第二幕 第一場

 テケスタの事務所。
 龍一、西園寺、小夜子が板付きの状態。
 西園寺と小夜子はソファで寝かされている。
 西園寺は手錠をかけられている。
 龍一は電話している。

龍一「はい――すみません――そんなこと今さら言われても――だからすいませんって――はい、はい――隼人と史郎ですか? 屋敷を出て、ポイントBで解散してからまだ戻ってきてません。だから俺ひとりで、ターゲットと執事さん事務所まで運ぶの大変で――だ、だからすみませんって! はい、わかりました。大人しく待機しています(携帯電話をしまう)弱ったな……はあ」

 龍一、小夜子を見る。

龍一「ほんとかわいいな、この子……肌白い」

 龍一、西園寺を見る。

龍一「どうしよう、こいつ。予定だいぶ狂ったぞ」

 隼人登場。
 買い物袋を持っている。

隼人「ただいま!」

龍一「遅いぞ。尾行とかされてないだろうな」

隼人「大丈夫だって! ちゃんと確認したから。史郎は?」

龍一「まだ戻ってきてない」

隼人「なにやってるんだあいつ。まさか道に迷ってたり」

龍一「おい、それなんだ?」

隼人「これ? ハーゲンダッツのアイス。コンビニで買ってきた」

龍一「なんでそんなものを!」

隼人「ん? ガリガリ君のほうがよかった?」

龍一「違う! 任務の帰りになにやってんだ!」

隼人「そんなぴりぴりしないでよ。ちゃんと人数分買ってきたから」

龍一「だからそうじゃないって。おまえ、なんでわざわざバラバラになって帰ってくるか知ってるだろ」

隼人「そりゃ、みんないっぺんに帰ってなにかあったら対処できないからでしょ。だから一度解散して、みんな別々にここに戻ってくる」

龍一「それがわかってるなら余計なことするな!」

隼人「わかったよ! 龍一はアイスいらないってことだな!」

龍一「誰もいらないとは言ってない!」

隼人「起きたら小夜子ちゃんにもあげよう」

龍一「なんだ、小夜子ちゃんって」

隼人「だって、いつまでもターゲットとか呼んでたらかわいそうでしょ」

 史郎登場。
 史郎も買い物袋を持っている。

史郎「ただいま!」

隼人「お帰り。それなに?」

史郎「帰りにコンビニ寄って買ってきた。ガリガリ君のアイス」

隼人「おお!」

龍一「おまえもか!」

史郎「あれ? ハーゲンダッツのほうがよかった? ちょうど売り切れでさ」

龍一「そうじゃない。おまえら似たもの同士か……どいつもこいつも」

史郎「なにぴりぴりしてるの?」

龍一「佐倉さんの気持ちがやっとわかったよ」

隼人「あんまり大声出さないでよ龍一。小夜子ちゃん起きちゃうでしょ」

史郎「え、なに小夜子ちゃんて」

龍一「おまえらな、ターゲットに不必要な感情移入をするな。任務に差し障るぞ」

史郎「龍ちゃん。小夜子ちゃんって呼ばないとダーメ」

隼人「そうだそうだ」

龍一「……好きにしてくれ。もう知らない」

隼人「龍一、佐倉さんから連絡あったんでしょ」

龍一「ああ。おかげさまでこっぴどく叱られたよ」

隼人「なんで?」

龍一「そいつだよ!」

史郎「小夜子ちゃんがどうかした? ……あ、寝顔かわいい」

隼人「眠れる森の美女か、白雪姫ってところか」

史郎「じゃあキスしたら目覚めるかな?」

隼人「待て! その役目は俺が」

史郎「ダメ。隼人ちゃんには譲れない」

龍一「おまえらもう黙れ! そっちじゃない! その隣だ!」

隼人「ああ、こっちの執事さん?」

龍一「そうだよ。そいつどうするんだ。最初の予定では、その人はここにいない」

隼人「そうだね。でもまさか明日の朝、粗大ゴミで出すわけにいかないしな」

史郎「明日は粗大ゴミの日じゃないよ」

龍一「だーかーら! ああもう、とりあえず俺たちは、佐倉さん来るまでここで待機してろって」

隼人「そういえば、真城家のほうはどうなの?」

龍一「佐倉さんが言ってた。ターゲット……さ、小夜子さんが誘拐されたことは発覚して大騒ぎになったけど、東郷さんたちがうまく対処してくれてるってさ」

史郎「さすが」

隼人「警察は?」

龍一「警察にはまだ通報してないみたいだ。そのあたりも東郷さんたちがまとめてくれてるだろうな。もっとも、真城家にも面子というものがあるだろうから、そう簡単には通報しないはずさ」

