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いま、その翼を広げて


Alive02-10

『……りぃ~~んっ』
 電話越しに聞こえてきたのは、恨めしそうな声。
「お、光太じゃん。あの世にも電話ってあるんだな」
『まだ生きてるよぉっ!? でも死ぬかと思ったよぉ! 織田先生怒るとマジで怖い! ありゃ、うちのばあちゃんに匹敵するぜ!』
「自業自得だろ」
『そんなことよりも凜! 今日の案内イベントはどうなった? なにかおもしろいことでもあった!?』
「まあ……それは」
 かいつまんで話した。
『なにぃ!? 学園長代理の娘さんにして成績学年二位、才色兼備にして「紅色の小悪魔」と噂される柊紗夜華さんだとぉ!?』
「……そのラノベみたいな人物描写、なんとかならない?」
『そ、そんな重要なヒロインとのお茶会……邂逅イベントに……立ち会えなかった俺って……』
「モブってやつだな」
『モブ言うな! くそぉ、明日こそはぁ! 絶対にリベンジをぉっ!』
 いちいち暑苦しいやつだ。
「がんばれよ、川嶋モブ太」
『おうっ! ――って、いま恐ろしい名前つけやがったなぁ!?』
「ところで、紅色の小悪魔ってどういう意味だ?」
『……む? なんだ、知らないのか凜は。彼女はねえ、他人を寄せつけないオーラを常に放っているんだよ。勇気を振り絞って話しかけても、ほとんど冷たい反応しか返してこないらしい。一年のときから、クラスでも浮いていたって噂だよ』
「……へえ」
 今日話した感じでは、そこまで冷たい印象はなかった。
『でも柊さんって、髪も瞳も紅くてきれいで美人じゃない? だから主に男子どもがそう呼んでるの』
「ほほう」
『あれ……? そんな柊さんからお茶会のお誘い受けたの? な、なんで!?』
 面倒だったから詳しく話してなかったところに、目聡く気づく光太。こいつ、こういうときだけは頭がまわる。
「まあ、いろいろあってね」
『もっと詳しく教えろよぉ!?』 
 そのとき、ドアを控えめにノックする音。この音は悠だ。
「悠か? どうぞ」
『な、なにっ、悠さんだとっ!?』
 ドアが開けられ、パジャマ姿の悠が入ってきた。
「凜くん……あれ、電話中?」
「――風呂上がりなのか、頬が少しだけ紅潮している。いつも愛用しているピンク色のパジャマの上に、ストールのように巻かれた青色のバスタオル。しなやかな金髪はまだ濡れていて、普段は見られない色っぽさを醸し出していた」
『なん――だと!?』
「り、凜くん?」
「恥ずかしそうに、悠は自分の体を抱きしめるようにした」
『もっと詳しく!?』
「じゃあな、川嶋モブ太」
『うおおおぉぉぉぉい!? ちょっと待っ』
 通話終了。
「やあ悠。なんか用?」
「電話、いいの? 川嶋くんだったみたいだけど…………モブ太って?」
「気にしないで。こっちの話」
「そう……?」
「適当に座ったら」
「うん」
 ローテーブルの近くに座る悠。
「あ、そういえばよくわたしだって気づいたね?」
「ノックの音がみんな違うんだよ。奈々はもうちょっと力強く叩く。母さんは、そもそもノックを忘れることが多い」
 ちなみに、父さんが俺の部屋に来ることはほとんどない。
「で、どうした?」
「あ、えっと……」
 もぞもぞと膝を抱え込む。視線はやや泳ぎ気味。……こういうときの悠はわかりやすい。
「今日のあいつはどうだったって?」
「べ、別に惺はどうでもいいから!」
「惺とは言ってませんが」
 しまったぁっ!? と、いまだかつて見たこともないほど絶句する悠。
「大丈夫。俺はなにも聞かなかったから」
 悠は両手で顔を隠したけど、耳まで真っ赤なのは隠しきれてない。ちなみに全身がぷるぷる震えている。
「で、本題は?」 
「…………うぅ……その……そう! セイラがまた風紀を乱してないか気になって。ほらわたし、生徒会の役員だし!」
「そういうことにしておこうか」
「……凜くんのいじわる。顔が笑ってる!」
