Alive & Brave 13 – 凜

 最後の決戦で、セイラと俺の役は黒衣の騎士に負ける。
 そして、共和国に捕らえられていた皇女――悠を救い出す。侵攻しないことを条件に、帝国から共和国へ身売りされた。会ったこともない共和国の王子と無理やり結婚させられるという設定だ。
 囚われの皇女に、黒衣の騎士が手を伸ばす。
 しかし皇女は伸ばした手を取らない。
 
「帝国の未来を、もうあなたひとりで背負うことはない」
「でもっ……! わたしがこのまま共和国に嫁がなくては帝国が滅びます! なにも知らないくせに!」
 
 そのとき、黒衣の騎士の兜が半分に割れる。最後の決戦において、セイラの攻撃が当たって傷がついていたという設定だ。
 黒衣の騎士は惺だった。
 このときはじめて、惺の素顔がさらされる。愛用している紅茶色のレンズの眼鏡は、もちろんかけてない。
 そして、道化師と黒衣の騎士が同一人物であることが判明する。さらに、皇女ユースティアがずっと想っていた、亡き王国の王子であることも明かされた。実は俺の役の兄に当たるという設定だ。
 惺の宝石よりも美しい翠碧色の瞳が、優しく悠を見つめていた。
 
「あ……あなたは……!?」
「待たせてすまない。ユースティア……助けにきた」
 
 再度差し出される手を、ユースティアは今度こそ取った。
 そして、キスシーン。
 それまでの稽古とは少し違った。通し稽古――ゲネプロまでは惺がゆっくりと悠を抱き寄せ、キスをする「ふり」だった。
 本番のいま。悠が自分から惺の首に腕を絡めて引き寄せ、口づけした。

 劇のクライマックス。観客が最高潮に沸きあがる。
 最終シーンは大団円だった。帝国は圧政から解放され、共和国は撤退。芸術が解禁になった。セイラと俺の役は改心し、新しく生まれ変わろうとしている帝国に協力することに。
 喜びに満ちた中で、ガールズバンドの生演奏が始まる。綾瀬さんの歌声は、おそらくは創樹祭以上に観客に届いたはずだ。
 そして。
 黒衣の騎士とユースティアの結婚が発表され、黒衣の騎士が新しい帝王となった。その様子を、真奈海のメイドと光太のへっぽこ騎士が馬鹿ばかしく盛り上げ、柊さんや小日向さんも混ざって祝福した。

 最後を飾るエンディングダンス。
 出演者総出で愉快に軽快に、ときには鋭く踊る。背景に流れる楽曲は、オープニングのそれとは別の曲。綾瀬さん渾身の書き下ろしで、これも「The World End」全力の演奏だ。
 惺と悠のデュエットダンスは、プロでもめったに見られないシンクロレベルだと小日向さんが言っていた。悠はもともと身体能力が高く、時間のない中がんばってレッスンをして、惺の次くらいの技術に到達していた。

 熱狂的な拍手を浴びながら、幕が閉じた。
 カーテンコール。
 再び幕が上がると、出演者が勢揃いで並んでいる。 
 小日向さんがマイクを取り、一歩前に出た。最後の締め口上だ。ここは言い出しっぺのセイラの役目なんじゃないかと思うけど、セイラが強く小日向さんを推して実現した。
 最初の頃、あがり症のイメージしかなかった小日向さんの姿はどこにもない。
 小日向さんの麗しい声がよどみなく、柊さんと一緒になって考えた素敵な前口上を紡いでいく。
 全員が一礼すると、最高の拍手が――きっと今回の演劇祭でもっとも大きな拍手に包まれる。  
 俺たちの公演は、すべて終わった。
 みんな泣いていた。

 ――そして、みんな輝いていた。
 でも俺は、そんな中でも心の闇を払拭できなかった。
 俺は泣けなかった。
 みんなは「人間」になっているのに――



 きっと俺だけは、「人間」になれなかった。


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