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いま、その翼を広げて


Alive01-5

 エントランスホールの喧騒は毎日のことながら、凄まじかった。
 俺たちの通う創樹院学園は、総生徒数二五〇〇人を越える大規模な私立学校だ。地理的には、星蹟島のほぼ中央に位置している。離島でおもな大都市からだいぶ離れているとはいえ、アクセスもよく全国からの人気は高い。偏差値もそれに比例して高めだ。俺も受験のときはかなり真面目に勉強した記憶がある。
 だいたい一学年に八百人前後。それが三学年ぶんだ。とてもひとつふたつの校舎に収まるわけもなく、五つの校舎に分割されている。校庭もメインとなるのが三つ。日本国内最大規模と噂される巨大な体育館がひとつ。ほかにもテニスコートや野球場、柔道や剣道などで使用する武道場など、専門分野の設備も完璧といっていい。
 我ながら分不相応なところに入学したもんだと、しみじみと感じた。
「じゃあ、わたしはここで」
 惺と悠に対して、ぺこりとお辞儀をしてから、奈々はA校舎のほうへ向かう。一年生の教室がある校舎で、エントランスホールに入って左に伸びている。
「凜くん、わたしも先に行くね」
「わかった」
 エントランスホールから正面に伸びた先が、俺たち二年生の教室があるB校舎だ。悠は颯爽とした足取りで去っていった。……最後まで惺を無視していたのは、予想どおりだった。 
 悠のことだから、気を遣わせてごめんなさいと、あとで謝ってくるとは思う。謝るくらいなら、もう仲直りしちゃえよ、とは口が裂けても言えない。それほどまでに問題の根は深い。
「俺たちも行くか」
 と、惺。
「そうだな」
 惺と一緒に教室へ向かう。俺たちG組のクラスは、B校舎の三階だ。
 ――ふと、惺が立ち止まった。
「惺?」
「……気のせいか……?」
 しばらく見つめていた。
「おーい」
「……ああ、悪い」
「どうしたんだ?」
「なんでもない……たぶん」
「そう? じゃあ行こう」
 惺が見つめていた方向は、奈々が行ったA校舎の方角。一年生の教室が二階から四階にかけてある以外は、一階に職員室、それから学園長室と来客室くらいしかなかったはず。
 気になるといえば気になるけど、本人がなんでもないって言ってるんだから、あまり追求しないほうがいいだろう。
 再び歩き出す。
 廊下で何人かの顔見知りと挨拶を交わしつつ、階段を上る。
「あれぇ? 凛だ」
 階段の踊り場でクラスメイトと遭遇した。
 豊崎真奈海。新緑のような鮮やかなグリーンの髪を、ショートカットにしている。活発な印象を与える大きな瞳は、めずらしい紫色。
 もう退部したとはいえ、かつては陸上部のエースだった。そのせいか、体はスレンダーで引き締まっている。
「真奈海か。おはよう」
「おは。真城っちもおはよう!」
「おはよう」
「凜と真城っちが一緒なんてめずらしいね……てゆーか凛、いつもより遅くない?」
「ああ、それはね……」
 寝坊したことを伝える。
「なに、また遅くまで読書?」
「まあ……ね」
 正確にはちょっと違うけど、当たり障りのない理由としては最適だし、正直に話して真奈海に心配してもらうこともない。だから訂正はしなかった。
「相変わらず読書好きだねぇ。また海外の難しいやつ?」
 階段を上りながら話す。
「昨日のはそういうのじゃないよ。光太から借りたラノベ」
「えっ、ラノベ? 凛が!?」
「おかしいか?」
「だって、凛っていつも難しい本を読んでるイメージしかないもん。えっと、なんだっけ、前に読んでたの……ド……ドストなんとかさん?」
「ドストエフスキーな」
 十九世紀を代表するロシアの文豪に対して、なんとかさんって……こいつ、よくこんなんでこの学園に入学できたな。
「りーん! なんでそんな哀れみの視線で見てくるのさ! それから失礼なこと考えていたでしょ」
「気のせいだ」
「ま、いいけど……でもさ、寝るの遅くなったってことは、そんなにおもしろかったの?」
「ああ。想像以上におもしろかったよ」
「そっか。あたしも今度借りてみよう」
 三階に上がり、廊下を歩く。惺は俺と真奈海の少し後ろを黙って歩いている。
「あ、そうだ。今日うちのクラスに転校生が来るらしいよ」
「そうなのか?」
「うん。さっき用事があって職員室に行ったんだけど、ちらっとそういう話を聞いたんだ」
「へえ」
「……変な時期に転校してくるんだな」
 惺が疑問を口にする。
「それもそうだな」
 いまは五月の最終週で、来週はもう六月だ。
 俺たち二年生の場合は、新しいクラスにもだいぶなじんだ頃。奈々たち一年生は、新しい学園生活に慣れてきた頃だろうか。どちらにしても転校してくるなら、ふつう春休み明けとか、新学期の開始に合わせるんじゃないだろうか。
