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いま、その翼を広げて


Catastrophe-9

 創樹院学園は避難民でごった返していた。
 島でも有数の広さの敷地を誇り、高台に位置していることから多くの避難民が押し寄せる原因となっている。教室のある本校舎は損傷が激しく立ち入り禁止となっており、かろうじて無事だった体育館や武道場などは避難民の寝床になっている。どこの学校でもそうだが、通常授業など行えるはずもなかった。
 セイラ、惺、真奈海の三人は光太の仮埋葬が済んだあと、丸一日以上かけて学園に到着した。
 通話はいまだに不通。しかしインターネットは徐々につながるようになっており、各地の情報を断片的ながら知ることができた。
 学園には友の多くが避難していた。紗夜華、椿姫、美緒、奈々。美緒の話では、この場にいない「The World End」のほかのメンバーも無事とのこと。
 体育館の中で再会を喜ぶ面々。
 しかし光太の訃報を伝えると、感情が一転する。
 涙を流さない者はいなかった。うるさくてやかましかったが、光太の存在感と居場所は、たしかにそこにあった。
 光太の死をゆっくりと悼むには、現在の状況はせわしない。落ち着いたとき、みんなで集まってあらためて追悼しようと固く約束した。

 椿姫が真奈海を保健室へ連れて行く。彼女は疲弊が著しく、すぐに休養が必要だった。
 紗夜華はセイラに頼まれて、先生を呼びに行った。母であり学園長代理でもある柊緋芽子、織田光一郎や鳴海はるかなどの教職員は現在、生徒たちの安否を確認しようと学園中を走りまわっているらしい。
 セイラと惺、奈々の三人が残る。奈々は両親とともに、学園に避難していた。
「奈々、悠は?」
 セイラが訊くと、奈々は涙をこらえきれなかった。
「ゆ、悠ちゃんも……っ……安否がわからなくて……っ」
「なに?」
「悠ちゃん、地震当日は病院に……っ」
 智美から聞いたという病院の場所を伝えられると、さすがのセイラも悲壮な表情をした。
 星蹟島の北東。セイラや詩桜里の居住するマンションにほど近い場所に、悠の行きつけの病院はあった。
 どう考えても、津波の激甚被害地域だ。ここに避難してくる途中、島の北東は壊滅状態だと噂が広がっていた。
 ちなみに詩桜里は地震発生当時、都内のICIS日本支部にいて、無事だろうとセイラは考えていた。
 だが自分のマンションが現在どうなっているのかは想像したくない。歩いて行ける距離に海岸があり、光太の命を奪った津波の威力を考えると、愛車が駐車場で水没している姿を想像することは難しくなかった。
「奈々ちゃん」
言いながら、惺が奈々を抱きしめる。
「あ……惺……さん?」
「悠は無事だ」
「え……?」
「悠は生きてる。俺が保証する」
「でも……」
 上目遣いで見つめる奈々。
「俺の言葉が信じられないか?」
「……い、いえ! そんなことないです」
「それより、凜はどうしたんだ? セイラから話は聞いたけど」
「お、お兄ちゃんは……ぐすっ……地震の前から、行方がわからなくて……っ」
 再び泣き出す奈々。
 地震の前日の夜、出かけたきり帰ってこなかった凜。財布は家に置きっ放しだった。スマートフォンは見当たらなかったため本人が持って行った可能性が高いが、電話をかけても通じずメールの返信もない。
 不気味な失踪で、智美たちが警察に届けようと考えていた矢先、地震が発生。それどころではなくなってしまった。
「奈々、手紙がどうとか言ってなかったか?」
「……あ、はい。ちょっと待っててください。持ってきます!」
 走り去る奈々を見送りながら、セイラが言った。
「悠が無事とはどういうことだ?」
「事実だ。気休めなんかじゃないぞ」
「根拠は?」
「……と、言われても困るな。悠だけはなぜかわかるんだよ。あいつは無事だって。居場所まではわからないけど」
「わかった、信じよう。……同時に凜のことまでわかれば、文句はないんだが」
 惺は首を横に振った。
「俺もそこまで全能じゃない」
 しばらくすると奈々が戻ってくる。手には一枚の便箋が握られていた。

