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いま、その翼を広げて


Disappear-1

 オフィスの窓の向こうを、詩桜里は感慨深げに眺めていた。
 上空を飛行しているのは航空自衛隊の輸送機。もしかしたら、あれに知り合いが乗っているかもしれないと、なんとなく思う。
 星蹟島の封鎖が決まり、全住民の輸送が開始されて数日。いま日本の空を彩っている機体は一般的な航空機ではなく、自衛隊の輸送機が大部分を占めている。
 詩桜里はほかの民間人よりもひと足先に都内へ入り、東京二十三区のほぼ中央、霞が関に存在するICIS日本支部の一室に、臨時のオフィスを設けていた。
 自動ドアが開き、リスティが入ってくる。
「室長、セイラ捜査官と真城惺さんをお連れしました」
 リスティに案内されながら入室するふたり。自衛隊の施設から二時間ほど前に解放され、つい先ほどまでシャワーを浴びていた。
 リスティにうながされ、ふたりはソファに座った。詩桜里も窓際から移動し、ふたりの向かいに座る。
「まったく。こちらは避難生活でまともに風呂どころかシャワーすら浴びてなかったんだ。あの施設にもシャワーくらいあるだろうに、何度言っても貸してもらえなかった。おとなしく拘束されているんだから融通を利かせてもいいだろう? なのに電力不足でそんな余裕はない、だそうだ。『うら若き乙女がこんなに頼んでいるのに、貸さないとはどういう了見だ!』と言ったら、変な顔される始末。詩桜里、これはICISから正式に抗議するべき案件だぞ!」
「……そんなこと言ってるから、乙女扱いされないんだよ」
 小声でつぶやく惺。
「なにか言ったか?」
「別に」
「そこまで愚痴る元気があるのなら、いきなり本題に入ってもよさそうね……リスティ」
 リスティから一枚の用紙を手渡されるセイラ。名簿のリストだった。
「気になるだろうと思ってあらかじめ調べておいたわ。星蹟島におけるあなたの近しい知り合いが向かった避難先よ。ほかに行方を知りたい人がいたら教えて。十分以内に用意するわ」
 セイラはリストに目を通した。
 奈々とその両親は、都内に住む星峰家の長女、小夜子のマンションへ。ここには身寄りのいなくなった真奈海と紗綾も同行していた。ふたりには急に頼れるような親類がなく、暫定的な処置だ。
 紗夜華と緋芽子は、ICIS日本支部からほど近い詩桜里名義の賃貸マンションへ。詩桜里は仕事柄都内との行き来が多く、星蹟島へ異動が決まったあとも部屋を引き払わず、家具などもそのままにしてあった。
 椿姫は両親が所有する都内有数の高級マンションへ。美緒は父親と合流し、母の実家がある埼玉へ。そのほか、「The World End」のメンバーや、織田や鳴海の避難先も記載されてあった。
 ひととおり読んだあと、用紙を惺にまわした。
「みんなバラバラなんだな」
「仕方ないわね。でもそこに記載されている子たちはまだマシよ。避難先のあてがない人たちは、各地の避難所に缶詰状態なんだから」
 リストには、よく知るふたりの名前がなかった。
「凜の行方は?」
 詩桜里は首を振った。
「不明。相変わらず手がかりがなにもないの。島も立ち入れなくなっちゃったし、捜索のしようがないわ」
 わかっていたことだが、セイラは内心がっくりとした。
 そして――
「悠が自衛隊に保護されたのはわかっている。いまどこにいるのか、把握しているのか?」
 詩桜里の目が見開かれる。
「ちょっと待って。どこでそれを知ったの? 彼女が汐見沢唯一の生存者として保護されたことは発表されてない。……拘束中に聞かされたとか?」
「シャワーも貸してくれない堅物が、そんな大事なこと教えてくれるわけないだろう」
 悠が発見されたのは、セイラと惺が汐見沢から移動を開始した直後だった。同じ地域内の出来事とはいえ、直接見てなければ知ることができないのは明らかだ。
 セイラがちらりと惺を見ると、彼は小さくうなずいた。そしてセイラは、その情報を知るに至った状況を語り出す。
 拘束後、セイラと惺は自衛隊の特殊車両で運ばれることに。
 やがて星蹟グランブリッジを通過中、惺がなにかに気づいた。
 車両の上空を飛ぶヘリのローター音が、特殊車両内まで響いてきた。車両には窓がなく、外の様子はわからない。それが航空自衛隊所有のヘリであることを音だけで判断したのはセイラだった。
 直接見えなくても惺にはわかった。気を失った悠が、ヘリに搭乗していると。
 セイラは惺の〈ワールド・リアライズ〉の特性を交えながら、事実を語る。
 最初は驚いた詩桜里だったが、すぐに理解を示した。
「やけにあっさり信じたな。もう少し複雑な説明が必要かと思っていたが」
「……惺くんとはじめて会ったときから、なにか不思議な力を秘めているような気がしていたの。やっと腑に落ちたわ」
 それに、これまで信じがたいことばかりが続いていて、いまさら驚くようなことでもないわね、と詩桜里は付け足した。
「それで詩桜里さん。悠はいま――?」
 詩桜里は再び首を振りながら、リスティを見た。
「真城悠さんの所在は、いまのところわかっていません。ヘリで都内に運ばれたことは間違いないのですが、それ以降は――その、政府の情報統制や警戒が、いつも以上に厳しくて。我々が問い合わせても、なにも知らないの一点張りで」
「ICISの情報網を持ってしても探れないか。徹底してるな」
 セイラの言うとおり、犯罪捜査と情報収集能力において、ICISの右に出る組織は少ない。
 詩桜里が渋面を作った。
「それから申しわけないんだけど、今後、ICISは悠さんの行方について関与できそうにないの」
「なに?」
「上から圧力があってね……ああ、そんな怖い顔しないで、セイラ。気持ちはわかるの。悠さんはわたしの恩師の娘さんでもある。どこにいるのか、どういう状況に置かれているのか、わたしも知りたい。でも――」
 ところが次のセイラの反応は、詩桜里にとって思いがけないものだった。
「わかった。そういうことなら仕方ない」
「え……いいの?」
「よくはないが、おまえの立場もわかるつもりだ。迷惑をかけるつもりもない。おとなしくしていよう」
「セイラ……」
 ああ、やっとわかってくれたのねと、瞳を輝かせる詩桜里。
「もっとも、兄貴はおとなしくするつもりはないようだが」
 セイラの隣で、惺は握り拳を作っていた。
「まあ、わたし個人としてはおとなしくするつもりだが、愛する男に頼まれたのなら、手を貸してしまうかもしれない。愛とは厄介な代物だな。……そうだ。おとなしくしている代わりに、バイクを調達してくれないか? 移動手段が欲しい。できれば同じフォースアテリアルPZXを。ああ、エンジンオイルとタイヤは指定する銘柄に取り替えてくれ」
 詩桜里の瞳が、すぐ暗黒色に落ちた。


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