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いま、その翼を広げて


Catastrophe-16

 実は自分は津波に流されすでに死んでいて、地獄に足を踏み入れていたのではないかとセイラは錯覚した。
 セイラと惺は汐見沢に降り、物陰から様子をうかがっている。空にはすでに太陽が昇り、廃墟の街を照らしていた。街は完全に破壊されている。家屋などは跡形も残っていない。 しばらく雨が降ってないのに地面がぬかるんでいるのは、津波が引いて間もないからだろう。
 瓦礫の山々に見えるのは、防護服姿の人影――自衛隊の隊員たち。
 彼らの足もとには、地獄の亡者がそこで朽ち果てたような、異形の怪物たちの死骸が転がっていた。ひとつやふたつではない。大量の死骸が、そこらじゅうに点在している。
「自衛隊が、怪物の死骸を回収している?」
 と、惺。
「まるでB級映画だな」
 隊員たちが怪物を担架に乗せ、どこかに運んでいる。
「どこに運ばれているのかも気になるけど、そもそも怪物たちはどこから来た?」
「こんな惨状なのに、住民の遺体はどこにもない……それらを踏まえると、答えはひとつだな」
 セイラの推察に、惺が目を細めながら答えた。
「怪物の正体は、このあたりの住民……?」
「そう考えるのが妥当だ。むしろ、そうとしか考えようがないな」
「政府がこの惨状をひた隠しにしている理由はそれか」
 住民が怪物に変貌――このような事実が公になったら、島どころか全世界レベルでパニックになることは必然だ。そうなる前に政府は自衛隊を派遣して、事態の収拾に努めていた。
 気配を殺しながら、ふたりは廃墟の街を探索していく。
 やがて、開けた場所に出た。
「……っ」
 惺が小さく震える。
 瓦礫がある程度片付けられた広場に、人の遺体が大量に並んでいた。老若男女問わず、寒さで半分凍りついた遺体。
 それは紛れもなく人間だった。
「不可解だな。あれは津波の犠牲者か? このあたりの住民全員が怪物に変貌したわけではないのか……?」
「――っ!?」
 惺がなにかを感じた。
「どうした?」
「悠の気配が……近い!」
 走り出す惺。
「おい、待て!」
 セイラも追う。
 広場の外周をまわり込むようにして、惺は己の直感だけを頼りに進んでいく。だが、しばらく進んだところで足を止めた。
「だめだ。人が多すぎる」
 自衛隊員の姿が急に増えた。様々な計測器具を用いて、現場の状況を記録しているように見える。周囲の地形から、彼らを回避して進むのは難しそうだった。
「悠はこの先か?」
「間違いない。……くそっ、これじゃ動きようが」
 そのとき、背後に人の気配。
「な、なんだおまえたちは!?」
 自衛隊員が拳銃を構えている。
 周囲への警戒が薄れていて、彼の接近を許したことにセイラは思わず舌打ちする。惺なら接近に気づいてもよかったが、悠のことで頭がいっぱいだった。
「待て! 怪しい者じゃない。わたしはICISの――」
 身分証明書を取り出すため、ポケットに手を入れるセイラ。
「動くな!? おまえたち、両手を挙げて地面に伏せろ!」
 彼の声に気づいたほかの隊員たちが、続々と集まってきた。
「馬鹿な!? なぜ民間人がここに!?」
「――こちら――現場で民間人を発見――十代半ばの少年と少女――いや、女は十代後半から二十代前半――」
 遠くで男性の悲鳴が聞こえたのは、そのときだった。
「今度はなんだ!」
 隊員のひとりが叫ぶ。
 急いで駆けつけてきた隊員が、緊急事態だと告げる。
「い、異形の生物に隊員が襲われています!」
「なんだと!? 生きた怪物か!?」
 今度は銃声。
「発砲を許可した覚えはっ――! ええい、おまえたちはここでおとなしくして――?」
 セイラと惺は、すでに姿を消していた。

「うわあっ!?」
 自衛隊員がサブマシンガンを乱射する。さすがの隊員も、怪物への対処法は教わってなかった。
 異臭が鼻を突く。津波で運ばれたヘドロや、瓦礫となった木材などの腐敗――様々な要因が重なって、被災地は悪臭が満ちている。
 その上さらに悪臭を放つ存在がひとつ。もしも自衛隊員がガスマスクをしてなかったら、常軌を逸した悪臭に目を剥いていただろう。
 自衛隊員と対峙する怪物――四本足の体躯。ぎょろっとした凶悪な眼。体毛はほとんどなく、肌は限りなく黒に近い紫色。全身の表面がどろどろに溶けていて、それが地面にしたたり落ちている。
 犬とほぼ同じシルエットをした、まさに怪物としか形容できない存在。
 のちに「怪物犬」と呼ばれることになるそれが牙を剥き、不確かな足取りで近寄ってくる。
 隊員は人生でも類を見ない恐怖に襲われていた。
「来るなぁっ!?」
 サブマシンガンを掃射するが、すぐに弾切れ。サブマシンガンを捨て、予備の拳銃を発砲するが、弾は当たらない。
 やがて拳銃も弾切れとなった。
 彼は死を覚悟した。
 助けを呼ぼうにも、ほかの隊員も似たような怪物に襲われていた。怪物犬は一匹ではなかった。
 離れたところで倒れているのは仲間のひとり。ぴくりとも動かない。脇腹から信じられないほどの血が噴き出しており、もう事切れているのは明らかだった。
 そこに群がる怪物たち。犬のような個体が多いが、中には猫のようなしなやかな体躯をした怪物も混ざっている。それらが事切れた仲間に近づいていく。
 なんだあれは。どうしてこんな目に――そんな考えが通り過ぎ、やがて「自分もああなるのか」と諦観に差しかかったとき――
 怪物犬に近づく人影。
 その人物は間合いに入るやいなや、体勢を低くしてなにかを振り上げた。
 見事な装飾の施されたクォータースタッフ。それを操るのは、防護服など身につけてない民間人――惺だった。
 クォータースタッフが、怪物犬のあごを下から打ち上げる。衝撃で怪物犬は吹っ飛び、体液をまき散らしながら空中を舞った。
 さらに追撃。
 濃縮されたエネルギー弾が怪物犬の心臓を撃ち抜いた。
 隊員が恐る恐る振り向くと、星装銃を構えたセイラが立っている。
「無事なら下がれ!」
 隊員に叫ぶセイラ。
「な、なんだあんたたちは……っ!?」
「セイラ! まだ動く!」
 惺の声に、隊員も振り返った。
 そして再び驚愕する。
 地面に落下した怪物犬がよろけながら起き上がっていた。体の表面が沸騰したように泡立っていて気色悪い。
 それにしても、様子がおかしい。
「――――――シッッッッェェェェ!」
 耳に突き刺さる断末魔をあげ――
 体が完全に溶解した。電子レンジで温められたバターのように。
 あまりの出来事に言葉を失う隊員。
 そしてついに、彼は気を失った。

