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いま、その翼を広げて


Interlude03-1

 街灯で逆光に照らされた怪物――異種生命体の絵面に、セイラは思わず笑ってしまった。
 異種生命体をカメラ越しに見て絶句するしかなかった詩桜里も、セイラの様子には驚いた。
「どういうものかと想像していたが、本当に怪物以外のなにものでもない。安心しろ、詩桜里。おまえの寝不足二日酔いすっぴんと、三拍子そろったの顔のほうがまだ可愛いぞ」
『――――』
 詩桜里は黙っていた。セイラの軽口が聞こえなかったわけではないが、それ以上に異種生命体の存在に気を取られていた。
 長い手、短い足、ずんぐりとした胴、左右非対称の醜悪な顔。どれも怪物と呼称して――というよりそう呼ぶしかない要素の組み合わせ。B級のパニック映画でも、近年ではほとんど見られなくなったリアリティのなさ。
 異種生命体がセイラに向かって吠えた。
 次の瞬間には、セイラを獲物と認識したのかまっすぐに突進してくる。コンクリートの地面がめり込むほどの強い踏み込みで距離を詰めてきた。
 思いのほか速い。構えていた星装銃を撃つ暇もなかった。セイラは横に飛び退って回避する。血生臭さを運ぶ突風を肌で感じた。
 猛烈な質量が背後の倉庫に衝突。
 ……まるでブレーキの壊れたダンプカーだな。
 頑丈な鉄製のシャッターが簡単にひしゃげたのを見て、セイラは思った。
 異種生命体は体勢を崩したままで、隙だらけだ。 
 すかさず星装銃を構え、発砲する。
 まばたきひとつのあいだに、三発。
 発射されたエネルギー弾は一直線に異種生命体に向かっていく。
 異種生命体が、自らに飛んでくるエネルギー弾の存在に気づいたときにはもう遅かった。額、胸、腹に着弾。衝撃で異種生命体はよろめく。
 エネルギー弾が派手なのは見た目だけ。着弾と同時に発生させる高電圧で、相手を制圧させるのが本来の目的だ。出力はリミッター制限下での最大レベルに設定されている。ふつうの生物なら間違いなく気を失い、たとえそうでなくても体の痺れが数時間は消えないだろう。
 異種生命体はすぐに体勢を立て直した。鼓膜を突き破るような咆吼を上げ、再びセイラに狙いを定めて襲いかかってくる。さすがにエネルギー弾の影響なのか、動きに鋭敏さを欠いている。最初ほどの勢いはない。
 だが、それでも充分に脅威といえた。ひしゃげたシャッターを見れば、純粋な力比べでは勝負にならないことは明らか。攻撃を受けるという選択肢はあり得なかった。
 跳躍し、セイラは上空に飛び退く。突進してきた異種生命体の頭上で翻ると同時に発砲した。
 今度は二発。
 異種生命体の大きな頭部を、上から狙い撃ちにする。
 一発は外し、もう一発はかすった。異種生命体が回避行動をとったからだ。
 着地してすぐ身構えたセイラに対し、異種生命体は警戒するような素振りを見せたあと、高く跳躍した。
 一足飛びで五メートル以上の高さにある倉庫の屋根に降り立ち、そのまま姿を消した。
「詩桜里、追うぞ」
『もちろん! 逃がさないで』
 路地に入り、雑多に置かれた背の低いゴンドラを足場にして跳躍。セイラも屋根に上がった。
 ほとんど平らな屋根の上を、まるで忍者のようにひた走る異種生命体の背中が見えた。全身暗黒色の体毛は夜の闇に紛れる。が、非常識さと異様さまでは隠せない。
『セイラ捜査官! 遅くなりました』
 リスティの声だった。詩桜里と彼女が合流したのだろう。
「ちょうどいい。あの怪物、無骨な首輪をつけていたの気づいたか?」
 走りながら問う。
『はい。微弱な電波が発信されていたようです。どこかと通信しているようですね』
「逆探知できるか?」
『もうやってます』
 屋根の縁でセイラは足を止めた。
 海が見える。だが、異種生命体の姿はどこにも見えない。隠れるところはあるが、あの巨体が完全に身を隠せる時間はなかったはず。
