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いま、その翼を広げて


Brave03-1

 やっと帰ってきた頃には、陽もだいぶ傾いていた。空に浮かぶ雲たちが、陽の光に当てられて燃えるように輝いている。
 詩桜里の根城に入ると、紅茶の香りが鼻孔をくすぐってきた。気品のあるいい香りだが、リーゼラムではない。
「お帰り」
 詩桜里はオフィスチェアに泰然と腰かけて、ティーカップを片手に持って澄ましている。リスティはデスクについていて、なにやら事務作業に勤しんでいた。彼女はわたしのほうを見て軽く会釈をしたあと、作業に戻る。
 荷物を置いて、極上のソファに体を沈めた。
「今日はリーゼラムじゃないんだな」
「あれは量が限られているから。大事に飲まないとね。今日はダージリンよ。これもなかなかの上物」
「ふむ。わたしももらおう」
「あ、はい。すぐ用意しますね」
 リスティが給湯室へ向かった。
「それで、なにか新しい発見でもあったかしら」
「どうだろうな」
「あらなに、学園を休んで現場まで行ったのに、収穫なし?」
「いや、そういうわけではない」
「もったいぶるわね……今朝のニュースを見るなり、現場に行きたいって言うから許可したのに」
「誰だったか、すべてのピースがはまって、最終的な確証と確信が得るまで、推理を披露しない名探偵がいたな……ああ、エラリー・クイーンだ」
「……あら、そう。好きにしなさい」
 詩桜里は肩をすくめつつ紅茶を口にする。
 リスティが戻ってきて、紅茶の入ったティーカップを目の前に置いた。
「ありがとう――リスティ、モニターに動物虐殺事件が起こった周辺の地図を表示させてくれ」
「はい」
 壁にかけられた大型モニターが、目的の地図を映し出した。東京都八王子市を中心に半径五十キロほどの範囲。次に、複数の赤い点が地図上のいたるところに表示される。動物の不審な死骸が見つかった現場だ。
「ふーん……あらためて見ると、けっこう多いわね」
「そう。明らかに殺されたと判断できる案件だけでも十件以上。最初の事件は一週間ほど前。それからほぼ連日のように続いて、今朝の牧場の件だ」
 今朝になってやっと大々的に報道された。それまで起こっていた動物の不審死に関する報道は、新聞の片隅に小さな記事が載るだけだった。が、ここまで派手な事件になると報道機関もさすがに放っておかない。
「それで、例の牧場を見てきたのよね? あなたから見て、不審な点はなかったのかしら」
「現場に関しては特に。警察が念入りに捜査していたからな。見落としはないだろう……ただ」
「ただ?」
「ちょっと待ってくれ」
 リュックから自分のタブレット端末を取り出し、操作してモニターと連動させる。写真を数枚の表示させた。
「……なに、これ?」
「見てのとおりだ」
「見てのとおりって、ただの街灯と……自販機の写真よね……ねえ、リスティ?」
「はい。そうですね」
「む? どの街灯も自販機も破損してるのがわからないのか」
「いや、それはわかるけど、それがなに?」
「これらの写真は、わたしが独自に見つけ出して撮影したものだ。……むろん、これらは自然に破損したものではない。場所はここだ」
 モニターに場所を表示させる。破損した街灯や自販機たちは、動物虐殺事件が起こった現場にほど近い場所に存在していた。わたしが把握した限り、合わせて十二件だ。
「……一連の動物虐殺事件と、なんらかの関連が?」
「おそらく」
「わからないわね……街灯と自販機……それに動物の虐殺。いったいどういうこと?」
「さあな。それは犯人に聞いてくれ」
「あなたね……なにか思うところがあるんでしょ?」
「まあな。聞きたいか?」
「当然。あなたが興味を持った事件なんだから」
「リスティ、堀江美代子の事件の資料、ナンバー十六の写真を表示させてくれ」
「は……はい」
 唐突に堀江美代子の名前が出てきたからか、リスティは戸惑ったような様子で手もとのタブレットを操作した。詩桜里の表情もこわばっている。
 モニターに映し出されたのは、堀江美代子の自宅マンション、リビングの天井の写真だ。画面の中央にある、破損した照明。
 詩桜里がデスクに身を乗り出した。
「今回の一連の事件と、堀江美代子の件は関連があると?」
