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いま、その翼を広げて


Extrication-14

 陸路で都内から星蹟島へ向かうルートはそんなに多くない。代表的なのが、首都高速湾岸線から東関東自動車道へアクセスするルート。
 東関東自動車道を成田空港を過ぎたあたりまで行くと道路が分岐。星蹟スカイラインへとつながる。それはそのまま旭市や銚子市などを経由し、やがて利根川の先から伸びたような形で接続、星蹟グランブリッジへと到達する。
 惺たちを乗せたピックアップトラックはちょうど星蹟スカイラインに入ったところだった。千葉県全域はすでに警戒区域に指定されているため、往来する車はない。制限速度をまるで気にすることなく飛ばせることに、レイジはすこぶる機嫌がよかった。
 反面、惺とセイラの表情は重苦しい。セイラは助手席でノートパソコンとにらめっこしており、惺は腕を組んで目をつむっている。
 昨夜届いた悠からのメールが、惺の心をざわつかせていた。
 他人が悠を装ったわけではない。あれは間違いなく、悠本人からのメールだと惺は確信していた。いますぐにでも飛んでいきたいが、そう簡単な話でもないのがもどかしい。
「……すんなり行きすぎているな」
 セイラがおもむろにつぶやく。惺もレイジも、その意味をすぐに悟った。
 ここに来るまで、警察や政府の追跡はなかった。Nシステムなどはセイラがハッキングをしかけ無効化していたものの、有人の警戒態勢は昨日までと打って変わっておとなしく感じる。たとえば東京都から千葉県へ入る道路は軒並み封鎖されていたが、バリケードが設営されているだけで見張りはなかった。
 星蹟島へ向かういくつかルートを算出したはいいが、もっとも簡単なルートで進めてしまったことに、セイラの直感は警鐘を鳴らしている。
 ……政府は惺をあきらめたのか?
 セイラはすぐに首を振る。そんな都合のいい話があるわけない。
 それから、ICISの動きが見えないのも妙だが――
「セイラよぉ、それはフラグってやつだぜ」
 レイジがセイラの思考をさえぎった。
「なに?」
「映画でよくあるセオリーだ。『すんなり行きすぎている気がする。はっ、これはもしかして罠?』とか言ったとたん、たとえば目の前の陸橋が崩れ落ちたり――」
「レイジさん! ブレーキ!」
 惺が叫んだ。
 とっさに反応したレイジがブレーキを踏み込む。
 停車した車の鼻先で、レイジの言うとおりになった。
 その衝撃が伝わり、車内が揺れる。
「レイジの馬鹿! おまえの言ったとおりになったじゃないか! フラグを立てたのはおまえだ!」
「んだよ、俺のせいかよ!」
 車をバックさせ、急旋回。
 しかし、その先に待ち構えていたのは――
「げえ!? 自衛隊かよ!」
 陸上自衛隊の戦車や特殊装甲車が、両側面の盛土の上から顔を出したところだった。
 さらに正面――先ほどまで走っていた道路の上に、ちょうど巨大な航空機が天空から舞い降りる。ヴォルテックをそのまま巨大化したようなシルエット。それが道路を完全にふさぐ。そのほか、上空で待機しているヘリが数機、確認できた。
「大型垂直離着陸機――通称『アルゲンタヴィス』か。ふむ、最新鋭の機体が自衛隊にも何機か納入されたと聞いていたが、まさかこんなところでお目にかかるとはな。ところで惺、こいつらの接近に気づかなかったのか?」
「ぎりぎりまで隠れてたらしい。気づいたときにはもう、だいぶ接近してた」
「ほら見ろレイジ、今度はスピード違反が問題になった! やはりこの状況はおまえが招いたと全力で認定する! 免許剥奪だ!」
「ごちゃごちゃうるせえ! ……おい、誰か出てくんぞ」
 アルゲンタヴィスの側部ハッチが開き、数名の人間が降りてくる。
 武装した自衛隊員たちに囲まれた、ダークトーンのスリーピースに身を包んだ男。小柄だが独特の存在感を放っている。彼は車から四十メートルほどのところで立ち止まった。
「……マイケル・コルレオーネか?」
 レイジがつぶやく。
「重厚感は似ているな。たしか、彼は――」
 そのとき突然、惺の携帯が鳴った。知らない番号だが、これは無視するわけにはいかないと直感する。
 なぜならスリーピースの男も、携帯電話を耳に当てていたから。スピーカーモードにしながら、惺は応答した。 
『真城惺くんだね』
「はい。あなたは?」
『内閣総理大臣補佐官、桜庭清隆だ。この通話はリアルタイムで首相官邸に中継されていることを、あらかじめ宣言しておく』
「構いません。どんなご用件でしょう」
『単刀直入に言おう。いますぐ投降してほしい。きみが投降すれば、そこにいるICIS捜査官おふたりの身の安全は保証しよう』
「……俺に対する保証はないんですか?」
『すまないがそれは確約できない。なにぶんはじめてなことだから……きみは我々に捕まったらどうなるのか、予想はついているんだね?』
「ろくでもないことになるんだろうな、ってくらいには」
『異種化現象は現在、小康状態にある。大規模な避難が功を奏したな。とは言っても犠牲者はすでに万のオーダーに達している。そして異種化がいつ再開するか、どこで再開するのか、まるで予想がつかない!』
 桜庭は空を指さした。
『この空は、どこまでもつながっている』
「再開する前に俺を捕まえて、いろいろ人体実験をしたいと?」
『表現が……いや、この期に及んで取り繕うことはないか。きみの言うとおりだ。どうか頼む! 日本のために――いや世界のために、犠牲になってほしい』
 セイラがなにか言いそうになるのを、惺は制止した。
「俺からも尋ねていいですか」
『ああ、もちろん』
「悠が無事だったら、同じことを頼んでいたんですか?」
 桜庭の言葉がやや詰まった。
『…………おそらく』
「ふざけるな!」
 惺の瞳に激情が宿るところを、セイラは久しぶりに見た。
「俺や悠が犠牲になったとして、それでこれ以上の異種化現象を絶対に阻止できるという保証は?」
『……それは』
「あなたはそれで国民に犬死にしろと? あるかないかもわからない可能性と望みに懸けて、どうなるかわからないがとりあえず死んでくれと、未成年に頼むんですか?」
『――――っ』
 なぜ政府高官が、高校生に説教されているのだろう。しかも彼の言っていることは正論だ――首相官邸では、耳を傾ける誰もがそう感じていた。
『政治は、きれい事ではすまないんだ。頼む。わかってくれ!』
 小を殺して大を生かす。桜庭の信念は、どのような状況でも揺るがない。
「あんたたちの幻想を打ち砕いてやる」
『な……なに?』
「俺が悠の身代わりになると、あんたたちは考えているのかもしれない。近い遺伝子を持つ双子の兄妹だから。けど、それがそもそもの間違いだ」
『おいきみ! どういうことだ!?』
 次の惺の台詞に、会話を聞いているすべての人間が愕然とした。セイラやレイジまでも我が耳を疑った。