 そもそも、気配がまったくないのは不可解だった。あの怪物に気配を消すなんて器用な真似ができるのか、セイラは疑問を感じた。
 倉庫の屋根から下へ降り立つ。そこから十メートルほどコンクリートの地面が続いていて、その先は海だ。
「海に逃げたか……?」
 岸壁まで近づいていく。もちろん、星装銃を構えることは忘れない。
『セイラ捜査官!?』
 リスティの叫び声とほぼ同時に、岸壁の向こうの死角から真っ黒な物体が飛びだしてきた。
「――っ!」
 飛び退りつつ、発砲。
 海水にまみれた異種生命体の体に電撃が走る。埠頭に上がり、よろめきながら体を震わせた。濡れた体がダメージを増加させている。
 このチャンスを逃す理由はない。続けざまに連続で発砲した。
 異種生命体はよけきれず、全弾をその身に受けた。ふつうの人間なら、さすがに命の危険が及ぶレベルのダメージだ。
 大きな音を立てて、異種生命体が倒れた。
「リスティ、いまのうちに特殊班を――っ!?」
 わずかな殺気と気配を感じ、横に飛び退った。
 一瞬前までセイラの心臓があった場所を、弾丸が通り過ぎる。
『セイラ捜査官! 大丈夫ですか!?』
 リスティの声を聞きながら、すかさず近くに止めてあったフォークリフトの物陰に隠れる。
 フォークリフトに弾丸が撃ち込まれるのを感じながら、セイラは弾丸の軌跡を追った。
 先ほどセイラが立っていた倉庫の屋根。そこに人影があった。ひとりやふたりではない。彼らはセイラの様子をうかがっていた。
『謎の勢力の接近を確認。人数は六人。……申しわけありません、気づくのが遅れて』
「気にするな」
 物陰から見やってその姿を認めると、セイラは眉をひそめた。
 濃い紫色のパワードスーツ。同色のフルフェイスマスク。片手に巨大な鉤爪。それが六人、セイラのいる方向を向いている。どう見ても一般人ではない。異種生命体も変だが、この集団もかなり場違いだ。
 胸もとのカメラでは方角と距離の関係で映せない。セイラはリスティに簡潔に謎の勢力の容貌を伝えた。
『か、鉤爪ですか?』
 好きで鉤爪を装備している武装集団など、ほぼ見かけないし聞いたこともない。それはセイラもリスティも同じだ。
「暗殺者のコスプレイヤーが集まって、たまたま持っていた実銃をぶっ放してきた、と思うか?」
『そ、それはいくらんなんでも――っ!?』
 不意に、リスティが息を飲んだ。
「どうした?」
 返事はない。だが、慌てた様子がインカムから伝わってくる。
『き、緊急事態です! 特殊班が、突然現れた謎の勢力の妨害にあっています!』
「ここに現れたやつらの仲間か」
『おそらくは……』
「リスティはそちらの対応を優先してもらってかまわない。こちらはなんとかする」
 通信を終えた瞬間に、暗殺集団が動き出した。彼らが屋根の上から順に飛び降り、ふたりは倒れたままもがいている異種生命体へ、残りの四人はセイラのもとへ向かう。セイラに近づいてきた連中はもれなく拳銃を構えており、統率された動きを見せた。
 ……見逃してはくれないか。
 逃げるのは難しい状況だった。ただ人数を考えると交戦するのは不利だが、突破するのが不可能な状況ではない。
 星装銃は最大出力のまま。しかし相手は全身をパワードスーツで包んでいるから、ダメージはある程度抑えられるはず。それらを踏まえて、セイラは敵を倒す明確なイメージを作り上げる。
 ――と。
「――がっ!?」
「ぎゃ――っ!?」
 くぐもった悲鳴。声の主は近づいてきた四人のうちのふたり。
「惺っ!?」
 どこからか現れた惺が、三秒とかからぬあいだにふたりを倒していた。
 惺が握っていたのは二メートルほどの棒状の武器――クォータースタッフと呼ばれるものだ。白を基調とした色で、全体的に凝った彫刻がなされている。
 残ったふたりが惺に向いた。
