BACKTOPNEXT

いま、その翼を広げて


Alive03-6

 翌日の昼休み。
 今日も昨日と同じメンバーで学食へ向かった。……いや、違った。今日、光太はめずらしく不参加。一年のときから仲のよかったオタク仲間から昼食の誘いを受けたらしくて、そちらに参加した。
 昼食後、エントランスホール一階のベンチで食休みしている。この学園でもっとも人が行き交う場所だけに、駅前の待ち合わせ場所のように、かなりの数の生徒たちで賑わっていた。
「あ、今日も散策ないんだ?」
 ぐっと背伸びしながら、真奈海が言う。
 今日も、という言葉が出てきたのにもわけがある。昨日の放課後は、はじめて学園散策が中止になった。
「すまないな。急に用事ができて」
 と言ったセイラは、ホームルームが終わったあと、早々に帰宅していった。
 ちなみに――
「お……俺……今日は参加できるって思ってたのにっ……!?」
 散策中止と聞き、絶望に覆われた光太の表情は、この世の終わりかと思うほど壮絶だった。そのまま幼い子どものように泣く光太を、俺と真奈海は必死に慰めた――はずもなく、放置して帰ったのは言うまでもない。しょせん、モブキャラはモブキャラでしかないわけだ。
 ちなみにちなみに――昨日の夜、光太からの着信が何度もあったけど、どうせくだらない愚痴なのは明白だったから、居留守を決め込んだのも言うまでもない。
「今日も急用が入ってな。すまない」
「や、別にいいよ。どうせあたしはバイトで参加できないし……ねえ、川嶋は知ってたっけ?」
「知らないと思う。学食へ行く直前にセイラの携帯に連絡あっただろ? それが用事の件だよね」
 セイラがうなずく。
「そのとき光太はもういなかったからさ」
「あちゃー。あいつ、ほんと運がないね。モブキャラモブキャラって凜が言ってたけど、こういうことね。あははは」
「そのうち、存在自体忘れそうだな」
「はは……ところでセイラ、用事ってなに? デート?」
 にへへ、とからかうように言った真奈海に対して、セイラは苦笑した。
「デートか……ふむ。惺、わたしがデートを申し込んだら、受けてくれるのか?」
「なんで俺なんだ」
「わたしがデートに誘いたい相手なんて、おまえ以外に存在しない!」
「大声で叫ぶな!」
「……ねえ凜、これってある意味告白だよね……?」
「でもさ、ふたりはもうキスも済ませたし、公衆の門前で抱き合ってたりしてるから、いまさら告白とかいう次元じゃないような」
 ふつうの感覚で言うと、順番が丸ごと逆だと思うのは、俺だけではないはずだ。
「それもそうか……ねえ、この会話、悠と奈々に聞かれたらまずいよね」
「やめてくれ。想像しただけで胃が痛くなる」
「……凜と豊崎。お願いだから、いろいろと蒸し返すのはやめてくれ。俺も胃が痛くなる」
「ごめんねー、真城っち。……えー、セイラの用事はデートではない、と」
「ああ。おもしろくもない仕事、といったところだ」
「へえ……?」
 セイラの声に真剣さがはらんでるのに気づいたのか、真奈海はそれ以上追求しなかった。
「それで、これからどうするんだ。もう教室へ戻るか?」
 と、惺。
「いや。昼休みはまだ時間があるな。放課後できない代わりに、軽く散策といこう」
「お、いいねー。どこに行く?」
「まだ行ってない校舎の屋上があったな」
「えーと……セイラはBとE校舎の屋上は行ったことがあるかな」
 B校舎の屋上は転校初日、惺とセイラの密会場所になっていた。E校舎のほうは昨日、そこで奈々と綾瀬さんの相談を受けたばっかりだ。セイラは学園にいるとき、ほとんど俺たちと行動をともにしているから、もうどこに行ったことがあってどこがないのか、だいたいはわかる。
「昨日E校舎の屋上から見えたが、C校舎の屋上はほぼ一面が花畑になっていたな。ずいぶんときれいだった」
