Brave03-4

 電子銃から放たれたエネルギー弾が、対象の額にヒットする。
 攻撃が当たった人物は、血や脳漿を周囲にぶちまけることなく、幽霊のようにその場から忽然と消えた。
 敵となるのは武装したテロリスト。
 雑木林の中に存在する、古ぼけた倉庫たち。昔の映画などで、マフィアたちの麻薬取引に使われていそうな場所だ。
 あえて死角を作ると、それにおびき出されたかのように、背後の木陰から新たなテロリストが現れた。
 一瞬の跳躍で、近くにあった倉庫の屋上へ飛び上がる。
 目的を見失い、逡巡したような仕草を見せたテロリストの側頭部に、遠慮なく電子銃を発射した。
 クリーンヒット。撃たれた敵はやはり幽霊のように消える。最初から存在していなかったようだ。
 ふと上を見上げる。
 空がない。
 広がるのは、無機質な金属の天井。ICIS日本支部の地下に存在する、巨大な演習場だ。
 そして先ほどから躊躇なく地獄送りにしているのは、もちろん本物の人間ではない。超高度な3Dシミュレーターから作り出される架空の存在だ。装着しているバイザーに、本物と見分けがつかないレベルの立体映像として映し出されている。
 今回は、倉庫を根城とするテロリストたちの掃討作戦をテーマにした訓練だ。通常は集団での訓練だが、いま参加しているのはわたしのみ。
 倉庫の屋上から、近くの木の枝へジャンプする。目視できる範囲に敵の姿はいないようだった。
 今回の場合、敵の総数は30人以内ということ以外は不明だ。数や敵の装備などは訓練ごとにランダムで決まる。訓練によっては人質救出がクリア条件に含まれることがあるが、今回はあくまでも敵の殲滅。
 テロリストをひとり殺害するごとに、バイザーの端に「death」の文字が表示される。
 さながらFPSゲーム。もちろん、ゲームとは比較にならないほど難易度が高い。
 現在までに14人を粛正した。このまま続けていって、シミュレーターが定めた規定の人数を倒せば、バイザーに「mission complete.」の文字が表示される。
 地面に降り立ち、姿勢を低くした。体はぼろぼろになった木製の柵にかろうじて隠れている。
 おそらく、倉庫のどれかがテロリストたちの拠点になっているはずだ。それを見つけ出して奇襲すれば、闇雲にさまよって撃退していくより効率がいい。
 ただし、現状ではどの倉庫がテロリストの拠点なのか判断できない。いままで倒してきた敵も、それぞれ現れた方角はばらばらだった。ブレインとなるシミュレーターも、簡単に拠点が割り出せるような、下手な演算はしない。
 
「少しは学習したようだな」
 
 シミュレーターの開発にはわたしも協力している。前回、訓練で使用したときよりはお利口になっているようだ。開発部が素直にわたしのアドバイスを受け入れてくれた結果だろう。
そのとき、小道を走り去る人影が見えた。その人物が消えたのは鬱蒼と茂る木々の中。ほかの場所よりも木々が多く生い茂っていて、薄暗いところだ。
 そのような状況下では、対多人数の戦闘において、数が少ない方が不利となる。
 シミュレーターが導き出した、明らかな誘いの一手。ここでうかつに動くと相手の思うつぼだろう。
 
