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いま、その翼を広げて


Extrication-4

 警報が響きわたっている。
 ICIS日本支部のオペレーションルームは、いまだかつて見たこともないような混乱に満ちていた。
「アルテイシア捜査官は雨龍捜査官とともに、依然逃走中! だ、第一区画突破されました!」
「隔壁を下ろすんだ! 閉じ込めろ!」
「か、隔壁が!? 異常発生! 隔壁が下りません! 外部からのハッキングを感知!」
「馬鹿な!? ICISのメインシステムにハッキングだと!?」
「両名、第二区画を突破!」
 怒号が飛び交うオペレーションルーム。
 苦虫を噛みつぶしたような表情の詩桜里が、呆然とたたずんでいた。
 ……どうしてこんなことに。
 そもそも、レイジがセイラのいた部屋にたどり着けること自体がおかしい。警備は万全で、虫一匹入り込めるような隙もなかったはず。
 詩桜里がなんとなく見つめる先に、オペレーターのひとりとなっていたリスティがいる。
 リスティは詩桜里の視線に気づき、思わず目を逸らした。
 ――まさか。
 詩桜里がリスティに詰め寄る。
「あなたの仕業ね!? いくら雨龍捜査官でも、なんの後ろ盾もないままセイラのところには行けない!」
 リスティは泣きそうな表情でうつむくが、すぐに顔を上げて椅子から立ち上がった。
「室長は、あのままセイラ捜査官が囚われているのが本人のためだと、本気でお考えですか!」
「だって、そうしないとセイラは――!?」
 今度はリスティがセイラに詰め寄った。
「嘘です! 室長もどこかで間違っているって感じていたはずです! そうじゃなきゃ、あんな哀しそうな涙は流さない!」
 見たこともないほど声を張りあげるリスティに、詩桜里はたじろいだ。周囲も呆然として見守っている。 
「リスティ……あなた」
「雨龍捜査官は言いました。『俺は自分の信念を信じる。セイラもきっとそうするだろう。――じゃあ、リスティちゃんはどうする?』って……わ、わたしは……っ」
 大粒の涙を流すリスティ。心がここまで震えるのは、彼女にとってははじめての経験だった。
 そのとき、オペレーターのひとりが声をあげる。
「にゅ、入電! ……こ、これはっ!? 柊捜査官! アルテイシア捜査官のIDからです!」
「なっ!? つないで!」
 壁一面を占める大型モニターに、セイラの端正な顔が映し出された。
『やあ詩桜里。人には無茶するなとか散々言ってたくせに、自分はいいのか?』
 セイラの表情は穏やかだった。
「それにはわけがあるの! これ以上あなたが無茶をしたら――」
『わたしの「自由」を奪う、とでも上に脅されたか?』
「あなた、気づいて……?」
『律儀なおまえがあんな無茶をしでかしたんだ。それくらいしか理由は思い浮かばない』
 詩桜里は苦しそうにうなずいた。
 かつてセイラは、犯罪組織シュルスの暗殺者として、三桁に迫る要人の暗殺に従事していた。それによって生じた影響は計り知れない。
 即刻死刑になってもおかしくない大罪だが、セイラが捕まったフォンエルディアには死刑制度は存在しない。そのため、ICIS総本部が統括する特別収容施設にしばらく収監。 セイラ本人は、ここで死ぬまで暮らすのだろうとなんの疑問もなく思っていた。
 だが、そうはならなかった。
 超法規的処置。上層部の計らいで、条件つきの解放が実現された。
 セイラに与えられた条件は、ICIS捜査官として、犯罪捜査に無条件で従事すること。
 そしてどんな状況であっても、たとえ相手が凶悪犯罪者でも、その者の命を奪わないこと。
 セイラは条件を受け入れた。
 捜査官となったセイラの活躍はめざましかった。もともと本人が凄腕の暗殺者だったのだ。だから犯罪者の心理など手に取るようにわかる。彼女が捜査に加わったおかげで、多くの難事件が解決される運びとなっていた。
 更正と手柄と手腕が認められ、日本に来る頃にはもう、セイラの待遇はだいぶ改善されていた。観察役である詩桜里の許可さえ取れば外出も自由。一般人との交流も制限はなきに等しい。セイラの過去を考えれば、それは破格の待遇だった。
「あなたが今後問題を起こした場合、観察期間を即刻終了させて収監。そのまま本国に送り返すことも辞さないって」
 それはICIS日本支部上層部の総意だった。つまり、セイラが長年の努力で勝ちとってきた「自由」を、再び奪うことにほかならない。
『なるほど。上層部の意向もわからないわけではない。それくらいの前科がわたしにはある』
「セイラ……」
『すべて終わったときは、おとなしく投降することをここで誓おう』
「でもっ」
『なあ詩桜里。はじめて会ったとき、わたしがおまえに言ったことを覚えているか?』
「……っ」
 昨日のことのように思い出す。
 あのときのセイラは、まだ笑うことができなかった。自分の大罪を自覚し、後戻りできない壮絶な過去に押し潰されそうになっていた。
 そんな中、迷子になった子どものような孤独を全身から発しながら、セイラが言った言葉。

『わたしは、「人間」になりたいんだ』

 モニターの向こうで、セイラはあのときと同じ言葉を言った。
「覚えてるっ! 忘れるわけないでしょう! その手伝いをしてくれと頼まれて、わたしがうなずくと、不器用な笑みを浮かべながら『ありがとう』って言ってくれたこともすべて!」
『……ありがとう』
 不器用な笑みを浮かべながら、そして若干恥ずかしそうにしながら、セイラは言った。
『だがいまの状況はなんだ。悠が行方不明になったことはレイジから聞いた。さらに、惺まで官憲の手に落ちた……!』
「だ、だからって、あなたが無茶していい理由にはならない!」
『親友が行方不明になり、愛する者が謂われなき罪で囚われている。ふたりの先にどんな未来があるんだ? わたしは親友を――悠を絶対に見つけ出す! そして愛する者を――惺を解放する! 誰にも邪魔はさせない! それができなくてなにが「人間」だ!』
「でもっ!」
『もう一度言うぞ、詩桜里――』
 セイラは大きく息を吸って、その魂を叫んだ。


『わたしは、人間になりたいんだっ!』


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