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いま、その翼を広げて


Disappear-4

 桜庭はいまだかつてないほどの絶望に覆われていた。
 都内某所にある国立の医療研究センター。その屋上に着陸しているヘリが、桜庭のその気持ちをさらに強くさせる。ヘリは航空自衛隊の大型輸送用ヘリコプターで、後部ハッチが開けながら待機している。
 強風が吹き荒れるヘリポートには桜庭のほか、政府関係者や医療関係者、さらに武装した自衛隊員らが詰めかけていた。
 要人を輸送する規模の警戒態勢。これから輸送するのは要人ではないが、それに匹敵するレベルの重要人物だった。
 建物のドアが開き、最新鋭の医療用カプセルが運ばれてくる。
 中で眠っているのは金髪の眠り姫――悠だ。外の事情をなにも知らない穏やかな寝顔。発見当時は真っ青だった肌にも血色が戻りつつある。
「意識が戻らないままなんて……ゾディアーク・エネルギーも鬼畜だ」
「地震に巻き込まれたと思ったら、なにも知らないまま眠り続けて、知らないところで目が覚める、か」
「彼女、目が覚めたときどんな気持ちになるんだ?」
 小声で話す政府関係者たち。
 これから悠は、とある場所まで輸送される。そこでゾディアーク・エネルギーに医療用カプセルごと引き渡す手はずになっていた。
 ゾディアーク・エネルギーは引き渡し日時と場所を勝手に、無慈悲に通告してきた。日本政府の事情などお構いなしに。
 もはや誘拐事件だ――誰もがそう考えていた。
 桜庭の焦りはそれだけでない。頼みの命綱が、天からもたらされた蜘蛛の糸はすでに切れていた。
 悠だけではなかった。検査のために採取されていた悠の血液。さらに自衛隊が回収した怪物の遺骸すべて。そのほか、政府が所有するそれらに関連するあらゆるデータ。すべてを、ゾディアーク・エネルギーは引き渡しの対象とした。データを秘密裏にコピーすることなど許されず、仮に実行して発覚した場合、ゾディアーク・エネルギーがどんな対抗処置をとってくるのか、想像するだけで恐ろしい。
 つまり、異種化を研究する材料がすべて、手のひらからこぼれ落ちたことになる。
 どんなに非人道的と罵倒されても、異種化の解明と対策には、怪物の遺骸や悠の体が必要だった。だが、それらが手の届かない場所に行ってしまうことを止めるすべは、日本どころか世界の誰も有してないだろう。
 カプセルがヘリに運ばれ、後部ハッチに収容される。今回の輸送は悠だけで、怪物の死骸に関しては量が多いことから、まだ輸送のめどは立っていない。
 そういえば――と、桜庭は周囲を見わたす。
 里見の姿が見えない。
〈神の遺伝子〉は不老不死を体現するもの、という信じがたい話を聞いて以降、彼の姿を見ていなかった。もっとも悠の身柄引き渡しが正式に決まってからは自分も忙殺されていて、気にする余裕はなかったが。
 すべての準備が整い、ヘリのタンデムローターが高速回転を開始する。
 せめて何事もなければいいと――桜庭は生まれてはじめて神に祈った。

 ――だが、桜庭の祈りは届かなかった。


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