「ふん」
 
 だが、あえて茨の道を進むことにした。
 姿勢を低く保ちつつ、雑木林の中に足を踏み入れ、大きな杉の木の幹に寄りかかって周囲をうかがう。
一陣の風が、木々をざわめかせた。この風は演習場の空調設備が擬似的に生み出したものだ。
 敵はどう出るか。相手は3D映像だから、人間特有の気配なんてものは存在しない。ただし、足音や服や装備がこすれる音は、シミュレーターが合理的に考えて消しきれないと判断する、ぎりぎりのラインで聞こえるようになっている。
 つまり、なんの前触れもなく突然目の前に現れるとか、物理法則を無視したような動きをする心配はない。
 シミュレーターはバイザーを通じて、わたしの位置を把握している。そこからどういう状況で、どのような作戦でわたしを追い詰めようかという計算を立てる。生き残っている人数や装備、周囲の状況など加味した膨大な演算の果てに、3D映像のテロリストたちの行動が決まる。
 わたしがシミュレーターならどうするか。
 攻撃対象をいつまでも自由にはしておかない。その場からうかつに動くことができないよう、狡猾に追い詰めていく。
 と考えた瞬間、遠くから2発の銃声。架空の狙撃がわたしを襲ってきた。よけると同時に低い茂みの中に身を隠した。
 これが実弾だったら、つい1秒前まで寄りかかっていた木の幹に銃弾がめり込んでいただろう。
 銃声の大きさや反響具合から、狙撃ポイントを想像する。ここのシミュレーターは優秀で、狙撃したと仮定したポイントからわたしの位置までのあいだにある遮蔽物、空気の乾燥や湿潤などを踏まえた上でしっかりと演算処理して、リアルだった場合とまったく変わらない銃声が響いてくる。
 狙撃ポイントは、わたしが立っていた場所を背にして、3時と8時の方向。銃声から判断するに、両方とも長距離狙撃用のライフル。距離もおおよそ把握した。3時はおよそ40メートル。8時はもっと離れて60メートル。茂みや木々の枝の間隙を縫って、わたしを狙ってきたということだ。架空のテロリストとはいえ、その腕前は賞賛に値する。
 場所が離れているために、一度に相手にするのは無理だ。常道では、どちらか一方に狙いを定めて動くことになる。が、ほかに伏兵がいる可能性が高い。つまり、常道を進めばシミュレーターの罠にはまる恐れが高い。
 思考していたのは数秒。いつまでも同じ場所でくつろいでいるわけにはいかなかった。
 電子銃の引き金に指を添えたまま疾走する。
 方角は12時。つまり正面。木々が乱立する中を突っ切った。
 しばらく駆け抜けていくと、近くの茂みが揺れる音。
 その直後、死角を狙ったように銃弾が飛び込んできた。ライフルではなく、ハンドガンの銃弾。
 斜め後方に目をやると、ひとりのテロリストが。
 ――いや、実際はふたりだった。前にいる人物の影を縫うように、もうひとりが絶妙なタイミングで飛び込んでくる。
 その人物も鋭い銃口をわたしに向け、火を噴いた。
 
「甘い」
 
 跳躍しながら空中で翻り、銃弾をかわしつつテロリストに電子銃を向ける。
 もしも最初に視界に入ったひとりだけに注意が向いていたら、もうひとりのほうは対処できなかっただろう。それほどまでに巧妙に計算された動きだった。
 走りながら、最初のひとりに向けて引き金を引く。
 電子銃から放たれたエネルギー弾が、テロリストの脳天を直撃。視界から消え去った。バイザーに表示された「death」が消えないうちに、もうひとりへ銃口を向ける。
 しかし。
 
「――――?」
 
 ありえないことが起こった。
 オートマチック式ハンドガンを向けつつ、わたしの後方を走っていたテロリストが、突然消滅した。わたしはなにもしていない。
 バイザーには新しく「death」の表示。
 疑問に思いつつも、その場から離れた。
 身近にあった木の枝に飛び乗り、周囲を観察する。
 ――おかしい。
 いま、この空間に存在している人間は、間違いなくわたしひとりだ。
 そして、3Dシミュレーターが生み出した虚像たちが同士撃ちをすることは、設定上あり得ない。
 つまり、いまわたしの前で消えたテロリストは、生身の人間が訓練用の電子銃で撃ち抜いたことになる。ところが知覚できる範囲には、まるで人の気配はなかった。どこから発砲されたのか、見当もつかなかい。
 
