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いま、その翼を広げて


Interlude03-2

 夜の艶美な黒に満たされた空には、星々に装飾された星の枝が煌めいている。星跡島付近は都会ほどの光量はなく、星の枝の存在感は明瞭だ。
 大洋の方角から流れてくる強風に吹かれて、雲が勢いよく流れている。それでも星の枝は動くことなく、ずっと同じ中空に鎮座していた。
「……釣れないなぁ」
 海に突き出した桟橋の先端に座り、釣り竿を握るひとりの男がいた。三十代前後の男性で、顔立ちは平凡。フィッシング専用の高機能ベストを着用している。仕事に疲れたサラリーマンが、休日の息抜きに釣りをやっている、という印象を与えた。
 男の横にはクーラーボックスが置いてあるが、中身は空。男性はそれを見て、大きくため息をついた。
「ポイントが悪いのかな……それとも時間? 朝まずめでも夕まずめでもないからなぁ」
 周囲に人はいないから、当然返事はない。寂しい独り言に、波の音だけが無感情に反応していた。
 突風でふたを開けていたクーラーボックスが倒れた。
「あ……風か。台風が近づいてきてるんだった。まさかのうっかりだ」
 男はクーラーボックス横に置いてあった鞄の中からタブレットを取り出し、「強風下での釣り」と検索した。
 背後に殺気を感じたのと、首筋に冷たい感覚が走るのは同時だった。
「試しに生首を撒き餌にしてみるのはどうだ。サメでも釣れるんじゃないか」
「いや、このあたりにサメはいないんじゃないかなぁ……ええと、海堂の姐さん?」
 海堂霞は、男に突きつけた日本刀を収めない。
「さすがのわたしも、人間を撒き餌に釣りをするのははじめてだ。安心しろ。大物が釣れたら魚拓にして、貴様の墓前に添えてやる」
「怒ってらっしゃる? ……それより、よく僕だってわかったね」
「こんな状況で釣りをしていられるのは、よほどの阿呆か、おまえかの二択しかないからな」
 セイラたちが異種生命体と戦闘を繰り広げた倉庫街は目と鼻の先だ。倉庫街の火の手はここからでも見えるし、風向きによっては煙のにおいも感じることができる。そもそも、夜中なのにもかかわらず周辺住民が何事かと起きだし、あたりは充分騒然としていた。
 男――かつて田中剛と名乗っていた男は、両手を上げて降参のポーズを取った。
「謝るから刀を下ろして。ね? 姐さん」
「気安く呼ぶな、この外道」
「あ、いまの僕の名前は斑鳩聖いかるがひじりね。田中剛という名は、過去に捨ててきた――」
 斑鳩と名乗った男は、霞の話をまるで聞かなかったように、なぜか格好をつけながら話を進める。
「結構苦労したんだよ。整形したんだけど、最初はしっくりこなくてさ。だからもう一度してもらったんだ。顔の骨格まで変えたから、顔認証システムは誤魔化せるね。声帯もいじって声も変えた。まあそのぶんお金がかかったわけだけど……今回も死人が出ちゃったけど、報酬をさっ引くのはやめてほしーな、なんて」
 釣り竿立てに立てかけられていた竿が、真っ二つに斬られる。
「殺されたのは村中という。黒月夜が現体制になる前から所属していた最古参のひとりだ」
 異種生命体に上半身と下半身を切断され、死んだあとは「新生」異種生命体の肉体へと変貌した不運な暗殺者。
「人材補充がなかなか進まない中、あいつは後進の育成に尽力してくれた」
「知ってるよ。面倒見がよかったよね、彼」
 今度はクーラーボックスが斬られる。霞の憤慨を如実に表していた。
「おまえの作ったマーキング装置は所持していたはずだ。なのになぜ殺された?」
 異種生命体の首に埋め込まれた首輪型の装置から、味方と認識した存在を攻撃できなくなるよう、電気信号に変換された命令が送られていた。マーキング装置とは、異種生命体に攻撃対象ではないという信号を電波に乗せて送る電子機器だった。
 村中と呼ばれた暗殺者は、マーキング装置が正常に動作しているにも関わらず、くびり殺された。
「返答次第では、本当に撒き餌にしてやるぞ」
 異種生命体にはじめて遭遇した際にも死人が出て、今回も少なくない人数が殺されていた。いつもの霞だったら、斑鳩をすでに殺して埋めるか沈めるかしている。それでもやらないのは、斑鳩が目的達成の要になるからだ。
「あれは実に不運な事故だった。うん。盲点だったよ。ICISの捜査官がさ、不思議な銃で異種生命体を攻撃してたのは知ってるでしょ? たぶんだけど、あの攻撃を無効化しようとしたら、ついでに味方認識の電気信号のパターンまで無効化しちゃったみたいでさ」
 こんな芸当、通常の生物ではありえないことだと、斑鳩は楽しそうに力説した。
「やっぱりあれはおもしろいよ。ふつうの生物の常識がまるで通用しない! 進化スピードも恐ろしく速いし、先が楽しみ――」
 日本刀の刃が、ついに斑鳩の首にめり込んだ。つ、と少量の血液が流れる。
「次に似たような失敗をしてみろ。今度こそ容赦はしない。仏の顔も三度まで、なんて言葉はないと思え」
「うん。わかったわかった。……まことに申しわけございませんでした」