 そんなことを考えていたところで二年G組の教室に到着。教室の後方のドアから入る。すでに三分の二くらいの生徒たちが登校していた。
「みんな、おはよー!」
 開口一番、真奈海が教室の全員に向かって元気に挨拶する。俺と惺も便乗してあいさつ。クラスのみんなも口々におはようと返してくれた。
 前から思ってたけど、真奈海の底なしの明るさは、どうしても真似できない。
 俺の席は、教室前方の出入り口からいちばん近いところにある。ついでに説明すると、俺たち三人の席はかなり近い。
 俺は廊下側の壁に面した端っこ列、いちばん前の席。クラス全体を俯瞰するといちばん左上。真奈海は俺の右隣で、惺は真奈海のすぐ後ろの席だ。
「……むむ」
 リュックを机の脇に引っかけたところで、くだらないことを思いついた。
「なーに?」
「いや、光太に借りたラノベで……序盤に主人公のクラスに転校生がやってきて」
「ほほう。それからどうなるの?」
「簡単にまとめると、主人公にとって、波乱万丈の学園生活の幕開けとなった」
「あー、あるあるラノベだとそういう展開。ラブコメ漫画とかでもさ」
 光太いわく、「転校生はラノベの鉄板だぜっ!」らしい。
「ま、現実問題としてそんなおもしろい展開にはならないか」
「いやぁ、わからないよ。現実は小説より奇なりって言うじゃん」
「じゃあさ、このクラスの場合、主人公って誰だ?」
 にやりとしながら、真奈海が俺を見てきた。
「おい。俺はそういうの勘弁な。なんの変哲もない平和な学園生活を望む。刺激的な新展開とかいらないから」
 平和で平穏がいちばん。 
「つまんないの。じゃあ――」
 俺と真奈海で惺を見た。
「俺か……? 柄じゃないな」
「いやぁ、真城っちはいい線いってると思うんだよね。手足長いし背も高いし、眼鏡外したら美形みたいな気がするし。主人公らしさを兼ね備えているっていうかさ。……あ、あとね、あたし、真城っちの澄んだ声が好きだよ。ずっと聞いていたい」
 真奈海が急にもじもじと、乙女のような奥ゆかしさを演出し出した。
 ……ネタに走ったな、こいつ。
 まあ、付きやってやるか。
 それからしばらく、真奈海と毒にも薬にもならない会話劇を繰り広げた。
「――で、真奈海、俺たちはなんでこんな茶番劇してたんだっけ?」
「ん? ……忘れた」
「ま、いいか」
「そうだね」
「転校生だろ。転校生」
 惺がやれやれといった表情で言う。
「あ、そうそう。ところで真奈海、転校生って女子? それとも男子?」
「んー、残念。そこまでは聞いてないかな」
「大事なところだろ」
「しゃーないじゃん。ちょこっと聞こえてきただけなんだし」
 そのとき、目の前のドアから急に誰かが飛び込んできた。
「ぐっちょも~~~~~にん!」
 謎の言語と得体の知れないポーズを決めたそいつは、川嶋光太という名の友達……とは認めたくないな。
 俺も真奈海も惺も、三人とも呆然としていた。近くにいたほかのクラスメイトも同様の反応。
「なあ真奈海、友達と縁を切るときってどうすればいいんだ?」
「んー、あたしも同じこと考えてた。真城っちはどう思う?」
「難しいな……少なくとも誰かさんは確実に傷つく」
 誰かさん、の部分で惺は光太を見る。光太はまだポーズを決めていた。突っ込み待ちだろうか。
「ま、それは気にしないでいいんじゃね?」
「あたしもそう思う」
「ちょっとちょっと! 俺の渾身の挨拶はスルーかよっ! せめて誰か突っ込んでくれよぉ! しかも恐ろしい話してるし!」
「……おまえはなにがしたいんだ」
「昨日の深夜にやってたアニメのキャラがやってた挨拶とポーズを、自分なりにアレンジして物真似してみた」
「アレンジしてる時点で物真似じゃない……」
「細かいことは気にするなよ! なあ、いまのってはやると思う?」
「川嶋、悪いことは言わないから、そういう突拍子もない行動は慎みな。おばあさんに連絡が行っても、あたし知らないよ」
「うぅ、容赦ないな。鞄置いてくる」
 自分の席に向かう光太。こいつの席は教室の真ん中あたりだ。 
「川嶋ってさ、日を追うごとに馬鹿になってない? アニメとかラノベとか漫画とかの悪影響かな」
「それ、光太の前で言っちゃだめだぞ。マジ切れするだろうから」
「なになに、なんの話?」
 光太が戻ってきた。
「なんでもないよ」
「なあ、いまそこで聞いたんだけど、転校生が来るってほんと?」
「らしいな」
「あれ、それ噂になってるんだ。あたししか知らないと思ってたのに」
「転校生! これは刺激的な新展開の予感っ! ほら、凜に貸したラノベの話でさ――」
「あ、そのへんの話、あんたが来る前に話してたから、あたしはパス」
「俺もパス」
「うぉーいっ!? なんか付き合い悪くない? ……まあいいや。ところで転校生って女子? それとも男子?」
