……ああ。
なんて気持ちいいんだろう。
こんな景色のいいところでヴァイオリンを弾けるなんて。こんな清浄な空気を震わせることができるなんて。
この感動を、たくさんの人々に聴いてもらえるなんて。
いままで長いあいだ忘れていた感覚。わたしがいちばんのしあわせを感じることができる瞬間。
どうしてこんなにまで素敵な感覚を、忘れていたんだろう。
展望台にいる人たちの様子は、ヴァイオリンに集中していてよくわからない。けど、不快に思っている人がいないみたいなのは幸いだった。
この場所は天宮くんに教わった。わたしが月城くんに追い詰められた日の夜、天宮くんに電話したときだ。
あのときわたしはこう訊いた。
『月城くんにヴァイオリンの演奏を聴いてもらいたいんだけど、どうすればいいかな』
天宮くんは少し考えて、こう答えた。
『今度の日曜日、桃子ちゃんの命日なんだ。だからそのとき――』
この展望台の場所を、天宮くんは教えてくれた。ここでこの時間帯にヴァイオリンを弾けば、お墓参りに来ている月城くんにもその音色が届くはず――そんな大事なことを教えてくれた。
天宮くんには、もう返せないほどの恩ができてしまった。今度、それはなんらかの形で恩返しをしないといけない。
月城秀一くん。わたしは、あなたのことが大好きです。ずっとそばにいたいです――そんな言葉にするのが恥ずかしい想いでも、ヴァイオリンなら。
わたしは人一倍不器用で口下手だから、自分でできることでしか想いを伝えることができない。そんなわたしには、目下のところヴァイオリンしか方法がなかった。
ヴァイオリンなら、この想いを伝えられる。人はひとりじゃないってこと。自分のまわりには、自分を見ていてくれる人が必ずいるってことを、わたしは、この天野宮の地で知ることができた。
お母さん。お父さん。
そして、クラウザー先生。
天宮くんも、木崎さんも石川さんも坂井くんもみんな。みんなわたしのことを支えてくれていた。いままで言えなかった感謝の気持ちも、ヴァイオリンを通じてなら。
これかも、ずっとヴァイオリンを弾いていたい。いま、わたしは心の底からそう思っていた。
だから、そのきっかけを与えてくれた月城くんも――