけで告白するよりかは、ちゃんと納得した上でそうするほうがいいんじゃないかな」
『うん……』
「ところでさ、小日向さんって惺のどこが好きなの?」
 しばらく返事はなく、熟考する間だけが返ってきた。
『ま、真城くんの人間性……かな。物静かだけど優しくて、いつも頼りになって、ああ、この人はちゃんとわたしのこと見てくれているんだって、すごく安心して……』
 つまり、惺は天然の女たらしだということだ。
「それ、告白するときちゃんと惺に伝えるんだよ?」
『はぅっ!?』
 それからしばらく世間話をしてから通話を終えた。
「…………」
 人の悩みは聞けない、なんて宣言した日の夜に、なんで俺は三人の美少女から相談されているんだろう。
 しかも恋愛相談なんて、俺がいちばん苦手なものだ。
 ……苦手?
 そうじゃない。
 もっと根本的な話だ。
 俺は人間が嫌いなんだ。

 読書に戻り、『人間失格』をほぼ読み終えた頃。
 また着信。
「……今度はセイラ?」
 こんな数時間のうちに三人から電話がかかってくるなんて、生まれてはじめてだ。
 ……まあいい。なるようになれ――と考えなら通話ボタンを押す。
『やあ凜。まだ起きているか?』
「セイラが惺のこと好きなのは知ってるからな!」
『ふむ? それは間違いない。むしろ、好きより愛していると表現したほうがふさわしい……しかし、なぜ第一声がそれなんだ?』
「なんでもない……ちょっと動転してた。すまん」
 まさかセイラが俺に恋愛相談なんかするわけもないし。セイラはきっと、相談するより前に惺を押し倒すはず。
 セイラは笑いながら「いいさ」と答える。
『しかし、ふつうだな』
「…………。ああ、俺の態度のこと?」
『きみは本当に察しがいいな。わたしがきみを叩こうとしていたことを、まさか忘れてはいないだろう』
「あれはその……俺が悪かった。ちょっと本心を語りすぎた」
『本心だと認めるのか?』
「まあ、そこは取り繕ってもしかたないし。特にセイラ相手に」
 セイラとは何回か、こうやって腹を割って話した記憶がある。
『潔し。そういうところは好ましい。……ふむ。やっぱりそうだ』
「なにが?」
『凜。きみはやっぱり必要だ』
「えっ?」
『たしかにわたしときみは、根本的に考え方が違うようだ。それは認める。だが、だからこそ必要だということだ』 
「……それはつまり、意見の違う者がいたほうが、組織や集団にとっては好都合だということ?」
『イエス。きみはかなり屈折していると自覚があるだろうが、それでも他人を傷つけたり陥れたりは絶対にしない』
「…………」
 ……それはどうだろう。
『だからこそ、わたしと惺にあそこまで言ったんだと考える。自分ができることとできないことをしっかりと線引きした。できないことはできる人に任せればいい。適材適所という言葉があるように』
「も、ものすごく好意的にとらえてくれたね」
『わたしはポジティブであろうと考えている。いままでネガティブ過ぎたから、変わろうと思って』
 ……変わる、か。
 綾瀬さんも変わった。真奈海もがんばっている。小日向さんや柊さんもたぶん、変わろうとしている。ほかのみんなだって――
 立ち止まっているのは、俺だけだ。
「セイラも変わりたいんだ?」
 声がかすれたような気がした。
『ああ。いままで真っ当でない生き方をしてきたから。真逆の生き方でもしない限り、パラダイムシフトはない』
「ちなみに、どういうふうに真っ当じゃなかったの?」
『……ほう。それを訊くか』
「いや、まあ別に無理にとは」
『凜なら構わない。聞いてくれ――』
 思わずつばを飲み込んだ。
『――わたしは、人殺しだ。比喩ではないぞ』
「――――」
『もう一度言うぞ。わたしは人殺しだった。信じられないというなら、惺にでも聞いてみるといい。あいつは全部知っている』
「――――――――」
『ふむ……さすがに助走なしで語るには、重すぎたか』
 セイラの言葉の端々に、妙な説得力があった。なにより彼女は、すぐばれるような嘘は絶対に言わないだろう。
「…………そう、なんだ」
『驚いたか?』
「うん。……まあ、セイラがただ者じゃないことは、初対面のときからずっと感じてたし……ある意味、納得……でも」
『でも?』
「俺と同じなんだね」
『なに?』
「俺も人殺しだから。……ううん。むしろ、大量殺人鬼だ」


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