「オペレーションルーム、聞こえるか?」
 
 バイザーに装着されたマイクを使って、呼び出してみる。訓練の際は、オペレーターが最低でもひとりはつくことになっている。通常なら、そのオペレーターが随時モニターでわたしの状況を監視しているはず。
 が、応答がない。
 
「栗田、また胃痛で医務室に行ったのか? それとも急に欲情して、トイレでマスターベーションか?」
 
 無言。わたしの冴えた皮肉にも反応しない。
 これもありえない。立場上、わたしは常に監視されてないとおかしい。
 そのとき、バイザーに「death」の表示。
 それも立て続けに表示されては消えるを繰り返している。これはターゲットとなるテロリストたちが連続で死んだことを意味している。
 そして、最後に「mission complete.」の表示。
 嫌な予感しかしない。
 一連の状況が、機器の誤作動で片づけられるのなら話は簡単だが、わたしの勘が違うと言っている。
 バイザーのフレームにあるタッチパネルを操作し、地図を表示させた。わたしが現在いる場所を中心にして、半径30メートルほどが表示させる。画面上の赤い点がわたし、黄色く点滅しているのは、ターゲットが消滅した場所だ。黄色い点滅は複数表示されている。
 ミッション・コンプリート後には、こうしてそれまでの状況が確認ができるようになっている。
 画面を最大まで拡大すると、最初の4倍ほどの地図が表示された。
 黄色い点滅を数えると、わたしが認識している数のほぼ倍。全部で29人のテロリストがいたことになる。
 認識してない点滅は、今回足を踏み入れてない領域にあった。
 ここからだと北西へだいたい100メートルほど。大きな倉庫がいくつか並んでいる。そのすぐ近くには直径15メートルほどの沼地がある。
 中央にある倉庫の中で、無数の黄色い光が明滅していた。ここがテロリストたちの拠点だったようだ。
 何者かがこの空間に侵入し、わたしの代わりに仮想のテロリストたちを殲滅。
 その正体や人数、目的は不明。
 
「ふん……考えて答えがわかれば苦労はしない」
 
 木から飛び降り、北西に走った。
 なにかが待っている、そんな気がした。
 もちろん、周囲の観察は怠らない。架空のテロリストたちは全滅したが、それよりも得体の知らない存在がいるようだから。
 目的地までを10秒ほどで駆け抜けた。くだんの倉庫を見わたせる木立の陰に隠れ、様子をうかがう。
 誰の姿もないのは予想どおり。しかし倉庫の扉が、わずかに開いているのが気になった。
 重そうな鉄の扉。人ひとりがやっと通れそうなほどの開き方。 
 まるで中に誘い込むような。
 
「……やれやれ」
 
 どこか遊び心を感じつつ、倉庫に近づいた。 
 注意しながら足を踏み入れる。
 まず感じたのが、錆びた鉄のにおい。次に空気の埃っぽさ。
 照明の多くは破損していて、無事なやつも点灯していない。割れた窓から差し込まれる外の光が、ぼんやりと内部を照らしていた。
 折れた鉄骨や柱が内部に点在しているほか、大小様々な金属の部品が床に散らばっている。大型の機材や箱なども至るところに存在していて、死角も多い。
 使われなくなって久しい倉庫という表現がぴったりだ。ただしこの演習場は、建設されてからそう時間は経っていない。このように荒れ果てた様相をしているのは、いわば金のかかった一種の演出。
 慎重に足を踏み出す。
 入り口から10メートルほど進んだとき――
 頭上、吹き抜けになった2階部分の渡り廊下の隅で、なにかがきらりと光った。視界に入るか入らないかのぎりぎりのライン。
 そして発砲音。
 とっさのバックステップ。
 すかさず2発目の発砲。
 これもバックステップでかわし、傾いた柱の陰に隠れた。
ちらりと見やると、一瞬前までわたしが立っていた床に、2発の銃弾がめり込んでいる。
 実弾だ。
 わたしが回避行動をとっているうちに、謎の人物は渡り廊下から1階へ飛び降りたらしい。
気配が相手はひとりだと教えてくれる。不思議なことに、この状況で気配を隠す様子はないようだ。
 バイザーを外し、電子銃と一緒にその場に放り捨てる。これはもう用済みだ。
 それから、物質顕現星術――〈マテリアライズ〉で星装銃を出現させた。
 何者か知らないが、本気の殺し合いを所望しているらしい。そちらががその気なら、受けて立とう――そんなことを考えていたとき、不意に聞こえてきた小さな金属音。続けて「シュボッ」という独特の音。
 まもなく漂ってきたタバコの香り。
 タバコにしてはめずらしい、モヒートの香りだ。
 このような状況下で呑気に、しかもこの銘柄のタバコを吸える人物に、ひとりだけ心当たりがあった。
 星装銃を構えつつ、柱の陰から顔を出す。
 
