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いま、その翼を広げて


Extrication-7

「……あー……」
 と言いながら、惺は両手で顔を揉んでいる。
「慣れないことはやっぱりするもんじゃない。表情筋がこわばって……しばらく寝たきりだったから体の節々も痛くて……はあ」
 走行する警察車両の車内。運転席に立花、その後ろには沢木が、戦慄しながら座っていた。
 惺は沢木の隣に座っている。先ほど一瞬だけ垣間見せた凶悪な面影は、いまの惺には微塵も存在してない。
「沢木さん、怪我はないとは思いますけど、大丈夫ですか?」
 沢木は無言。ぽかんと口を開けたまま。
 後方からパトカーのサイレンが響いてくる。
「立花さんは、このまましばらく運転を続けてください」
「惺くん!? きみは自分がなにをしたのか、わかってるのか!?」
 惺は一瞬きょとんとした。
「人質をとる凶悪犯ごっこ。刑事ドラマとか観て一度はやってみたいとは思ってましたけど、まさか警視庁の地下で、本物の警官相手にやるはめになるとは」
 ははは、と笑う惺。
「そういう問題じゃない!」
「そういう問題ですよ。派手に立ちまわったおかげで、俺が凶悪犯だっていう印象はつけましたから。だからおふたりは、俺の言いなりになるしかなかった被害者です」
「なに……?」
「おふたりに危害を加えるつもりはもちろんありません。すぐに解放するので、いまは俺の言うことに従ってください」
「しかし――」
 と、沢木の携帯が震えた。
 ああ、と惺は小さく笑う。
「出て大丈夫ですよ。たぶんあいつだ」
 眉間にしわを寄せながら、沢木はスマートフォンを取り出した。
「アルテイシア捜査官!?」
 恐る恐るといった感じで、スマートフォンを耳に当てる。立花もバックミラーを見ながら驚いていた。
『やあ、沢木警部補。久しぶり』
「ど、どうしてあなたが」
『とりあえず、スピーカーモードにしてもらえるか』
 沢木は言われたとおりにした。
『一部始終は、防犯カメラの映像で見させてもらった。立花警部と沢木警部補には謝罪しよう。うちの旦那がすまない』
 やぶ蛇になるのはわかっていたので、惺は突っ込まなかった。
『あのな惺。無茶するにもほどがあるぞ。おまえには常識がないのか』
 もしも詩桜里が聞いていたら「あんたにだけは絶っっっ対に言われたくない台詞だわ!」と突っ込まれていただろう。もちろん惺も同じ気持ちだった。そして電話の向こうで、レイジらしき男性の笑い声が聞こえた。
「レイジさんもいるのか。こんなのんきに会話してて大丈夫なのか?」
『問題ない。傍受されるような回線は使ってない。……おいレイジ、いい加減笑うのをやめろ』
「しばらく連絡がとれなかったな。どうしてたんだ? 紗夜華さんや緋芽子さんも心配していたぞ。詩桜里さんはなにか知ってそうな素振りだったけど、俺には知られたくない様子だった」
『いろいろあって、囚われのお姫さまになっていた』
「え?」
『王子さまが助けに来るかと待っていたが、なかなか来なかった。だからつい先ほど、こらえきれなくなって自分で逃げ出したところだ。それで、その王子さまが捕まっていると聞いて救出しようと動き出した矢先、おまえが逃げた。現在、車で王子の追跡中』
「勇ましいお姫さまだな」
『さて、余談はこれくらいでいいだろう。惺、いますぐ合流したい。そちらの居場所は把握している。こちらの指示に従って走ってくれ。立花警部もいいか?』
「あ、ああ…………じゃない! アルテイシア捜査官! いったいこれはなにがどうなっているんだ! あなたは知っているんだろう!」
 セイラは要点をかいつまんで説明した。
 まるで映画のような状況に、立花と沢木はただ絶句するしかなかった。

 その後、車はセイラの指示に従って都内を走りまわった。途中追っ手に見つかりながらも、立花は見事なドライブテクニックを見せつけ、追っ手を巻く。交通ルールを何度も無視して、「これは免停だけじゃすまないな……」と、彼は哀しく独りごちた。
 そして、逃走劇から数十分後。
 急ブレーキがかかる。
「どうしました?」
「あれを……」
 正面を見据える立花の先。
 道路が封鎖され、バリケードが築かれている。さらに、完全武装した機動隊が、こちらに銃を向けていた。
 高架橋のほぼ中央だった。
 背後にも続々と警察車両が群れをなし、戻ることを防がれる。高架橋の十数メートル下は別の道路が走っているが、下りて逃げるのは不可能な構造だ。
「セイラ」
『わかっている。日本の警察は優秀だな。だがちょうどいい。三人とも車から降りてくれ』
 立花と沢木はその真意を計り知れなかったが、惺だけはなにかに気づいた。
「おふたりは俺に脅されているふりを」
 まず立花が降り、沢木が続く。さらに、シートに放り出していた拳銃を握り、凶悪な面構えを作ってから惺が降りる。すぐに沢木の背後を取り、腰に腕をまわした。「ごめんなさい」と、小さくつぶやきながら。
 拡声器を使った投降をうながす声が響いている中、欄干を背後にした惺が、ゆっくりと後ずさりしていく。
 欄干に背がついたところで、惺は沢木を解放し、欄干に跳び乗った。
「惺くん!?」
 沢木が叫ぶ。
「おふたりには感謝しています。きっとあの世で父さんも、優秀な教え子だと誇りに思っているでしょう」
 惺は拳銃を沢木の足もとに投げた。
 惺の体が傾く。
「いや……もしかしたら、うちの息子が迷惑かけてすまない、と平謝りしているかもしれませんが――それじゃあ」
 惺の体が、欄干の向こう側に消えた。
 息をのんだ立花と沢木が駆け寄り、下を見た。
「なっ――」
「嘘――っ!?」
 一台の赤いピックアップトラックが走り去っていく。
 荷台に惺の姿。軽く手を上げて微笑んでいる。
 そして助手席の窓から、長い銀髪がなびいていた。
「……はは……はははははっ!」
「ひ、秀明……?」
「惺くんを前にしてから、ずっと震えが止まらなかったんだ。どうしてだと思う?」
 沢木は困惑げに首を横に振った。
「恐怖? そんなものじゃない。これは――」
 立花はにやりとした。
「歓喜、だよ」
 なにをしでかすのかわからない恐怖より、なにかを成し遂げるであろう期待――それが、立花の感じた歓喜の正体だった。思えば創樹院学園に在学中、真城蒼一というとてつもなく偉大な人間を前に抱いていた感情と一緒。
「祈るんだ法子。あの子たちが願いを成就させるそのときまで」
「……わたしたちは、警察官よ?」
「そうだ。だが、その前に――」
 立花は沢木を抱き寄せた。
「ひとりの警察官である前に、俺たちは『人間』だ。そうだろ?」 


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