BACKTOPNEXT

いま、その翼を広げて


Brave01-2

 深夜二時過ぎ。
 国道沿いの広い歩道を、わたしは疾走していた。
 さながらわたしは、深夜にトレーニングするアスリート――に見えるよう装っているから、そう怪しまれることはない。
 上下のジャージに、バックパック。完全なスポーツスタイル。侵入の際に着用していたジャケットやカーゴパンツ、その他もろもろの装備は全部バックパックの中だ。
 もちろん、お宝――神の遺伝子も同じく。
 巡回中の警官に職務質問されて、バックパックの中身を見られたらまずいだろうが、そうはならないだろう。
 目的地まであと一キロほど。
 このぶんなら、想定していた時間よりも少し早く到着する。 
 都心と多摩地方を結ぶ重要な幹線道路なだけあって、この時間でも行き交う車はそれなりに多い。道路沿いにあるいくつかの店舗も営業している。飲み屋やラーメン屋、ファミリーレストラン。
 わたしが以前任務で赴いたとある国の都市では、首都であるにも関わらず、こんな遅い時間に営業している店舗など存在していなかった。路地に入れば、ほぼ必ず追いはぎや強盗に遭遇するような物騒な国柄だったからだ。
 この日本という国は、噂に聞いていたとおり治安はいいらしい。
 目的地が見えてきた。といっても特殊なところではない。なんの変哲もないコンビニだ。駐車場は広く、大型トラックやタクシーなどが停まっている。ざっと見わたしてみても、まだお迎えの車はないようだ。
 やはり早く着きすぎたか。
 まあいい。
 店舗の外にある防犯カメラの位置を把握し、死角になる場所で待つことにした。防犯カメラに確実に撮られてしまう以上、店舗の中で待つのはよろしくない。
 と、一台のスポーツカーが駐車場に入ってきた。真っ赤な色の車体は、この場ではかなり目立つ。
 アマミヤ自動車の高級車ブランド、エルディアス・ヴェルサス。そのスポーツクーペの最上級モデル、ヴェルサスSC1000。
 大会社の重役以上の収入がないと買えないような代物。しかし、その予想というか先入観を裏切るかのように、運転席に座っているシルエットは髪の長い女性だった。年齢も若い。
 いやな予感を通り越して、確信が芽生えた。
 わたしのすぐ近くで停車し、運転席から予想どおりの人物が降りてくる。
「はぁい。アルファワン。ごきげんよう」
 満面の笑顔を添えて、片手を上げて挨拶してきた女性。
「詩桜里……なんであんたが」
「とりあえず乗りなさい」
 笑顔のまま言って、運転席に戻った。
 ここでぽかんとしていても仕方がない。わたしは言われたとおり、助手席に乗った。バックパックは、あってもなくても同じような気がする狭い後部座席に置いた。
「もう一度聞くぞ。なんでわざわざあんたが迎えに?」
「どうしてそんな不満そうなの? 愛する上司が自ら出向いてあげたのに。もっと喜びなさい」
「頼んだつもりはないし、そういう連絡もなかった」
「あなた、わたしが迎えに行くってあらかじめ知っていたら、どうする?」
「歩いて帰る」
「即答しないでよ! ほら、いいからシートベルトして」
「……はぁ」
 ため息をつきつつ、シートベルトを装着する。すぐに車は発進した。
「今日は定例会議とか言ってなかったか?」
「その会議がものすごぉーく長引いてね。帰りの時間がちょうどあなたと合いそうだったから、わたしが迎えに来ただけよ。どうせ帰る家は一緒だし、人件費とかもろもろ経費削減にもなって一石二鳥!」
「……本当にそれだけか?」
「どうしてそこまで疑うのよ?」
「会議は霞が関の本部でだろ。そこからわざわざ反対方向の、しかも遠く離れたこんなところまで迎えにきた……なにか面倒な話でもあるんじゃないのか?」
 詩桜里は良くも悪くも規律を大事にする性格だ。だから今回のようなイレギュラーな行動には必ず裏があるはず。
「深く考えすぎ。あなたの悪いところね」
 わたしはなにも言わなかった。
 しばらくの静寂。わずかなエンジン音だけが、車内に響いている。高級車だけあって静粛性は抜群だ。
 車は都心方面に向けて走っている。
「とりあえず一度本部に戻るわ。お宝を回収班へ渡すから」
「ああ」
「それから今回の任務、こちらに情報収集の不手際があったようね。謝罪するわ」
 掃除ロボと、隠し通路の件か。
「別にいい。もう済んだことだし、そのせいで危機的状況に陥ったわけでもない」
「……ふふ」
「なにがおかしい?」
「いえ、だって、警備員と掃除ロボの集団に囲まれても、危機的状況に陥ったわけじゃないって言うから」
「あれが危機的状況か? ……ふむ、自分のことを過大評価するつもりはないが、あそこで囲まれていたのがわたしじゃなかったら、危なかったかもしれないな」
「それは同感ね。よくもまあ切り抜けられたこと……あの状況下で、ひとりの死者を出さずにね」
「規約だからな。わたしが死んでもそれだけは守る」
「人殺しを封じられた元暗殺者ね。ふふ、なかなかどうして――」
 なにがおもしろいのかよくわからないが、詩桜里は笑っている。
「ともかく、これから事前の調査をもっと入念に。抜け目なくやってくれ」
「わかってる」
 車が高速道路に入る。詩桜里はアクセルを踏み込み、加速した。
「さてアルファワン、これからが本題、と言ってもいいかしらね」
「なんだ?」
「次の任務が決まったわ」
「……ほう」
 それがわざわざ詩桜里本人が迎えに来た理由か。電話なりメールなりでわたしに伝える方法はいくらでもあるのに、直接言おうとするのはある意味、律儀な詩桜里らしいかもしれない。
「次の任務も潜入……と表現して差し支えないかしら……? ただし、かなり長期間にわたるわ。だから引っ越しすることになるわね。もちろん、わたしも一緒に」
「場所はどこだ」
「星蹟島……行政区分で言えば東京都星蹟市」
「――っ!」
 そこは。
 その場所は――
「アルファワン、あなたにとって、完全に無関係な土地でもないわよね?」
 直接行ったことはない。ある人たちから、話に聞いていただけ。……でも、この日本という国の中で、わたしがもっとも縁深い場所、とでも言おうか。
「……星蹟島のどこに潜入するんだ?」
 星蹟島には、世界に名だたる大企業、天宮グループの本社が存在していたはずだ。いままで特に黒い噂を聞いたことはないが、潜入するとなると、その方面の……?
「んふっ、たぶんあなたがいま想像しているのとはだいぶ趣が違うわね」
 詩桜里はどこか愉快そうだった。
「なに?」
「あなたにはしばらく、学生として、とある学園へ編入してもらいます」
「が、学生?」
「そう。あなたの次の任務は、星蹟島にある私立学校、創樹院学園へ編入し、ひとりの学生として楽しい日常生活を送ること」
 詩桜里は一度言葉を切って、再び口を開いた。
「アルファワン――いえ、セイラ・ファム・アルテイシア。素敵で楽しい学園生活が送れるといいわね」


BACKTOPNEXT

総合TOP  /  WORKS TOP

Copyright © 2018 One Night Works/悠城健太朗, All Rights Reserved.