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いま、その翼を広げて


Alive05-4

 夏真っ盛りの午後。窓から差し込む強い陽射しが、容赦なく照りつけている。それでも教室の中が涼しいのは、たとえ空き教室でもエアコンを使ってもいいと言われたからだ。
 人の少ない教室に響きわたるのは、夏らしい爽やかなポップスだった。
 復活した「The World End」は、いままでの停滞を吹き飛ばすかのごとく、どんどん勢いを増している。
 夏休みに入ってから全体の技術力が飛躍的に向上した。バンドに費やせる時間が増えたためだと思う。
 五人の一体感もますます高まり、本番が楽しみだ。
 やがて、疾走感のある演奏が終わった。
「はい、お疲れさん」
 俺が声をかけると、バンドのみんなはいっせいに息を吐いた。
「美緒ちゃん! わたしできたよ!」
 と、奈々が肩で息をしながら表情をほころばせる。
「そうね。よくがんばったと思う」 
 あまり表情には出てないけど、綾瀬さんも喜んでいるようだ。ほかのメンバーも、はじめて最後まで演奏できたことに感無量な感じが伝わってくる。
「お兄さん、どうだった?」
「うん……俺からはとくに言うことはないかな。惺はどう?」
 俺の隣に座っていた惺は、演奏中ずっと目をつむっていて、いまやっとまぶたを上げた。もちろん寝ていたわけじゃないのは知っている。
 みんなが息を飲んだ。
「――いい演奏だったよ。合格だ」
 にこっと笑いながら言う。
 バンドのみんなのあいだに、歓声が沸き起こった。
「よし、じゃあ休憩!」
 
 トイレから戻ると、廊下の自販機の前に惺がいた。
「ほい」
 と言って渡されたのは、冷たいレモンティーだった。
「あ、サンキュ。……お金」
「いや、いい。実は、当たったんだ」
「マジか。すげーな」
 自販機の「当たりが出たらもう一本」に当たってる人、はじめて見た。
 その場で口をつけた。
 ここはD校舎だ。文化系の部室がある校舎。この階の空き教室では基本的に、軽音部が練習に使っている。
 近くにある教室からかすかに音が漏れてくる。別のバンドが練習しているんだろう。下手ではない。でも音に違和感を覚えた。
「……なんかリズムがぶれているような……?」
 すると惺が感心したようにうなずいた。
「よく気づいたな。そのとおりだよ。凜は耳がよくなったな」
「耳が?」
「しばらくみんなの練習に付き合っていただろ? 些細な音の違いを聞き分けられるようになったんだよ」
「へえ……まあ、惺にはかなわないけどな。最後の演奏、本当にいいと思った?」
「ああ。細かいところを気にすればきりがないけど、充分合格点だった」
 惺にそこまで言ってもらえるのなら、「The World End」も誇りに思ってもいい。実際に聴いたことはないけど、惺はヴァイオリンの名手らしい。前に奈々がそう言っていた。
 バンドのマネージャーになって約二ヶ月。みんなのスケジュールを管理したり、夏休みの宿題を見たりするのは、俺ひとりでもなんとかなった。
 けど音楽に関することだけは、どうしても俺だけではまかなえなかった。たまに趣味でCDを聴くのと授業以外、ほとんど音楽に触れてこなかったから。そう思ったから惺に助っ人を頼んだ。悠でもよかったんだけど、彼女は生徒会としてサマフェスの運営に携わっていて、忙しい。
「まあ、暇だから」と言って快く引き受けてくれた惺には、俺だけでなく綾瀬さんたちも深く感謝していた。
 バンドのみんなは惺に、厳しめに評価してほしいと頼んでいた。「人からお金を取れるレベル」が判断基準。
 最初はいろんな意味で厳しかったけど、お盆休みが終わってサマフェスが近づいてきた頃から、みんなの集中力が上がってきたのがわかる。惺のダメ出しも、だんだん少なくなっていった。
 そして今日、めでたく合格点が出された。いや、もし不合格だったらサマフェスで演奏しないのか? そんなことはない。気持ちの問題。
 でも、本当によかった。
 本番まで、あと数日。これだけあれば、詰めの練習時間も充分にある。
 惺と一緒に教室に戻ると、メンバーが楽しそうに話している。話の輪の中にはもちろん綾瀬さんもいて、かつて見た軋轢はもうほとんど感じさせない。それも本当によかった。
 ――惺が急に立ち止まった。
「どうした?」
「……揺れてる?」
「え?」
 と口にした矢先。
 教室どころか校舎全体が、大きな振動に包まれた。
「地震!?」
 誰かが叫ぶ。
 揺れはどんどん大きくなる。床や壁や天上から――あらゆるところからみしみしという異音が響く。すぐに立っていられなくなって、床にひれ伏した。
「みんな、机の下へ!」
 俺がそう叫んだのとほぼ同時に、前にいた惺の姿が、急に消えたように見えた。
 ちらりと見えたのは、窓際の席にいた綾瀬さんをかばうように、惺が身を挺したところ。
 窓ガラスが割れた。まるで銃撃を受けたかのように激しく。奈々たちの悲鳴と、ガラスの破砕音が混じる。
 たぶん一分は揺れていた。
 やがて揺れが収まった頃、机の下から這い出し、恐る恐る立ち上がる。
 教室の中が一変していた。窓ガラスは半分以上が割れていて、机と椅子が大部分がひっくり返っている。
「奈々! 大丈夫?」
 とりあえず近くにいた奈々に駆け寄る。しゃがみ込んで、震えながら泣いていた。 
 奈々の肩に手を置きながら周囲を見わたすと、佐久間さんや木崎さん、遠坂さんも同じように怯えていた。ざっと見た感じ、みんな怪我はなさそうだ。
「先輩!」
 綾瀬さんの声。
 みんなが声のほうへ振り向くと、さらなる衝撃が襲った。
 惺の右肩から鮮血がしたたり落ちていた。ガラスの破片が刺さったらしい。
「大丈夫。命に関わる怪我じゃない……けど、さすがに痛いな。綾瀬さん、怪我は?」
 惺は落ち着いている。
 綾瀬さんの返事はなかった。呆然と、惺の怪我を見つめていた。
「綾瀬さん?」
「わ……わたしの……せいで……」
「なに言ってるんだ。きみのせいじゃない……とにかく、綾瀬さんに怪我がなくてよかったよ」
 爽やかに笑う惺が、どこか痛々しい。
「そ、そんなことより、保健室!」
 練習を再開している場合ではなかった。
 その後のニュースで、地震はマグニチュード6クラスのものだと発表された。星蹟島の沖合十数キロが震源地で、島全域で震度五強を記録。惺のような負傷者は星蹟島だけで数十人は出たけど、不幸中の幸いか死者はいなかった。
 ――けど、数日後に迫っていたサマーフェスティバルは、中止に追い込まれた。


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