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いま、その翼を広げて


Catastrophe-1

 吹き抜ける風は鋭さを伴って、星峰凜の肌をなでていた。首もとの隙間から入る冷たい風に思わず身震いしている。
 二月のある日。午前零時を過ぎた頃。曇った夜空はどこか濁って見える。未成年がひとりで出歩いてよい時間帯ではないが、幸いここまで誰にも見咎められることなくやって来られた。
 星蹟島海浜公園。そういえば去年、ここでセイラと惺の抱き合っている写真が撮られたんだよなぁ、と他人事のように思い出す。その写真のせいで訪れた修羅場も、いまとなってはよい思い出だ。
 思い出――
 自分にそんなもの必要なのか?
 絶壁の柵に手をかけ、下を眺める。
 暗くてよくわからない。
 ただ、落ちたら高い確率で死ねそうだった。
「星峰くん?」
 凜が振り向くと、意外な顔を認めた。
「……東雲先生?」
 ベージュ色のコートを身にまとった美術教師、東雲友梨子。真っ赤なマフラーと焦げ茶色の手袋をしている。
「なにしてるの、こんなところで? しかも、こんな時間に?」
「散歩……そう、散歩です」
 東雲は信じられないという眼差しを向けてくる。 
「先生こそ、どうして?」
「――――」
 東雲がにやりと笑う。唐突に現れた彼女の異質な微笑みに、凜は違和感を覚えた。いつもの先生とは違う、と。
「死なないの?」
 声の質感も違った。同じ声のはずなのに、どう聞いても別人としか思えない。そもそも、内容がおかしい。
「――――ぇ」
「そこから落ちたら、楽になれるかもよ」
「――――な――なに、を?」
「くく……ふふ……あはははははっ!」
 ――この嗤い声。
 どこかで聞き覚えが――?  
「まだ気づかないのか」
 東雲はマフラーと手袋と眼鏡を外し、髪留めでまとめていたすみれ色の髪を下ろし、どこかからか取り出した紐で髪を結わえ直す。
 そして、顔の輪郭をごっそり取り替えたような動き。実際は顔の筋肉に込める力の配分を変えただけ。
「――――っ!?」
「久しぶりだな、凜」
「か――霞――さん!?」
 東雲友梨子――海堂霞が、ゆっくりと凜に歩み寄る。
「もっと早く気づいてもよかったはずだが。むしろ気づいてほしかったんだがな。最低限の変装しかしてないのに。わたしの弟子と聞いてあきれるぞ」
「あ――あ――っ!?」
「このまま死ぬというのなら止めない。が、まだ死ぬ勇気がないのなら、わたしとともに来い――」
 再びにやりと笑う霞。妖艶で凄絶で、凜はどういうわけか視線を外せなかった。
「――一から鍛え直してやる」


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