 自己矛盾の存在を許容している。
 もちろん矛盾を矛盾として放置するのではなく、なぜ矛盾があるのか、自分の方針は本当に正しいのか――それを常に考え、解決する努力を怠らないことこそが最も重要なのだ。
 自己矛盾に悩む事などだれしも面倒臭いと感じるだろう。そういった人間が安易な解決方法を求めると、善良な表情が描かれた仮面をつけている詐欺師に呪文をかけられ、落とし穴に陥る場合がある。
 その呪文に心を奪われたものは、穴の外から聞こえて来る救援の声を、自分を惑わす者の誘惑と思い込まされ、耳を塞ぎながら、精神的家畜として一生を送るのだ。
 その呪文が、読んだ者を幸せに導く言葉であるか、受け容れた者の利益誘導を示唆した悪質なキャッチコピーであるか、少しでも自己を客観視出来れば分かるはずなのだが、分かっていても尚、従わざるを得ないのが、この呪文の恐ろしさであると言える。
 何故ならばこの呪文は、全ての人間が共通して持っている『欲望』という名の弱点を狙い射つ、最強の魔法でもあるからだ……
「人間一人の命は、地球より重いのだ」
「では、人間二人の命は一人より重いのか? 何故命に重さがある? 何故命が他の物と比較できる? 命は命だ。それを持つ当人や縁者にとっては何者にも代えられない存在だし、関係のない者にとっては何の価値も無い存在だ」
「だからこそ人間は一方で身体の不自由な者を本当で助け、一方で何十万もの人間を殺す戦争を起こせるんだ。くだらない偽善を吐くな!」
 自分が正義の味方だと信じこめる人間こそ、実は最も危険な存在であることを論理と感覚の両面から察知していた自分に過ちが存在する事を認められない、という思想原理どうしの人間が衝突すれば相互に無視するか妥協するという事が出来ない以上、相手の存在を容認しえないのだから……