「……やはりあんたか」
 
 予想どおりの顔がそこにいた。
 彼はわたしににやりと一瞥をくれると、ふう、っと大きく煙を吐き出した。
 190センチを超える長身。半袖黒のTシャツの上に、カーキ色のミリタリーベストを羽織っている。剥き出しになった二の腕には、無数の傷が浮かんでいた。下は使い古されたよれよれのジーパンと、これまた古ぼけた革製のブーツを履いている。
 やや長めの焦げ茶色の髪。同じ色の無精髭が口の周りを覆っていた。彫りが深く精悍な顔立ち。ハリウッドの超大作で主演を張っていてもおかしくないレベルだ。
 彼が四十代なのは知っているが、瞳に宿る光は少年のように若々しい。一般的な女性からしてみたら、そこが彼のもっとも魅力的な部分に写るだろう。
 長身で筋肉隆々でたくましい。顔も美形。となると、誰が見ても完璧な男。
 男の名は、雨龍・バルフォア・レイジ。ICISの上級捜査官だ。
 
「もう処女膜は破れたか?」
 
 ひとつ訂正。
 黙っていれば、完璧な男。
 タバコを口にくわえたまま、にやりと嫌らしい表情をしながら言う。低いがとても通る美声が倉庫内に響く。
 憎たらしい表情だが、この男がこういう顔をして下品なことを言っても、どういうわけか上品さが漂ってしまう。
  
「かつての部下に問答無用で発砲したあげく、最初にかける言葉がそれか。なんであんたがここにいる?」
「野暮用でこの国に来たんだがな、用事が済んで暇してたときに、たまたまおまえが訓練中だって聞いてよ」
「それで乱入したと? 破天荒もここまでくると清々しいな」
「やめてくれ。女に褒められると勃起するんだ」
「…………」
「んで、質問の答えは?」
「そんなこと、答える義理はない」
「つれないこと言うなよ。かつての上司じゃないか」
 
 元部下に平気な顔でセクハラをしてくる上司。腹立たしさのパロメーターがどんどん上昇していく。
 
「――っと。恐ろしい顔するな。軽い冗談だ。――さて、じゃあ、続きをやろうか」
 
 煙の塊を吐いたあと、吸いかけのタバコをその場に捨てる。
 そして拳銃を――デザートイーグルのカスタマイズモデルを、わたしに向けてきた。
 
「バーチャルの訓練なんて退屈なゲームは終わりだ。今度は実戦訓練。おまえがどう成長したのか、この目で見極めてやる」
 
 なんの躊躇もなく、レイジが発砲する。
 わたしはそれとほぼ同時に動き、機材の陰に隠れた。発泡と同時にレイジも物陰に移動したのを確認する。
 
「相変わらず、すさまじい反射神経だな。弾が発射されてから動いても充分よけられそうだ」
「レイジ、わたしは実戦訓練を了承した覚えはないぞ。だいたいオペレーションルームの連中にはどう説明する気だ」
 