 戦いはまだ終わってない。
 別の場所で戦っている自衛隊員に加勢し、同じようなコンビネーションを繰り出していく。
 突然現れた謎の加勢に、自衛隊員はもはや混乱の極みにあった。
「惺! そいつらの体液には触れるな!」
「わかっている!」
 接近戦と銃撃による波状攻撃。数十年一緒に戦地を駆けめぐっていても、ここまで鮮やかなコンビネーションは生まれないだろう。
 次々と怪物を屠るふたりに、自衛隊員はいつの間にか淡い「期待」を持ち始めていた。
 だが、それでも怪物たちの数は減らない。絶対数が多すぎた。そもそもこんな数がいままでどこにいたのか、どうしていまになるまで襲ってこなかったのか、不思議でならなかった。
 セイラと惺だけは、怪物の正体に見当がついていた。
 人の形状をした怪物が、周辺に暮らしていた住民たちだったのなら――
 いま相手にしている動物型の怪物は、人に飼われていた犬や猫なのではないか――と。
「うわぁぁぁぁっ!?」
 隊員のひとりが悲鳴をあげる。彼は空を見上げていて、ほかの隊員たちもつられて見上げた。
 そして悲鳴。怒号。
 空に点在する黒い斑点。
 漆黒に彩られた鳥の群れだ。
 しかしそれがただの鳥でないことは、外見や気配からして明らかだ。
 戦意をほぼ失い、見守るに徹するしかなかった自衛隊員たちは、もうこれは現実ではなくて夢ではないのかと、本気で考え始めていた。
 セイラが舌打ちをする。この状況はまずい。上空では惺の攻撃は届かない。自衛隊も当てにはできない。星装銃なら撃墜が可能だろうが、さすがに数が多すぎる。
 そもそもエネルギー弾の軌道は基本的に「線」。一対一の戦闘では問題ないが、この状況で必要な攻撃は、広範囲をカバーする「面」だ。星装銃の出力を上げればある程度はカバー可能とはいえ、それでも足りない。
「セイラ! 少し時間を稼いでくれ!」
「どうするつもりだ?」
「線を面に変える」
 わたしの思考を読んだのか――とセイラは一瞬考えたが、そんなことを気にしている場合ではない。すぐに行動に移す。
 こういうときもっとも信じられる相手がいることに、セイラは安堵していた。
 すぐに駆け出し、「怪物鳥」に肉薄していくセイラ。星装銃で牽制しつつ、器用な立ちまわりを見せる。
 惺はその場に立ったまま、クォータースタッフを〈イセリアライズ〉で霊化、消滅させた。
 深呼吸しながら念じる惺。
 周囲の空間に未知の引力が生まれる。
 星術の兆しに、空気が震えた。
 そこらじゅうに散らばっていた瓦礫や破片が、いっせいに宙に浮いた。かつて建物だったもののなれの果て。鉄筋コンクリートや木材。押し潰された自動車の骨組みやパーツ――一定以上の大きさがある破片が、数千数万という単位で次々に無数に宙を舞う。
「セイラ! 伏せろ!」
 惺が叫ぶと同時に、空中にいた人工物がいっせいに撃ち出された。
 瓦礫ひとつだったら、「線」。
 それらをまったく同時に撃ち出すことで、完全な「面」を構築した。
 人工物は弾丸に等しい速度のまま、怪物鳥の群れに命中。さらに、地上に残っていた怪物犬をも標的にしていた。
 射貫かれた怪物鳥たちが次々と地面に落下し、風穴の空いた怪物犬たちも絶命。すべての怪物はやがて溶解し、黒いヘドロ状となった。
 伏せていたセイラが立ち上がり、警戒しながら惺のもとへ戻った。
「まるで怪物動物園の見本市だったな。貴重な体験だ」
 皮肉を口走るセイラ。
「こんな体験、二度とごめんだ」
 惺のつぶやきにセイラは無言を返した。彼女は惺の背後を鋭利な視線で見つめている。
 惺が振り返った先には、怯えた雰囲気を放ちながら、銃器を自分たちに向ける自衛隊員たちの姿があった。
「怪物よりも、人間のほうが怖かった……か」
 セイラが哀しそうにつぶやいた。


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