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いま、その翼を広げて


Disappear-2

 自分にあてがわれた執務室で、山積みなった書類に目を通しながら、桜庭は秘書官の報告を聞いていた。
「現時点で、星蹟島の全住民の八割が各避難先に輸送完了。明日までには、残りすべての輸送を完了する予定です」
「思ったより早かったな。反対の声も少なかったと聞く」
「はい。政府が『星蹟島北東部で未知の伝染病が発生した恐れがある』という発表をし、それを裏付ける写真が無数に出まわってしまったことが、ある意味後押しになったんでしょう」
「インターネット隆盛の時代になって久しいが……政府がどれだけ隠そうとも、情報の拡散は止められないか」
 汐見沢地区で怪物を撮影したという写真や映像が、ネット上で公開されるようになっていた。誰がいつ、どうやって撮影したのは不明。
 当初は政府もそれらのデータを検閲や削除しようと試みたが、情報拡散のスピードが著しく速く、断念せざるを得なかった。そのため政府はデータの真偽はうやむやにしながら、伝染病により甚大な被害が今後発生する恐れがあるとの表明をした。
 誰も怪物にはなりたくない。突然の警戒区域の指定――事実上の避難命令にもかかわらず、星蹟島に住むほとんどの人間がそれを受け入れたのも、怪我の功名といえた。
「ただ、多くのマスコミが騒いでいます。星蹟島における行方不明者捜索をいったん打ち切るのは、いくらなんでも非人道的だと」
「地震発生からもうだいぶ時間は経過した。残念ながら、現時点で生き残っている行方不明者はもういないだろう」
 冷徹だが、桜庭はその判断が間違っているとは考えてない。
 ごくまれに、災害からそれなりの時間が経過したあとでも生存者が発見される場合がある。今回の悠がまさしくそれだ。しかし、そんな「奇跡」にこれ以上の人材や予算を費やすほどの余裕は、いまの日本政府には存在しなかった。
 大勢の命を救う代わりに、少数の命は容赦なく切り捨てる――時として冷酷な決断が必要なことを、それが「国を守る」ということであると、桜庭はよく知っていた。
 そしてすぐ、新たに冷酷な決断を下さざるを得ない状況になることを、桜庭は予見していた。
「真城悠は?」
「まだ治療中です。やはり衰弱が激しいようで、意識は戻っていません。命に別状はないとのことですが」
「最悪、意識は戻らなくてもいい。医師の承認が下り次第、至急手はずどおりに」
「……はい」
「なにか言いたそうだな」
「その……彼女、真城悠はあの『ピアノを弾いた少女』ですよね? そんな彼女を――」
「それ以上は言うな」
 セレスティアル号の事件はまだ、政府関係者にとっては記憶に新しい出来事だ。当時の政府によるあまりにお粗末な対応が問題となり、事件後内閣の支持率は急落。最終的には消費税より低い数字を叩き出し、総辞職に追い込まれた。
 その後の総選挙で数十年ぶりとなる政権交代が実現し、桜庭は現職に就いた。
 そんな中、犯人グループ相手に強い意志を示し、ピアノの演奏で人質のみならず全国民の心を救済した悠は、「ピアノを弾いた少女」と呼ばれ、しばらく英雄的扱いを受けていた。
「本当にいいんでしょうか。彼女にも家族がいて……そういえば、汐見沢で拘束された謎の少年は、双子の兄に当たると聞きましたが」
「きみも政治家の端くれなら、覚悟をしておくといい。今後この国は、険しく厳しい復興への道のりを突き進んでいくだろう。その中で、無慈悲で冷酷な決断をする機会が絶対訪れる。真城悠に関するそれは、まだ序章に過ぎない」
「……はい」
 そのとき、ドアが開いて里見が入ってくる。秘書官が「里見さん、せめてノックをしてください」とたしなめるが、里見は意に介さない。
「桜庭さん、ちょっと気になることがありまして」
「話してくれ」
「真城悠の処遇に関してですが、おそらく近い将来――」
 再びドアが勢いよく開けられ、里見の言葉はさえぎられた。血相を変えた別の秘書官が飛び込んでくる。
「ゾディアーク・エネルギーに動きがありました! 汐見沢での生存者、真城悠の即時身柄引き渡しを要求しています!」
「なんだとっ!?」
「いわゆる『十七条通告』です!」
 桜庭は机を激しく叩いた。秘書官ふたりはこのときはじめて、桜庭が激昂するところを見る。
 しかしすぐに落ち着き取り戻した桜庭は、秘書官たちに様々な指示を飛ばし、彼らを下がらせた。
 残された里見がおもむろに口にする。
「十七条通告。『星核炉の安全及び恒常的な運営における最高法規』の第十七条。『星核炉の安全が脅かされている場合、または喫緊にその恐れがある場合、星核炉の恩恵を受けるあらゆる組織、国家、個人は、星核炉の保全のためにゾディアーク・エネルギーが求めるすべての要求、要請を無条件で受け入れなければならない。その際、関係するあらゆる国家の憲法、法規は無視してよい』……なるほど。これが通告されたのは、ずいぶん久しぶりですね」
「きみは生物学以外も詳しいな……」
「どうします? いやまあ、これが通告された以上、拒否権はないに等しいんですが」
 ゾディアーク・エネルギーが十七条通告を引っ提げて悠の引き渡しを要求した以上、政府はそれを受け入れるしか選択肢がない。
 全十二基の星核炉を有するエネルギー企業、ゾディアーク・エネルギー。企業としての売り上げは世界トップで、大国の国家予算を凌駕する莫大な総資産を保有しているとされている。
 ある著名な有識者が、「国土も国民も有してないが、その独自性によって実在するあらゆる国家・組織を凌駕する影響力を、世界に対して持っている独裁国家」と称した。
 権限は絶大で逆らえる国家は皆無。シディアスですらおいそれと手出しできないのが実情だ。逆らったが最後、ゾディアーク・エネルギーは星核炉が生み出す莫大なエネルギー供給を停止させるだろう。
「真城悠の存在は、表向きには完全に秘匿されていた。『ピアノを弾いた少女』のときのように、美談と称して発表することもできたが、それをしなかった。……きみには理由がわかるだろう?」
「真城悠は、異種化の謎を解く鍵になる」
「そうだ! なぜ彼女だけ異種化が発生してなかったのか。研究次第では異種化発生のメカニズムを解明し、ワクチン製造などにも手をかけられたはずだった……だが、これでおじゃんだ!」  
 かの会社の動きが、もう少し遅れていれば。実際、〈アクエリアス〉の異常に全力で対処するためなのか、それともこちらに構っている余裕がなかったのか、不気味な沈黙を貫いていた。
 どちらにしても、地震発生からいまに至るまで、ゾディアーク・エネルギーの動きは鈍かった。だがそれは表向きだけだったようだ。悠の存在と重要性に目聡く気づき、迅速に要求してきた。 
「――つまり、ゾディアークは〈神の遺伝子〉流出を認めたようなものですね。ついでに異種化の原因が〈神の遺伝子〉にあるというのも間接的に認めたことになります」
 あくまで軽やかな口調の里見。
「そんなことが判明しても仕方がない。ゾディアークが、異種化の解明と対策に協力してくれる可能性は?」
「まずないでしょうね。あそこの秘密主義は病的なまでに徹底されていますから。モラルも常識もあったものではないですよ」
 そういえば――と。これまで誰も気にしなかったことを桜庭は口にした。
「……そもそも、〈神の遺伝子〉とはなんだ?」
「これはあくまでも噂ですが――」
 もちろん噂などではない。里見――かつてゾディアーク・エネルギーに在籍していた斑鳩聖――煌武聖陽はすべて知悉した上で語っている。

