第七章 04

 ねえ、教えてよ。
 哀しみの次に湧いてくる感情は、殺意にも似た激情だった。お母さんを見捨てたあの人に対する、徹底的な恨み。
 でも、どうしてわたしは、体調を崩したあの人の看病なんかしてしまったんだろう。恨んでいるはずなのに、お母さんがいなくなってから半年間も。わたしだって精神的につらかった。
 あの人の看病が長引いたせいで、天野宮学園に編入するのが遅れてしまった。本当なら新年度が始まる四月には日本へ帰国する予定だった。二年生になった最初から編入する予定だったのに、それが気づいたときにはいつの間にか五月も半ばを過ぎていた。
 あの人のせい――?
 違う。わたしがいけないんだ。あれは当てつけだった。
 ――わたし、あなたのことをとても恨んでいます。だからわたしの顔を毎日見て、それを実感してください――そんな歪んだ気持ちで、わたしはあの人の看病をしたんだ。
 いたわるとか思いやりとかいう言葉は、そのときのわたしには欠落していた。お母さんの腕時計をずっと身につけていたのも、八つ当たり以外のなにものでもない。
 壊れた腕時計。わたしがそれを身につけていたのも、あの人への恨みを忘れないため。そして、あの人が秘めている罪悪感を、常に喚起させるため。
 お母さんという、いちばんの精神的な支えを失ったあの人。あの人はお母さんが息を引き取ったとき、魂がごっそりと抜けたような……それこそ死んだお母さんよりも、はるかに死人に近い表情をしていた。
 もはや後悔や懺悔なんて感情を通り越していた。廃人――そんな言葉がぴったりだ。そして、もともと調子の悪かったあの人は、本格的に体調を崩した。そんなことになるなら、どうしてお母さんを見捨てたの? お母さんがいないとなにもできないってこと、最初からわかっていたくせに。
 わたしが何度問い詰めても、あの人は寂しそうな瞳で見つめ返すだけだった。
 違うよ。わたしが聞きたいのは言葉。嘘偽りない気持ち。
 ねえってば。
 お父さん……答えてよ……





光紡ぐ神の旋律 ~ Melodies of Memories ~

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