Catastrophe 08

「そろそろ気づく頃かな……ふつうなら地震が原因で〈アクエリアス〉がああなったって考えるところだけど、切れ者なら逆転の発想もありえるかもしれない……ふふ」
 
 ノートパソコンを操作しながら独り言をつぶやく斑鳩聖に返事をできるほど、周囲の人間は暇ではなかった。
 某所にある黒月夜のアジト。会議室となっていたその室内は、地震の影響でいろいろなものが散乱していた。
 黒月夜の構成員がその片付けに奔走している中、斑鳩はひとり遊んでいる――ように見える。実は仕事をしているのだが、そうだと信じる構成員は残念ながらいなかった。 
 室内に海堂霞が入ってくる。歪んだドアを忌々しそうに睨みつけながら。
 
「やあ姐さん。ちゃんと言ったとおりに処置したかい?」
「なんだあれは?」
「残念ながら彼はもう助からない……えーと、シノザキくんだっけ」
「柴崎だ。だからなんだあれは?」
「すぐにわかると思うよ」
 
 だからいまはなにも語らない――斑鳩は言外にそう語った。そうなると意地でも話さないのは霞も知ってるから、それ以上追求はしなかった。
 代わりに別のことを尋ねる。
 
「〈アクエリアス〉の異常はおまえのせいか?」
「そんな馬鹿な。いくら僕でもそこまで人間離れした所行はできないって」
 
 どうだか、と不審がる霞。
 
「海に落ちて行方不明だった異種生命体が星核炉内部に入り込み、炉心部と接触した結果だと思われる。〈アクエリアス〉の爆発は僕の予想以上だったね。んで、その衝撃が地殻に伝わって、あの大地震が起こった……ってところかな」
「………」
「あれ、信じてない? 証拠はほら、この映像」
 
 斑鳩がノートパソコンの画面を霞に向けた。
 そこには、首相官邸の大会議室に映し出されたものと同じ映像があった。実はこの映像は、斑鳩が秘密裏に放ったドローンが撮影したものだ。
 
「星核炉を覆っているぶよぶよのお肉は、おそらく異種生命体のなれの果て。炉心と接触した影響で、ものすごい速度で細胞分裂を繰り返しているんだと思う。これもさすがに予想外」
「どこまでが予想内だったんだ?」
「異種生命体と星核炉の接触まで。地震はほんとに予想外なんだ。津波で犠牲になった方々にお悔やみ申し上げるよ。……そうそう、僕の予想だとね、異種生命体は星脈を通ったんじゃないかな」
「……星脈」
「そう。地中深くに張りめぐらされた生命エネルギー――魔力の通り道、それが星脈。科学的には観測できない不思議な代物さ。そして膨大なエネルギーをほぼ無尽蔵に生み出す装置、それが星核炉。星核炉というのは基本的に、大きな星脈の上に建造されている。人類史上最大級の発明品だね……異種生命体がある時期から星核炉を目指していたのは、早い段階で気づいていたからね」

 まあ、あれを発明したのが本当に人類なのか疑問があるんだけどねと、斑鳩は楽しそうにつけ加える。
 霞は、かつて斑鳩が「異種生命体は膨大なエネルギーを目指して彷徨っている」と言っていたことを思い出す。

「そろそろ教えたらどうだ。星核炉と〈神の遺伝子〉の関係を」
「星核炉のメイン動力炉……僕たちは単純に『炉心』と呼んでいたけど、それの制御装置に〈神の遺伝子〉が使われている。装置になんで生物的なものを使うのかっていうと……ああ、これ部外者に話したら文字どおり死刑なんだけど」
 
 などと言いながら、斑鳩はのんきに笑っている。
 実は斑鳩はかつて、ゾディアーク・エネルギーに勤めていた。そして門外不出とされる超高度な技術と膨大な情報をその頭の中に収め、ゾディアーク・エネルギーから逃亡したのは数年前だ。
 しかしこの男、訊いてないことだけはぺらぺらとよくしゃべる――そんなことを霞が考えたとき、呼び出し音が鳴る。
 壁のモニターに白衣姿の男が映し出された。
 
『斑鳩さん! 医務室です!』
 
 モニターが切り替わり、ベッドに横たわった男性が映っている。下着姿の彼は、苦悶に彩られながら全身を震わせていた。やがて、真っ赤だった体が赤黒く変色していく。
 
「始まったか。思ったより早かったね」
『そんな!? バイタルの数値が異常です! た、体温が42度を超えている!?』
「別の生命体に生まれ変わろうとしているんだ。それくらいは当たり前。とりあえず最初は……例のガスを注入して」
 
 とたん、モニターの中が真っ白く染まる。男性の姿は見えなくなるが、苦悶の声だけは響いてきた。その様子を斑鳩は興味深そうな瞳で見つめていた。 
 やがてガスが晴れる。片付けをしていた構成員たちの手が止まり、視線がモニターに吸い込まれた。

 人の形をした異形が横たわっていた。

 限りなく黒に近い紫色の肌。暗黒の血液を煮詰めたような眼。手足が痙攣し、体表面が短く小さく脈動していた。
 驚きのあまり構成員たちが息をのむ。霞は目を細め、斑鳩のみが楽しそうに微笑んでいた。
 
「バイタルは?」
『い、異常なんてものでは……致死性の神経ガスを注入したんですよ!? どうして生きてるんですか!?』
「難しい質問だね。かつて人間だった存在とでも言おうか。この現象は今後、『異種化』と呼ぼう。はい、どんどん薬品を投入していってー」
 
 異種化した男性の脇に、自走する医療用ロボットが現れた。何本もある腕の先には、鋭利な注射針が見える。
 
「なにをする気だ?」
 
 仲間を人体実験の道具にするのは許さない、という意思を込めた眼差しの霞。
 
「僕も至極残念でならない。彼のこと、早く楽にしてあげたいのさ」
 
 大仰な仕草で嘆きを表す斑鳩。
  
「でもね。異種生命体の生命力の高さは知ってるでしょ。そう簡単にはいかないのさ」
 
 注射針が異種化した男性の体に突き刺さる。次々と薬品が注入されるにつれ、男性の体は大きく仰け反った。
 
「データは取得しているね?」
『は、はい』
「斑鳩……」
「姐さん、そんな怖い顔しないでって。いま彼に注入している薬品は、ほとんどが致死性即効性の毒物だ。もう助かる見込みはないから、安楽死させようとしている。でも見て。ごらんのとおり、彼は死んでない。むしろ簡単には死ねない。……まあ、もう人間としては生きてもない状態なんだけどね」
 
 ははは、と斑鳩が笑うと、霞の殺気が膨れあがった。室内にいた構成員はそれを感じ、この場から逃げ出したくなる。
 不運な構成員・柴崎は地震発生当時、星蹟島の北部にいた。津波は免れるが建物の崩壊に巻き込まれ、アジトに救難信号を発信。それを受けた霞たちが救助に向かい、謎の高熱にうなされる柴崎を発見した。
 救助に向かう直前、斑鳩が「防護服を着ていったほうがいいね」とアドバイスされる。訝しがる霞だったが、素直に防護服を着用していてよかったといまでは感じていた。

「おい、こうなったのは柴崎だけなのか?」
「そんなまさか。世の中はそんなに甘くないよ。たぶん、今後――」

 あ、そうだ、と斑鳩がなにかを思い出したように話題を変えた。
 
「そういえば、あの子をここに連れてきたんだよね? いまどこにいる? 会っていいかい?」
「……好きにしろ」


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