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いま、その翼を広げて


Extrication-42

「り――凜――」
「…………ん」
 凜が目を覚ますと、目の前にセイラの顔があった。疲れ切っているが、なにか成し遂げたような充実感を伴っているようだ。
 凜自身も、いまだかつて経験したことがないような虚脱感に見舞われていた。
「ここは……?」
 大樹もなければ、光の奔流もない。完全な現実世界の質感。周囲を見わたしてみても、見覚えのない無機質な場所だった。広大な空間。建物の中、至るところで瓦礫が散乱している。
「……なんだったの、あれは」
 ぼんやりと上を見ると天井が半壊していて、切りとったような空から陽光が差し込んでいる。
「わからん。さっぱりだ」
 凜は勢いよく上体を起こした。
「そうだ悠っ! 悠は!?」
「無事だよ」
 ほら、とセイラは瓦礫の山に視線を向けた。
 数メートルの高さに積もった瓦礫は、崩れた天井のなれの果てだろうか。
 その上で、惺に抱きかかえられた悠が静かに眠っていた。悠の裸身には、惺の上着がかけられている。
 セイラと凜はお互いの肩を支えながら、ふたりの場所まで歩いていく。
「悠は?」
 セイラが問いかけると、惺は優しく微笑んだ。
「眠っているだけだ。問題ない」
 よかった、と脱力する凜。その瞳から、大粒の涙がこぼれた。
「……ん……」
 やがて、悠のまぶたがゆっくりと開く。
「……惺……?」
「おはよう、悠」
「ここは……」
「遅くなって悪かった」
 はっと気づく悠。聡明な彼女は、自分の置かれている状況を一瞬で飲み込んだ。
「だめ……わたしが犠牲にならないと……星核炉が」
「まだそんなこと言ってるのか?」
「でも……でもっ」
 なぜ星核炉が悠を求めたのか、なぜ悠でなくてはいけないのか、少なくともこの場にいる誰も知らない。しかし悠は、理屈を超越したところで、その真意を悟っていた。
「わたしが……っ……星核炉を、し、鎮めないと」 
「そんなこと、もう悠が気にする必要はないよ」
「そうしないと世界がっ!」
 惺の指が、悠の額を弾いた。「あうっ」と声をあげる悠。
「じゃあなんで、『たすけて』なんてメールを送ってきた?」
「そ、それは――」
 自分でもどうすることもできなかった、感情の発露。
「それに……ずっと黙っていたな。寿命のこと」
「――――」
「家族に隠し事をするんなんて、悠がいちばん嫌いそうなのに」
「だ、だって……だってぇ……っ」
 悠の瞳からも、大粒の涙がこぼれた。
 惺は悠の涙を拭った。
「全部話すよ」
「惺……?」
「父さんやクリスのこと……なにがあったのか、全部。もう黙ったりはしない」
「惺……っ」
 惺の腕に抱かれ、悠は至高の幸福感に包まれた。
 そして気づく。
 ずっとこうしてほしかったのだと。
 誰よりも惺に、こうして「たすけて」ほしかったのだと。
「世界なんかどうでもいいんだ――」
 惺のやわらかな声が、悠の心に響いて染みわたり、全身を駆けめぐっていく。
「世界なんかより、悠が大切だ。悠のいない世界なら、滅んでしまって構わない。そう思って、ここまで来た――」
 悠の涙は、とどまることを知らない。

「悠、きみを愛している」

 悠の慟哭を、陽光が照らし出す。
 四人はなんとなく、空を見上げた。
 幾筋もの線が、空の全体にわたって奔っていた。
 太陽の光を反射し、七色に光る枝は芸術作品のように美しい。
 空の抜けるような蒼。
 まばらな雲の白。
 そして、七色の輝きが織りなすコントラスト。


 
 蒼穹を彩るのは、雲だけではなかった。




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