「あそこはね、季節によって植えられている花が変わるんだよ。ほかの屋上もそうだけど、園芸部が管理してるの。この時期だと……紫陽花とか百合とかが咲き始める頃かな。そこに行く?」
「うむ。そうしよう。草花を愛でるのも立派な乙女の条件だ……おい惺、なんだその口もとが引きつった不思議な表情は」
「別に。決して笑いをこらえているわけではない」
「そのけんか、買った!」
 そんな軽口を言い合いながら、エントランスホールからC校舎へ入り、校舎の半ばにある階段で屋上へ向かう。C校舎は基本的に三年生の教室があるのみ。だから用がない限りは、めったに訪れることはない。そういえば、俺はこの校舎に立ち入るのははじめてだ。
 屋上に出ると、爽やかな風が花の香りを運んできた。
「ほう……見事なものだ」
 セイラの第一声も納得の、入場料を取ってもいいんじゃないかと思えるほど整えられた花壇たち。紫陽花や百合のほかに、夏椿や桔梗の姿も見える。花壇と花壇のあいだに走る遊歩道も、しっかりとした石畳で整備されていた。ところどころに設置された木製のベンチは、雰囲気を損なうことがないようにデザインされた洒落たものだ。
「転入する前に資料を見たが、実物はやはり見事、のひと言に尽きるな」
「いやー、この学園ってほんとすごいよね。こんなの公立の学校じゃありえないよ……いまさらだけど」
 様々な色模様の花々に視線を落としながら、遊歩道を歩く。
「そういえば、真奈海はなぜこの学園を選んだんだ?」
「んー? 制服が可愛いから」
「なるほどな。そういう理由もあるのか」
「真奈海、それほんと?」
「あれ、凜には言ってなかったっけ? でも事実だよん」
「よく入学試験受かったな。おまえの成績だときつかったんじゃないか?」
「あー……そりゃあねぇ」
 真奈海が遠い空を仰いで、重い空気をまとって答えた。
「地獄だったよ……中学のとき、もっと勉強しておけばよかったってマジで後悔した。受験シーズンのとき、もう一生分勉強したよ、絶対!」
「そりゃ言い過ぎだろ。日々が勉強と精進なり」
「先生みたいなこと言わないでよ。そういう凜は受験どうだったの?」
「まあ、可もなく不可もなくって感じかな……昔から、そこまで勉強しなくてもテストだけはできるんだよね。ぬははは」
「うわっ! いま凜のこと嫌いになった!」
「ところでさ、光太のやつがこの学園選んだ理由知ってる?」
「興味ない。マジで興味ない」
「そう言うなって。不思議に思わなかったか? あいつの成績で、この学園に入学できたことに」
「……そう言われてみれば」
「はっきり言って、光太は馬鹿だ。それはあいつの絶望的な成績表を見ればわかるとして、そんな光太がこの学園に入学するには、どれほどの努力が必要だと思う? そして、その努力を実行するほどの理由はなんだと思う?」
「おもしろくなってきたな。一種の推理ごっこか」
「セイラはどう思う?」
「ふむ……光太はずっとこの島で暮らしているんだったな。ということは、彼の性格から察するに、同級生なり先輩なり、好きな女の子の進路がこの学園だったから、とか」
「……セイラにしてはまともな解答」
 思わず本音を口に出した惺に、セイラは鋭利な抗議の視線を向けた。
「ふん……で、どうなのだ、凜?」
「まあ、惜しいと言えば惜しいかな」
「んー、あたしは降参だー」
「正解は、真奈海と同じ。女子の制服が可愛いから」
「……………………へ?」
「だから、真奈海と一緒だって」
「え、わかんない……女子の制服ってこと? だってあいつ男子じゃん!」
「この学園に入学して素敵な彼女作って、お互い制服姿で放課後デートするのがあいつの夢らしい。――隣を歩くのは、創樹院学園の制服に身を包んだ清楚で可愛い彼女。それをさりげなく、男らしくリードする俺――とかなんとか、はた迷惑な妄想を何度か聞いたことがある。もっとも、入学してから一年以上経つけど、その夢は叶えられてないけどな。はははっ」