 霞がやっと日本刀を引っ込める。これでひとまず許してしまうあたり、自分も甘くなったものだと思う。そういえば、昔から男運に恵まれてなかったな、と思い出した。
「あの……それで、生き残りはみんな捕まっちゃったよね。彼らは助けるの?」
「なぜだ?」
「ほら、僕も大人ですから。失敗の埋め合わせに、助けるのなら手を貸そうかなと。人手不足なんでしょ?」
 新たな人材を確保するには、資金も手間もかかる。救い出せるのなら、それに越したことはない。
「なら、おまえひとりでやれ。成功できれば今回の失敗は水に流す」
 ICISに捕まった霞の部下たち。彼らの特性上、ふつうの犯罪者よりもさらに強力な拘束がなされることは、まず間違いない。身柄を簡単に確保できるはずがなかった。
 ええっ! と最初は驚く斑鳩だが、次の瞬間にはけろっとして、
「まあいいか。そんな難しいことじゃないし。むしろ、この坊主のほうが由々しき事態だ」
 そう言ってのけた。が、釣り竿がすでに真っ二つになっていることを思い出し、クーラーボックスまで破壊されていることに気づくと、彼は本気で頭を抱えた。
「逃げた異種生命体は?」
「海中を泳いでいる……って言っていいのかな。北の方角に向かってる」
 タブレットを操りながら、斑鳩が言う。セイラの派手な攻撃で首から下を一度は完全に失った異種生命体だったが、不幸中の幸いか首輪は無事だった。居場所を知らせる電波は、ずっと発信されている。
「どこに向かってるんだ?」
「さあ」
「貴様……」
 刃のような視線で、斑鳩を睨みつけた。
「あ、いやいや、いくつか予想はしてるんだけど、まだ確信はないからさ」
 慌てて取り繕う斑鳩に対し、霞はふん、と鼻白んだ。
「そうそう、姐さんはあのICIS捜査官のこと気にならない?」
「あの銀髪の女か?」
 まだ若いが、戦闘技術や頭の回転の早さについては瞠目するところがあった。霞は現場に到着したICISや警察の撹乱の陣頭指揮を執ることに手いっぱいで、戦闘に直接参加できなかったのは少々残念に思っていた。
「あれはICISお得意の戦闘技術じゃない。おそらくは、わたしと同類だ」
「うん、僕もそう思ったよ。実はね、彼女と会ったことがある」
 霞は目を細めた。
「去年。セレスティアル号で、って言えばわかるかな」
「なるほど。貴様が星核炉を強奪したときか」
 セレスティアル号の事件で唯一逃げ延び、現在においても行方不明になっている男がひとりいる。当時と顔や名前もまったく違うが、正体は斑鳩聖本人だった。
「あんな美人、一度会えば忘れないよ。で、いろいろと気になったから調べてみたんだ。あの捜査官――セイラ・ファム・アルテイシアっていう、たいそうな名前らしいけど」
 タブレットの画面を霞に見せる。セイラの顔写真のほかに、細かな経歴が記述されている。読みながら、霞は眉をしかめた。
「……これはどこの情報だ?」
「ICISのデータバンク」
「――――」
 ICISデータバンクの情報が、外部から簡単に閲覧できるわけがない。まるで夕食のレシピでも検索したような手軽さで見せてくる斑鳩に、霞は感心もあきれも通り越して、もはや無感情だった。
「彼女、『シュルス』の出身らしいよ」
「なに……?」
「ほら、ここにそう書いてある」
 にわかには信じがたいことだが、たしかにそう記されている。
 シュルス――フォンエルディアを中心に暗躍している犯罪組織。シュルスとはもともと、真約星典に記された「すべてを滅ぼす呪詛」という意味を持った固有名詞だ。特に要人の暗殺についてはトップレベルの請負件数と達成率を誇っている。各国要人からは最大限に警戒され、ICISとは長年犬猿の仲なのは世界的にも有名だった。
 情報が少なく捜査は難航していたが、三年ほど前から幹部の逮捕が相次ぎ、弱体化しているという噂が流れていた。 
「シュルスの人間がICISに鞍替えねえ……いったいどういう星術を使ったんだろうね」
 星術でも使わないと不可能な、という意味の慣用句だ。
「――おもしろい」
 霞は笑みをこぼしながらつぶやく。全身の血が沸き立つのを感じた。
「姐さん?」
「おもしろいじゃないか。セイラ・ファム・アルテイシア。……くくっ。長い付き合いになりそうだ」
 と、霞の視線が背後の住宅街のほうへ向いた。
「どうしたの?」
「パーティーが始まるらしい」
 意味を悟り、即座に立ち上がった斑鳩は、釣り道具一式を海に放り出した。大事なのはタブレットと自分の命くらいで、あとはどうでもいい。
 桟橋から道路のほうへ足早に向かうふたり。斑鳩が「間に合うかな?」とつぶやきつつタブレットを操作する。
 やがて、ふたりの正面に人影が立ちふさがった――と同時に、銃声が響いた。
 常人離れしたスピードで抜刀し、霞は銃弾を斬り落とした。銃弾の軌跡は、霞の右太ももあたりに伸びていた。
「……ほう」
 感心する男性の声。
 デザートイーグルを構えた雨龍・バルフォア・レイジが、ほくそ笑みながら佇んでいる。
 


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