 わたしに対して、実弾を使った実戦訓練にOKが出るとは考えにくい。わたし自身が実弾を使わないにしてもだ。
 
「まあ、うまく言いくるめればなんとかなるだろ。……そうだな、俺が勝ったらおまえが処女かどうかじっくり確かめさせてもらう。ベッドの上でな」
 
 この男の口は、もはや病気だと思う。
 
「わたしが勝ったら?」
「んん? ああ、そりゃあ、ベッドの上ですんげぇ気持ちいいことしてやるよ。俺の体なしじゃ生きられないようにしてやる。最高のご褒美だろ?」
 
 ふざけるなという意味合いを込めて、隙間から星装銃を放った。
 レーザー光線のように収斂したエネルギー弾が、レイジが隠れている機材をかすめた。
 
「うおっ! 危ねえっ」
「安心しろ。派手なのは見た目だけだ。当たっても死にはしない」
 
 わたしが人を殺すわけにはいかないのは、レイジもよく知っている。
 そもそも星装銃には不思議な機構が備わっていた。わたしが人間だと認識している相手には、自動的にリミッターが働いて致命傷となるレベルのエネルギー出力を絶対に行わない。人間以外のものを狙うときはその限りではないが、どちらにしろ高度なリミッターで制御されていて、実戦レベルでも攻撃力はそこまで高くなかった。
 
「おまえの星装銃はやっぱり厄介だな。銃声なんかないに等しいし、エネルギー弾だから弾道も読みづらい。――まあ、だからおもしろいっていうのもあるんだが」
 
 くっくっく、とレイジが笑う。そこに緊張感は感じられない。いいのか悪いのか、あくまでもレイジは自然体だ。
 これは最後まで付き合うしかなさそうだ。
 場所を移動する。
 レイジのデザートイーグルは、持ち主の腕前も含めて一級品だ。それを相手にするには、リミッターのかかった星装銃では分が悪い。
 わたしの装備は、星装銃のほかにコンバットナイフが1本、それから投擲用のナイフが十数本。接近戦でのコンバットナイフはともかく、遮蔽物が多いこの空間では、少なくとも投擲ナイフは扱いづらい。
 階段を見つけ、駆けのぼる。走りながら、倉庫の広さや間取り図を頭に叩き込んだ。見えない部分は機材の配置から想像で補う。
 レイジが追ってくる気配はない。相手もわたしの銃の腕前は知っているはずだから、そう簡単に距離を詰めてくることはないはずだ。
 
「おーい、セイラ! まわりくどいことはやめて、正面から対決しようぜ! 俺は正常位が好きなんだ!」
 
 どこかでレイジが叫んでいる。声が反響して位置は特定しにくいが、彼も場所を移動したようだ。
 
「ちなみに、次に好きなのは騎乗位だなぁ!」
 
 ……なんの情報だ。
 ふと、途中に配電盤らしき操作卓を見つける。周囲に注意を張りめぐらせつつ、ポシェットのタブレットとケーブルでつないだ。
 通電してないだけで、電源は生きているようだ。
 操作卓のレバーを下ろすと、倉庫内に機械の駆動音が響きわたった。これで生きている機械には確実に通電したはずだ。
 タブレットを操作する。素早くプログラムを構築し、配電盤にその情報を流す。
 タブレットを置いたまま、その場を離れる。倉庫の北側をまわり込むようにして走った。機械の駆動音はひとつひとつは小さいが、すべてがまとまると大きく響く。わたしが動く際の小さな物音は覆い隠してくれる。反面、レイジの行動も覆い隠すことになるから、油断はできない。
 レイジの性格や装備、倉庫内の機材の種類や配置、わたしの経験則――その他もろもろの要素をすべて組み合わせて、脳内でシミュレーションする。
 レイジは戦闘経験豊かな百戦錬磨の強者だ。銃の腕前はほぼ互角。あんな性格だが頭の回転は速く、機転も利くから奇襲や小手先の技はほぼ通用しないと断言してもいい。ついでに緊張感のなさからくる一種の遊び心は、下手したらやつのペースに巻き込まれる恐れがある。
 敵にはしたくないタイプの相手。
 それでも、彼を上まわっている技術を、わたしは備えている。
 それに持ち込めれば、勝機はある。
 柵を跳び越え、1階に降りた。
 先ほどまでは無言だった機械たちが、そこら中で低音を響かせている。見た目は明らかに古ぼけて壊れていても、思いのほか生き残っている機械が多かった。見たところほとんどが国産。さすがはメイド・イン・ジャパンといったところか。
 それからしばらく、わたしは工場内部を駆けまわる。レイジとは遭遇することはなかった。あちらもそれなりに慎重なようだ。
 駆けまわったおかげで、内部のすべての構図を頭にインプットすることができた。置かれている機材の種類も、おおかた把握した。
 レイジと別れて10分が過ぎようとした頃。
  
