わたしが転校することになった天野宮学園は、天野宮市に存在する大規模な私立校だ。
全国でも上位にランクインする進学校で、国公立大学への進学率が高いことでも知られている。都会から離れているため敷地は広く、周囲はのどかな田園風景に囲まれていた。
恵まれた環境だから部活動には特に力を入れているようで、運動部、文化部ともに大会やコンクールなどでは全国レベルでの常連らしい。
文武両道の理想的な教育を行う学園――そんなことが、転校前に読んだ学園案内のパンフレットに載っていた。
正直なところ、想像していたよりもずっといいところだ。この学園を紹介してくれたあの人に感謝した。
――あっという間に、昼休みになっていた。いつの間にか時間が過ぎていたのは、授業が思った以上に充実していたからだと思う。
席からクラスを眺めると、それぞれが賑やかに行動を始めているのがわかった。机を並べて持参したお弁当箱を広げる人たちもいれば、何人かで連れ立ってどこかに繰り出すクラスメイトたちもいる。そういえば、この学園には学食も購買部もあるとパンフレットに書いてあった。
「綾瀬さん」
わたしはどうしようかなと考えた矢先、不意に話しかけられる。振り返ると、男女合わせて四人のクラスメイトがいた。
「綾瀬さんは、昼食どうする?」
話しかけてきたのは、ひときわ背の高い男子だった。手足が長い上に姿勢がいいから、なおさら長身に見える。
やわらかそうな黒髪に大きな瞳。口もとにはやさしそうな微笑がたたえられていて第一印象は抜群。爽やかな美男子という言葉がぴったりだった。
「……えっと、まだ決めてないけど」
「じゃあさ、みんなで学食行かない? 親睦会も兼ねてのお食事会なんてどうかな」
やわらかくて明るい声色に好感を抱いた。
特に断る理由は見当たらない。学園のこともよく知りたいし、むしろありがたいお誘いだった。
「うん……お願いします」
「よかった。学食は一階だよ」
席から立ち上がり、鞄からお財布を取り出した。
「あ、そういえば自己紹介がまだだったね。僕は天宮哲郎」
彼はわたしに手を差し出してきた。大きいけど男性特有の骨ばったごつごつさはない、きめ細かな綺麗な手だった。
「うん。よろしくね、天宮くん」
手を握り返すと、天宮くんは絵になるほど華麗に微笑む。これなら女の子を一発で撃沈できても不思議ではないと思った。
まわりにいるクラスメイトもそれぞれ自己紹介した。わたしと同じで髪が長く、清楚な感じがするのが木崎絵里さん。逆にショートヘアでボーイッシュな雰囲気なのは石川由美子さん。スポーツ刈りで活発な印象を与えてくるのは坂井俊介くん。
じゃあ行こうか、と朗らかに言って歩き出した天宮くんの背を追う。彼はやはり背が高い。女子としては比較的背の高いわたしと比べても、頭ひとつ分ぐらいの差がある。
学食へ向かいながら少し話したところによると、天宮くんはこのクラスの委員長らしい。たしかにその際立った存在感は、リーダーを名乗るのにふさわしい気がする。
天宮くんの背を見ながら、なんとなく思う。
もしもわたしがふつうの女の子だったら。
心の闇を抱えていない、ごくふつうの女の子だったら。
頼りがいのある天宮くんに、一目で惹かれていたのかもしれない。