BACKTOPNEXT

いま、その翼を広げて


Brave01-1

 乾いた銃声が、耳もとで響いた。
 銃弾は目標であるわたしをかすめもせずに、背後のチタン合金製の壁にめり込んだ。
「くっ――!」
 引き金を引いた警備員の表情に、動揺が見られた。銃口を再びわたしに向けようとする。
 だが、遅い。
 手刀で警備員の銃を叩き落とすのと同時に、反対の手に持っていた星装銃を突きつける。額に銃口を押し付けられた警備員は、絵に描いたような慌て方をした。
「ま、待ってくれぇっ!?」
 無言で引き金を引いた。
 圧縮されたエネルギーの塊が銃口から発射され、警備員の脳天を直撃。びくっと痙攣した彼の体が床に転がる。
 時間があまりない。すかさず駆け出した。
 東京都の西部に位置する、大手製薬会社の研究所。そこに存在する、公にはされてない地下の秘密区画に、わたしは潜入している。
 目的地は、この廊下の先にある「宝物庫」。
 仕事内容は「お宝探し」。宝物庫の中に存在するお宝の奪取――早い話が、世の中の泥棒や強盗とやっていることは一緒だ。
 廊下をしばらく進むと、T字路にぶつかった。
 迷うことなく右折する。
 宝物庫への道順は、すべて頭に入っている。
『しん……う……だと!』
『は……ま……いあり……せん』
 耳につけていたインカムが、音声を拾った。いったん立ち止まり、感度を調整する。
『いったいどこから侵入したんだ!?』
『わかりません。経路は不明です』
『警報装置はどうした!』
『作動していません……防犯システムが外部からのハッキングを受けているようで、外に応援を呼ぼうにもどうにもならない状況です』
 男性ふたりが通信しているのを傍受した。 
 わたしが侵入したことは、さすがにばれているらしい。しかし、それ以上の有益な情報はなさそうだ。聞こえてくる音声を気にしつつ、再び駆け出す。
『くそっ!』
『どうしますか?』
『どうもこうもあるか! 内部通信はこうして生きているんだろ?全警備員と研究員に緊急事態だと知らせろ!』
『了解しました』
『待てよ……あれも出すか』
『あれ……? まさか』
『試験運用にちょうどいい』
『しかし、あれはまだ調整中で』
『そんなこと言っている場合か! 早く準備しろ!』
『は、はい!』
 ……ふむ。「あれ」か。
 なんのことか気になるが、いまは情報が少ない。
 先を進む。しばらく進むと、急に広くなった。大人ふたりがすれ違うのもやっとだった狭い廊下が、この先から幅も高さも三倍近くまで大きくなる。  
『ベータスリーよりアルファワン、応答可能なら応答してください』
 幼い印象を与える女性の声が、インカムから流れてきた。
 彼女はわたしのサポートをしているメンバーのひとりだ。本部のオペレーションルームから、妨害をほとんど受け付けない秘匿回線でこちらと通信している。
「こちら、アルファワン」
『現在ポイントG4にいますね? そこから先の侵入経路が変更になりました。いま更新情報を送ります』
 腰のポシェットからタブレット端末を取り出す。ベータスリーの言うとおり、新たな経路が地下区画の地図に上書きされていた。当初の予定より、やや複雑な経路になった。
「少し遠まわりになるな。時間は大丈夫か?」
『ハッキングの強制終了まで十五分……をいま切りました。あと十四分五十五秒です』
 頭の中で計算する。ここから宝物庫までと、そこから研究所の外へ脱出する時間。もちろん、先ほどのように突発的に警備員と戦闘になる場合も含める。
「……ぎりぎり、だな」
『はい。まあ、あなたなら問題ないでしょう』
 彼女の言葉が終わらないうちに駆け出す。更新された経路は、一瞬で頭に叩き込んだ。
「簡単に言ってくれる」
『では、ご武運を』
 速度を上げ、疾走。衝撃と音を吸収する特殊なブーツを装備しているから、足音はないに等しい。
 それにしても、この施設。
 広くなっても質の高いチタン合金製なのは相変わらず。いまはうちのバックアップチームが無効化してくれているが、防犯システムも最新鋭の代物だ。いったいこの施設にどれほどの金額を費やしたのか。
 曲がり角に指しかかったところで、近くの自動ドアが開く音が聞こえた。続いて聞こえてくる機械の駆動音。人の気配はない。
 銃を構えつつ、陰から様子をうかがう。
 駆動音がこちらに近づいてくる。
 曲がり角から姿を現したのは、大きなバケツをひっくり返したような円筒形の機械。
「オートマチック・クリーナー……?」
 全自動掃除機。単純に掃除ロボとか呼ばれていることが多い。高性能なタイヤと吸気装置が底面に装着されているため、小まわりの利く動きと清掃が可能だ。日本では官公庁や国立公園など、国が管轄する区域ではよく見られる。人件費削減のため、最近では一般企業でも導入が進められているという話を聞いたことがある。
