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いま、その翼を広げて


Extrication-35

 星蹟島から目視でも確認できる距離の海上に、星核炉〈アクエリアス〉は屹立していた。
 普段、星核炉周辺は海でも空でも、部外者は完全に立ち入ることができない。かつて、別の星核炉の領海内に一般の漁船が誤って進入した際は、問答無用で即座に沈められていた。治外法権の極みだ。
 セイラたちの乗った潜水艦は海中を進み、発進から数十分後、星核炉がそびえ立っている小島に到着。ゾディアーク・エネルギーからの攻撃を懸念していたが、どうやら杞憂に終わったようだ。
「ドックは壊滅しているな……陸に直接つける。ふたりとも、衝撃に備えろ」
 ずしん、という衝撃のあと、静寂が訪れた。
 セイラは星装銃を構えた。
「こんな場所に部外者がたどり着いたことはない。気を引き締めていくぞ」
 艦橋のハッチから三人が降りる。
 朝の陽光に照らされた目の前の光景に、三人は言葉を失った。
 小島の大部分は、人工的な施設で覆われている。岩肌や自然の姿は少ない。 
 施設の大半が、徹底的に破壊されていた。特にいちばん目立つ星核炉本体の建屋。軒高三〇〇メートル。幅は八十メートル強。それが海上にぽつんと存在している姿は圧巻だが、いまはもう、その無感情な雄姿は見られない。
 完全な円筒形の建屋は、ほぼ半壊していた。映像にあった、建屋にまとわりつく肉片のようなものは確認できなかった。
 物陰に隠れた三人が様子をうかがう。
「悠……っ!」
 惺がつぶやく。
「悠の居場所、わかるのか?」
「ああ。あそこに」
 惺が指さす先は、崩れ落ちた建屋のほぼ中央付近。
「まさか、悠をそのまま星核炉に放り込んだのか!? 悠は生きているんだな?」
「それは間違いないけど……」
 惺は周囲を見わたした。
「なにか気になるのか?」
「人の気配がない」
「……たしかに。悠をここに連れてきたSFG、もしくは常駐している連中が出迎えてくれてもいいと思っていたが」
「それに、得体の知れない妙な気配が――」
 別のほうを見ていた凜が、小声で告げる。
「ふ、ふたりとも! あっちに」
 凜の視線の先には、開けた場所に着陸している漆黒の機体があった。
「あれはアルゲンタヴィス? エンジンは停止しているようだが……周囲に倒れてるのは、人か?」
 警戒しながらアルゲンタヴィスに近づいていく。
 生き残りがいたら絶対に気づかれていたであろう至近距離まで来ると、その光景に、三人はまた言葉を失う。
 SFGと思われる黒装束の人間たちが、無残な遺体となって転がっていた。血と肉片の饗宴に、凜は思わず口を押さえる。
「最近、こういう光景に縁がありすぎて困るな。呪われてるのか?」
 と、肩を落とすセイラ。
 惺が目を細めてながら言った。
「誰にやられたんだ? 俺たち以外に、人の気配がないのに」
「この状況では自滅というのも考えにくい……凜、おまえにも〈プロテクト〉はかけたが、あれにはなるべく近づくな…………凜?」
 凜の表情が青ざめていることに、セイラは気づいた。
「い、いま、遺体が動いたような……っ」
「そんな馬鹿な」
「いや、セイラ。凜の言うとおりだ!」
 惺が蒼牙護神聖を構える。
 遺体が動き出した。多くの遺体がゾンビのように立ち上がり、不気味な仮面を身につけたまま、三人を睨めつけた。それだけでもおかしいのに、彼らの肉体にさらなる異常が発生する。
 肉体の全域が不気味な脈動を繰り返し、風船のように膨張していく。
「これは、異種化!?」
 しかしいままでに見てきた異種化とは違う。変質していく肉の色が、ミルクを彷彿させる淡い白へと変化。これまで異種化した人間は毒々しい黒色に変色していたが、真逆の色合い。
 それでも、見た目は醜悪だった。
 首や胴体、手足など、人間の名残を感じさせる部位はかろうじて残っているが、質感はまるで別物。むしろ、優しささえ感じるミルク色の肌が、醜悪な容姿と不気味さを際立たせている。
 異種化した連中がセイラたちの存在に気づき、ゆっくりと足を向けてきた。
「スプラッターの次はゾンビ映画か。やれやれ」
「捕食しようとしてる……? やっぱり歓迎はしてくれないみたいだな」
 前に出る惺。
「凜、おまえは下がっていろ!」 
 セイラも前に出て、星装銃を発射した。
 リミッターの外された大きなエネルギー弾が、一体の上半身を吹き飛ばす。
 惺も動いていた。
「はっ――!」
 惺の抜刀術が、別の個体の上半身を袈裟懸けに斬り裂く。もはや人間ではない彼らに、情けは必要なかった。
 セイラと惺は、異種化したSFGのなれの果てを続けざまに葬っていく。相手には知性も戦術も存在してない。ふたりの敵ではなかった。
「セイラ! 離れて!」
 周囲を凍えさせる氷の星術が、異種化の残骸を包み込む。周囲に白い冷気が立ちのぼった。異種化した生物の生命力の強さを、惺は身をもって知っていた。簡単には溶けないレベルの氷結が、生命活動ごと封じ込める。
「全部倒したか?」
「……気配は消えている、けど、手応えがないな。南裾浦港で戦ったやつとは別物だ」
 そのとき、凜の悲鳴が響いた。
 凜が隠れていた物陰に向かうふたり。
 そして目に映る、異様な光景。
「ぐっ……あ……っ」
 凜の体に巻き付いている触手のような物体。それは死角になっている場所から伸びていた。
 星装銃で触手を撃ち落とすが、別の触手がやってきて、同じように凜の行動を奪う。
 凜が伸ばした手を、セイラが取ろうとする。
「凜!?」
 だが、それは叶わなかった。
 凜は触手に引っ張られ、死角に吸い込まれるようにして消えた。
 ふたりが凜の消えた先に向かう。
「これは……っ」
 さすがの惺も動揺を隠せなかった。
 無機質な金属製で、近代的な様相の建物がある。だが、近代的なのは外見だけだ。
 大型車でも簡単に入れそうなぽっかりと開いた出入り口の先には、ぶよぶよとした異様な光景が広がっていた。
 肉の壁。
 壁や天井にすべて、血色悪い肉のようなものがこびりついていた。それは生き物のように脈動を繰り返し、意思を持つかのようにうねっていた。
 ――壁の一部が触手へと変化し、セイラたちを襲ってきた。
 セイラが星装銃で応戦し、惺が再び氷の星術を発動させる。
 凍りついた肉の壁が、脈動をやめた。
「この気配だ! 前に南裾浦港で戦ったあいつと同じ気配だ!」
「これが? 凜は!?」
「凜は生きている。ものすごいスピードで、肉の中を進んでいるみたいだ!」
「もうなんでもありか!」
「セイラ、先に進むぞ」   
「この中を? 危険だ!」
「そうでもしないと、凜も悠も救い出せない!」
 苦々しく口もとを歪めるセイラも、やがてそれしか方法がないとの結論に至った。
「悠……もう少しだ」


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