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いま、その翼を広げて


Alive03-5

 場所を移動して、学食があるE校舎の屋上。E校舎は、B校舎とC校舎のあいだに建っている。ここもD校舎と同じく、あとになって増設された校舎だ。
 この屋上はイギリス式庭園の様式をテーマにしている。自然の情緒や景観美をなによりも意識した趣だ。
 俺たちはいま、西洋の東屋――ガゼボと呼ばれる建物の中にいた。数本の柱と屋根、腰の高さほどの壁という、シンプルな構造。みんな、壁に沿って備え付けられている木製のベンチに腰かけていた。
 綾瀬さんと奈々が、自分たちのバンド「The World End」が現状で抱えている問題を話している。話しているのは主に奈々で、綾瀬さんはところどころ補足したりしているに過ぎない。話の内容は、先週俺が見学していたときに感じ、惺が「一体感がない」と評したそれにやっぱり通じるところがあった。
「――先輩たちは、仲がいいんですね」
 ひととおり話したあと、綾瀬さんがぽつりと言った。
「美緒たちは、別に不仲というわけではないだろう?」
「……セイラ先輩」
 綾瀬さんがセイラを見据える。
「先輩はたしか、転校してきたばかりですよね」
「ああ、そうだ。わたしが転校してきたのは、ちょうどきみたちのバンドを見学した日だな」
「……一週間」
「そうだな。今日でちょうど一週間だ」
「どうして、そこまで早く打ち解けることができたの……いえ、できたんですか?」
「無理に敬語を使う必要はないぞ。話しやすいようにするといい。……そうだな、真奈海」
「ほえ?」
 急に話の切っ先を向けられると思ってなかったのか、真奈海はきょとんとする。
「真奈海は、わたしが周囲と打ち解けるために、なにか特別なことをしているように感じるか?」
「うーん……そうねぇ……」
 少しのあいだ空中を見つめて考えたあと、真奈海は再び口を開く。
「まあ、第一印象は強烈だったけど、それ以外はわりとふつうかな。意外に話しやすいし。打ち解けるために特別なことをしているとか、そういうのはないと思う。セイラは自然体だと思うよー」
「凜はどう思う?」
「真奈海の言っていることにおおむね同意かな。強いて言えば、わざわざ周囲に好かれようとする行動もなければ、嫌われるような行動もない」
 真奈海の自然体、という表現は正鵠を射ていると思う。
「もっとも、突飛で奇っ怪な行動や言動は多いけどな。いい意味でも悪い意味でも」
 と、これは惺。
「褒め言葉として受け取っておこう。光太は?」
「はい! 外国人なのに日本人以上に日本語がりゅーちょーで、誰とでも気兼ねなくびょーどーに話すことができる。セイラさんはそんな素晴らしい女性です!」
 あらかじめ用意していたように、光太がよどみなく答える。……声がうるさかったのか、綾瀬さんに睨まれてすぐに萎縮したけど。
「みんなありがとう。――さて、美緒。きみの問いの答えになったか?」
 憮然とした表情で、綾瀬さんは俺たちを見る。その瞳にはかすかな羨望の色が混じっているように見えた。
「自然体ね……わたしが自然体であろうとしていたら、こうなった。わたしがなにか言うたびに、バンドの……奈々以外の子たちの視線が痛々しくなってくる」
「美緒ちゃん……」
「ちょっと違った。わたしは自然体であろうとしていたわけじゃない。ただ、わたしの中には、ここにいるわたししかいなくて……ほかに取り繕いようがなかっただけ。昔からそうだった。母親にも言われたことがある。あんた、そんなずけずけ言いたいこと言ってるとそのうち友達なくすよ、って」
 バンドメンバーたちとの軋轢。それはこんな性格の自分が、自身で招いた事態なんじゃないかと、先ほど事情を説明する綾瀬さんの雰囲気から感じ取ることができた。
「自分に正直、というわけだな」
「セイラ先輩は、自分に正直に生きてもわたしのようにはならない」