 掃除ロボの動きが止まった。前面にある、人の双眸のように見えるのはおそらく高感度センサーだろう。それがわたしを発見したらしい。
 まるで機械に、舐めるように見つめられている感覚。
「人を検知しました……認識番号を確認……認識番号不明。IDカード検知できず」
 合成された電子音声が告げる。
 いやな予感がした。
「警告! 警告! この人物は銃器を所持しています! 侵入者と認定。緊急警戒ランクA相当と判断。警報装置を作動させます……エラー発生。警報装置作動できず……外部との通信も断絶」
「……よくしゃべる機械だな」
「緊急警戒ランクを最上級のSへ変更――独自アルゴリズムに基づき、侵入者を排除します」
 掃除ロボの頭がぱかっと開き、角のようなものが生える。同時に胴体の左右から腕のようなものがにょきっと伸びる。シュールな光景だ。
 もちろん、それらは角でも腕でもなく、黒光りする短機関銃だ。
 そして、掃除ロボはわたしを目標に定めて、なんの躊躇もなく乱射してきた。
 射線から外れるために高く跳躍。頭上をまわり込むようにして、掃除ロボの背後に着地する。
 こいつと遊んでいる時間はない。相手は機械だから容赦もいらない。振り向きざまに星装銃を構え、引き金を引いた。
 全身が金属で出来ている掃除ロボは、エネルギー弾を受けてオーバーフローを引き起こしたのか、煙を吐き出して沈黙。
 ……やれやれ。
「こちらアルファワン。ベータスリー、いまの見てたな?」
『はい』
 わたしのジャケットには小型カメラが仕込まれていて、オペレーションルームではそこからの映像を、リアルタイムで随時チェックしている。
 通信しながら宝物庫へ向かって走る。
「日本の掃除ロボはみんな、九ミリ口径の短機関銃なんて物騒なものを備えてるのか?」
 ここがどこかの国の諜報機関だとすればまだ理解できる。しかしこの施設は、名目上では一般企業の研究所。さらに言うなら、世界でもっともドンパチがやりづらいと評判の日本国内だ。
 事前の情報では、このような掃除ロボの存在は報告されてなかった。
『ドイツのフォアゲルン社製、オートマチック・クリーナー……製造番号を照会……なるほど、七日前に清掃業務用としてそちらに輸入されたうちの一機のようですね』
「清掃業務……ね」
 侵入者を排除するほうの「清掃」ということなら、合点がいく。
『おそらく、正規に輸入してから、そちらの地下施設にて秘密裏に改造したのだと思います。だから事前の調査でも報告されなかったのでしょう』
「おいおい、この仕事において情報は命だろ。そんな抜けが許されてたまるか」
『クレームと説教なら、上司の柊さんへ直接お願いします』
「……あんたもいい性格してるな」
『気をつけてください。輸入されたのは、記録上では全部で十四機となっています。あと十三機残ってます。それらが全部改造されたと考えると、脅威ですね』
 脅威ですね、と言うわりには緊迫感が伝わってこない。世間話でもしているかのような軽やかさだ。
「だから、簡単に言ってくれるな……あと、人ごとみたいに」
『ごめんなさい。こういう性格なんです』
「――と、無駄話をしている場合じゃなかった」
『はい。ハッキング終了まで、あと十一分三十二秒です』
 宝物庫はもう目と鼻の先だ。
 掃除ロボと遭遇しませんように、と祈りながら走り出す。
『アルファワン! 前方に機影!』
 ――が、祈りは届かなかったようだ。
 前方から機械の駆動音が近づいてくる。それが複数――わたしの耳が正確なら、おそらく三機分。カーブになっていて、まだ直接目視することはできない。
 やがて視界に掃除ロボたちの姿が現れる。あちらもわたしを見つけたようで、近づいてくるスピードが上がった。
 ――時間が惜しい。
 助走をつけて跳躍。
 飛び越えざまに発砲。
 掃除ロボがわたしをやっと認識した頃には、もう決着がついていた。
 煙と火花を散らしながら、床に転がる掃除ロボは、どこかシュールだった。
「神様に祈るのはやめよう。柄じゃないらしい」 
 掃除ロボの屍を残し、最後の曲がり角を抜けると、最奥部の区画に当たる。いちばん奥に存在する大きな自動ドアが、目的の宝物庫だ。
『アルファワン! 注意してください!』
 ベータスリーの緊迫した声が耳もとで響く。
 後方側面の壁が、まるで自動ドアのように開く。その中から、ぞろぞろとお呼びでない役者たちが登場した。もっとも、あちらからしてみたら、わたしのほうがお呼びでない役者なわけだが。
 しかしわたしの記憶では、こんなところにドアも通路もないはず。
 ……隠し通路か?
