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いま、その翼を広げて


Alive04-1

 トイレで着替えてから廊下で出会ったのは、ぎくしゃくとぎこちないロボットだった。油を差し忘れたかのように、関節部が不自然に動いている。
 嗜虐心をそそられる。
 ロボットのふくらはぎを足で小突いてみた。
「ひゃんっ!?」
「うわー、変な声出すなよ。引いたわー」
「り、凜! ふくらはぎはやめてぇ!」
「うりうり」
「あ~~~っ! 爪先でうりうりしないでぇ! 太ももはだめぇ!」
 それを見ていたクラスの男子生徒たちも加わり、ロボット――光太いじりが始まった。教室へ戻る途中の廊下は賑わっている。四限目が終わり昼休みに突入したからか、どの教室も騒がしくなる。
 俺たちのクラス、四限目は体育だった。男子は校庭でサッカー、女子は体育館でバレーボール。
 教室にたどり着く頃にはみんな飽きて、光太は捨てられていた。
「うぅ、みんなの薄情者! 人がこんなに苦しんでるのに寄ってたかって!」
「なあ、体育祭終わってからもう三日だぞ。なんでまだ筋肉痛治らないの?」
 土日の二日間にわたって体育祭が行われ、月火、つまり昨日と一昨日は振替休日で休み。普段、どんなに運動不足で出不精のやつでも、筋肉痛は治っているはずだ。まだ若いんだから。
「俺の筋肉は繊細なんだよぉ」
「脆弱の間違いじゃないか? いつもよりちょっと激しく運動したからって筋肉痛になりやがって。この万年運動不足」
「うるさい! ばあちゃんと同じこと言うな!」 
「なあ惺、ほとんど毎日ランニングしてるよな。この軟弱者も一緒に鍛えてやってくれない?」
「毎朝五時起きで、十五キロを一時間で走破できるなら」
 遠すぎず近すぎずという、相変わらず絶妙な距離を歩いていた惺は、なんでもないことのように言う。
「む、無理無理!? そんなことしたら死んじゃう! 凜はできるのかよぉ!」
「いやー、さすがにそれは無理だわね。はっはっは」 
「このぉ」
 教室に入ると、さすがに女子たちはまだ戻ってなかった。この前、光太が真奈海に、「なんで女子は着替えにいつも時間かかるの?」と訊いていた。真奈海はわりと真面目な口調で「男子の悪口言ってるから」と答え、信じた光太は戦慄したらしい。
 そして、女子の中でもっとも早く戻ってきたセイラから、真奈海が授業中に倒れ、保健室に運ばれたという話を聞いた。
「な、なんで?」
「倒れたと言うよりは、ふらついてうずくまったという表現が正しいな。朦朧としていたが意識はある。わたしの見立てでは疲労だな」
 当然、体育祭と関連づけて考えてしまう。真奈海は元陸上部で、運動は得意だ。だから二日間にわたっていろんな競技に出て、それなりに結果を残していた。
「どこかの馬鹿でも筋肉痛だけで済んだのに、健康優良児の真奈海が疲労で倒れるか……世の中不公平だ」
「ど、どこかの馬鹿とは誰のことだ!」
 無視。
「昼飯食べたらお見舞いにでも行くか」
 セイラと惺がうなずく。
「……しかし真奈海のやつ、ちょっとお説教しないとな」
「どういうことだ?」
「いや、俺の予想どおりならって話。たぶんだけど、当たってる」
 そして昼食を食べ終わったあと、保健室へ向かった。
 この学園の保健室は広い。ベッドも十近く並んでいる。爽やかなスカイブルーのカーテンが、初夏の風に吹かれて揺れていた。
 窓際のベッドに、真奈海はいた。保健の先生もほかの生徒もいなく、必然的に真奈海ひとり。こんな広い空間にひとりだと、心細くなってしまうんじゃないかと、ふと思う。
「あれ、みんな?」
 思ったよりは血色のよい顔だった。
「よう。お見舞いに来てやったぞ」
「あー、わざわざごめんねー」
 さすがにばつの悪そうな顔をする真奈海。