「〈神の遺伝子〉とは、不老不死を体現するもの」

 どんな状況下であっても動じず、冷静沈着だった桜庭がはじめてぽかんとした。
「ふ、不老不死……だと?」
「はい。数千年前の地層から発見された、謎の生命体の肉片から採取されたと聞いていますが」
「そんな馬鹿なっ……! SFやファンタジーでもあるまいし!」
「お気持ちはわかります。ですが、そのアブダクションでいくと、異種化もSFやファンタジーに分類されますね。あれが現実なのは認めるでしょう?」
 桜庭が鋭すぎる視線を伴って、里見を見た。
 あ、さすがにしゃべりすぎたかなと考え、里見は口から出任せを言う。
「まあ、これは友人の友人から又聞きした話なんで、信憑性には欠けますね。ははは……ちなみに、その友人の友人は、『不慮の事故』で死んだそうですよ。桜庭さんもいま聞いたことは口外しないほうが身のためでしょう。ゾディアーク・エネルギーは恐ろしい組織ですよ、まったく」
 飄々としている里見の真意を、桜庭は見抜くことができなかった。里見の頭のよさは群を抜いている。これ以上追求しても煙に巻かれるだけだろうと、桜庭は直感した。
「……それで、きみが話そうとしていた案件は?」
「真城悠がゾディアークの手に落ちる恐れがある、と言おうとしていたんですが、現実に先を越されましたね。ははは」
 のんきに笑う里見を、桜庭は追っ払った。
 里見が執務室から去りひとりになったところで、桜庭は頭を抱えた。


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