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いま、その翼を広げて


Extrication-11

「油断も隙もあったものじゃない」
 床で真っ二つになっているスマートフォンを睥睨しながら、霞は言った。
「甘やかしすぎたな。自由にしすぎたわたしの責任だ」
 日本刀の切っ先を、凜の眼前まで上げる。
 たじろいだ凜が、後ずさった。
 切っ先を向けたまま、霞が迫る。
 壁際まで追い込まれて、凜は止まった。
「姐さん、あんまりいじめないであげて」
 腕を組みながらドアに寄りかかっていた斑鳩が言う。
 霞が凜の瞳をのぞき込んだ。
「……ふん。若干『光』が戻っているな。まだ理性が残っているのか?」
「――――」
「わたしはな、おまえの瞳が好きなんだ。愛していると言っても過言ではない。最初に会ったときのおまえの瞳は、いまだに忘れられない」
「――ぇ?」
「すべてを飲み込む黒。家族などとうに通り越して、人間そのものへの憎悪と嫌悪が渦巻いた暗黒の瞳。煌武の屋敷ではじめておまえと会ったとき、わたしの求めていたものはこれだ、とすぐ理解したんだ」
 刀の切っ先を、凜の頬に走らせる。
「――っ」
「だからおまえをもらった。煌武の屋敷をあとにしてからの二年間、おまえはわたしのもとで暮らした」
「――ぁ――あぁっ――!」
「おまえの兄貴が行った精神操作の星術は完璧ではない。わざと『遊び』を残していた。ふとしたきっかけで思い出すようにな――凜」
 霞の指が、凜の頬に触れられる。背筋が凍るほど、その指は冷たかった。

「もう思い出しているんだろ? 暗殺者として動いていた二年間を」

 指についた凜の血を舐める。
「やめろぉっっっ!?」
 凜が霞を突き飛ばす。
 凜は頭を抱え、恐怖に怯える犬のようにうなった。
 ――最初に殺したのは、実の兄だった。
 頸動脈に短剣を突き刺し、失血死させた。返り血の生温かい感触が、記憶にべったりとこびりついている。
 凜が暗殺者になったのは、それからだ。
 霞に武術や暗殺術を習ってから、凜はめきめきと頭角を現した。
 人間への憎しみから生じる殺人衝動。それを自由に制御できるようになれば、凜は自分を超える暗殺者になるだろうと霞は確信していた。
 暗殺者としての最初の標的は、政界の大物。
 次の標的は、暴力団組長の愛人。
 その次は、裏社会に敵を作りすぎた芸能人。
 その次は――?
 さらに次は――?
 まだまだ標的はいた。
 そしてどの標的も、凜は見事に抹殺した。
 霞の確信は現実に変わろうとしていた。黒月夜の次世代を担うエースとしての才能が、自分の後継者となりうる才覚が、凜にはあった。
「ICISの追求が思いのほか激しくてな……おまえを手放すはめになったのは痛かったが、こうやって再会できて嬉しいよ」
「やめて……やめて……っ」  
「そろそろ認めたらどうだ。おまえはふつうの人間とは違う。演劇祭を思い出せ」
「――――?」
「カーテンコールでみんな感動に泣いていたな。あれには笑いそうになったよ。いや、認めよう! 実は陰で笑っていた。あんな素晴らしい茶番はめったに見られない!」
「み、みんなを馬鹿にするな……っ」
「馬鹿にしてなどない。褒めてるんだ。タイトルはなんだった? 素敵なタイトルだったな」
 凜の顔に迫る霞。
「みんな、きっと思い思いの翼を広げたんだろう。だが凜、おまえはどうだ?」
「――――っ」
「あのとき、おまえだけは泣いてなかった! どうしてみんなは泣いているんだろう。なんで俺はここにいるんだろう。こんなことしてなにになるんだろう――そんな疑問しか、おまえの表情から読み取れなかった! おまえは翼を広げられなかった。いや、そもそもおまえには、最初から翼なんて生えてなかったんだよ」
「あぁっ――っ!?」
   
「星峰凜。おまえは『人間』にはなれない。もう手遅れだ」

「うああああああああああああぁぁぁぁぁっっっっっっ!?」
 凜がくずおれる。
 霞はすかさず、しゃがみ込んで凜に寄り添った。
「もう苦しまなくていい。最初からこうしていればよかったな」
 霞が斑鳩を見る。
 彼は「やれやれ」といった仕草で歩み寄り、霞と位置を交換した。
「凜。僕もきみがこれ以上苦しむのは見てられない。姐さんは厳しすぎるよね。だから結婚できないんだよ」
「…………」
「さあ、目をつむって、凜」
 そのとおりにした凜の額に、斑鳩は手のひらを乗せた。
「あーあ。精神と感情がめっちゃめちゃだよ。どうしてこれで理性を保ってられるんだ?いや、もう最後の砦はたったいま、姐さんが壊しちゃったみたいだけど。ほんとに容赦がない」
「やれ」
「はいはい。――凜。おそらく素の状態のきみとは、これでお別れだ。さようなら」
 斑鳩が念じると、手のひらに「なにか」が収斂していく。「スピリチュアル」の一種。対象の理性をほとんど奪うのと同時に、精神をマインドコントロールする術。凜の二年間の記憶が曖昧だったのも、これ応用した術の効果だった。
 やがて凜の瞳から、光が完全に消失した。


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