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いま、その翼を広げて


Alive & Brave 7 - 凜

 悪夢を見て目が覚めるのは何度目だろう。
「――――」
 どんな悪夢かは忘れていた。でも、とてつもなく悪い気分になっていることだけは覚えている。  
 眠気もどこかに吹っ飛んでいた。
 壁にかかった上着を持って、部屋の外に出た。
 当たり前だけど、廊下は静まりかえっている。時計は見てないけど、家族はみんな寝静まっている時間だろう。
 一階へ降り、靴を履いてゆっくりと玄関を開けた。
 十一月の冷えた空気が全身を包んだ。まあ、心も冷えているからちょうどいいか、とあまり意味のないことを考えた。
 道路は無人。車やバイクの往来もない。近所の住宅も沈黙を保っている。聞こえてくるのは、海と風が織りなす無感情な音だけ。
 いま、この世界で俺ひとりだけだ――なんて、やっぱり意味のない(俺ってここまで馬鹿だったっけ?)ことを考える。
 街灯のほのかな光が照らす歩道を歩いて行く。
 目的はない。
 そもそも、俺はなんでこんな時間に出歩いているんだろう。
 気分転換?
 ……あー、そういえば前にも似たようなことがあったような。
 あれは春と夏の中間くらいの季節。たしかセイラが転校してくる前日……って、この日はいろいろと印象深い日だ。あの日も悪夢で目が覚めて、そのあと悠と話して、それからいまみたいに散歩した。
 公園の前を通りかかる。……そう、あのときはここで惺と会った。ひとりバレエを踊る惺は、この世のものとは思えないほど美しかった。
 その場所に行く。
 誰もいなかった。
「…………」
 期待してたわけじゃない――はずだ。むしろ、あのときみたいに惺がいたとして、どう会話すればいんだろう。
 たぶん惺だけじゃない。セイラや悠、真奈海や奈々たちも、俺の様子に気づいている。気を遣われているような実感がある。俺に対してみんなが、なにか言いたげな雰囲気しているのをよく感じていた。
 どうしようもなかった。隠せなくなっていた。いままで隠せてたとしたら、それができなくなってる。つまり、そこまで追い詰められているってことだ。そして自分でそこまでわかっていても、やっぱりどうすることもできない。
 俺は「あの場所」でなにをしたいんだろう。
 悲しいとも切ないとも違う。
 ただ心が渇いていた。
 ――そのとき、なにかの気配を感じた。
 地面に細長い影が、俺の足もとまで伸びていた。
 視線を移していくと、小さなかたまり。
 一匹の猫だった。 
「こんばんは。星峰凜くん」
 猫から声が聞こえた。
「――――っ!?」
「まあまあ、そんなに驚かないで――」
 どこか気の抜けた声。知らない男の声。
「きみの居場所は見つかったかい?」
 いろんな意味で驚愕した。
 なんで猫が――
 どうしてそんなことを――
 俺のなにを知っている――?
「だ――――だ――れ?」
「きみのことをよく知ってる人……いや、いまは通りすがりのただの猫だにゃ。星峰凜くん――いや、煌武凜くん」
「――っ!?」
「だからそんなに驚かないでよ」
 猫が近づいてくる。
 やがて――ぴょんっ、とジャンプ。
 俺の体に飛びかかった。逃れることなんかできず、そのまま倒れてしまった。
 猫は俺の胸の上で、興味深そうに睥睨してきた。
「そんなに怯えないでいいよ。別に取って食おうなんて思ってないから。それよりも、さっきの質問――」
「――はっ――っ――!」
 思考とのどが凍りついている。満足に息ができない。
「新しい家族と愉快なお友達と素敵な学園は、きみにとっての居場所になりえたかな?」
 ぺらぺらとしゃべっているのに、猫の口は動いてない。というより、この声は脳に直接語りかけられているような――?
 それよりもどうして、この猫はそんなピンポイントな質問を――!?
「な――なんで――そんな――っ!?」
「気になるんだよ……まあ、答えは聞かなくてもわかるかな。イエスだったら、そんなに苦しそうな表情にならないからね」
「お――おまえはっ――!?」
 猫を弾き飛ばした。けど、しなやかな動作で少し離れたところに着地した。
「やれやれ。動物虐待だにゃ。僕泣いちゃうにゃ」
「だ、黙れっ!?」
「僕が黙っても、きみは苦悩から解放されない。まあでも、解放される方法はある。僕は知っている」
「な――に?」
「けれど、いまはまだその時じゃない。いずれ時は訪れる。その時はきっと、『僕』ときみが再会する時だ」
 猫が振り返り、足音も立てずに歩き出す。
「ま――待ってっ――!」
 猫は振り返りもせず、そのまま夜の闇に消えていった。


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