「思い出してくれ。堀江美代子の遺体は質量の四十パーセントを失っていた。動物の死骸に関しても、捕食されたかのように一部を失っている。そしてこの、意図的に破損された照明、街灯、自販機。さらにつけ加えるなら、現場はすべて八王子市周辺。堀江美代子のマンションも近い。ここまでくると、無関係と考えるほうがおかしいだろ」
「堀江美代子をあんなふうにした犯人が、今度は動物たちを襲っている……?」
「そう考えるのが妥当だろう。……しかし詩桜里、おまえのことだから、なんらかの関連があるんじゃないかと、どこかで気づいていたんじゃないのか?」
 はぁ、と胡乱げなため息を吐いたあと、詩桜里は言った。
「嫌な予感が当たりませんように、とは願っていたかもね。無駄だったけど――同じ市内で、こうも立て続けに猟奇事件が起こるとなると……さすがにね。警察もそろそろ関連性に気づくんじゃないかしら。でも、壊された照明と街灯と自販機はなんなの? それだけがまるでわからないんだけど」
 共通項は「光」だが――
「それに関しては、わたしもまだ理解が及んでない。まあ、いずれわかるだろうが……そうだリスティ、とりあえず街灯と自販機の件は警察に報告してくれ。器物破損で被害届が出ていると思うが念のために。それから、特に警視庁捜査一課の立花警部に伝わるようにしてもらえると助かる」
「立花警部ですね。了解しました」
 リスティがデスクに戻る。
「ねえ、なんで立花警部なの?」
「なんでって、彼はわたしがいままで会ってきたどの警察官よりも優秀だからだ。頭ひとつ分は抜き出ている。沢木警部補もなかなかの逸材だと思うぞ」
「でも、ふたりと話したのは三十分にも満たないでしょ。その程度の会話でそこまで言い切れるものかしら」
「わたしの慧眼をなめないでほしいな。あのふたりは掛け値なしに優秀だ」
「……へえ、あなたがそこまで褒めるなんて……ふふ」
「なんだ、その含みのある笑みは」
「いえ、別に」
「……薄々感じていたが、ふたりとは顔見知りなのか?」
 一瞬、詩桜里の動きが止まる。
「ええ……仕事柄ね」
 それ以上、詩桜里はなにも口にしなかった。語るつもりがないらしい。
 わたしはおもむろにソファから立ち上がり、詩桜里のもとへ向かった。大きなデスク越しに、真正面から彼女を見据える。
「詩桜里に頼みがある」
「嫌よ」
「まだなにも言ってないが」
「あなたがそうやって、かしこまって頼み事するときはたいてい胃が痛くなるようなことばかりだからね」
「神の遺伝子について、上層部が隠している事実を調べてほしい」
「あなた、人の話聞いてるっ!? ――しかも、よりにもよってその件についてなんて!」
「だが必要な情報だ。今後の捜査において、絶対に必要不可欠だろうと推察する」
「…………いままで起こったすべての事件と関係がある?」
「ほぼ間違いない」
「はあ……あのね、フォスター捜査官が去年、最初に言わなかったかしら。その件に関しては上層部も口が堅いって」
「それを承知で頼んでいる。堀江美代子の件に関しては、上から調べるように言われたんだろう? 今回の動物虐殺事件と神の遺伝子との関連性をそれとなく示唆して、聞き出せばいい」
「そう、うまくいくかしらね。あなたが考えているより、頭が固いのよ。上の連中は」
「それなら事情を知っているお偉いさんと、一晩ベッドをともにしたらどうだ? 男を悦ばせるテクニック次第で、必要以上のことが聞き出せる可能性が――どう思う、リスティ?」
「ひゃわぁっ!? わ、わたしに振らないでくださいっ」
「なぜ顔が真っ赤なんだ? ――で、どうだ、詩桜里」
「どうだ、じゃない! あんたっ、上司に向かってなんてことをっ!?」
「なんだ? 生娘じゃあるまいし、いまさら汚れたところで、たいして変わりないだろう」
 化粧をしていても隠せないほど、詩桜里の頬が紅潮していき、深紅の髪と同調する。噴火直前の火山の中を見られたら、こんな感じなんだろうか。
「ま、それは冗談として、とにかくできる範囲でいい。よろしく頼む――では、わたしは帰る」
 きびすを返し、真っ赤だった顔がいつの間にか真っ青に入れ替わっていたリスティの横を通り過ぎ、詩桜里の根城から立ち去った。
 閉じられたドアの向こうで、悪態をついた詩桜里が怒鳴りながら、薄汚い罵詈雑言をまき散らしていた。
 ……矛先を向けられるであろうリスティには悪いことをしたか。怒った詩桜里は手がつけられない。
「やれやれ。そういうのがあるから、嫁のもらい手がいないんじゃないか」


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