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いま、その翼を広げて


Alive02-12

「いやだぁっ~~っ! 今日こそは案内イベントに参加するぅ~!?」
「喚くなみっともない。さっさと行くぞ」
 今日の授業はすべて終わり、放課後が始まる。そして同時に、光太の受難も始まったばかりだ。いざ、散策へ出発しようとした矢先、織田先生が犯人を逮捕する直前の刑事のような、鋭い表情でやってきた。
 織田先生の手が、光太の腕をつかんで放さない。そして光太のもう片方の腕は、ドアの枠をつかんで放そうとしない。まさに駄々をこねる子どもと、それをたしなめる大人そのもの。
「織田先生ぇ~っ! どうか、どうかお慈悲をぉ!?」
「昨日の今日で叱ったこと忘れるやつに、お慈悲なんかない」
「うわぁ~~んっ! もう無駄に広い生徒指導室で、ひとりでお説教されるのやだぁ~~っ!」
「それはちょうどよかったな。さっきおまえんちに電話して、おばあさんに事情を説明したら、こちらに来るそうだ」
「な――なんですとっ!?」
「大好きなおばあさんが来るんだ。だからひとりじゃない」
 満面の笑みで、こめかみに青筋を浮かべる織田先生の迫力はすさまじい。整った顔だから、なおさらおっかない。
「よくない!? よくないよぉ! 死亡フラグだぁ!?」
「そういえば、おばあさんから伝言だ。『千回ひっぱたくから覚悟しぃ!』だそうだ。相変わらずパワフルなばあさんだな」
 光太の顔から血の気が引き、静かになった。
「さ、行くぞ」
 ドア枠から手を放した光太は、そのままずるずると引きずられていく。体がふらふらとしている。足に力が入らないようだ。そして、この世の終わりのような壮絶な顔をしていた。
 ……さよなら、光太。
 俺と真奈海、そして惺とセイラは、無言で彼を見送る。
「うわー……あたし、この歳になって、マジ泣きして先生に許し請う同級生見るとは思わなかったなー」
 同感だ。みっともないったらありゃしない。ほかのクラスメイトも白い目で見ていた。
「光太はなんでいつも寝不足なんだ? ……もしや、なにか深刻なことで悩んでいるとか?」
「いや、あいつそんな繊細じゃないよ。くだらない理由だから気にしないで」
「そうか……? それから気になったのだが、おばあさんとはどういうことだ? こういう場合、ふつうは両親が出てくるものと思っていたが」
「ああ、セイラは知らないんだっけ。光太、もう両親を亡くしてるんだよ」
「む。そうなのか」
「小学生のときに事故で。それからおばあさんに引き取られて、ずっと育てられたんだって」
「だから川嶋のやつ、おばあさんには頭が上がらないんだよねー」
「おばあちゃんっ子ってやつか」
「そうそう。俺と真奈海は光太の家に遊びに行ったときに、何度か会ったことあるけど、たしかに織田先生の言うとおりパワフルなばあさんだったな」
「すごくエネルギッシュだよねー……けどさ、川嶋があの人と同じ血を引いてるとは思えないなぁ」
「たしかに。軟弱で小心者だからねえ、あいつ……さて、そろそろ行こうか。真奈海って、今日何時まで参加できるんだっけ?」
「えーと、夕方六時からのシフトだから……二時間ちょっとかな」
 現在の時刻は午後三時半過ぎ。
「了解。ま、それだけ時間があれば最後までいられると思うよ」
「ほーい」
 と、そのとき、誰かの携帯が鳴った。
「あたしだ……自宅? ちょっとごめんねー」
 真奈海が少し離れたところに移動する。
「凜、真奈海はなんのバイトをしているんだ?」
 セイラが聞いてくる。
「スーパーとコンビニを掛け持ちしてるよ。月火水がスーパーで、金土日がコンビニ。木曜日はいつもどちらもお休みなんだけど、今日はスーパーのほう、代打で入ってくれってさ」
「ほう」
「あ、真奈海がコンビニで働いているとき、遊びに行ってやろうか?店長がいないときならサービスしてくれるんだ。廃棄になったおにぎりとかくれるの」
 スーパーのほうは厳しいらしくて、そういうのは無理だそうだ。
「ふふ……まあ、邪魔にならないのなら――」
「ちょ、ちっと、大丈夫なん!?」
 しばらく通話していた真奈海が、急に方言を使って声を荒らげた。 俺たちが視線を向けると、申しわけなさそうな顔をする。
 それからしばらく、落ち着かない様子で会話をしたあと、真奈海は携帯をポケットにしまった。
「どうした?」
「ごめん。あたし、今日参加できない」
 真奈海とは思えないほど、表情が暗く沈んでいる。
「父さんからの電話で……急にお母さんの調子がおかしくなって、救急車呼んだって……だから、ごめん」
 ぺこり、と頭を下げる真奈海。
「気にするな、真奈海。病院の場所は聞いたのだろう? 早く行ってやるといい」
「うん。落ち着いたら連絡するから」
「豊崎、職員室に行って事情を話して、先生にタクシーを呼んでもらったほうが早いと思う」
「あ、うん。ありがと、真城っち。――それじゃあね!」
 大急ぎで帰りの身支度を済ませた真奈海は、超特急で帰っていった。最後に、ちょっとだけ無理をした笑顔を添えながら。
「凜、真奈海の母親はどこが悪いのか聞いてるか?」
「たしか……心臓になんらかの疾患があるみたいだよ。後天性だったっけ。去年、末っ子が生まれたんだけど、出産直後に具合が悪くなって、それで検査したら見つかったんだって」
 母親が入退院を繰り返すようになったのもそのあたりの時期だったはずだ。
「心臓か。厄介だな」
「医療費がけっこうかかるんだってさ。保険が利いても、毎月の薬代だけでもすごいことになってるって」
「以前にちらっとそのあたりの事情を聞いたが、真奈海がバイトを掛け持ちしているのはそのためか」
「うん。大家族だからね」
 真奈海の弟妹はみんな食べ盛りの年頃だ。とても父親ひとりの収入だけではまかなえない。以前は母親も働いていてなんとかなってたみたいだけど、いまはそんな余裕はないだろう。
「凜は真奈海のことをよく知っているな」
「まあ、昔から知ってるし。幼なじみ……腐れ縁ってやつ」
「そうだったか」
「さて……そろそろ行くかい?」
「ああ。真奈海のぶんまで楽しむとしよう」


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