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いま、その翼を広げて


Catastrophe-6

 避難所として解放された小学校で一夜を過ごしたセイラが、おもむろに口にした。
「創樹院学園に向かおう」
 知り合いの安否は不明だった。相変わらず携帯電話は通じず、インターネットも不通のまま。セイラが地震直前まで電話していた奈々の安否も気にかかる。
 創樹院学園は島の内地に存在していて、少なくとも津波の被害はないはず。そもそも、この小学校には朝から次々と避難者がやってきて、手狭になってきたという理由もある。
「真奈海、大丈夫か? 歩けないなら、ここに残っていても」
「ううん……大丈夫」
 返事をする真奈海には、いつもの元気がない。
 避難所の管理役だった小学校の教師に移動を伝えてから、校門を抜けた。
「あれは……」
 惺が誰かを見つけた。彼の視線の先にいたのは、きょろきょろと不安げにあたりを見わたす老女。
「初恵さん!」
 惺が声をかけると、老女が驚きながら駆け寄ってきた。光太の祖母・初恵は今年で七十五歳になるが、年齢の割に背筋が伸び、矍鑠としている。セイラたちとは面識があり、とてもパワフルなおばあさん、という印象があった。
「初恵さん、無事でしたか」  
「あ、あんたたち、光太を知らないかい!」
「いえ……一緒じゃないんですか?」
 そのとき、初恵から事情を聞かされる。光太がスーパーに出かけたあと、自分も出かけたこと。そのまま出先の友人の家で地震に遭い、そこで一夜を明かしてからここに避難してきたこと。
 セイラたちの表情がこわばっていく。
「携帯も通じないし……あんな様子じゃ、家に戻るわけにも……」
 豪快でパワフルなおばあさんは、もうそこにはいなかった。セイラたちには、初恵が一気に老け込んだように見えてならなかった。
「初恵さんはここにいてください。俺たちが周囲を捜してみます」
「さ、捜すって……」
「大丈夫です。もしかしたら、どこか別の避難所にいるのかもしれない」
「……あ……ああ。ありがとう……けどあんたたち、無理はするんじゃないよ」
 初恵の後ろ姿は校門に吸い込まれていった。足取りに元気がないことは、誰が見ても明らかだった。
「捜すってどうやって?」
 セイラが訊いた。
「とりあえず、人気のないところへ」
 惺を先頭に、セイラと真奈海が続く。
 三人は小学校の裏山に足を踏み入れ、中腹当たりで立ち止まった。眼下に小学校を見下ろし、さらに先には津波でほぼ壊滅した街が望める。
 一夜明けても、悪夢は明けなかった。
 その事実に真奈海が震え、セイラが肩を貸した。
 惺は黙って腕をやや広げ、目をつむる。
 深呼吸――
 そして、精神の集中。
 惺から異様な気配が漂ってくる。セイラと真奈海は、全身に駆けめぐる未知の感覚に身をゆだねた。全身の毛穴が開き、惺から目が離せなくなる。
 超感覚的知覚〈ワールド・リアライズ〉――それが惺の能力の正式名称だ。
 五感に頼らず、「世界」を認識する特殊能力。第六感――誰もが少なからず持ちうるその能力が、「超能力」と呼んでいいほどの領域まで昇華したもの。星術とは根本的に違う種類の特殊能力。
 惺は光太の気配を探っている。
 途中でいろいろな感覚を感知する。未曾有の規模の災害に被災した人々の情感――悲哀、後悔、憤怒――ありとあらゆる感情が、惺に流れ込んでくる。
 その中に、わずかな。
 よく知る命の灯火をとらえた。
 しかし、それはまるでいまにも消えそうな光。蝶の羽ばたきにですら消えそうな火。
 場所は――
「――っ――!」
 惺の体が突然よろけ、セイラと真奈海が身を乗り出した。
「大丈夫だ。それよりも、早くしないとまずいっ!」
 駆け出した惺を、ふたりが追う。
 真奈海にはなにがなんだかわからない。しかし、「惺には絶対超能力がある」と常々言っていた凜の言葉を思い出した。

