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いま、その翼を広げて


Alive03-10

 自分の教室に戻った頃には、西日が窓から差し込んでいた。
 教室にいるのは数人のクラスメイトたち。いくつかのグループに分かれて、他愛もない会話に花を咲かせている。そんな中、ひとり窓際に寄りかかって立ち、腕を組んでいるやつがいる。
 惺だった。目をつむっていて、まるで瞑想しているように微動だにしない。が、俺が教室へ足を踏み入れ近づくと、ゆっくりとまぶたを開いた。
「奈々ちゃんになにがあった?」
「……いきなりだな」
「ここへ戻ってくる途中、エントランスホールで奈々ちゃんを見かけた。目を赤く腫らして、尋常じゃない様子だったぞ」
「……そう。惺にはちゃんと説明するよ。それよりまず、小日向さんはどうなった?」
「彼女のほうは問題ない。凜が最後にいちばん聞きたいことを残してくれたからな。いろいろと話を聞けたよ……詳しくはいずれ。それで、奈々ちゃんのことだ。バンドでなにかあったのか?」
「さすが察しがいいな。帰りながら話そう」
 帰りの支度をして、ふたりで教室を出る。
 そこから、俺の長い話がはじまった。
 バンドでの出来事、奈々や綾瀬さんの様子――それから、綾瀬さんの家庭環境に話が及ぶ頃には、もう俺たちはバスに揺られていた。中途半端な時間だからか、それなりに空いている。俺たちはいちばん後ろの席に座っていた。
「――思ってたよりも深刻だな」
「ああ、そうね」
「それで凜は、具体的にはどう行動するんだ?」
「まずは、奈々と話してからだな。あいつがどうしたいのか聞いてみないと……あー、悠にも説明したほうがいいな」
 こういうとき、星峰の家の中でもっとも頼りになるのが悠だ。奈々の様子がおかしいことに、悠は間違いなく気づくはず。そもそも、こういう機微に恐ろしく敏感な彼女に隠し通せるわけがない。
「セイラにはどうする?」
「セイラ? ……そっか、セイラ……えーと、どうしよう」
 セイラのことだから、小日向さんのことも含めていろいろと聞きたがってくるのは明白だ。そして間違いなく、自ら率先して悩んでいたり困っている子たちの力になろうとする。それなら、最初から全部事情を話した上で行動してもらったほうが手間が省けるかもしれない。セイラも頼りになるのは疑問の余地がないから。
「――ああ、凜の推察は正しいな」
「いや、まだなにも言ってないんですけどっ」
「細かいことは気にしない方向で。セイラには俺から話しておく」
「こいつ……ま、いいか。よろしく」
「どうせ今日の夜あたりに電話かかってくるだろうし」
 はぁ、と小さくため息を吐く。惺も苦労しているようだ。
「なあ惺……その、俺の行動って正しかったかな」
「綾瀬さんに対する? そうだな……ベストとまではいかなくても、いい方向のベターだったとは思うぞ。ちゃんと踏み込むところと踏み込まないところをわきまえている」
「そっか。なぜかわからないけど、惺にそう言われると安心する」
「そうか? それよりも、俺は凜の行動としては意外に感じたな。正直に言うと嬉しかった」
「…………え?」
「自覚があるだろうけど、凜はいつも、他人と一定以上の距離を保っている。和気あいあいとやっている中でも、遠くもなく、近くもないところにいるような……まあ、俺も人のことはあまり言えないけど……だから、そんな凜にしては思い切った行動だと感じたよ。妹の親友とはいえ、まだ交流が始まってから一週間ちょっとしか経ってない子を、進んで助けようとしてるわけだから」
「俺って、そういうふうに見られていたのね……」
 いまのいままで、自分が他人からどう思われているなんて、真剣に考えたことがあっただろうか?
 俺を見る人によっては、淡泊だとか冷たいとか印象を与えるかもしれない。
「他人に対する行動が、自分を映す鏡……か」
「凜らしい、文学的な表現だな。そう……綾瀬さんも、そういう視点を持てれば、なにか変わるかもしれない」
「そういや、真奈海が言ってたっけ。綾瀬さんは周囲に対する視野が狭いって……あ、悪い。この話、惺は知らないか」
 今日の昼休み、惺と小日向さんがふたりで話しているときのこと。セイラが言い出した思考実験で真奈海が綾瀬さんを評した言葉だ。離れていたから、惺に聞こえるはずはない。
「……いや、聞いてる。思考実験のことだろ」
「なんだ、知ってたのか」
 答えがくるまでに少し間があったのが気になったけど、まあそれはいい。
「奈々、どうしてるかな」
 惺が奈々を見かけた時間から計算すると、もう家に着いているはず。母さんと父さんは仕事で店にいるだろうし、悠は生徒会の仕事でまだ学園にいるはず。だから、奈々はいま、家にひとり。
 ……心配だ。
「――奈々ちゃんは優しい。優しいから傷つきやすくて、脆い。俺がはじめて奈々ちゃんを知ったときからそうだった。ひとりで悩みを抱え込んでしまうのも」
 唐突に語り出す惺。俺が知らない時代の奈々のことを、惺は知っている。
「そうだな。ここは、兄貴としての踏ん張りどころか」
「そういえば、凜もひとりで抱え込もうとするところがあるな」
「……言いたいことはわかるよ。そのあたりは似たもの同士だな」
「凜――」
「ん?」
「……いや、ごめん。なんでもない」
 俺に対して言おうとした言葉が、少しだけ気になった。


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