 それと同時にセイラがフォークリフトの影から飛び出す。
 挟み撃ちとなり、挟まれたふたりがどう立ちまわるか刹那の隙を見せる。すぐにひとりがセイラに、もうひとりが惺に向いた。
 クォータースタッフを下段に構え、惺が先に肉薄する。目を見張るほど素速い。
 拳銃だけで応戦しようとした暗殺者はすぐに戦略を変え、左手の鉤爪を突き出した。迫りくるクォータースタッフを鉤爪でいなすと、激しく火花が散る。そして右手の拳銃を惺の心臓へ向け発砲――
 この間合いで外す理由などない。
 しかし引き金は引かれなかった。狭い間合いの中で惺は片足を軸にして翻り、敵の右手に回転蹴りを叩き込んでいた。反動で銃を手放した暗殺者は、体勢を立て直すために後ろに飛び退こうとする。
 その動きを読んでいた――というより、そう動かざるを得ないように惺は立ちまわっていた。彼は一呼吸のあいだに接近し、クォータースタッフを下段から上段に向かって振り抜く。
 クォータースタッフの先端が、暗殺者のあごを打ち上げた。フルフェイスマスクを砕きながら、暗殺者を浮かせる。
 フルフェイスマスクもパワードスーツと同じ強化素材だ。しかし惺の攻撃は、その強度をたやすく打ち破り、脳に強力な衝撃を与えた。暗殺者の足が地面から離れていたときにはもう、彼は気絶していた。
 空中数メートルに吹っ飛ばされた暗殺者の背後に、迫りくる追撃者がいた。異種生命体のほうへ向かっていたふたりだ。
「惺!」
 セイラの声が聞こえるなり、惺は大きな跳躍で後ろに飛び退いた。
 瞬間、エネルギー弾がほとばしる。それは暗殺者のひとりを正確に撃ち抜いた。エネルギー弾をまともに受けて、体を震わせながら停止する暗殺者。
 セイラはすでに暗殺者のひとりを戦闘不能に追い込んでいた。暗殺者としての「格」の違いを見せつけられた彼は、痙攣しながら地面に寝そべっている。
 惺は目にも見えぬ速さで距離を詰め、今度は上段からクオータスタッフを打ち下ろす。その際にバキッと嫌な音がしたのは、フルフェイスマスクが砕けたためだろう。それをつけてなかったら、頭蓋骨が完全に陥没していた。彼はほどなく倒れ、五人目の戦闘不能となった。
 残っているのはひとり。
 彼は拳銃でセイラを牽制しつつ、惺に向かって走る。この状況でも戦意を失ってないのは、暗殺者としての面目躍如だ。
 惺は武器を隙なく構え身構える――しかしそのとき、驚くべき光景に目を見開いた。
「――っ!? 逃げろ!」
 惺が叫んだ対象は、なぜか暗殺者。
 突然、暗殺者の体が空中に浮いた。
「がぁっ――っ!?」
 悲鳴を上げる暗殺者の背後。
 異種生命体が背後霊のように立っていた。巨大な手で暗殺者の腰をつかんでいる。パワードスーツがメキメキと悲鳴を上げ、やがて破片をこぼしていく。
 まるで空き缶でも潰すかのように――
「ぎゃああああっ!? や、やめ――」
 暗殺者の悲鳴が等々に途切れた。
 なぜなら、彼の上半身と下半身が別れを告げたからだ。おびただしい量の血と吐き気を催す臓腑をまき散らしながら、半分になった体が無造作に地面に転がった。
「惺! 下がれ!」
「――っ」
 セイラと合流し、惺は目の前の信じられない光景に苦々しい気持ちを感じていた。
「もう復活するとはな……予想外だ」
 セイラがつぶやく。
 異種生命体は這いつくばり、スカベンジャーのように死肉を貪り食っている。セイラや惺の存在は忘れているように、ただ無心に。
「こいつの正体、知ってるのか?」
 惺の問いに、セイラがうなずく。
「まだ推測の域を出ないが、だいたいは把握している」
 と、ここで通信。
『セイラ! いったいどうなってるの! ちゃんと無事?』
「詩桜里か。あまり詳しく話している暇はない。おまえもこの光景、見ているだろ」
『うう……もうスプラッター映画は見飽きたわよ……』
「そっちはどうなった?」
『あの変な集団はなんとか退けた。そっちに応援を向かわせたわ……あれ? 隣に誰かいる?』