「凜の筆跡で間違いないな。……どう思う?」
 セイラが訊くと、惺はうなるように答えた。
「穏やかな内容じゃないな。難解で、鬼気迫るものがある」
「奈々、これはどこにあったんだ?」
「お兄ちゃんの部屋……机の上です」
 奈々が避難する際、とっさに持ち出したらしい。なぜかそうしないといけない気がした、と奈々は話した。
「日付が書かれてないから、いつ書かれたものかはわからないか。これは少し預かっても?」
「……はい」
「奈々ちゃんは智美さんと遼太郎さんのところへ戻って、少し休むんだ。顔色が悪い。寝不足だろ?」
「……はい……そうします」
 とぼとぼと奈々が去っていく。
「あんな健気な妹を放って、凜はどこでなにをしているんだ」
「正直、予兆はあった。セイラも気づいていただろう?」
 年が明けて以降、凜の様子は目に見えておかしくなっていた。
 授業でも上の空が多くなり、実力テストでも本来の凜とはかけ離れた点数を取っていた。心配して話しかけても「なんでもないよ」の一点張り。担任の織田からも「なにかあったのか?」と心配されるほど。
「ミュージカルが終わってからだったな」
「明らかにおかしかったのに、俺たちはなにもしなかった……くそ」
「後悔しても始まらないだろう。いまは凜の行方を捜すほうが先決だ」
「どうやって? この手紙だけじゃ、手がかりにはならない」
 セイラは天井を仰いだ。
「……わたしたちは無力だな。光太のときもそうだった。星術なんて力があるのに、誰も救うことができない。目の前の人間も、この場にいない人間も――」
 光太の最後の姿を、セイラは一時でも忘れたことはない。泣き叫ぶ初恵の姿も、払拭することなどできなかった。
 そのとき――
 体育館の中が、にわかに騒がしくなる。徐々に、徐々に――水の波紋が広がるように、喧噪は大きくなっていった。
 多くの人間がその場でスマートフォンや携帯を眺めながら、驚愕や恐怖の色を浮かべている。セイラと惺の携帯はすでに充電が切れていたため、惺が近くにいた女性に話しかけた。
「どうしたんですか?」
「そ、それが……これ」
 画面を見せられる。
 SNSの投稿をまとめたサイトに、一枚の画像がアップロードされていた。
 黒い獣のような影。よく見ると人の形をしている。撮影場所は定かでないが、瓦礫の山と一緒に映っていることから、被災地のどこかだということはわかる。「星蹟島に怪物出現!?」というタイトルで括られていた。
 女性にお礼を言って、セイラと惺はその場を離れた。
 体育館の外に出る。憎たらしいほどに晴れやかな天気をしているが、二月の空気は冷たい。  
「あの影には見覚えがあるな。セイラ?」
「わたしも同じことを考えていた。偶然の一致で片付けるにはあまりにも不可解だ」
 ふたりはかつて倉庫街で戦った怪物――異種生命体を思い出す。海中に逃げて以降、まるで音沙汰なしだったため、ICISも注視はしつつも放っておくしかなかった。
 そのとき、揺れる紅い髪が近づいてきた。
 紗夜華でもその母でもない。
「詩桜里!」
「よかった。無事だったのね」
 柊詩桜里は疲れた表情を隠すことなく話しかけてきた。
「なんでおまえがここにいる? 本部にいたんじゃ?」
「会議が早く終わって直帰途中だったのよ。星蹟グランブリッジを降りてしばらく走ったあたりで地震に巻き込まれて……あー、疲れた。てゆーか、わたしいま絶対足臭いわー」
 道路はどこも陥没などがあって、まともに通れたものではない。乗ってた車は路上に放置し、ほかの避難所を経由しつつここまで歩いてきた。ここに来ればセイラだけでなく、家族との再会も見込めるだろうと期待して。詩桜里もここまで携帯は使えず、セイラと連絡する手段もなかった。
「惺くんも無事でなによりだわ」
「詩桜里さんも」
 惺と詩桜里は異種生命体騒ぎの際、再会している。恩師である真城蒼一にどんどん似てきていることに、詩桜里は深く感銘していた。
「詩桜里、紗夜華も母上もここにいる。早く顔を見せてやれ」
「そうするわ……あ、リスティは本部に残っていたからおそらく無事。雨龍捜査官は出張で台湾に行っていたから、無事なのは間違いない」
「……ああ」
「……? セイラ?」
「なんだ?」
「なにかあった? どうもいつもと雰囲気が……?」
 セイラの息が一瞬止まり、やがて嗚咽とともに吐き出した。
「っ……親友のひとりが……」
「……わかった。もうなにも言わないで」
 詩桜里がセイラを抱きしめる。いつもは減らず口を叩き合うふたりでも、今回ばかりはなにも言わず、無言でお互いの無事を確かめ合った。 

 自衛隊のヘリで運ばれてきた補給物資で、夕食はまかなわれた。
 行儀よく並んで物資や食料の配給を受ける人々に、セイラは感心した。海外で似たような状況になった場合、我先にと激しい争いになるのは必定。だから彼女は、日本人ではないが日本人の誇りを再認識した形だ。
 かつて一緒に舞台を創り上げた面々は、自然と一カ所に集まっていた。詩桜里や智美、遼太郎など家族も一緒。
 セイラは思う。
 このような自然な団らんに、本当の「つながり」はあるんだと。自分がその輪の中にいる事実を――奇跡を、心から感謝した。
 だがこの場に凜や悠、そして光太がいないのは悔しく、なによりも哀しかった。
「…………」
 食事がまったく進んでないのがひとり、セイラの隣に座っている。
 真奈海だ。彼女の家族はここにはいない。安否も不明で、さらに連日の疲労が重なっていて、真奈海の覇気はないにも等しい。
「真奈海。少しでも食べないと体に障るぞ」
「…………うん」
 セイラがかける言葉を探しているとき、大きな足音を立てながら駆け寄ってくる。
 織田だった。彼は悲痛に満ちた表情で真奈海に寄った。
「豊崎、ちょっとこっちへ――」
 真奈海がふらふらと立ち上がり、織田に連れられて離れていく。
 声が届かない距離だったが、セイラは織田の唇を読み、惺はその「情感」を読んだ。
「落ち着いて聞いてくれ。豊崎の家族だが……っ」
「…………っ、――――」
「お父さんや弟妹たちが――――っ――遺体で発見されたらしい」
 真奈海は気を失った。


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