「それはどうかな。わたしだって度が過ぎるということはある。実際、惺に何度もたしなめられた」
「それは信頼関係があるからでしょ?」
「それはそうだろうが、では、きみたち『The World End』には信頼関係はないと?」
「さあ。もう、あるのかないのかわかんない」
 自嘲めいた笑みを綾瀬さんは浮かべた。
「……美緒ちゃん、あのね……わたしたちのバンド、全員がいけなかったんだと思うの」
「全員?」
「うん。わたしも美緒ちゃんも……ほかのみんなも」
「どうしてよ。奈々は悪くない。あたしに散々文句言ってきたのは、ほかの三人じゃない!」
 奈々が首を横に振る。
「……わたしね、けっこう前から気づいてたんだよ。その……みんなの美緒ちゃんに対する不満が強くなっていくの。でもわたし、気づいていたのになにもしなかった」 
「なにもしなかったのがいけなかったの?」
「うん。だってわたしもバンドメンバーのひとりだよ。本当ならもっと考えて行動するべきだったんだと思うの。……たとえば、みんなの不満……意見をしっかり聞いて、美緒ちゃんに伝えたり、逆に美緒ちゃんが伝えきれないことを察して、わたしからみんなに話したり。そうしていれば、もっとうまくいったんじゃないのかな」
「そんなの、あんたが完全な貧乏くじじゃない!」
「違うよ! だって美緒ちゃんのことも、みんなのことも好きだもん! だから貧乏くじだなんて言わないでっ!」
 奈々の頬を涙が流れた。それを正面から見た綾瀬さんは、動揺するように顔を背けた。
「ねえ……わたし、美緒ちゃんに信頼されてない?」
「え……あ、いや……そういうわけじゃなくて」
「わたしは美緒ちゃんのこと信頼してるし、大好きだよ? ほかのみんなのことももちろん」
 奈々のまっすぐで飾り気のない真剣な眼差しを受けて、綾瀬さんは戸惑ったように顔を逸らした。
「あんた、よくそんな恥ずかしい台詞、面と向かって言えるわね」
「だって、本当のことだもん」
「正直な上に素直……か。わたし、奈々のことが羨ましいよ」
「ねえ美緒ちゃん、最初に曲を聴かせてくれたときのこと、覚えてる?」
「え?」
「美緒ちゃんが作詞作曲したオリジナルの曲。みんなの前で、ギター弾きながら聴かせてくれた」
「……それがなに?」
「あのときのみんな――わたしもそうだけど、すっごく感動した。しばらく興奮が抑えられなかったんだよ? みんなもそうだったって、あとになって聞いた」
「…………」
「美緒ちゃんも、嬉しそうだった」
「……気のせい」
「ううん。だって、歌ってるときの美緒ちゃんの瞳、輝いていたもの」
「だから――それがなに?」
「美緒ちゃんはあきらめたりしないよね……? いまはボタンの掛け違いみたいになってるけど、また前みたいに仲よしに戻れるよね……?」
「そんなのは……わからない。あの子たち、もうわたしの話聞いてくれないんじゃないの」
「美緒ちゃん!」
 奈々にしてはめずらしく、声を大きく張る。俺たち二年生組は、ただ黙って後輩たちの会話に耳を傾けていた。
「美緒ちゃんが書いた歌詞に出てくる女の子は、失恋しても立ち直って、前向きであろうとしてた!」
「あ、あれはっ――その、想像で」
「じゃあその想像、少しでも現実に近づけよう?」
 口もとを真一文字に結び、瞳に強い力を宿したまま綾瀬さんは沈黙する。奈々はそんな綾瀬さんを、真正面から見つめていた。
「――ふふ」
 場違いな笑いを漏らしたのは俺だった。
「なに、お兄さん?」
 俺に向けられた綾瀬さんの声は乾いている。視線の温度も心なしか冷たい。
「ごめん。綾瀬さんはさ、もしかしてひとりで立ち向かおうとしてた?」
「立ち……向かう?」
「そう。メンバーとのすれ違いを、自分ひとりだけで解決しようとしているんじゃないかって感じてさ」
「それは……だって、わたしが」
「問題の大きな要因が綾瀬さんにあるのは認めるよ。自分でもそう感じてるんでしょ?……でもさ、きみの隣には、ある意味最強の味方がいるんだぞ」