「まあまあ。えーと、今日の散策はね――」
 今日のメインは、なんといっても柊紗夜華さんとの出会いだ。
「柊紗夜華さん?」
「うん、そう。知ってる?」
「直接話したことはないけど、顔と名前くらいは。成績優秀者だし」
「その人がまた変わった人でね」
 彼女が作家志望であること。それから例のキスの件で、インタビューを受けたことを説明する。
 ……案の定というか、キスのくだりで悠の形のいい眉がピクっと反応した。
「インタビュー受けたんだね……ふーん」
「どう答えていたか聞きたい?」
 悠は一瞬迷うような気配を瞳に見せたあと、しっかりとうなずいた。
 本当は惺かセイラが直接説明したほうがいい気がするけど、それは悠の心情的にちょっと難しいだろう。
 セイラが答えていた内容を、要点だけまとめて伝える。惺とセイラの出会い、それから別れるまで。
「――――」
 悠は真剣な表情で、黙ったまま聞いていた。俺が説明し終わると、小さく一言「そう」とだけ言った。
「惺とセイラの関係、悠は詳しく知らなかったんだよね?」
「……うん。ただ、お父さんの紹介って聞いて納得した。……そういえば、最初にセイラと話したときもそんなこと言ってったっけ」
 やっぱりあのときの悠は、精神的に余裕がなかったようだ。彼女の中で、不明だった点と点が少しは線で結ばれたらしい。
「ねえ悠、俺からも聞きたいことがあるんだけど」
「……わたしに?」
「うん。今回の件で、俺も知らなかったことが判明したからさ。ちょっと気になって」
「答えられる範囲なら」
「悠と惺のお父さんってさ、どんな仕事やってた人なの?」
 ふたりの父親。名前はたしか、真城蒼一といったはずだ。俺は直接会ったことないけど、写真で見たことがある。
「うちの両親とも仲よしだったんでしょ? でも蒼一さんが亡くなってからは、あまり話題に出さないようにしてるみたいで」
 もちろん、悠がうちにいるという事情もある。それから悠と惺の確執は、蒼一さんの死と関わっている、と姉さんから聞いた。
 惺とセイラを結びつけた真城蒼一という存在は、どういう人物なんだろう。
 本当は触れないほうがいいんだと思う。けど、この際だ。思い切って聞いてしまおう。
「実は、わたしも詳しくは知らないの」
「え?」
「お父さんの仕事」
「知らないって……?」
「少なくとも、一般的なサラリーマンじゃなかったのはたしか。ずっと家にいる時期があるかと思えば、半年くらい家を留守にして、海外に行ってたこともあった。それ以上のことは……詳しい業種は知らないの」
「…………」
「あはは……やっぱり変だよね。お父さんの職業知らないのって」
「変というか……悠は気にならなかったの?」
「うん。なぜかね。お父さんが生きていたときは、まったく気にしなかった。でも亡くなったあとは、たまに思うよ。お父さんってなんの仕事してたんだろうって」
「……そっか」
「凜くんがうちのお父さんのこと聞いてくるなんてはじめてじゃない?」
「そうかな……そうかも」
「……ごめんね。やっぱり気を遣わせてたよね。 ……あ、凜くんだけじゃない。この家のみんなに対しても」
「いや、大丈夫。俺もみんなも、そんなこと気にしたことないよ。だから悠が謝る必要はない」
「……ありがとう」
 消え入りそうな声だった。
「そうだ、もうひとつ質問いい?」
「うん?」
「惺が海外にいたのは知ってたけどさ、なんのため?」
「…………それは」
「……あら、まずいこと聞いちゃった?」
「違うの……そうじゃなくて。…………でも、それはわたしからは答えられない。ごめんなさい」
「いや、いいよ。俺も不躾だった。ごめん」
「……あ、凜くん、わたし戻るね」
「そうか。わかった」
 挨拶を交したあと、悠が俺の部屋から去っていった。
 部屋を出ていくときの悠は、いつもより寂しげな背中をしていた。


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