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いま、その翼を広げて


Extrication-23

 森の中を、悠を背負った凜が走っていく。
 そしてこの場所が、星蹟島であることには地形から気づいていた。築山の下、月明かりに照らされた街並みには、どことなく見覚えがあった。地震以後、凜が外に出たのははじめてだ。
 眼下の廃れた街並みを気にしている余裕など、いまの凜にはない。
 逃げる。
 どこまでも逃げる。
「はぁ……はぁ……!」
 途中、つまづきそうになってもすぐに体勢を立て直して走る。背負った悠が目覚める気配はなかった。
 どうしてこんなに必死なのだろうと、凜は心の片隅で思っていた。
 自分は悠に死ねと命令したようなものだ。なのになぜ、ここまで必死に守ろうとしているんだろう。
 凜の直感は告げていた。「やつら」の手に悠が落ちた場合、もうどんな希望もすべて打ち砕かれるだろう、と。
 惺とセイラの面影が、脳裏によぎる。
 なぜあのとき、自分は惺に電話したんだろう。
 答えはすぐにわかった。
 あのふたりに、どうにかしてほしかったんだ。
 救ってほしかったんだ。
 悠を。
 そして、自分自身を。
「……っ」
 とがった木の枝で傷ついても、構う余裕などない。
 とにかく走る。
 背中の悠は、びっくりするほど軽かった。伝わってくる体温は冷たく、いまにも消えてしまいそうな存在感。この事態を招いた責任のほとんどは自分にあると、ごちゃごちゃになっていながらも、凜の理性は思い知っている。
 開けた場所に出た。
「……まずい」
 鈴井の警告が頭をよぎる。身を隠さなくてはだめだと一瞬で判断し、近くの木立に隠れようとする。
 ――まさにそのときだった。
 上空からの膨大な光に、凜の目がくらんだ。
 月明かりなどではない。
「――ぁ――っ!?」
 頭上に浮かぶ巨大な機体に、凜は心から戦慄した。空中でホバリングし、こちらに強烈な照明を向けている。
 あんな巨体が飛んでいるのに、ほとんど音がしてない。シルエットは自衛隊のアルゲンタヴィスと一緒だが、細部の装備や機構が異なっている。しかしそれは凜が知るよしもないことだった。
 空中で側部ハッチが開き、なにかが飛び出してきた。
 人間だった。五人の人間が、開けた地面に降り立つ。
 まるで悪魔が降臨したかのように。
 凜は言葉を失った。目の前に現れた謎の集団は、たしかに人間のシルエットをしている。
 だが、その異様な姿。
 漆黒の装束に身を包んだ謎の集団。「人」であるはずなのに、それとは別の異質な存在感を醸している。
 形容は異様。気配は異質。
 喜怒哀楽のすべてが混ざったような不気味な白塗りの仮面が、漆黒の中で浮き彫りになっていた。背丈の差異もごく小さい。五人全員がまるでコピーしたかのように、寸分の狂いのない姿だった。
 彼らがSFGの精鋭であることを、当然凜は知らない。
 仮面の瞳は、ずっと凜をとらえて離さない。
 そして――
 SFGの面々が全員、姿勢を低くして一気に凜に近づいてくる。
 十数メートルはあった距離を一瞬で詰められ、凜の心臓は止まりそうになった。
 いちばん接近してきたひとりの腕が、最小の動作で振りかぶる。
 拳が、凜のみぞおちにめり込んだ。
「がはっ――!?」
 内蔵が破裂したのではないかと思うほど熾烈な一撃を受けて、凜は悠と一緒に背後に吹っ飛んだ。
 悠の体温が、凜の背中から消えた。
 すぐに顔を上げた凜が、目の前で倒れている悠を視認する。
「ゆぅ――――ぐぅっ」
 悠を呼ぼうとするが、みぞおちの衝撃が抜け切れてなく、うまく言葉が紡げない。
 SFGのひとりが悠に近づき、彼女を肩に抱えながら振り返って歩き出した。その先には、いつの間にか地上に降りていたアルゲンタヴィスの姿が見える。
「待て――ゆ、悠――っ!?」
 SFGの連中は聞き取れないほど小声で話し、やがて凜に意識を向けた。
 ひとりがゆっくりと凜に近づいてくる。まるで足音はない。
 凜の鼻先で止まった。
 その人物は懐から拳銃を取り出し、無言で凜の頭に標準を定める。
「……う……うぁ……」
 凜にはもう、逃げるような気力など残されてない。たとえ残っていたとしても、目の前の人物たちが見逃してくれるとは露ほどにも思わなかった。
 絶望が凜の心に満ちる。
 死の気配が、そこまで近づいていた。   


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