「俺と悠に、血のつながりなんかないんだよ」

『な……なん、だと?』
「言葉どおりの意味だ」
『嘘だっ!』
「嘘じゃない。俺は真城蒼一の息子らしいが、悠は違う。詳しい事情は知らないけど、悠は本当の両親から『託された』と、父さんは言っていた」
『ば、馬鹿なっ!? でたらめだ!』
「そう思うんなら、すべて終わったあと、俺と悠のDNA鑑定でもなんでもやるといい。喜んで協力するよ」
『ま、待て!? きみは、真城悠の居場所を知っているのかっ!?』
 それには答えず、惺は通話を切った。
「惺、どういことだ! わたしは聞いてないぞっ!?」
 セイラがいきり立つ。
「事情は今度話す。とりあえず、いまは――」
 車を降りる惺。
 向こうでは、慌てた自衛隊員によって桜庭が守られつつ、アルゲンタヴィスまで後退していく。桜庭の足取りは、降りてきたときと別人に見えるほどおぼつかない。
 惺は崩れ落ちた陸橋まで歩いて行き、手をかざしながら目をつむった。
 数百トンはあるコンクリートの瓦礫が空中に持ち上がり、邪魔にならないところに吹っ飛ぶ。
 それを数回ほど繰り返し、車一台が通れる隙間ができる。一分とかからない作業だった。
 レイジは唇を吹いた。
「星術ってのは便利だな。俺も習おうかな」
 と言いながら、レイジは再び車を旋回させる。自衛隊の面々は状況についていけてないのか、まるで動く気配を見せない。
「女性のスカートを持ち上げるのに使わないのなら、教えてやってもいい」
「んじゃあ、パンツずり下げるのならいいのか……って、おいおいおい!」
 背後がにわかに騒がしくなった。セイラとレイジが振り向いて見ると、盛土の上に待機していた戦車たちがやっと動き出したところだった。続々と道路に降り、惺たちに砲身を向ける。
「ちっ。まだあきらめてないみてえだな!」
「惺、車に早く!」
 惺は黙ったまま車を通り過ぎた。
 すれ違う瞬間、セイラは言葉を失った。
 周囲の空気の変質する。
 ほとばしる星力。惺の全身からあふれ出すそれは、彼の淡い亜麻色の髪を静かに逆立たせていた。
 セイラはただちに、助手席の窓から引っ込む。
「レイジ、衝撃に備えろ」
「おい、だから変なフラグ立てるのはやめろ! なにがどうした!」
「彼らは惺を本気で怒らせたらしい。おまえは知らないだろうが、惺は怒らせると非常に怖いんだ。正直、わたしは帰りたい」
「な、なんだそりゃ…………なあ、なんか寒くないか? 急に温度が――」
 車内なのに、吐く息が白くなっていた。すでに三月になっていて、そもそも外でもそこまで気温は低くない。
 アルゲンタヴィスが飛び立つ。上空で待機していたヘリも動き出した。ヘリから発せられる拡声器の声が、惺たちにしつこいほど投降をうながしている。逃走するなら武力行使もいとわない、とも告げていた。 
 捕まえようとする相手に武力行使とはどういう了見だろう。日本の自衛隊がそんなこと言い出すなんて、よっぽど切羽詰まっているんだな――などとレイジが考えたとき、それは起こった。
 左手を右手首に添え、前に突き出す。  
「……うるさい……」
 小さくつぶやいた惺の声は、セイラとレイジの耳に届かなかった。
 膨大な量の氷塊が、惺の手の先から発生した。
 津波のような勢いで、氷塊は放射線状に広がっていく。
「な――――っ!?」
 レイジが絶句する。
 氷塊は瞬く間に巨大な氷壁となり、ヘリや戦車を飲み込む。後方に控えていたアルゲンタヴィスもその氷結結界に巻き込まれて行動不能となる。
 二十秒にも満たない時間。
 世界が凍った。
 レイジの愛車以外の車両や機体はすべて、巨大な氷のオブジェクトを彩るパーツに成り果てていた。
 車両や機体に乗っている人間の悲鳴のようなものが、凍てついた空気を通じてわずかに聞こえてくる。
 惺が荷台に跳び乗った。
 セイラがシートベルトを締めながら言う。
「レイジ、車を出してくれ。もう終わったようだ」


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