 セイラは惺のほうを向いた。
『嘘……ま、真城先生……?』
「そんなわけあるか。惺だ。そんなことより、詩桜里に頼みがある」
『な、なに?』
「星装銃のリミッターを解除してくれ」
『――――っ。……必要なのね?』
 セイラが「ああ」とうなずくと、詩桜里は決意のこもったため息をついた。
『わかった』
 星装銃のリミッターは詩桜里しか解除できない。彼女がICISから貸与された特殊仕様のPDAのみでその操作が可能だ。
 セイラが星装銃を手にしてから、リミッターが解除されるのはこれがはじめてだった。
『――解除終了。三十分の時間制限つきよ』
「充分だ。惺、あれを無効化するのに手を貸してくれ」
『ちょっ、ちょっと待ちなさい! なんで一般人の惺くんを……てゆーか、だいたいどうして惺くんがここに――』
 セイラはインカムの電源を切った。詩桜里の声が途切れる。
「いいのか?」
 と、惺。
「問題ない。しかし歳をとると本当に小言が増えるんだな」
 惺がなにか言おうとする。しかしそのとき、異種生命体に動きがあった。セイラと惺は武器を構える。
 口や手が血まみれになった異種生命体。それがおもむろに歩き出した。目標は倒れている暗殺者のひとり。瞳は新しい獲物を前にした肉食動物のように、爛々と怪しい輝きを放っている。
「食い意地の張ったやつだ。惺、時間を稼いでくれ!」
 惺が飛び出す。
 一足飛びで間合いを詰め、渾身の一撃を放った。クォータースタッフが異種生命体の胸を突く。
 突然の衝撃に吹っ飛ぶ異種生命体。苦しそうにうめき、血のりを吐いた。深紅の血は異種生命体のものではない。つい先ほどまで食べていた暗殺者の血液だ。
 すぐに起き上がった異種生命体は、ひとまずの目標を惺に定める。本能が、こいつがいると食事ができないと告げていた。
 惺と異種生命体がどちらも駆ける。
 クォータースタッフと爪が交錯した。一合、二合と続く応酬。
 クォータースタッフが鋭く繰り出される爪を次々と受け流していく。巧みな角度や力の強弱で、爪はまるでかすりもしない。
 異種生命体に人間と同等の知性があれば、きっと「まるで水を攻撃しているようだ」という感想とともに、もどかしさを抱いただろう。
 そろそろか、と惺。
 異種生命体の目前から、唐突に惺の姿が消えた――ように見えた。突き出していた爪が空を切る。
 惺は上体を限りなく低くして、異種生命体の視界から消えたのだ。同時に、手で触れそうな至近距離まで肉薄する。
 防御から攻撃へ。
 惺は体勢を低くしたまま体をひねり、全身のバネを駆使して片足を振り上げた。
 あごの下から強烈な一撃を加えられた異種生命体は、その衝撃で五〇〇キロはあろうかという巨体がわずかに浮く。
 さらなる追撃。
 下段から全力で突き上げられたクォータースタッフが、再びあごをとらえる。
 異種生命体に、それを防ぐ余裕はなかった。
 あごの骨が砕ける音とともに、異種生命体は数メートルの高さにまで持ち上がる。
「惺! 退け!」
 セイラの声に反応した惺が、すぐ横に飛び退いた。
 宙に浮いた異種生命体に向かって、巨大な光線が照射された。膨大な熱量を持つ光の柱。
 星装銃の最大出力。物理的な障壁では防御不可能な光線。正体は高圧縮されたプラズマだ。大気中の星力を変換して発生させたもの。防御はほぼ不可能で、逃れるためには避けるしかない。
 しかし、回避行動をとる隙も余裕も、異種生命体にはなかった。
 正面から光の直撃を受けた異種生命体は、首から下が一瞬で蒸発する。
 衝撃で吹っ飛んだ首は、殺された暗殺者の上に落ちた。真っ赤に染まったあばら骨の上に、異種生命体の醜悪な首が花として咲いた。
 おぞましい光景に、セイラも惺も沈黙を破ることができなかった。
「……くっ」
「セイラ!」
 よろけたセイラの体を惺が抱きかかえる。
「大丈夫か?」
「ああ……さすがに疲れたな」