「気分はどうだ?」
 セイラが訊く。
「倒れたときに比べたら全然ましだよ。セイラ、ここまで運んでくれてありがと」
「気にするな」
「ねえ凜と真城っち、聞いてよ。セイラってすごいんだよ。あたしが倒れたとき、冷静沈着に対応して、おんぶしてここまで運んでくれたの。あんまり覚えてないんだけど、ほかのみんなはけっこう慌ててたみたい」
 クラスメイトが授業中に倒れたら誰でも慌てる。むしろ、セイラの慌てる姿のほうが想像できない。
「セイラの背中、かっこよかったなー。あたしが男子だったら、絶対惚れてる」
「いや、女子に背負われる男子って……」
 なぜかセイラに背負われている惺を想像してしまう。同じことを考えていたのか、真奈海とふたりで惺を見つめた。
「……なんだ?」
 惺が目を細めた。
「い、いや、なんでもないから」
 と言いつつ笑いをこらえる俺。真奈海はこらえきれず吹き出していた。
「惺、いっそのことわたしに背負われてみないか? おまえのかたくなな態度も、わたしの体温に触れれば溶けるかもしれない」
「そんな奇っ怪な行動で気持ちが変わってたまるか」
 セイラが不満そうな感情を顔に浮かべる。彼女がなにか言い出す前に、惺が切っ先を制した。
「――ところで豊崎、五限目からはどうするんだ?」
「んーとね、大事はないだろうけど、今日はこのまま早退したほうがいいって言われた」
「そのほうがいい。それで、凜が豊崎に大事な話があるそうだけど」
「え、なに、愛の告白? あ、あたしも前から凜のこと――」
「真面目な話だ。茶化さず聞くように!」
「ふんだ。先生みたい」
「だから茶化すな。真奈海さ、体育祭のときはバイト休んでたよな。昨日と一昨日はどうした?」
 あちゃー、という顔。誤魔化そうとしたみたいだけど、うまい言いわけが思い浮かばなかったらしく、すぐにあきらめた――というような素振りが順々に伝わってきた。真奈海のこういう考えていることが顔に出やすいところは長所だ。
「……出たよ。土日休んだ代わりに、スーパーのバイト」
「やっぱり。まさかとは思うけど、二日間とも朝から晩まで出ずっぱりってことはないよね?」
「げっ」
「……もしもだぞ。午前中はスーパーで午後はコンビニとかだったら切れるから」
「ぎくっ」
「『ぎくっ』なんて声に出すやつがあるか! 図星か? 図星なのか!? ああもう、考えてたいちばん悪いパターンだこりゃ」
「だ、だってさ……その、昨今はどこも人手不足でありまして、孫の手も借りたいほどだと常々――」
「うるさい!」
 孫の手ってなんだ。背中でもかゆいのか。しかしいまの俺には、そんなつまらない突っ込みをしている余裕などない。
 連日のバイトからの、二日続けての体育祭。その翌日から昨日までの二日間も、ほぼフルタイムで働いていた。体力が持つはずがないんだ。真奈海がいくら元運動部とはいえ、限度ってものがある。
「前に電話で話したよな。自分の体を大事にしなさいって。もう忘れちゃったの? 三歩歩くと忘れちゃう鶏なの?」
「失礼な! 覚えてるよ!」
「だったらなんで授業中に倒れるなんてことになるんだよ」
「そ、それは――」
「家のこともあるから、すぐにバイトを減らせ、なんて俺からは言えない。けどな、こんなになるまで働いて、家族がどう思うか考えたか? 今日家に帰って、なんて説明するんだ」
「――――」
 口もとを真一文字に結び、揺れる瞳で見つめてくる。真奈海は成績はアレだけど、決してただの馬鹿ではないのは知っている。
「はい。俺のお説教はここまで。あとは自分で考えて、自分で行動するように」
「え……ちょっと……終わり?」
「なんだ? もっとがみがみねちねちくどくど言ったほうがいい? なんだったら惺とセイラにも協力してもらって、泣かせにかかるけど」
「そ、そういうわけじゃなくて……その、ごめん」