 警備員と掃除ロボの群れが、銃器を向けてくる。
『申しわけありません……こちらが把握してない通路が存在したらしくて』
 だから直前まで彼らの存在に気がつかなかった、と。掃除ロボと似たようなパターンだ。日本人はおおむね繊細で抜け目のない仕事をするという認識は、わたしの間違いだったのか?
 ……やれやれ。
『あの……手を貸しましょうか?』
 控えめに聞いてくるベータスリー。事前の情報収集におけるミステイクは彼女本人の落ち度ではないはずだが、さすがに後ろめたさがあるらしい。
「武器を捨て投降しろ!」
 サブマシンガンを構えた警備員のひとりが叫ぶ。
「……いやだと言ったら?」
「貴様に選択の余地はない!」
 警備員の数は八名。全員が体格のいい男性だ。半分がサブマシンガン、もう半分はハンドガンをわたしに向けている。掃除ロボは十機。装備は先ほど倒してきた個体とまったく一緒だ。
 常識的に考えたら、多勢に無勢。ついでに退路は断たれてしまっている。
 選択肢はひとつだけだった。
「ベータスリー、あんたはおとなしく見てろ。この程度なら、ひとりでなんとかなる」
「おい、なにをごちゃごちゃ言ってる! さっさと武器を捨てて――っ!?」 
 彼がまばたきをしたその瞬間、体勢を低くしてから、全身のばねを使って跳躍。空中で翻り、警備員と掃除ロボが跋扈している、ちょうど真ん中あたりに着地――する寸前に星装銃を連射。偉そうに叫んでいたひとりを含む、三人の警備員と二機の掃除ロボを始末した。
「なっ!?」
「くそっ!」
 彼らの銃口が、反射的にわたしをとらえた。
「ま、待て! 同士討ちになるっ!」
 銃口の先には、もちろんわたし。が、さらにその先は仲間、あるいは掃除ロボが存在していた。掃除ロボも射線上に味方と識別している人間がいると、うかつには発砲できない。わたしを囲むようにして展開している彼らは、その人数と装備によって逆に身動きがとれなくなっていた。
 彼らに動揺が広がる。
 わたしは踊るようなステップで動きまわり、同じ位置に一秒といない。そんな中、警備員のひとりと、掃除ロボの二機を始末した。
「くそっ、なんて身体能力だっ!?」
 三人がコンバットナイフを抜き、近距離戦へ持ち込もうとする。三方から攻撃が繰り出される。
 ――遅い。
 最初のナイフを避け、その警備員の腕を鷲づかみにして引っ張る。そして、腕を支点にして、体ごと振りまわした。
「ぬわぁぁっっ!?」
 彼の腕が変な方向へ折れたが、気にしない。
 振りまわした遠心力で、彼の体を仲間の警備員めがけて投げつけた。警備員のひとりと掃除ロボの一機が、その人間爆弾に巻き込まれひっくり返る。
 掃除ロボは自発的に起きられない設計らしい。むなしく底面のローラーがまわっている。警備員のほうは、ふたりとも気を失ったようだ。
 残る警備員はふたり。掃除ロボはあと半分の五機。
 警備員の表情は、すでに驚愕と恐怖に彩られていた。数では圧倒的に有利だったはずなのに、どうしてこんな――そんな思いが伝わってくる。
 残った掃除ロボたちは当然感情はない。無感情に銃口が向けられ、短機関銃を連射してきた。
 床から壁へ、壁から天井へ――その繰り返しで銃弾の嵐を避けた。戦闘フィールドを平面ではなく立体としてとらえる。ある程度の広さがないと不可能な戦術だ。
 ――それにしても、そろそろ戦い方を変えなければいけない。
 掃除ロボが掃射してきたのは、それが可能になったからだ。残った警備員も発砲している。混戦から利を得ようとする段階は終わった。
 半狂乱に近い状態で、警備員たちはサブマシンガンとハンドガンをそれぞれ撃ってくる。
 もっとも、かすりもしないが。
『アルファワン、お待たせしました』
「…………?」
 なにも待ってないぞ、と思った瞬間、掃除ロボの動きが不自然に止まった。
「おい、どうしたっ!?」
「なぜ撃たん! 弾切れかっ!?」
 掃除ロボの銃口が、警備員のふたりに向いた。
「なっ――!?」
「IDカードと識別番号を確認……侵入者と認定しました」
「警告! 警告!」
「武器を捨て、投降してください」
「こんなことをして、お母さんが悲しんでます」
「おとなしく自首してください」
 掃除ロボたちが淡々と告げる。……だが、最後のほうの台詞はなんだ?