 三十分以上走り続け、惺は止まった。
 あらゆる瓦礫が散乱した中を駆け抜ける。ここが道路だったのか、もはやわかる者はいない。
 惺とセイラの体力は規格外だが、真奈海は元陸上部とはいえ一般人。完全に体力を使い果たし、肩で息をしながらその場にうずくまった。
 惺とセイラが「それ」を見上げる。
 光太の家が目の前にあった。セイラたちは過去に何度か光太の家に訪れており、見覚えがある。
 しかし、一階部分は完全に崩落し、二階部分はかろうじて原形をとどめているような状態。
「まさか、こんなところまで流されて……!?」
 さすがのセイラも、これには驚愕を禁じ得なかった。いままで散々危険な目に遭ってきた彼女でも、この状況は予想外だ。光太の家があるはずもない場所。方角はまるで違うし、距離も離れている。
「川嶋っ!?」
 惺が叫ぶ。
 返事はない。
「おい! まさか光太が中に!?」
「まだ生きてる! 早く助け出さないと!」
 惺が手で瓦礫をどけようとするが、人の力でどうにかできるほど軽くはない。
「くそっ……セイラ!」
「わかっている!」
 惺のやろうとしていることを、セイラはただちに理解する。人の手ではどうにもできない。助けを呼んで待つような時間もない。
 それなら、方法はひとつ。
 惺とセイラが手をかざした。
「惺! わたしの言うとおりに瓦礫をどかせ!」
 セイラの脳内が驚くべき速度で計算を開始する。崩れかかった瓦礫の山。どの部分をどの順番でどかせばいいのか――精密かつ正確に、頭の中に三次元を描いた。
「――――っ!?」
 真奈海の表情が驚愕に染まる。
 外壁の一部が、中に浮いた。誰も触ってないのにどうしてそんな現象が起こるのか、一般人の真奈海にはまるでわからない。 
 星術による観念動力。人前で表立って星術を控えているセイラたちも、さすがにいまはそんなことを気にしていられない。 
 次々と瓦礫がどかされていく。
 やがて、人の頭が見えた。
「光太っ!?」
 セイラがすかさず手を伸ばし、細かい瓦礫を押しのけていく。惺も必死に手伝った。
 すぐに光太の全身が現れる。顔は真っ青になっていて、体温は限りなく冷たい。
「――――っ!?」
 セイラが言葉を失い、惺は震えながら目を伏せた。


 光太の右手と右足は、あるはずの場所になかった。


 ――ごぼっ、と。
 光太が血の塊を吐き出した。
 わずかではあるが、息をしている。この状況下で「まだ」息があること自体、奇跡だ。
「光太っ、光太!」
「――はっ――ぁ――っ」
 目を開ける光太。瞳の光はほとんど失われ、焦点は合ってない。
「――――ば――――ば、ばあちゃん――は?」
「ぶ、無事だ!」
 そのとき光太が微笑んだ――少なくともふたりにはそう見えた。
「――――よかった――」
 光太の瞳の光が、ついに失われる。
「光太っ!? 光太! 目を覚ませ! 光太! ………………光……太……?」
 必死に呼びかけているセイラを、惺の手が止めた。
「セイラ……もう……っ」
 惺が首を振った。
 奇跡はそこで終わっていた。
 そして――
 大粒の涙を流しながら、セイラは激しく慟哭した。

 その日の夜。
 無事だった公民館には、次々と犠牲者が運び込まれていた。一分一秒を追うごとにその数は増え、内部は死臭と哀しみに満ちている。犠牲者の傍らには家族や友人、恋人――誰かが寄り添い、その全員がむせび泣いていた。
 いまにもこの世から消えそうな不確かな足取りで、ひとりの老女が入ってくる。
 初恵の表情には生気が消え去り、いつもあった溌剌としていた雰囲気は、どこかに置き忘れたように見える。
 やがてセイラたちの足もとで眠る愛しい孫を見つけ、がくんとひざまずく。
「あ――――ぁ――光太――光太ぁ――!?」
 永遠に目覚めることのない孫を抱いて、初恵は人目もはばかることなく嗚咽した。
「あ、あたしより……祖母より先に死ぬ馬鹿がいるかいっ! 目を覚ますんだっ! 光太ぁっ!?」
 初恵の慟哭は、いつまでもセイラたちの耳に残っていた。


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