「その話も光太が来る前にしたから」
「そんなぁっ!? なんで俺が来る前に全部話しちゃうのさ!」
「おまえの来るのが遅いからだろ」
 登校時間としてはふつうだけど。
「川嶋、そろそろホームルーム始まるよ。席に戻ったら?」
「……ふたりとも冷たいよ……凍えるよぉ……真城、助けて」
「えっと……すまない、川嶋。俺は力になれそうもない」
 予鈴のチャイムが鳴った。まもなく先生が来るはずだ。
「くそぉ、明日からもうちょっと早く登校しよう」
 光太が席に戻っていった。
「ねえねえ、やっぱ最初はあれかな。転校生の紹介」
「うん、たぶん」
「きっと『えー、ホームルームの前に、みんなに大事な話がある』とかで始まるのかな」
「そんな感じだろうね」
「で、『聞いているやつもいるかもしれないが、今日このクラスに転校生が来ることになった』、それでついに転校生が登場、っと」
「転校生が男子なら女子が、女子だったら男子が騒ぐんだろうね。美少女、もしくは美男子ならなおさら」
 漫画とかラノベ、アニメのテンプレだな。
「んー、正直どっちでもいいかな。……あ、でも美少女転校生だと川嶋あたりがうるさそうね」
「いや、たぶんそう悪目立ちするような、馬鹿な真似はしないと思う。しょっぱなから嫌われたくないだろうし」
「あいつ馬鹿なのに、こういうときは頭働くんだねー」
「基本馬鹿だけどな」
「おーい! 凜と豊崎、聞こえてるぞっ!?」
 光太の怒声。
「ごめん川嶋ー、今度から悪口はあんたがいないところで言うねっ!」
 満面の笑顔で、真奈海が言った。
「そうじゃないだろっ!?」
 会話を聞いていたクラスメイトたちが笑う。
 そのとき。
「ほーい、静かにしろ」
 担任の織田先生が、タブレット端末を持って入ってきた。
「えー、ホームルームの前に、みんなに大事な話がある」
 真奈海が予想したとおりの台詞に、思わず吹き出しそうになった。ちらっと見ると、隣の真奈海も必死に笑いをこらえていた。
 ――ふと。
 惺が視界に入った。
どこか様子がおかしい。
 表情がこわばり、全身から緊張感があふれているような……視線は俺を通り越して、ドアのほうに注がれている。俺が惺を注視しているのには気づいていないようだ。
 ドアは織田先生が入ってきてすぐに、自動で閉じた。けど、その向こうに人の気配がするのはなんとなくわかった。
「えー、突然だが今日このクラスに転校生が来ることになった。もしかしたらもう噂を聞いているやつもいるかもしれないが」
 クラスが一気に沸く。織田先生の台詞は、順番は違えどやはり真奈海の想像とほぼ一緒。
 織田先生がドアの向こうへ声をかける。
 一拍置いて、自動ドアが開いた。
 クラスが静寂に包まれる。
 流れるような長い銀髪に、誰もが目を奪われた。歩みを進めるたびに揺れる髪は、光を反射して煌いている。
 転校生が教卓の近くで止まり、こちらを向いた。長身で姿勢がいい。漂ってくる雰囲気は凛々しく、とても同級生とは思えない。
 深紅の瞳が、教室を見わたす。
 美少女というよりは美女、といったほうが適切だろうか。そんな大人びた雰囲気をまとっている。
 ひとつ気になったのは、女子生徒には無骨すぎるんじゃないかと思える、黒のミリタリーふう腕時計を右手首にはめていること。
「フォンエルディアからの留学生、セイラ・ファム・アルテイシアさんだ。それじゃ、挨拶を――」
 がたっ、という音ともに、ひとりの生徒が急に立ち上がる。その唐突さに、前の席の真奈海をはじめ、彼の周囲がびくっと驚く。
 立ち上がったのは惺だった。
 惺とは思えないほど、動揺した姿。なにか伝えたいことがあるのに、言葉が出てこない、そんな感じだ。
「おい、真城……?」
 織田先生が声をかける。けど、転校生が人差し指を口に添えて、「しっ」という仕草をとると、なぜか先生は黙った。得体の知れない存在感を全身から放っている。クラス全体も、よくわからない展開にただ呆然と見守ることしかできない。
 転校生が惺に近づいていく。
 必然的に、俺と真奈海の間くらいで立ち止まった。
「セイ……ラ……な、なんで……っ!?」
 惺から絞り出された声は、かすれている。
「……久しぶりだな……惺……っ」
 彼女がこの教室に来てはじめて発した言葉は、涙に濡れていた。
 恐る恐る彼女の顔を見上げる。
 惺を一心に見つめる瞳から、大粒の涙がこぼれていた。先ほどまでの凛々しい雰囲気とはかけ離れた姿。
 ――さらっと、銀髪が流れた。
 次の瞬間、謎の転校生――セイラ・ファム・アルテイシアが、惺に体を寄せて唇を奪っていた。 


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