第一章 02

 わたしが転校することになった天野宮学園は、天野宮市に存在する大規模な私立校だ。
 全国でも上位にランクインする進学校で、国公立大学への進学率が高いことでも知られている。都会から離れているため敷地は広く、周囲はのどかな田園風景に囲まれていた。
 恵まれた環境だから部活動には特に力を入れているようで、運動部、文化部ともに大会やコンクールなどでは全国レベルでの常連らしい。
 文武両道の理想的な教育を行う学園――そんなことが、転校前に読んだ学園案内のパンフレットに載っていた。
 正直なところ、想像していたよりもずっといいところだ。この学園を紹介してくれたあの人に感謝した。
 ――あっという間に、昼休みになっていた。いつの間にか時間が過ぎていたのは、授業が思った以上に充実していたからだと思う。
 席からクラスを眺めると、それぞれが賑やかに行動を始めているのがわかった。机を並べて持参したお弁当箱を広げる人たちもいれば、何人かで連れ立ってどこかに繰り出すクラスメイトたちもいる。そういえば、この学園には学食も購買部もあるとパンフレットに書いてあった。
 
「綾瀬さん」
 
 わたしはどうしようかなと考えた矢先、不意に話しかけられる。振り返ると、男女合わせて四人のクラスメイトがいた。
 
「綾瀬さんは、昼食どうする?」
 
 話しかけてきたのは、ひときわ背の高い男子だった。手足が長い上に姿勢がいいから、なおさら長身に見える。
 やわらかそうな黒髪に大きな瞳。口もとにはやさしそうな微笑がたたえられていて第一印象は抜群。爽やかな美男子という言葉がぴったりだった。
 
「……えっと、まだ決めてないけど」
「じゃあさ、みんなで学食行かない? 親睦会も兼ねてのお食事会なんてどうかな」
 
 やわらかくて明るい声色に好感を抱いた。
 特に断る理由は見当たらない。学園のこともよく知りたいし、むしろありがたいお誘いだった。
 
「うん……お願いします」
「よかった。学食は一階だよ」
 
 席から立ち上がり、鞄からお財布を取り出した。
 
「あ、そういえば自己紹介がまだだったね。僕は天宮哲郎」
 
 彼はわたしに手を差し出してきた。大きいけど男性特有の骨ばったごつごつさはない、きめ細かな綺麗な手だった。
 
「うん。よろしくね、天宮くん」

 手を握り返すと、天宮くんは絵になるほど華麗に微笑む。これなら女の子を一発で撃沈できても不思議ではないと思った。
 まわりにいるクラスメイトもそれぞれ自己紹介した。わたしと同じで髪が長く、清楚な感じがするのが木崎絵里さん。逆にショートヘアでボーイッシュな雰囲気なのは石川由美子さん。スポーツ刈りで活発な印象を与えてくるのは坂井俊介くん。
 じゃあ行こうか、と朗らかに言って歩き出した天宮くんの背を追う。彼はやはり背が高い。女子としては比較的背の高いわたしと比べても、頭ひとつ分ぐらいの差がある。
 学食へ向かいながら少し話したところによると、天宮くんはこのクラスの委員長らしい。たしかにその際立った存在感は、リーダーを名乗るのにふさわしい気がする。
 天宮くんの背を見ながら、なんとなく思う。
 もしもわたしがふつうの女の子だったら。
 心の闇を抱えていない、ごくふつうの女の子だったら。
 頼りがいのある天宮くんに、一目で惹かれていたのかもしれない。




光紡ぐ神の旋律 ~ Melodies of Memories ~

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