隼人「なるほど。警備システムで有名になった一族だからね」

史郎「そうか。自分の屋敷から娘が誘拐されたなんて、絶対に人様には知られたくないだろうねえ」

隼人「それで、俺たちはいつまで小夜子ちゃんをかくまうの? いつまでもってわけにはいかないでしょ」

史郎「いや、俺はずっとこの子かくまっててもいいよ。だってかわいいもん」

隼人「たしかに。同感」

龍一「それも佐倉さんが来たら指示があるだろ。ただし見てのとおり予定が少々狂ったから、時間がかかるとか言ってたな」

隼人「お、ということはそれだけ長く小夜子ちゃんと一緒にいられるってことだね」

史郎「よっしゃ!」

龍一「ふたりとも、お願いだから大人しくしててくれよ。余計なことはするな」

隼人「任せてくれ!」

史郎「がってんだ!」

龍一「大丈夫か、ほんとに」

 小夜子、起きる。

史郎「うわ、起きた!」

小夜子「ここは……?」

龍一「おはようございます」

小夜子「あなたたちはたしか……武道館で公演を行う……」

龍一「いや、そこは別に覚えてなくていいんですが」

小夜子「きゃっ、西園寺?」

隼人「あ、大丈夫ですよ。寝てるだけなんで」

史郎「ねえ龍ちゃん、どうやって説明するの?」

龍一「この状況じゃ正直に話すしかないだろ」

小夜子「あの、ここはどこですか?」

隼人「俺らは君を誘拐したんだぜ」

龍一「楽しそうに言うな」

小夜子「誘拐? じゃあ、あなたたちは、誘拐犯?」

龍一「まあ、そういうことです。まことに申し訳ありませんが、あなたの身柄は確保しました」

小夜子「そう……ですか」

龍一「なんか、やけに落ち着いてますね」

小夜子「そうですか?」

龍一「自分が誘拐されたってわかったら、ふつうはもっと取り乱すと思いますが」

小夜子「そうでしょうか。さすがに驚いています。あの……目的はお金?」

史郎「ち、違いますよ小夜子ちゃん! 俺たちをそんな低俗な誘拐犯と一緒にしないでください」

龍一「誘拐に低俗も高尚もないだろ。誘拐は誘拐だ」

隼人「犯罪は犯罪」

史郎「ちょっと、ちゃんとフォローしてよ!」

龍一「すいません小夜子さん。あなたを誘拐した目的を、まだ教えるわけにはいかないんですよ」

史郎「そうそう。でも安心して」

龍一「別に命を取ろうとか、そんな野蛮なことは考えていませんから、そのあたりはご安心ください」

小夜子「わかりました」

史郎「あの、こんなことしちゃってごめんね。でも、ほんとに君のこと傷つけようとは思ってないから」

小夜子「ええ……そのあたりはたぶん……心配してないわ」

隼人「どうして?」

小夜子「あなたたちがもしわたしを傷つけようとしているのだったら、さすがに取り乱していると思います。でも、なぜかあなたたちからはそういう雰囲気は感じられません」

隼人「へえ……なんというか」

龍一「肝が据わってるな」

小夜子「それならあなたたちはダンサーではないの? 武道館は?」

史郎「いや、それはまあ言葉のあやというか……そもそも俺たちは――」

 西園寺、起きる。

隼人「やばっ、こっちも起きた!」

西園寺「……ここは? おまえたち! (手錠に気づいて)うわ、なんだこれ!」

龍一「すみませんね西園寺さん。あなたはその、少々手強いので自由を奪わせていただきました」

西園寺「くそっ……小夜子様!」

小夜子「西園寺落ち着いて。わたしはここよ」

西園寺「ご無事ですか! おまえら、ここはいったいどこだ! あとおまえらは何者だ!」

龍一「順を追って説明しますから、落ち着いてください。申し訳ありませんが、あなたたちを誘拐させていただきました」

西園寺「貴様ら……目的は金か?」

龍一「違いますって……ああくそ、厄介だな、やっぱり」

小夜子「大丈夫よ西園寺。この人たちは、わたしやあなたに危害を加えるつもりはないそうです」

西園寺「そんな、こんな誘拐犯の言ってることを信じるんですか?」

小夜子「違うわ。だったらこの人たちじゃなくて、わたしのことを信じて」

西園寺「そんな」

小夜子「あなたもこの人たちのダンス見たでしょ。あんな楽しそうに踊ってる人たちが、悪い人には見えないわ」

隼人「楽しそう? 俺らが?」

小夜子「ええ」

龍一「まあ、任務とはいえやるべきことはきっちりやったからな」

史郎「龍ちゃん、けっこう努力してたもんね」

龍一「当たり前だ」

小夜子「あの、任務って?」

隼人「君の屋敷に侵入するために、わざわざダンサーになりすましたのさ!」

龍一「おまえ、よくそんな悪気なく答えられるよな」

西園寺「おい、もっとわかるように説明しろ!」

史郎「俺らはね、スパイなんだよ」

小夜子「……スパイ?」

史郎「そう。いろいろなところに潜入して、目的を達成するんだ。まあ、ルパン一味みたいなものかな」

小夜子「……ごめんなさい。わからないわ」

隼人「テレビとか見ない?」

小夜子「興味はあるのだけれど、お父様が許してくれないのよ」

史郎「そんな。テレビがないってことはパソコンもないよね?」