「ば、馬鹿なっ!? どうなっているっ!」
 警備員たちは銃口を向けられ、うかつに動けない。
 一見すると不可思議な展開。しかし、どうしてこうなったのかは考えるまでもなかった。
「ベータスリー……おとなしく見てろって言っただろう」
『時間短縮のためです。それに掃除ロボをハッキングしたのは、わたしではなくベータツー。センスはともかく、彼らしい遊び心が加わってますね』
「……はぁ」
『さ、早く片付けてください。残り時間は八分を切ってますよ』
「……了解」
 星装銃を構える。
 警備員のふたりが、憤怒の表情でこちらを見る。
「貴様ぁっ!?」
「おのれっ!」
「悪いが、もう遊びの時間は終わりだ」
 エネルギー弾が炸裂し、ふたりは倒れた。その様子を、掃除ロボたちの双眸……センサーが無感情に眺めていた。
「……本当に、シュールだな」
 ハッキングしている以上、掃除ロボは放っておいても無害だろう。
「ベータツーに礼は言うなよ。あいつは調子に乗らせると面倒くさい」
『了解です』
 駆け足で先に進み、宝物庫の前で立ち止まる。厳重な電子ロックをされた重厚な扉は、大型車でも出入り可能なほど大きかった。
 ジャケットのポケットから、一枚のカードキーを取り出す。扉の横に備えつけられた端末にカードキーを通すと、端末上部のランプがロックを意味する赤からオープンを意味するグリーンへ。
 ゆっくりと、宝物庫の扉が開かれた。
『ご存知かと思いますが、宝物庫の中は完全に通信が遮断されます。そちらからのリアルタイム映像も途絶えるので――』
「わかっているさ。自分でなんとかする」
『……お気をつけて』
 先ほど言われた「お気をつけて」より、感情は込められていた。それなりに心配してくれているのだろうか。
 星装銃を構えつつ、中に侵入する。その瞬間に、ぷつっと通信が途切れる。
 一歩入っただけで、空気ががらりと変わるのを感じた。空調が効きすぎているのか、かなり寒い。ここまで通ってきた廊下も涼しかったが、ここは輪をかけて気温が低かった。ついでに空気も乾燥している。
 宝物庫は一種の研究室という情報だった。しかし、港に並ぶ巨大な倉庫の内部ような広さを有している。
 左右の壁一面には、無数のコンピューターやディスプレイ、それからどのような用途なのか、見ただけでは判断しかねる謎の機械がずらっと並んでいる。
 そして、それらの機械たちから伸びたさまざまな色や大きさのケーブルが、部屋の中央に置かれた、巨大な円筒形の機械につながれていた。
 これが「宝箱」だろう。
 宝箱そのものには、操作する端末らしきものは存在してない。とりあえず当たりをつけた、メインとおぼしきコンピューターのもとへ向かう。ディスプレイとタッチパネル式のキーボード。宝箱を開けるにはこいつの操作が不可欠だ。
 そのとき、近くのソファが視界に入る。ソファのまわりには理系の本が無造作に積まれていた。
 そして、ソファの上で誰かがで寝ていた。
「研究員か……?」
 泊り込みで研究に従事することは不思議じゃない。眠っているなら無理に起こす必要もない。
 キーボードを操作して、宝箱の開け方を探る。この研究所独自のOSなのか、扱い方に独特の癖があるが、使いこなせないほど複雑ではなかった。
「……これか」
 事前の情報では、宝箱の名称はAZ48614。それから中身を取り出すには――
「む……?」
 パスワードの入力画面が表示された。
 ……ハッキングしてパスワードを割り出すのは、わたしの技術なら可能だ。けど、残された時間を考えるとあまり余裕はない。
「ふぁ~……あー……寝ちゃったか……わわ、寒い」
 気の抜けた女性の声。
 とっさに星装銃を構える。
 ソファから降りて立ち上がった声の主と、目が合った。
 二十代後半から三十代前半くらい。顔はそこそこ整っていて、長い黒髪を首の後ろで束ねている。赤い縁取りの眼鏡と、白いシャツとベージュのタイトスカートの上に白衣に身を包んだ姿。武装はしていないようだ。