 セイラも豪快に笑った。
「おもしろい……おもしろいぞ川嶋光太……! もともと愉快なやつだとは思っていたが……ここまでとは!」
「だからな、真奈海が死に物狂いで受験勉強しているとき、光太も同じだったわけだ。がんばる理由も含めてね……あれ、真奈海?」
「う、嘘……同じ? あたしと……川嶋が……あんな馬鹿と……!?」
 俺は真奈海の肩に手を置いた。
「事実だ、真奈海。ご愁傷さま」
「いぃ~~~やぁ~~~~っ!?」
 真奈海の慟哭が、近くの花々を揺らした――ような気がした。真奈海はがっくりと膝をつき、震えながら自分を抱きしめていた。
「うん。たまには真奈海をからかうのも悪くないな……ほら真奈海、悪かったって。そろそろ立ち上がって」
 俺の手を取って、真奈海はよろよろと立ち上がる。ぐいっと引っ張られた。
「凜っ! あたし自身は立ち上がったけんど……心は……心はちょこっと立ち上がれでねぇがらっ」
「真奈海さん、秋田弁が出てますが」
「うるせぇ! 凜にあたしの気持ちがわがっぺがや!」
 真奈海は、怒ったり動揺したりするとたまに秋田弁が出る。以前、その驚愕の事実(?)を光太に教えると、「そういうキャラ作り、あざとくて古くさいなー。ボツ」と言った。当然言った直後、真奈海渾身の膝蹴りが光太のおなかに炸裂した。
「真奈海、なぜ秋田弁なんだ?」
 セイラが訊いた。
「あたし、生まれは秋田なんだ。小学校卒業するまではあっちにいたの」
 口調がもとに戻ってる。
「…………ほう……?」
「なに? それがどうかしたん?」
「いや、なんでもない。真奈海もこの島の出身かと思っていただけだ。――っと、惺?」
 惺は俺たちの茶番劇からいつの間にか視線を外して、遠くの一点を見つめていた。
「どうした?」
「いや、見知った顔がいて」
 そう言われて惺の視線を追う。
「んん? ……あれは、小日向さん?」
 屋上の端っこのほうにあるベンチに、小日向さんが腰かけていた。花壇の花々に、小日向さんのみずみずしい色の髪はよく映える。一枚の絵画のようだ。
 そして、小日向さんの隣には、見知らぬ女子生徒がひとり座っている。軽いウェーブのかかったセミロングの黒髪。黒縁の眼鏡の奥に見える瞳は、どこか険しい。どちらかといえば小柄な体だけど、得体の知れない威圧感があった。
「隣にいるのは誰だろう……先輩みたいだけど」
「わたしの記憶がたしかなら、あの女子生徒は三年C組の田村涼子。演劇部の部長だ」
「さすがセイラ。記憶に死角がない……って、部長? 演劇部?」
「ねえねえ、誰? 知り合い?」
 真奈海に、先週の散策のときに知り合った小日向さんのことを説明する。碧乃樹池のほとり。ひとりで演劇に打ち込んでいた小日向さんは、いまでも強く印象に残っている。
「小日向ってまさか、女優の小日向有希子さんの?」
「なんだ、知ってるのか」
「お父さんが大ファンなんだ。あたしたちの同級生に娘さんがいるって聞いたことがあるよ」
 そのとき、田村先輩が立ち上がり、なにか小日向さんに向かって言葉をかけた。さすがにここまでは声は届かない。そのまま田村先輩は、俺たちがいる道とは別の遊歩道をきれいな足運びで歩き、やがて階段室の中へと消えた。
「小日向椿姫はたしか、演劇部を休部しているはずだったな。そんな彼女に、部長がどんな話を――」
 セイラの声が途切れる。
 無理もなかった。
 小日向さんの頬を伝った涙が、陽の光に反射して、哀しげに輝いていたから。


BACKTOPNEXT

総合TOP  /  WORKS TOP

Copyright © 2018 One Night Works/悠城健太朗, All Rights Reserved.