小夜子「ええ」

隼人「信じられない! 俺が君だったら間違いなく暇すぎて死んでる!」

小夜子「でも、ハルがいるから話し相手には困らないわ。もちろん西園寺も」

史郎「ハルって例の人工知能の名前だっけ。すごいな。ほんとにしゃべれるんだ」

西園寺「おい、どうして知ってるんだ? ハルの存在は真城家の人間以外には知られてないはずだ」

隼人「それは俺らがスパイだからさ」

史郎「ねえねえ! そのハルの話、もっと聞かせてもらえるかな?」

 龍一の携帯電話が鳴る。

龍一「佐倉さんから呼び出しだ。悪い、あとは任せた」

 龍一退場。

史郎「ねえ、ハルの話!」

西園寺「おい、ハルのことはまだ真城家の最重要機密のひとつだ。おまえらなんかに話せるわけないだろ」

史郎「ケチ!」

西園寺「なんだと!」

小夜子「西園寺、落ち着いて」

隼人「あ、そうだ、小夜子ちゃんアイス食べます?」

西園寺「小夜子様、こんな誘拐犯の話を聞いてはいけません!」

小夜子「アイス? えっと……いただこうかしら」

西園寺「小夜子様!」

小夜子「西園寺、大丈夫だから」

西園寺「しかし」

史郎「アイス食べながらハルの話聞かせてよ!」

西園寺「おまえら!」

史郎「なんだよ!」

西園寺「アイス、俺のぶんはあるのか?」

 舞台上後方が暗転。
 入れ替わり舞台上前面に照明が照らされる。
 佐倉登場。
 佐倉の携帯電話が鳴る。

佐倉「もしもし。こちら佐倉」

ボス「首尾はどうだ」

佐倉「はい。ターゲットは無事に確保。現在はテケスタの事務所に」

 龍一登場。
 物陰から佐倉の様子を窺っている。

佐倉「あの、ボス……それでですね……すみません! 実は手違いがあって、真城家の執事もターゲットと一緒に誘拐してきちゃって」

ボス「なんだと」

佐倉「申し訳ありません」

ボス「またあいつらテケスタのミスか……本当にどうしようもないやつらだ」

佐倉「それで、彼の処遇は」

ボス「そんなの決まっている。執事などこの計画には必要ない。消せ」

佐倉「しかし!」

ボス「ほかにどんな方法がある? テケスタのやつらは、顔だって見られただろ」

佐倉「そうですが、なんとか殺さずに済む方法を! 殺すだなんていくらなんでも!」

ボス「そんなスマートな方法があるのか? 佐倉おまえ、その考えは甘いとは思わないのか?」

佐倉「それは」

ボス「貴様、まさかテケスタのやつらに感化されたわけじゃあるまいな」

佐倉「そんなことは」

ボス「ターゲットの処遇は今までどおりだ。変更はない。そしてその執事とやらは用済みだ。早急に消せ。テケスタはそういう血なまぐさいことはできんだろ? だったら東郷か藤枝に依頼しろ」

佐倉「……ボス」

ボス「佐倉、いつものおまえらしくないな。おまえが伝えにくいのなら、わたしが直接伝えるが」

佐倉「い、いえ、大丈夫です。わたしが伝えます!」

 通話終了。

佐倉「しょせん、みんな操り人形なのね……わたしも含めて」

龍一「佐倉さん」

佐倉「龍一くん? まさか、聞いてた?」

龍一「なにがですか?」

佐倉「なんでもないわ」

龍一「小夜子さんの処遇決まりましたか?」

佐倉「そうね。まあ、決まったようなものよ……ちょっと待って。なに、小夜子さんって?」

龍一「あ、いえ」

佐倉「どうせ隼人くんか史郎くんでしょ? きっといつまでもターゲットとか呼んでるのはかわいそうだとか言って」

龍一「さすがですね」

佐倉「何年あなたたちと一緒に行動してると思ってるの」

龍一「すみません」

佐倉「あなたは頭もいいし、テケスタの中でもっとも冷静なのも知ってるわ。だから、あなたまであの甘ちゃんのふたりに感化されるのはやめてちょうだい」

龍一「面目ないです。でも、それがあいつらの個性でもあって」

佐倉「龍一くん!」

龍一「……すみません。もう言いません」

佐倉「わかってくれればいいの」

龍一「それでどうなるんですか? 彼女は」

佐倉「アメリカの証人保護プログラムって知ってる?」

龍一「法廷での証言者を、被告側の制裁から保護するために設けられた制度」

佐倉「そう。ここまで言えばもうわかるわよね」

龍一「小夜子さ……ターゲットは、まったく別人の身分を与えられて、どこか知らない土地で暮らす……ということでしょうか」

佐倉「ええ。今後数年はヨーロッパのほうで生活してもらうらしいわ。ついさっき、準備ができたって報告が」

龍一「そうですか。それで、例の執事さんは?」

佐倉「彼については……ま、まだ未定よ」

龍一「……そうですか」

佐倉「彼の処遇については決まり次第連絡するから。それまで大人しく待機していてちょうだい」

龍一「はい」

佐倉「それじゃ」

 佐倉退場。

龍一「佐倉さん……あなたは嘘をつくのが下手だ。嫌な予感がするんだよな……殺すって、どういうことだ?」

龍一退場。
暗転。


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