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いま、その翼を広げて


Brave03-3

 会計を済ませて、店の外に出る。あれだけレベルの高い料理なのに、三千円でお釣りがきた。
 そして悠はお見送りと言って、わたしに着いてきた。悠に先ほどの取り乱していた気配は微塵もない。会計を担当してくれたのは智美さんで、先ほどの会話を少しだけ聞いていたのか、わたしたちのあいだにやや心配そうな視線を漂わせていた。
「セイラ、そういえばここまでなにで来たの?」
「ん――あれだ」
 駐車場に停められている愛車を指さす。悠はぽかんとして、わたしと愛車のあいだに視線を交互させる。
「――ふっ。あまりのかっこよさに声も出ないか。このクルーザーはグランフォルト社のフラッグシップモデル、フォースアテリアルPZX。この洗練された流線型のデザイン。そして乗ればわかるが、最新式エンジンから発生される強烈な駆動力。しかし、静音性は抜群で、乗り心地も最上級……ふふ……これは、いいものだ」
 この話題だけで、ひと晩はノンストップで話せる自信がある。
「……セイラ……あなた、ちゃんと免許持ってるの?」
 その言葉に、思いがけず吹き出してしまった。
「ちょ、ちょっと、なんで笑うの?」
「いや、すまない。以前同じような状況で、まったく同じことを言われてな」
「……誰に?」
「きみの愛するお兄さまだ」
「――っ!? ふざけてるの!」
「本当のことだ。海浜公園の展望台で、わたしと惺が抱き合っている写真を見ただろ。あのときだ」
 悠の表情がこわばる。
「まあ聞いてくれ。あのときもわたしはこれで移動していてな。帰り際、いまみたいに惺にもこいつを紹介したんだ。そうしたら真っ先に、『セイラ、免許はちゃんと持っているのか?』と。さすが兄妹。血は争えないということか」
「……ふーん」
「不満げな表情の中に、一抹の幸福感が隠れているように見える。兄妹のつながりをあらためて実感した証左だな。素敵な話だ」
「か、からかわらないでよ!? もう……でもさ、このバイクって原付……じゃないよね、明らかに……わたしたちの年齢で、大型バイクの免許って取得できるっけ?」
 免許を取り出し、悠に見せた。
「これで疑惑は解消したか?」
「……新たな疑惑が。なんで車の免許まで持っているの? まだ取れない年齢だよね」
「おや……ああ、そうか。この国では、普通自動車の免許は十八歳からか。わたしの祖国では、車も二輪もだいたいは十六歳から取得可能なんだ」
「そうなの?」
「ああ。だから取得できる免許はだいたい持っている」
 仕事柄、所持免許が多いことで困りはしない。実はこれ以外にも、船舶や航空機の免許も持っているが、それはさすがに内緒にしておこう。
「セイラって、ほんと不思議……何者?」
「きみの見たとおりの人間だと思うが」
「見てわからないから訊いているんだけど……まあいいか」
 悠は駐車場を囲む、胸の高さほどの塀に両手を乗っけて、向こう側を眺めた。塀の向こうは海。砂浜に波が押し寄せている。
「ところで、悠」
「うん?」
「食事中の会話の一部に、性的な内容があっただろう」
「え……ちょ、ちょっと、ここで蒸し返すの?」
「あの会話、凜が聞いていたらどうなっていただろうな」
 すぅっと、悠の表情から温度が消える。
「それは――」
「悠もわたしを睨みつけていたな。が、凜はさらに鬼気迫る表情で、それこそ睨み殺すような視線をわたしに向けてきただろうな」
「……気づいたの? 凜くんのあれ」
「ああ。実は一度や二度じゃないから。さすがにな」
 星峰凜は、性的な話に対して過剰な反応を示す。いわゆる下ネタを嫌う人間が、どの年代にもいることを否定はしない。しないが、凜の場合は嫌っている、という言葉ですら生ぬるく感じてしまう。
 あれは嫌悪……いや、もっと――憎悪という言葉がふさわしいか。
「気づいたのなら、凜くんの前でもう、ああいうこと絶対言わないでね」
「もちろん、今後は気をつけるさ。しかし、あれはどういう理由だ?」
「……わからない。こればっかりは、本人以外誰も知らないの。直接聞くわけにもいかないし」
「ふむ。悠でも知らないか……過去になにかあったのか……?」
「セイラ、無理に詮索しちゃだめだよ? それ、たぶん凜くんの心の奥、いちばん深いところにある闇だと思うから」
「闇……か」
 そんなもの、誰にでもあるだろう。かくいうわたしだって――
「そうだ。ついでにもうひとつ聞かせてくれ」
「なに?」
「凜は星峰家の人間と、血縁関係がないのか?」
「――っ!?」
「その反応を見ると、わたしの推測は当たっていたようだな」
「ど、どうして知ってるのっ!? 凜くん本人から……? ううん、それはないか……ねえ、セイラ」
「凜の言葉の端々に、そうと推察しうる内容が含まれていただけのことだ。本人は無意識に言っているのだろうけど、わたしは誤魔化せないぞ」
「そっか……セイラの前でうかつなこと言えないね」
「察するに、養子縁組といったところか」
「そうだよ。凜くんがこの家に来たのは、三年くらい前」
 わりと最近だ。しかし、凜が星峰家に引き取られた理由はわからない。
「セイラも、考えていることが顔に出ることってあるんだね。凜くんが星峰家に引き取られた理由がわからない、ってところかな」
「当たりだ。それで、この事実を知っているのは限られているのか?」
「え……うん。わたしや惺、あと当然、星峰家のみんな」
「学園の関係者は?」
「先生たちは知らないと思う……たぶん。あえて伝える必要はないって、智美さんと遼太郎さんが判断したみたいだから」
「となると、もちろんクラスメイトたちも知らないわけか」
「――――」
「その顔と沈黙には含みがあるな?」
「……セイラ、もしかして気づいて言ってる……よね?」
「ああ。真奈海はこの事実、知っているんだろう」
「……やっぱり」
「妹であるはずの奈々は、生まれたときからこの島で暮らしていると言っていた。次に、真奈海は秋田出身と言っていた。中学に上がると同時にこの島へ引っ越してきた、とな。しかし、凜はそんな真奈海と幼なじみだと言っていた。奇妙な話だ」
「……つじつまを合わせるためには、凜くんがこの島出身じゃなくて、真奈海と同郷だって推理したわけね」
「そのとおりだ」
「凜くんも、このことは絶対に隠し通そうとしているつもりはないみたいだから……つい口がすべっちゃったんだね」
「ふだん、凜の精神的なガードは堅い。だが、時折隙を見せる」
「……うん……そうだね」
「また含みのある表情をするな? まだなにかあるのか?」
「ううん。別に」
「そうか。……では、そろそろ帰ろう」
「セイラ、明日は登校するよね?」
「まあ、今日と同じような事情がなければ」
 ヘルメットをかぶり、グローブを手にはめ、愛車にまたがる。エンジンを始動した。
「おやすみ、セイラ」
「そうだ、遼太郎さんだったか、彼に伝えてくれ。クアットロ・スタジョーニの生地にわずかに塗られていた柚胡椒が、とてもいい隠し味だった。イタリア料理と和食のセンテンスを織り交ぜた、素晴らしいアイデアだったとな」
 きょとんとしている悠を残したまま、アクセルをまわした。


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