「味方……?」
「あ、もちろん遠坂さんとか木崎さんとか佐久間さんが敵っていうわけじゃなくてさ。少なくとも奈々は綾瀬さんの理解者なんだから、なんで素直に頼ろうとしないのかなって不思議に感じる」 
「だって奈々は――」
「うん。たしかに奈々はおっちょこちょいで不器用で泣き虫なところもあるけど――」
 むぅ、と抗議の視線を奈々から送られてきたように感じたけど、とりあえずスルー。
「――俺の妹をなめてもらっちゃ困るね」
 奈々の視線が、抗議から驚きへ変化する。
「お兄ちゃん……?」
「……兄馬鹿」
「そうかもしれないね。けど、奈々の思いやりと優しさには、俺も何度も助けられているよ」
「俺からもひとついいかな」
 惺が言葉を続ける。
「俺は奈々ちゃんとは幼なじみだ。幼い頃からの奈々ちゃんを知っている身からすれば、凜の意見に同意するよ。奈々ちゃんの素直さと誠実さは得難い。……入学してから二ヶ月近く経つ。もう短い付き合いってわけでもないな。綾瀬さんだって奈々ちゃんという存在の大きさはわかっているはずだ」
 惺に面と向かって人格を賞賛されて、奈々は頬を赤く染めた。ついでに「はわわわわっ」と、絵に描いたように慌てふためいている。
「はーい! あたしからも。奈々は友達思いで気配り上手。わたしもそう思うし、悠もそう言ってたよー!」
 真奈海が加勢する。
「あ、悠はあたしの親友で、奈々とも親しんだ。生徒会の副会長やってるけど――」
「知ってる。真城悠先輩。奈々の話によく出てくるから。それに、いろいろと有名な人だし」
「おー、それじゃ話は早いね」
「……奈々、あんた大人気ね」
 苦笑いしながら綾瀬さんが言う。それを受けて奈々は再度、恥ずかしさを態度に出した。……気のせいか、綾瀬さんの様子も先ほどよりも表情が晴れやかになった感覚を受ける。
「美緒」
「ふぅ……セイラ先輩も奈々のことべた褒め?」
「いや、わたしは奈々とは先週はじめて会ったばかりだからな。さすがに凜たちのようなことを言える立場ではない。しかし、だ。わたしを含め、凜も惺も真奈海も――ここにいる全員がきみたちを応援している、とだけ言っておこう。むろん、ここまで深く事情を知ったんだ。これもなにかの縁。いつだって相談に乗るさ。なあ、みんな?」
 一同がうなずく。
「…………ほんと、おっせかい」
「ふふ。もちろんどうしてもなにか引っかかるなら、わたしたちの意見に同意する必要はない。個人の意見を尊重するべきだからな。しかし、ここまで話してみて、美緒は馬鹿じゃないのもわかる。いま、目の前にある問題や状況。それを加味した上で考えると、きみがどのような行動を取るべきか、おのずとわかるだろう」
「わたしは……」
 じっと、数秒のあいだ、綾瀬さんは俺たちを順々に見つめた。俺、惺、セイラ、真奈海――そして最後に奈々を見据え、決心したように口を開いた。
「奈々……その……あんたの力を貸して」
「美緒ちゃん……!」
「わたし、どこかで気づいていた。自分ひとりの力ではどうしようもないって。……でもなんか、自分のプライドみたいのが、邪魔してたみたい……あらためて言うのは気恥ずかしいけど、わたしに力を貸してほしい」
 唐突に、奈々が綾瀬さんに抱きついた。
「ちょっ!? 奈々?」
「ふぇ~~ん! 美緒ちゃん……わたし、嬉しいよぉ!」
「……お兄さんの言ってたとおりね。泣き虫」
「むう~」
「でも……その、ありがと。……みんなと、話し合ってみよ?」
「うん!」
 陽光が奈々の嬉しそうな表情を照らした。 
「あのぉ!」
「…………なんだ光太?」
「ここに来てから俺の存在が忘れられている気がする! 扱いがモブキャラみたいだ!」
 憤懣やるかたないといった様子の光太。拳を握りしめて振り上げていた。
「……だからおまえは、最後の最後でくだらないオチをつけるな」


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