「おーい! セイラっ!」
 
 どこからか、機械の駆動音をかき消すレイジの叫び声。
 そこまで遠い場所からではない。方角はわかるが、正確な位置は反響して特定できない。
 
「おまえ、いつからこんなまわりくどいやり方とるようになったんだ? めんどくせえ!真正面からやり合おうぜ!」
 
 とりあえず声のする方角へ向かう。
 物陰からわずかに顔を出すと、壁に寄りかかってタバコを吸っているレイジが見えた。
 
「なんだ? おまえが素直にやってくるとは思わなかったぜ」
 
 わたしのほうを見て言う。彼からわたしは見えないはずだし、気配も消していたが、さすがはレイジ。
 レイジがタバコを投げ捨て、銃を構える。
 
「あんまり長引くと上の連中がおっかない顔してやってきそうだからな。そろそろ決着つけようぜ」
 
 星装銃を構え、レイジの前に姿を現す。お互いの銃口の先が交錯する。
 
「なんでもいい。1発でも相手に攻撃を与えたらそれで勝ちだ」
「かすり傷でもいいのか?」
 
 さりげなく足を踏み出す。
 
「贅沢言ってる暇はないようだからな。この際いいだろう。――おっと。それ以上近づくな」
 
 レイジまで10メートルほどの距離に差しかかったところ。わたしなら一足飛びで間合いを詰められるぎりぎりの距離。
 
「わたしが怖いのか?」
「おまえの体術はやっかいなのはよく知っている。組み合うのはベッドの上だけで充分だ」
「わたしは殺傷能力のない星装銃。おまえは実弾入りの拳銃。銃でやり合うのはいささかハンデが大きすぎないか? おまえは死なないが、弾が当たればわたしは最悪死ぬぞ?」
「馬鹿を言うな。訓練とはいえ防弾チョッキは着ているだろ? それに――」
 