 戦闘が長引いただけでなく、最後は星装銃の最大出力を放った。常人をはるかに超える星力の持ち主であるセイラも、これにはさすがに堪えた。
 不意に――
 不思議な音が聞こえてきた。
 なにかが泡立つような音。
 音の発生源にセイラと惺は顔を向ける。
 異種生命体の首と、その下にある死体。
「な、なんだ……っ!?」
 立ち上がった惺が、すぐにクォータースタッフを構える。
 これまでも充分に異様だったが、それ以上の光景を目の当たりにした。
 死体の周囲に広がっている鮮血が、まるで沸騰したかのように泡立っていた。血だけではない。すでにただの肉塊となっていた死体も、細胞が気味悪く脈動している。何分も前に生命活動が停止したにも関わらず。
「嫌な予感がする。セイラ、下がるぞ!」
「いや……待て……首が」
 異種生命体の口が大きく開け放たれ、やがて声なき声を漏らした。声帯や肺が無事なら、きっと大音量の叫びが発せられただろう。そう思わせるほど、凄絶な表情を浮かべていた。
「まさか、あの状態で生きているのか……っ!?」
 冷や汗を流す惺。彼も、さすがにここまで非常識な状況は想定していなかった。心臓を失い、頭部だけで生存している生物など、本来はこの世に存在しない。
 セイラが星装銃を構えようとするが、手に力が入らない。忌々しそうに舌打ちした。
 さらなる異変が起きた。
 異種生命体の下にある肉塊が溶解し、どろどろに溶ける。肉だけでなく骨、さらに着ていたパワードスーツまでを溶解し、かつて人体だったそれらは、ほぼ完全に液状となった。
 それから発せられる凄まじい悪臭がセイラと惺を襲った。思わず顔をしかめるふたり。
 液状となったそれがコンクリートに広がり、近くの下半身を飲み込む。下半身もあっという間に溶解された。
 やがて、液状に分解された細胞たちが、ひとつにまとまっていく。液状だったそれはやがて粘土質のものに変質し、見えざる手でこねられているように次々と形を変えていく。
 不快かつ醜悪な光景だが、セイラと惺は目を離すことができない。
 粘土質がまとまっていく中で、異種生命体の首はずっと中央に鎮座していた。
 やがて――
 醜怪な肉の塊が生まれた。
 丸々とした全体像。そこには頭や胴体や手足の概念はない。無理やりつなぎ合わせた濃い赤紫色の肉の塊の中央に異種生命体の首が鎮座している。顔だけ強引に取り付けたような極限の違和感。
 異種生命体は誕生した瞬間から、既存の生物とはかけ離れた存在だった。それでも最初は、ベースとなった人間の特徴をある程度備えていた。
 いまはもう、その面影すらない。
 完全に「異種生命体」と成り果てた。
「セイラは下がって」
 すぐに冷静さを取り戻した惺が前に出る。
「ま、待て。危険だ」
「そんなのはわかっている。けど、あいつを放っておけるか」
 異種生命体に向かい、惺は走り出した。
「……っ」
 せめて援護を、と星装銃を構えるが、まだ力が入らない。自分の体がうまく動けないことに自己嫌悪に陥るセイラ。
 惺が高く跳躍し、空中でクォータースタッフを振り上げる。
 しかし、異種生命体はぶよぶよとした体を器用に伸縮させながら、驚くべき速度で行動。頭上に迫っていたクォータースタッフをかわし、瞬く間に惺の間合いの外に移動した。
 知性を感じさせる動きに、惺は目を見張った。
 追撃しようとした惺に、異種生命体が叫び声を上げる。さながら壊れたスピーカーが奏でる不協和音の嵐。
 さすがに惺の表情も、警戒の色を強めた。
 しかし反撃はない。威嚇行動だったのか、異種生命体は叫びをやめるとすぐに岸壁まで移動。そのまま海に飛び込んだ。
「――っ!」
 惺が岸壁から見下ろす頃にはもう、異種生命体は暗黒の広がる海の中に完全に消えていた。


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