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いま、その翼を広げて


Alive & Brave 3 - セイラ

 煌武家壊滅事件について振り返ってみよう。
 事件が起きたのは六年前。場所は秋田県の山奥。江戸時代から続く名家、煌武家の屋敷内だ。
 広大な屋敷が全焼し、焼け跡から十人以上の遺体が発見される。遺体はどれもバラバラに解体されていたことから、警察は殺人事件として捜査を始める。
 遺体の損傷があまりにも激しく、身元確認はかなり手間取ったみたいだが、すべての遺体が屋敷の住人、つまり凜の本当の家族であることは状況から判断するに間違いなかった。
 記録によると、煌武家は大家族だったらしい。真奈海の家も大家族だが、煌武家はそれを上まわっている。
 凜は煌武家の末っ子で、兄が三人、姉が四人。さらに煌武家当主――凜たちの父親に当たる人物には、一緒に住んでいる複数の愛人がいて、それが兄姉たちの母親に当たる。つまり、大部分が異母兄姉ということになる。
 一時は煌武家の人間は壊滅したと考えられていた。しかしその後の捜査で、当時十一歳だった凜の遺体だけがないと判明。だから凜はしばらく、発見される二年後まで行方不明扱いとなっていた。
 犯人は、当時から煌武家と交流のあった黒月夜とされている。しかし明確な物証があるわけではなく、消去法や綿密に状況証拠を積み重ねていった結果。動機も不明だ。煌武家と黒月夜がどういう状況で交流を始めたのかは、最後までわからなかった。
 そして黒月夜が捜査線上に浮上したあたりで、事件の捜査権限が警察からICISに委譲された。
 資料をだいたい読み終えた頃、風呂上がりの詩桜里が、上機嫌でリビングにやってきた。
「ねえねえ、リスティから地元の化粧水と乳液もらったの。これ、すごーくいいわぁ。もう肌がモッチモチのすべすべ!」
 言いながら冷蔵庫を開け、日本酒を取り出す。そしてテーブルを挟んだ向かいに座り、グラスに日本酒を注いだ。
「あなたにも貸してあげるわよ。使いたいでしょ? 使うわよね?」
「わたしはまだ若いからな」
 若い、という部分を強調する。
「はぁっ!? ちょっとなにそれ! 超むかつくんですけど!? 誰が年増だってぇっ!?」
 そこまでは言ってない。ところで詩桜里を一瞬で沸騰させる技術に関しては、わたしの右に出る者はいないだろう。モッチモチですべすべの肌が一転。怒りを凝縮させた深いしわが寄っている。無視するとうるさいだろうから相手にしたが、これもこれでうっとうしい。
「いま忙しいんだ! 放っておいてくれ」
「な、なによ、そんな怒って……っていうか、難しい顔してパソコンでなに見てるの? あー、とうとう惺くんを本気で落とすための情報収拾? でもね、ネットの情報を鵜呑みにしちゃだめよ。『男を落とすマル秘テク』とか。あれでわたし、なんど痛い目見たことか」
 聞いてもないのにぺらぺらしゃべる。
「ファイルナンバーS000352」
 グラスを口に運ぼうとしていた詩桜里の手がぴたっと止まった。
「…………は? そのファイルって……煌武家壊滅事件の捜査資料? ちょ、ちょっと! それICISの端末じゃないと閲覧できないはずでしょ!? なんでそのパソコンで見られるの!?」
 このノートパソコンは筐体だけは市販品だが、中身はごっそり入れ替えて、わたしのカスタマイズモデルになっていた。金をかけたぶん、いい働きをしてくれる。
「いまさらなにを気にしているんだ? そんなことはどうでもいい。お願いだから黙ってくれ」
「だああああっ!? 説明しなさい! どういうことよ!?」
 この女はほんと、予想どおりの反応しかしない。しかし、そういうところが愛おしい。本当だ。
「星峰凜は人を殺したのか?」
「――――え?」
 目をぱちくりする詩桜里。
「言葉どおりの意味だ」
「な、なにを言って……そんなこと、誰が?」
「先ほど本人から聞いた」
 詩桜里が風呂に入っているあいだ、凜と電話で聞いたこと。それを詩桜里に伝えると、顔のしわがさらに深くなった。もう化粧水やら乳液やらで誤魔化せるレベルを超越している。