 レイジが引き金に指を添え――
 
「――おまえが簡単に死なないのはよく知ってるぜ!」
 
 躊躇なく引いた。銃口が示す狙いは心臓だ。
 体を反らし、銃弾をよける。同時にわたしもエネルギー弾を放った。
 レイジも横に体を移動させてなんなくよける。
 ――それから続く銃撃の応酬。
 10メートルという距離で行われる、銃撃の乱舞だ。お互い撃ってはよけるの繰り返し。エネルギー弾と実弾の、決して交わらない軌跡。それぞれの弾はそれぞれの背後にある柱や機材を傷つけ、ときには火花を散らす。
 第三者がこの光景を見たら、さながら派手な舞踏を連想するかもしれない。拳銃同士の戦闘ではめったに見られない光景だ。
 レイジはずっとわたしの心臓を狙っていた。体のほぼ中心で、頭や手足より的が大きいためだ。さすがのレイジも、無防備な頭を実弾で狙ってくることはしないようだ。
 わたしは距離を詰めようと立ちまわるが、なかなか縮まらない。レイジの銃撃と動きがそれを阻止している。わたしが詰めたら、そのぶん彼は後退する。しかし、壁際まで追い込まれるようなへまはしない。巧みな足捌きで、背後だけでなく左右にも充分な空間を保っている。
 この切迫した状況下でも、レイジの瞳には好戦的な光が帯び、表情は楽しそうに笑っている。彼から発せられる殺気は熱い。しかし、それでも空間を常に意識しながら戦える冷静さを持ち合わせている。
 やはり、下手な駆け引きは通用しない。一瞬でも気を抜いたら、弾が叩き込まれるだろう。
 だが、もしうまい駆け引きだったら――? 
 空いている右手で投擲ナイフを投げる。ナイフは天井から垂れ下がっていた電源ケーブルを引き裂いた。半分に切れたケーブルが高電圧をまといながら、レイジのほうへ落ちていく。
 
「――おっと」
 
 ケーブルを難なくよけるレイジ。ただし、わたしに対する注意は逸らしてない。体を右にずらしつつ、体勢をすぐに立て直した。
 ――いまだ。
 エネルギー弾を発射する。
 狙いはレイジではない。彼のすぐ近くにある大型の機材。
 エネルギー弾がヒットし、機材が爆発する。火花と黒煙を吹きながら、盛大に発火した。
 
「――っ」
 
 とっさに爆発をよけようとしたレイジの体がよろける。
 それは、わたし相手では決定的な隙だった。
 レイジが体勢を立て直す前に、地を這うようにして距離を縮める。レイジの視線は星装銃に向いている。
 ――そしてわたしは、左手に持っていた星装銃を投げ出した。
 
「――っ!?」
 
 レイジの逡巡はほんの刹那だ。彼の注意は一瞬だけ放り出された星装銃に向かい、すぐにわたしに戻る。
 だが、わたしにとっては充分な時間だ。
 レイジに飛びかかり、覆い被さるようにして組み敷いた。銃を握っているレイジの腕を自由にさせないよう、足で押さえ込む。
 わたしの右手が、レイジの首をつかんでいた。
 
「……おまえもさすがだな」
 
 わたしの左脇の下、防弾チョッキがその役目を果たさないわずかな隙間に、レイジのコンバットナイフの切っ先が当たっている。
 
「おまえの頸椎を砕くのと、そのナイフがわたしの脇の下を切り裂くの、どちらが早いかな?」
「ふん……試してみるか?」
 
 そのとき――
 工場内部にある機材が、次々と爆発炎上していく。まるでわたしが破壊した機材が、連鎖反応のきっかけになったかのように。
 
「おめえ、なにしやがった?」
「配電盤に細工して、過電流を阻止するリミッターを解除した。いま、ここにある機械には、崩壊したダムからの放水のように、際限なく電流が流れ込んでいる状態だ」
「盛大な花火を打ち上げるために……か?」
「理解が早くて助かる」
 
 機械の内部に確実に存在している電子機器や部品は、過電流を放置しておくと加熱し、やがて発火する。わたしが破壊した大きな機材は、電圧の高さを交換する変圧器だ。きっと大型のコイルが搭載されていることだろう。爆発させるには申し分なかった。
 
「さっきから妙に温度が上がっていやがったのもそのせいか」
「ああ。このままの状態なら、ふたりとも燻製になるな」
「そりゃあ勘弁だ」
「勝負は?」
「引き分け……ってところだろうな。ちっ……おい、せこい真似はしないから、さっさと降りてくれ」
 
 彼にはもう戦意はないようだ。言われたとおりレイジの上から降りる。傍らに落ちていた星装銃を拾った。 
 ふたたび大きな爆音が響いてきた。至るところで火の手が上がり、周囲が煙で充満されていく。
 
「このままじゃほんとに燻製になりそうだ。さっさとずらかろう」


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