「俺に謝る必要はない。とりあえず、わかればよろしい」
 と、惺の意味ありげな視線に気づく。
「なんだ、惺? 俺、なんかおかしなこと言った?」
「いや。凜の言ってることは正しいよ。ただ、凜が率先して説教するのを見るのは新鮮で」
「あ、あのね! あたしもそう思った!」
「……なんで嬉しそうなの?」
「だって凜、いつもどこか他人行儀なところあるんだもん。幼なじみのあたしに対してもだよ? けどさっきの凜はなんか違った。ちゃんとあたしのこと考えてくれてるんだー、と思って嬉しかったよ!」
「そ、そう……?」
 前にも似たようなこと言われた気がする。あれはたしか、奈々のバンド「The World End」が大げんかしたときに惺に言われたんだったか。俺はどうも、自覚している以上に他人と距離を取っているように見えるらしい。
 ……これでも少しはまともになったってことか。
 なんかまた惺に見つめられてるけど、気にしないようにした。
「――よし、決めた!」
 拳を突き上げて、急に叫び出す真奈海。
「な、なにが?」
「あのね、今度織田っちに、進路とかバイトのこととか相談しようと思うんだ。このあいだ凜にアドバイスしてもらったでしょ。……ほら、今日こんなことになっちゃったから、さすがに」
「それはいいと思うけど……なんだ、まだ相談してなかったのね」
「だ、だっていろいろ忙しかったし。それにほら、体育祭も終わったしね。これを機会に。……うん。もう忙しいのを言いわけにしない!」
「それはいいことだ」
「真奈海、相談とはなんのことだ?」
 セイラが訊くと、真奈海は簡潔に答えた。
「なるほど、そういうことか」
「そういえばさ、セイラってなんのバイトしてるの?」
「わたしがバイト?」
「あれ、違った? なんかたまに急用だ、って言ってすぐ帰っちゃうことあるじゃん。……はっ! まさかバイトじゃなかったらデート! ――はないか。うん、ごめん」
 最後のほうは惺を見て言った。
「バイトとは少し違うが……まあ、仕事には変わりないか。たまに呼び出されることはある。最近はいろいろあって回数が増えているが」
「なんの仕事?」
 それは俺も気になっていた。
 しかしセイラは静かに笑いながら首を横に振り、人差し指を立てて口もとへ持ってきた。
「秘密だ。怒りっぽい上司と下品な同僚がいる職場、ということだけは教えておこう」
「そ、そうなんだ」
 余計に気になるけど、セイラはそれ以上語らないのは明白だった。真奈海もそれを敏感に感じとったみたいだ。
「会話の流れから察すると、わたしにアドバイスを求めていたか?」
「まあねー。でもまあ、話せないことがあるならしょうがないよ」
「すまないな。まあ、それでもあえて言わせてもらえば、自分のやりたいこととやるべきことを分けて、優先順位をつけてみるといい」
「……むむ……」
「豊崎、俺からも言わせてもらう。大切なのは自分の気持ちだ。家族のことが大事なのはわかるけど、まだ学生なんだ。必要以上に大人の事情を考えることも、振りまわされることもないと思う」
「な、なるほど……むむ……」
「ま、真奈海、頭使う作業苦手だろ? 昼食も取ってない上に疲労で倒れたんだから、いまあーだこーだ考えるのはやめておけって。頭から煙が出るぞ」
「失礼な! ……と言いたいところだけど、そうしておく。……えっと、みんな、ありがとね」
 はにかんだ笑顔を浮かべる真奈海は、素直に可愛らしいと思った。
 このあいだ電話で、「なんでいろいろうまくいかないんだろ」と嘆いていたのを思い出す。あのときとそう状況は変わってないけど、真奈海の決意や考え方は変わったはずだ。うまくいってほしい――俺にはそう願うことしかできない。


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