「……あの子が殺人を犯したなんて、はじめて聞いた」
「だろうな。捜査資料にひととおり目を通したが、そんな事実は含まれていない」
「なにかの間違いじゃなくて?」
「違うな。わたしの直感では、凜は本当のことを言っているようだった」
 人を殺したと言った凜の口調は、どこか冗談めいていた。だが、あれに真実の響きが含まれていることに、わたしが見逃すはずがない。元暗殺者のこのわたしが。
「まさかその事件、家族を手にかけたのが凜くんだなんてことは――?」
 事件当時、家族はほとんどが大人になっていた。いくらなんでも、ひとりの小学生が皆殺しにできるとは思えない。
「なにか勘違いしているようだな。ICISが総力を結集して事件の捜査に当たり、犯人は黒月夜と断定したんだ。おそらく、そこに間違いはない」
「じゃあ……」
「わたしが気になっているのは、凜が行方不明になっていた二年間だ」
 詩桜里もわたしの言いたいことがわかったようだ。
「凜くんが行方不明になっていた期間の情報は、ほとんどないのよ。資料にもそう記述されているでしょ?」
「ああ。凜本人の記憶が混濁していて、有用な証言を得られなかった、と書かれている」
 捜査資料には、凜に直接聴取を試みたのは詩桜里だと記録されている。時期的に、ICISに入庁してすぐの頃だろう。
「だが同時に、記憶の混濁には星術が関わっている可能性あり、とも言及されているな。おまえの見立てはどうなんだ?」
 これ以上は資料を読むより、詩桜里本人に訊いたほうが早い。
 詩桜里は星術の可能性を肯定して続けた。
「凜くんが保護されたとき、病院で精密検査を受けたの。結果は健康体。薬物を使用した形跡もなかったし、頭を強く打って記憶喪失、なんて可能性も除外された」
「消去法で星術か」
「そう。わたしは星術を扱えないし、知識もあまりないけど……というより、あなたのほうが明らかに詳しいわよね」
 星術には大きく分けてふたつの種類がある。
 物理現象を引き起こす物理系星術、通称、「マテリアル」――火を起こしたり、風を操ったりする星術。肉眼で確認できる星術は、ほとんどがこれに分類される。<マテリアライズ>と<イセリアライズ>もこれの一種だ。 
 そして人の精神に影響を及ぼす精神系星術、「スピリチュアル」――精神を操ったり、幻覚を見せたりするのはこちらに分類される。肉眼では確認できない現象を操る星術だ。
 たとえば一年半前のセレスティアル号の事件における犯人グループ。彼らは唐突に自殺してしまった。船内放送で童謡「七つの子」が流れた直後。あれはおそらく「特定のメロディーが流れると自殺する」という暗示を星術で行ったと考えられている。
 しかしセレスティアル号の事件でもそうだったが、精神系星術は物証に乏しい。事後にそれを証明するのは至難の業だった。
「煌武家壊滅事件発生当時、凜がどこにいたのかはわかってないんだな?」
「ええ。結局、凜くんが事件のときから行方不明になったのか、それとも事件より前に行方不明になっていたかは、最後までわからないままよ」
 なんらかの事情で凜が「自分の意志」で家出をし、行方不明になったタイミングでたまたま事件が起こった、と考えられなくはない。しかし凜の失踪には、他者の意志が介在し、事件とも関連していると考えたほうが自然だ。
「凜の失踪に黒月夜が関与していると考えるのが妥当か」
「それはもちろん考えたわよ。でも情報があまりにも少なすぎた。何千ピースとあるホワイトパズルを組み立てるようなものね……それに、それが事実だったとして、黒月夜が凜くんを誘拐する理由もわからないわ」
「凜は…………いや、なんでもない」
 わたしの推測が正しいのなら、凜は暗殺者に向いているのでは――しかしそれはあくまで根拠の乏しい推測だった。確証がないまま、不用意なことは発言はしない。
 だが、二年で「無事」に発見された事実も見過ごせない。
 今後、凜のいろいろな秘密の正体を、わたしが知ることがあるのだろうか――?


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