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いま、その翼を広げて


Catastrophe-17

 立派な大人たちが、一様に言葉を失っていた。
 首相官邸の大会議室。スクリーンに映し出されているのは、怪物の群れと戦うセイラと惺の映像。自衛隊のカメラが一部始終を撮影していた。
 やがて、ふたりが自衛隊に囲まれているところで映像が終わる。
「はは……よくできたアクション映画だ。そう思わないか?」
 閣僚のひとりが、引きつった笑いを浮かべたまま言った。
 もちろん、そんな軽口にまともに返答する人間はいない。だが、黙っていた面々がおもむろに口を開いてきた。
「あ、あれは星術か!?」
「馬鹿な! なぜ民間人があんな高度な星術を身につけているんだ!?」
「星術だけじゃない! なんだあの戦闘能力は!」
 スクリーンの映像が切り替わる。
 セイラと惺のプロフィールが記載されていた。
「セイラ・ファム・アルテイシア。国籍はフォンエルディア……ICISの特別捜査官だと?」
 閣僚に問われ、高官のひとりが答える。
「はい。ICIS日本支部星蹟第二分室所属。まだ若いですが、ICIS期待の新人だとか」
 別の閣僚が口を挟む。
「そっちはまあいいだろう。だが、あの少年はなんだ。……真城惺? 創樹院学園二年……が、学生だと!?」
「はい。数年前まで海外にいたという事実を除けば、この国にいるふつうの学生となんら変わりありません」
「そんな馬鹿な話があるか! いまどきあんなレベルの星術が扱えるんだ。シディアスあたりがマークしていてもおかしくないだろう!?」
「いえ、そんな情報は――」
「ちょっといいですか」
 話をさえぎったのは桜庭だった。
「真城惺。彼の父親に心当たりがあります」
「なんだと?」
「真城蒼一」
 畳みかける桜庭の言葉が、一同に緊張を走らせる。惺のプロフィールには、たしかにその情報が記載されていた。
「かの人物の話を、ここにいる人間ならよくご存じでしょう」
「し、しかし彼はもう故人では……?」
「そうです。ですがその影響力はいまだに計り知れない。彼はまさしく『王の器』でした」
 現代日本においてほぼ聞き慣れない表現に、一同は困惑した。
 人の上に立つに相応しいあらゆる才能を持った傑物であると、桜庭は言いたかった。世が世なら、彼は間違いなく非凡な王になっていただろうと。
 彼の影響力は日本政府どころか、世界統一機構たるシディアスにまで及んでいるという話は、以前から聞いていた。
 桜庭は一度だけ、生前の蒼一と会ったことがある。
 政治家を辞めてもいいと、本気で思った。彼のような本物の天才がこの国にいるのなら、自分のような「凡人」は必要ないだろうと。
 それらの話を踏まえた上で、桜庭は続ける。
「彼の息子なら、あのような非現実的な立ちまわりも納得がいきます。――しかし、問題の本質はそこではない!」
 断言する桜庭の雰囲気に、周囲の空気が震えた。
「あの怪物たちの正体はなんなのか! なぜ存在しているのか、なぜ誰も考えようとしない!」
 誰もが唖然とする中、桜庭が高官に訊いた。
「回収した怪物の死骸は?」
「は、はい。現在、全国各地の研究機関にまわして、分析をお願いしています。詳細は一両日中に――」
「だめだ、遅い。今日中になんとかしろ」
 桜庭が、末席に座っていた人物に目を向けた。
「里見くん、現時点で判明している情報で、怪物の仮説を組み立ててくれ」
 里見と呼ばれた三十代半ばの男性が、眼鏡の位置を直しながら立ち上がった。彼はスクリーンの前まで移動する。彼は生物科学の専門家として、国立大学から秘密裏に招集された人物だった。
 里見の合図でスクリーンの映像が切り替わり、様々な角度から撮影された怪物の姿が映し出される。
「まず、怪物と称されている一連の生物ですが……えー、ベースとなっている生物がいるのは間違いありません。生物が怪物になることを、これ以降『異種化』と呼称しましょう」
 やや緊張感のない声で、里見は言葉を紡いでいく。
「結論を申しますと、汐見沢の住民たちは異種化により、例の怪物に変貌したと思われます」
 大会議室の内部がざわめく。予想されていた事態とはいえ、専門家からの言葉は説得力があった。
「しかし、人間の遺体も無数にあったと聞いたが」
 閣僚のひとりが尋ねると、里見はまた眼鏡を直した。
「それは単純です。異種化が発生する前に絶命していた人間だと考えれば。あの規模の地震と津波なら、即死した人間が多くても不思議ではない。つまり、死んだ人間には異種化は起こらない」
「で、では、怪物になったのは……?」
「これも単純。まだ生きているうちに、異種化を引き起こすなにかと接触してしまったと考えたら説明がつきます」
「い、生きたまま……!? 人間が、あんな怪物に!?」
 大会議室内部が何度目かの怒号に包まれる。
「そして、先ほどのアクション映画で主人公ふたりが戦っていた動物たちは……まあ、ベースが犬や猫やカラスなどと言えば、もうおわかりですね」
「ど、動物も!? おいきみ! 結局、異種化とはなんなんだ!?」
 それには答えず、里見は桜庭を見る。
「ゾディアーク・エネルギーに問い合わせはしましたよね。星核炉の異常について。返事は?」
「星核炉にはなにも問題ない、それの一点張りだ」
「まあそうでしょうね。あの会社が核心に触れることはないでしょう」
「きみは異種化の原因が星核炉にあると?」
「だって、そうとしか考えられないでしょう……ああ、そうか。これは星核炉がある国の中枢にも伝えられてないんだった」
「里見くん、もったいぶらずに」
「いまから言う僕の発言は、議事録から抹消したほうがいいですよ。法律を歪めててでもね。……こほん。星核炉の炉心部分には、〈神の遺伝子〉と呼ばれる、未知の生物由来の遺伝子が使われているんです」
 里見は一同を見わたし、高らかに告げた。
「〈アクエリアス〉の大爆発で、それが流出したと考えるのが妥当です――異種化とは、〈神の遺伝子〉感染による、遺伝子情報の根本的な書き換えで起こる結果――致死率一〇〇パーセント。治療方法は皆無。現時点で世界最悪レベルの感染症でしょうね」
 
 里見の自信に満ちた宣言から数時間後。
 大会議室内部は再び騒ぎ出した。
「汐見沢で生存者が発見されただと!」
「はい! リアルタイムの映像を流します!」
 スクリーンに映し出される映像――瓦礫の山の上で、懸命に救出作業をする複数の防護服姿。
 その中央あたりがズームされ、生存者の姿がはっきりと映る。
 泥水で汚れ、ぼろぼろとなっている服。
 げっそりと痩せた頬。苦しそうに伏せられたまぶた。
 汚れてはいるが、鮮やかな金髪。
 なんとなく映像を見ていた里見の瞳が、好奇心と興味に光る。
「……へえ……こんなところでも縁があるんだねぇ……」
 里見のつぶやきは、誰にも拾われなかった。
 汐見沢で生きたまま発見されたのに、異種化していないのは明らかに「異常」だ――里見の直感が、そういうふうに結論づける。
 ――これはおもしろい。
 里見という架空の人物になりすましていた斑鳩聖は、生存者――真城悠の姿をいつまでも――それこそ恋い焦がれる相手のように、ずっと見つめていた。

 


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