 意外だったのは、彼女のおなかが膨らんでいることだ。明らかに妊娠している。その膨らみ具合から察するに、出産までそう長くはないだろう。
「あ……あなた、誰?」
 寝ぼけた顔に、戸惑いが混じった。
「ちょうどいい。AZ48614を開けるためのパスワードを教えてくれ」
「し、侵入者っ!?」
 星装銃から放たれたエネルギー弾が、彼女の近くに積まれていた本を吹き飛ばす。
「動くな……おとなしく教えれてくれれば、あんたの腹がいまの本のように吹っ飛んだりはしない」
「――っ!?」
 腹、と言われて彼女は膨らんだそれを、守るように手でかばった。母性本能がそうさせるのか、効果はあった。
「さあ、どうする?」
 と、それまで寝ぼけ顔だった彼女に真剣さが宿る。
「あなた、その中身をどうするつもり?」
「あんたには関係ない。いいからパスワードだ。胎児と一緒に、無事に助かりたいならな。堀江美代子さん」
 知らない相手に突然名前を呼ばれて、彼女は一瞬怯んだように見えた。種明かしをするなら、首から提げているネームプレートの名を呼んだだけ。
「くっ……い、一回しか言わないから耳の穴かっぽじってよく聞きなさい!」
 急に怒り出した。しかもこの状況にも関わらず、強気に出てきている。……せめてもの反抗か?
「第一パスワードは『NE89LK903』。第二が『GHY9723GTSF』。第三が『07637VZCRJLUA』よ!」
「ふむ。ありがとう」    
 彼女の言われたとおりの英数字を打ち込む。すると、画面に「All Clear, Open」と表示された。
 機械の低い駆動音が、宝箱から響いてくる。
「う、嘘……ほんとに一回で覚えちゃったのっ!?」
「あんたがそう言ったんだろ」  
 星装銃を彼女に向けつつ、宝箱へ近づく。
 わたしがちょうど立ち止まったところで、宝箱の一部が引き出しのようにせり出してきた。
 中にあったのは、金属でできた筒状の容器――目的のお宝だ。手のひらに収まるほどの大きさで、完全に密閉されている。それを手に取ると、見かけ以上に重量がある。最新鋭の技術がこの容器に用いられているのは疑いようがなかった。
 お宝を腰のポシェットにしまう――そのとき、彼女が、堀江美代子がにやりと笑みを浮かべたのに気づく。
「……なにがおかしい?」
「え……?」
 堀江美代子の表情がもとに戻る。彼女が一瞬だけ見せた笑みは、一言で表すなら不気味。得体の知れない感情が隠されているような気がした。
「まさか、偽物じゃないな?」
「ち、違う! それは本物っ」
「ふむ、本物の神の遺伝子で間違いないか?」
「あなた、どこでその名前をっ!?」
 様子を見る限り、たったいま回収したお宝は目当てのもので間違いないだろう。銃口を向けたまま、堀江美代子に近づいていく。
「え……え?」
 動揺しながら後ずさりして、先ほどまで眠っていたソファに倒れ込む。
 銃口は、彼女の心臓を寸分たがわず狙っている。
「ちょっと待って! おとなしく言うこと聞いたら助けてくれるってっ!?」
「気が変わった」
「そ……んな……」
 驚愕と恐怖に彩られた表情で、彼女はわたしを見た。その瞳は懇願するように潤んでいるように見える。
「いろいろ助かった。どうもありがとう――では、さようなら。よい夢を」
 なんの躊躇もなく、引き金を引く。エネルギー弾は胸に命中した。
「お宝の回収、完了」
 ここでの用事はもう済んだ。腕時計のデジタル表示を確認する。ハッキングの強制終了まで、残り五分十二秒。
「ぎりぎりか……」
 あとはこの入り組んだ地下迷宮のような研究所から、脱出するのみ。
 わたしは全速力で駆け出した。


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